皆さんこんにちは夏デヴの岡本呻也です。
大変お名残り惜しいことですが、このブログで皆さんにお話し申し上げるのは、今回が最終回です。
私はフィナンシャル ジャパン編集長を木村剛にバトンタッチします。
思い返せば、木村さんから「雑誌を立ち上げるので手伝ってもらいないか」とお誘いをいただいたのが一昨年の春のことでした。私はプレジデントを辞めてから、しばらく物書きをやっていて、そのとき、まったく気の乗らない返事をしたのを覚えています。まさか、ほんとに雑誌を出すとは思ってませんでしたからね。
それから半年ぐらいたってまたお話をいただいて、その時も編集長はお断りをして、「顧問なら」ということで参画することになったのでした。その後ヨーロッパに出かけて、塩野七生さんのところに遊びに行った時にその話をしたら、「あなたが編集長やりなさいよ」と強く勧められまして、塩野さんに背中を押されて編集長を引き受けることになったのでした。それが去年の4月の話です。
当初は、「雑誌創刊まで半年の準備期間、その後1年くらい編集長をやって雑誌を立ち上げ、木村さんにバトンタッチしよう」と考えていました。スタッフはみんな優秀で、私が思っていたより早く、ぐんぐん編集スキルを身につけていきました。今や、フィナンシャル ジャパンの編集部員は雑誌編集者としてのトレーニングはばっちりです。
今年初めから木村さんは日本振興銀行に行ってしまって、あまり「フィナンシャル ジャパン」の編集にはタッチしていただけなかったのですが、7月1日にナレッジフォア社長に復帰することになったので、この機会に編集権をすべて木村さんに譲り渡すのがよいだろうと判断した次第です。私の計算からすると3カ月早く、「フィナンシャル ジャパン」をお譲りすることになったということになります。
私としては、雑誌の土台はきちんと整備することができたと自負しています。それを使って木村さんが、普通の編集者の発想をはるかに超えた超編集長として、斬新な企画でより一層読者の皆さんを楽しませる雑誌にできるだろうと期待しています。
振り返ってみると、創刊当初は本当に戦争状態でした。手取り足取り編集のイロハを部員に教えていましたし、取材にしても制作にしてもすべて手を添えるようにしてやっていたので、毎日が異常に忙しく、自分でもよく切り抜けられたなあと思うほどです。毎日怒鳴っていたような気がします。
「これではたまらない」と思って、編集部員が自分でものを考え、自分で判断できるように仕事の方向づけをして、みんなの実力を磨かせました。
肝心なのは、「編集長はタテの物をヨコにもしないんだから、自分がすべて何とかするしかない」と思わせることです。そうすると、ある種のオーナーシップが芽生えて、自分で考えるようになります。雑誌のページ作りはチーム作業でなくて個人技なので、そうした動機付けが非常に重要なのです。最近では、部員は私に何を言っても無駄だということがわかったのか、何も言ってこなくなりました(あまり威張れませんが)。
私自身、マネジメントスキルを身につけることができたとても良い経験だったと思います。
最後に言いたいことをひとつだけ言わせていただきたいと思います。
FJ創刊以来、経済雑誌や新聞が、FJに金融担当大臣や日銀総裁や、金融庁長官にご登場いただいたことを非難がましく報道するケースが目につきました。「FJに登場すること自体が、これらの人々と木村剛の親密度の証明である」という論調です。
そうすると、雑誌や新聞に誰かがインタビューに答えて、自分の考え方についてきちんとしゃべるという表現行為をした場合、その人はその新聞社や出版社と仲がよいということになるのでしょうか? まったくナンセンスですよね。だったら中立を標榜する人は、どのメディアにも出られないじゃないですか。それにFJには、他にもいろんな人に出ていただいてますが、木村剛と面識のない人だって出ていますよ。
さらに行政の長が、メディアに出て、自分たちの姿勢について旗幟鮮明にするというのは、とってもいいことですよね。それがどうして非難の対象になるのか。そういうことを平気で書く雑誌や新聞は、行政府の人間にインタビューに行くなと言いたいと思います。
これらの企画は、私の編集権の下で企画掲載されたものであり、わたしは中立的な立場から、これらの企画が、他の企画と同様に、読者にとって意味があるのどうかの価値判断をした上で掲載決定したものです。「これはダメだ」と私が判断する企画であれば、木村剛から提案されたものであろうとも、他の部員からの提案と同様、ボツにしてきました。すくなくともいままでは、わたしがそうしたコントロールを行ってきたのです。雑誌と彼のほかの活動は別物でした。木村剛にFJでインタビュアーをやってもらうときには、「FJのインタビュアー」として、読者のためになる情報を引き出すことに徹してもらいました。
人には役割というものがあります。会社では経営者の役割を果たしている人でも、財界に行けば社業を越えた立場から公益を考える役割を果たそうとするはずです。そういう役割認識を認めないのなら、財界活動などできないし、人の持つ可能性は大幅に狭まってしまうでしょう。民間人が政府に入るということもできなくなります。果たしてそれでよいのでしょうか?
「FJはメディアとして読者のためになる情報として、公的な地位にある人にインタビューして掲載した」という点を完全に無視して、「自分達は中立公正だが、木村が関与するFJは癒着の産物である」。つまり「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」という思い込みでFJをなで斬りにしてきた記者諸氏は、天に唾していないかどうかよく考えるべきだと私は思いますね。
あー、さっぱりした。わたしはもとの物書きに戻りますので、書店店頭で皆さんにお目にかかる日もあると思います。その日までお元気で。
あでゅー!
2005 06 30 [13. 週刊!岡本編集長] | 固定リンク | トラックバック
こんにちは、「組織は戦略に従う」と思っている岡本呻也です。
アルフレッド・スローンが書いた『GMとともに』(ダイヤモンド社)を読みました。「史上最初にして最良の経営書」と呼ばれる本です。読後感としては、まったくそのとおりですね。
ゼネラル・モーターズを世界最大の企業に育てた本人が、その過去のすべてを振り返って書いた実に素晴らしい本です。しかも、1954年に書き上げてから、関係者が全員死亡する1963年まで出版をしなかったというのだから、この偉大な経営者の気遣いは徹底しています。ご本人はその3年後に90歳でなくなりました。ハンパじゃないっす。
本は大きく2つの部分に分かれています。
第1部はGMがいかにして経営システムを洗練させていったかについて、経営者の視点から記述したもの。第2部は、自動車の技術的な進歩や販売制度、海外展開、国防への貢献、人事システムなどについて細かく振り返ったものです。私は第1部が強烈に面白かったです。
GMは長らく世界最大の企業として君臨してきましたが、ここにきて急速に業績が悪化し、大規模なリストラを表明するに至りました。いまやこのさしものエキセレント・カンパニーも曲がり角にさしかかっています。
「偉大な先達であったスローンの教えを忘れたからだ」などと賢しら顔に非難するのは、どこかの出来損ないの新聞の社説のような感じでよろしくないと思います。経営というのはほんとに難しいものだと私は思っていますので。ただ、この本の最終章から、若干の引用をするにとどめたいと思います。これはあらゆるビジネスマンにとっての教訓を含んでいると思いますから。
以下に述べられているのは、スローンの経験に基づいた信念であり、彼がやったのは以下のようにGMをあらしめようとしたことです。つまりここに望ましい経営のすべてが書かれていると言っても過言ではないでしょう。
以下引用。
今日のGMがあるのは、優れた人材に恵まれているがゆえ、彼らが互いに力を合わせているがゆえである。彼らが参画した企業が、各人の活動をうまく結び付けたからである。活躍の場はすべての人々に開かれている。技術知識は、科学の発展に伴いすべての人に開かれた「倉庫」から流れでてくる。生産の手法も広く公開されている。機械類も誰でも手に入れられる。市場は世界全体に広がっている。企業が多くの人から知られ、尊敬を集める秘訣は、顧客の心をとらえることに尽きるだろう。(中略) 動きが鈍ければ、どれほど規模が大きくても、どれほど名声が高くても、市場から背を向けられる。1920年代のフォードがその典型だ。フォードはかつて大きな成功を手にしたが、その成功体験をもたらした事業方針に長く執着しすぎたのだ。(中略) そのGMも、ひとたび繁栄を築いた後に失速していたかもしれない。この業界にはこれまで、いやこれからも危険があふれていて、どこでつまずくかわからない。市場、製品ともにたゆまずに変化している状況では、変化への心構えができていなければ---それどころか私の意見では、変化に対応する具体的方法を持っていなければ---、どのような組織も叩き潰されてしまう。 自動車産業は、誕生から今日まで常に、顧客の志向変化をいかに先取りするかという課題に直面してきた。新製品を開発するには何年もかかるが、それでもやはり、需要が生まれた時には準備ができているようにしておくことが、メーカーの務めである。(中略) GMの目標は、単に『すべての所得層の、すべての目的にこたえること』ではなく、『すべての所得層の、すべての人の、すべての目的にこたえること』と言えると思う
2005 06 23 [13. 週刊!岡本編集長] | 固定リンク | トラックバック
皆さんこんにちは、日々平安な岡本呻也です。
久々に骨太の歴史小説を読んでみたいと思ったんですよ。でも、シバリョーなんかが定型をつくっちゃって、すでに有名になっている話だと面白くないじゃないですか。そこで新たに書いていただくことにしたんです。それが21日発売のFJ8月号から連載を開始する、「権力の回廊 徳川三百年を創った男たちの軌跡」。筆を執っていただくのは、岳宏一郎先生です。
今回の小説のテーマは、徳川三百年の治世を支えた男たちの、すさまじいまでの権力闘争に肉薄することによって、日本人の持つ権力観をえぐり出すことです。
第一回は、家康とともに今川家に人質となっていた徳川家中随一の切れ者、信長と家康の同盟に続いて、秀吉と家康の仲を取り持つことにも成功した徳川家の筆頭家老石川数正の生涯を、憎いほどうまい筆致で取り上げています。
構想としては、家光の時代までの徳川家を支えた本多正信・正純父子、酒井忠世などの三河武士の系譜をまず辿ります。その後、三河武士以外の俊英たちが幕府の権力に迫ろうとします。堀田正盛、新井白石などです。彼らは、将軍を支える幕閣という立場ではあったのですが、実質上権力をほしいままにした人たちです。
暴れん坊将軍のモデルになった徳川吉宗は自ら実権を持ちますが、その後は松平定信、田沼意次といった人たちが権力の中心にしゃしゃり出てきます。彼らはどのように権力を手にしたのか、また運命にもてあそばれて実権を失っていったのか、権力をめぐって踊った人間たちの骨太のドラマが展開します。
筆者の岳宏一郎先生は、関ヶ原の合戦をめぐる大名たちの生死を賭けた壮絶なドラマを圧倒的な迫力で描いて時代小説ファンをうならせた『群雲、関ヶ原へ』でデビューされました。
その後、黒田官兵衛の一代を描いた『軍師官兵衛』、利休の七哲を描いた連作『花鳥の乱』、本能寺の変を公家の視点から描くというチャレンジに見事に成功した『天正十年夏ノ記』といった、他の作家とは全く違う角度からの歴史への鋭い切り込みを見せる作品群で知られています。また人物の心理描写、群像描写には定評のあるところです。「権力の回廊」は、岳先生の得意技が生かせる題材だと思われますので、ご期待いただいて間違いないでしょう。
岳先生は今回の小説を準備するにあたって、多くの一次史料を渉猟されております。例えば第1回、「戦国猿 石川数正」では、小牧・長久手の戦いが和睦に至るまでの経緯を、新史料に基づいて書いています。綿密な史料の検討から、これまでにない人物観が打ち出されてくるかもしれません。わたし自身、この歴史小説の連載の今後の展開がたいへん楽しみです。
2005 06 16 [13. 週刊!岡本編集長] | 固定リンク | トラックバック
みなさんこんにちは。毎年ズボンを買い替えなければならない岡本呻也です。最近の服は縮むのが早いなあ。
私は買い物がとっても苦手です。ショッピングを楽しむという感覚は、私にはよくわかりません。その苦手な買い物中でも一番苦手なのが、服を買うということです。自分を飾っても仕方がないと思ってるんですよねー。男は中身で勝負だ!
……などと言っていてはビジネスマン失格です。初対面との相手との関係を決めるのは第一印象。話を有利に運ぶためには、着るものは非常に大切なんです。私はどうもこのあたりをおろそかにしているきらいがあるかもしれませんね。
しかたないので、スーツをつくる店を決めていて、毎年そこでつくることにしています。
FJの連載記事の中で、意外と見過ごされがちだけど、他の雑誌では絶対に見られないセンスの良い企画として、巻末にあるファッション企画「FJスタイル」があります。
今号で登場しているのは、GIVENCHYとフジテレビ。GIVENCHYの高級スーツを着たかっこいいガイジンのモデルが、東京のお台場にあるフジテレビの社屋のさまざまなスポットでポーズをとって撮影するというものです。一流ブランドと、日本を代表する企業のコラボレーション。これまでに大胆にも、松下電器産業や資生堂、松井証券、日産自動車といった企業の本社をお借りして、ファッションモデルの撮影を続けてきました。なかなか面白いでしょ。
その他にぜひチェックしていただきたいのが、 FJスタイル最終ページの、経営者の仕事中のファッションと、オフの日のファッションを比較するページです。第1回にご登場いただいたサイバーエージェントの藤田晋社長から、今回のカカクコムの穐田誉輝社長まで、話題の若手経営者が自分なりのファッションを公開してくれています。
身だしなみにきちんと気を使うビジネスマンの方は、ぜひご覧になってください。
2005 06 09 [13. 週刊!岡本編集長] | 固定リンク | トラックバック
みなさんこんにちは。ネットデヴ岡本呻也です。
ふと思ったのですが、今年は日本にインターネットが本格的に上陸してから10年目だと思っているのは私だけでしょうか。
そもそも、このブログだってインターネットがあるから、メディアとして成立しているものなんですよね。みんなもっと盛大にお祝いするべきかもしれないのに、誰もなんにも言わないのはなぜでしょう。
企業がやっていたら、誰も祝いたくもないものでも、しつこいほど「10周年記念キャンペーン」なんて宣伝するのでしょうが、インターネットは誰がやっているものでもないですからねえ。
ところが、「いや、インターネットマガジンは、2004年の11月号が10周年なので、去年がインターネット10周年だったかもしれない」という説があります。いやそれどころか、日本でインターネットが正式に商用化されたのは1993年なんだそうです。ということは、とっくの昔にインターネット10周年は終わっていたということなのでしょうか……。
でも私にとっては、今年がインターネット10周年なんです。ちょうど10年前の今頃、初めて自分でアップルのパソコンを買ったんです。秋葉原に買いに行って、そのまま会社に送ってもらいました。しばらくは会社でゲームばかりしていたように思いますが、2カ月ぐらいしたらLANが引かれてその先がインターネットにつながったんです。
自分の机の上で、ウェブサイトを見ることができるようになりました。もちろん当時はJAVA以前ですから静止画だけです。サイトの数も少なかったので、あまり面白い情報もなかったような気がします。YAHOOのホームページなんかも、今と比べればほんとにシンプルなものでしたね。
しかしこの時は、自分のパソコンが、世界中のサイトつながっているというだけですごい感動がありましたよ。今はそんな感動、誰も忘れていますよね。インターネットはあまりにも自然なものとして日常の風景に溶け込みました。
実は私がいた月刊「プレジデント」で、1994年の秋に大前研一さんにインターネットについて語っていただき、それをインターネット革命という単行本にしたんです。この本は10万部売れました。その連載がプレジデントに載ったとき、私は編集部員だったわけですが、「個人が自分の情報をホームページに掲載するようになるために、どんなことでもインターネットで調べることができるようになる」と書いてあったのを読んで、「そんなバカなことがあるはずがない、一文の得にもならないのにどうして無料で情報を世界中に発信するなんていうことを普通の人がやり始めるんだろうか」と思ったのを覚えています。
そして2000年の正月からは、私自身も個人サイトを始めて、今日に至るまで毎日更新を続けているというわけです。【リンク http://www.ne.jp/asahi/shin/ya/】
1999年の後半から2000年の春先にかけては、日本にもネットベンチャーブームが到来しました。インターネットという武器を手にした元気な起業家たちが、大企業を手玉にとってビジネスを伸ばし、株式上場して大金を手にしました。私はその様子を取材して、『ネット起業! あのバカにやらせてみよう』(文藝春秋刊) というノンフィクションを書きました。これが私のデビュー作なんです。ホリエモンが上場した瞬間も取材しましたね。
これらのネットベンチャーは、経営がうまくいったところと淘汰されたところに分かれましたが、うまくいった企業はさらに大きくなって、今や日本の経済社会のメインプレーヤーになりました。プロ野球の球団を買収したり、派手な買収劇を打ち上げたりして、今も経済社会を引っ張るフロントランナーであり続けています。
考えてみると、インターネットがいつから始まったかが問題なのではなく、いつ自分がインターネットに触れたかを起点にして、10周年を振り返ってみるとおもしろいかもしれません。インターネット10周年は、今日もネットに接続する人々の、各々の心の中にあるのかもしれませんね。
2005 06 02 [13. 週刊!岡本編集長] | 固定リンク | トラックバック
みなさんこんにちは。「太ったブタ」より、「太ったソクラテス」になりたい岡本呻也です。直立レッサーパンダでもいい。
ところで6月1日から、宋文洲さんが経営するソフトブレーンが、東証1部に昇格するそうです。おめでとうございます。
外国で生まれて、日本で成人した外国人が創業した会社として初めて1部上場の栄誉を勝ち取ったということなのだそうです。素晴らしいことですね。
宋文洲さんは、いわゆる「変な外国人」としての視点で、日本企業のおかしなところをズバズバと指摘する本も出版していて人気がありますが、とても理詰めで物事を考える人で、「業務の効率をどうすればもっと向上することができるか」を真剣に考えている人なんです。
その宋さんに、「では現代のマネージャーに求められていることの本質って何なんでしょうか。徹底的に追及してみませんか?」とご相談したところから始まったのが、FJ7月号の第一特集・宋文洲が聞いた「5つの智慧」~「上司」の極意です。
アサヒビール、クレディセゾン、パワードコム、昭和シェル石油、日本テレコムという、日本代表する論理派の経営者たちに対して、宋文洲さんに突撃インタビューをしていただきました。
なんせガチンコのインタビューですからね。さすがの宋さんも、「どのように話を聞くか」頭を絞ってインタビューに望みましたし、「今日は社長の本音が聞きたいんです」と前置きをして、どんなに話をはぐらかせされても食いついて、本質的な話を聞き出すことに成功しています。プロのインタビュアーよりもはるかに鋭いインタビュー能力をお持ちの方だと思いました。
そんなわけでこの特集、「いいマネージャーになりたい」と思っている人、マネージャーを使う立場にある人、どちらが読んでもとても役に立つ実用的な特集になっています。適当に大変をつなげただけの編集ではなく、トータルで見て意味のある深い内容の記事にすることができたと思います。ぜひご覧ください。
この特集が載っているFJ7月とあわせまして、宋文洲さんがこれまでに出版した4冊の本の共同のフェアを、東京都内十数カ所の書店と、全国主要都市の書店において展開しています。宋文洲さんご自身のお考えをつづった単行本の方も手にしていただければ幸いです。
【この特集の記事を立ち読みしたい方はこちらからどうぞ】
宋文洲が聞いた「5つの智慧」~「上司」の極意
http://www.financialjapan.co.jp/biz/biz_pickup/
2005 05 26 [13. 週刊!岡本編集長] | 固定リンク | トラックバック
みなさんこんにちは、太った「王子様」岡本呻也です。
フジテレビによるニッポン放送TOBのアドバイザーが大和証券SMBCだったというのはよく知られていますが、ではホリエモンのアドバイザーは誰だったのか? 「えっ、リーマンじゃないの」と思う人が多いでしょうが、MSCBの引き受けは、実はゴールドマンサックスにもJPモルガンにも持ちかけられてたんです。
「フィナンシャル ジャパン」は、あまり知られていないホリエモンの参謀役への単独インタビューに成功しました。
ホリエモンがアドバイザーにしていたのは、M&Aに関してはアメリカ最強の法律事務所スキャデン・アープス・スレート・マー&フロム(長いなあ)の日本の共同事業事務所だったんです。
この法律事務所、世界22カ国に、1700人の弁護士を抱えている大事務所です。LBOの代表的事例として知られている1988年のRJRナビスコ買収の入札は、この会社のニューヨークオフィスで行われて、スキャデン・アープスがアドバイスしたKKRが勝ったというのですから、まさにM&Aの総本山のような法律事務所なんですねえ。
スキャデン・アープスは世界的に事業展開しているのですが、意外にも最初に海外の拠点として置かれたのは東京事務所だったのだそうです。日本では未だに目立ったM&A案件があるたびに「会社は誰のものか」といった議論が蒸し返されるのですが、そんなところに最初に進出したというのもおもしろいですね。
スキャデン・アープスの優位性は、とにかく手がけた案件の数が豊富であること。ほとんどのメジャーな案件に絡んでいるといっても過言ではないでしょう。だからアメリカにおける法律的な判断の積み上げに精通しているわけなんです。この経験の蓄積はかなりの財産でしょう。日本の事務所から問い合わせれば、すぐに答えを返してくれる風通しのよさもあるようです。
このスキャデン・アープスの神谷光弘弁護士に、M&Aに勝つ方法、防衛する方法をいろいろと聞いてみました。なんせ一番よく知ってると思いますからね。
現在、東京事務所の仕事は、国内企業が国内企業を買うというケースが多いそうです。松下電器産業による松下電工の子会社化とか、セガとサミーの事業統合の米国法関連部分などをアドバイスしたと教えてくれました。
こういうM&Aに強い法律事務所の東京進出は進んでいるようで、サリバン&クロムウェル、シンプソン・サッチャー&バートレットなんてところが都心にオフィスを構えているようです。ホリエモン騒動はすでに人々の記憶の片隅に追い込まれてしまっているようにも見えますが、果たしてM&Aの大波はこのまま収束してさざなみ程度になってしまうのでしょうか。それとも大きく盛り返すのでしょうか。
それについてもスキャデン・アープスの認識を聞いてみました。
【この記事を立ち読みしたい方はこちらからどうぞ】
ホリエモンの参謀が語る「負けないM&A」 和田 勉
http://www.financialjapan.co.jp/money/money_pickup/
2005 05 19 [13. 週刊!岡本編集長] | 固定リンク | トラックバック
みなさんこんにちは、GW中にヒゲを伸ばしたけど、誰にも何も言ってもらえなかったのでさびしく剃ってしまった岡本呻也です。しくしく
わたしはふだんはとにかく忙しくて、仕事に絡む本以外はぜんぜん読むひまがないのですが、GWは少しが時間ができたので、本を2冊読みました。1冊は『ガリア戦記』です。
これはまあご存知のとおり、世界史上最大の英雄の一人、ユリウス・カエサル(ジュリアス・シーザー)本人が書いた戦記ですよ。紀元前1世紀、現在のフランスにあたるガリア地方を平定するまでの8年間の記録を、実に簡潔で余計な修辞を配した文体で記したものです。しかし抜群におもしろい。それは軍団指揮官の視点から、状況の推移を克明に描いているからです。
カエサルのガリアにおける働きはすばらしいものだと思います。こんな大部隊のローマ軍団が機敏に移動し、架橋や攻城などの工作を行うことができるというのは、驚くべきことです。それを可能にしたのはそれまでに蓄積されてきたローマの文化だと思います。それがあって初めて、カエサルもローマ軍団の威力を最大化する天才的リーダーの手腕を振るうことができたのだと思います。
しかし、ローマの文化水準はこの後しばらくしてピークを迎え、徐々に衰退していきます。塩野七生さんが、『ローマ人の物語』のなかで、コンスタンティヌス凱旋門(コロッセオの隣にある門です)の彫刻で分析しているように、彫刻の写実性が世紀を減るにしたがって失われていきます。ローマの文化は時代を経るごとに劣化していったのだと思います。カエサルは、たまたまローマの文化が頂点にある時期に登場したのかもしれないなあと思いました。
また、これは企業の組織文化にも共通することだと思います。最強企業のトヨタでは、世界中どこに行っても共通化された在庫管理のシステムや、「カイゼン」を追求する文化を持っています。彼らは企業文化の優位性によって勝っているわけです。これは非常に重要なことです。知識経営の問題ですね。
もうひとつ『ガリア戦記』を読んでいて目についたのは、カエサルが特にスピードを最重視していたことです。
「ただ迅速果断な行動のみがすべてを決定すると思われた」
「この困難は、ただ機敏な行動によってのみ克服される。成功は戦闘そのものにではなく、機会をうまくつかむことにある」
「孫子」やランチェスター戦略に書かれているのと同じことです。
これを知る者しか、リーダーになってはならないと思います。それに誰にでも平等な資源である時間を味方につける大切さを知ることはビジネスマンの基本です。なんせビジネスの語源からしてそうなんですから。しかし、時間を味方につける優位性を知らない人のいかに多いことか。
わたしは編集部員にある一口話を繰り返すことにしています。それを「新幹線に撥ねられる人の話」と言い慣らしています。保線の人が新幹線の線路の保線作業をしていると、遠くのほうから新幹線がやってくるのが見えます。 「ああ、まだあんなところにいるなら、作業を続けていても大丈夫だな」とたかをくくっていると、新幹線は思いもよらない速さでやってきて、撥ねられてしまうわけです。「時間というのはこのように、思っているより早く過ぎるから、常に先手を打たないと撥ねられてしまうぞ」ということです。まあ、言ってもわからない人は、結局痛い目に遭わないとわからないのですが。
2000年前にローマ軍団を自在に動かしてローマ世界を一変し、現代ヨーロッパの礎を作ったカエサルは偉大な存在です。ことマネジメントにおいては、いまも昔も本質的にはまったく変わっていないことを思い知らされました。 彼なら、現代の企業を経営しても、必ず成功者となったことでしょう。
2005 05 12 [13. 週刊!岡本編集長] | 固定リンク | トラックバック
みなさん、こんにちは。巨人ファンの岡本呻也です。
大阪というと長期低落傾向にあり、数年前にはトヨタが支える中部経済圏に工業出荷額で抜かれて、どうしようもない状態にあるというイメージを持っている人も少なくないでしょう。
ところが、ここ最近、大阪経済が回復の兆しが見えてきたという人もいます。正確に言うと、やっと元気になりつつある段階らしい。ようやく風向きが変わってきたのでしょうか。
その一番の要因は、松下電器産業に代表される企業の業績が上向いたこと。数年間にわたってリストラを断行し、バブルのウミを出し切って、やっと積極的な設備投資の攻勢に乗り出そうという体制を整えてきたからです。その姿勢は、下請け企業への発注につながります。仕事が増えてきているらしい。どうやら関西の企業には、お金という血液循環ができて、やや経営改善しつつあるようです。
それはしばらくすると、街の表情にも現れてきます。気のせいだか、繁華街の空気も少しは明るくなったような気がしませんか。一年近く前から大阪に通うようになった人に話を聞いてみると、最初はキタの繁華街もすごーく暗い感じだったのが、年末あたりから明るげな表情になってきたと印象を語っていました。
とはいえ、直近の経済レポートを見ると、「改善傾向には一服感」という表現が並んでいます。1-3月期の業況判断DIがマイナスだったからです。でも4-6月期予想は、大幅に改善しています。どうなるんでしょーかね。
万博や新空港の開港で名古屋に注目が集まっていますが、そういう時だからこそなおさら、大阪にも頑張ってほしいものだと思ってなりません。
2005 05 05 [13. 週刊!岡本編集長] | 固定リンク | トラックバック
こんにちは、シャル・ウィ・ダンス岡本です。
ゴールデンウィーク前に何を書こうかと思ったのですが、私が昨年、日経BP社のサイトに連載した、日本のカイシャとビジネス文化についての分析記事をご案内したいと思います。題して
カイシャ主義に挑戦! “オープンソース型ビジネスマン”の生きる道 です。
これ、かなり好評だったんですよ。投稿のメールも500通くらいもらいました。
みなさん、カイシャについての不満がかなりたまってるんですね(まあ、当然でしようが)。
いま編集しているFJの対談の中で、ある社長さんが成果主義について、「みんな評価されることに不満があるんじゃない。正しい評価をしてもらいたいだけなんだ」と述べておられます。
まったくですよね。だけど日本のカイシャでは、業績を上げることよりも、秩序を守るほうが大切なので、「正しい公正な評価」なんて口先では言っていても、本気でやる気なんかぜんぜんないんですよ。
この記事は、どうしてそういうことが起きるのか、その構造的要因を探り、古い日本企業の体質にからめ取られない新しいビジネスマンのマインドを提唱したものです。
新書一冊分くらいのたっぷりした量がありますから、連休中にお時間のある人はご覧ください。
リンクがちゃんと繋がっていないので、わたしのサイトのページをポータルにしていただいたほうが読みやすいかもしれません。
こちら です。
【http://www.ne.jp/asahi/shin/ya/desk/Linux.htm】
では、みなさんよい連休を!
2005 04 28 [13. 週刊!岡本編集長] | 固定リンク | トラックバック
こんにちは、モリゾー岡本です。
世の中は移ろいゆくものです。昔は日本が中国をいじめていたのに、今では中国政府が日本を公然と非難し、日本側は死んだふりをしています。
私も社会人になって20年弱になります。その間に、日本の企業組織に対する人々のイメージはかなり変わってきたような気がします。早い話が組織の「権威」が崩壊して、社長とか上司が、あまり偉く見えなくなってしまったということがあるのではないでしょうか。
過去20年間をならしてみると、一見まじめに仕事しているのは変わっていないのですが、組織や、そこでやっている仕事に対する信頼感のようなものが、以前に比べると薄くなってきているように思うのです。
仕事が、しっかりと上司の掌の上に乗っていて、コントロールがしっかり効いているという感じがなくなったてきたのではないでしょうか。
非常に大きなインパクトがあったのはバブル経済であったと思います。バブルに踊った後、みんなの気持ちのタガが外れてしまって、役所や企業の不祥事が明るみにさらされ、組織の信用は大きく失墜してしまいました。
さらに、あらゆる組織が抱え込んだ不良債権の存在は、組織の権威を失わせるに十分なものでした。
経済が縮小することで、企業間競争は激化し、バブル以前のようにのんびり構えていてもやっていけるという時代は終わってしまいました。植木等が歌った「サラリーマンは気楽な稼業ときたもんだ~」という環境は過去のものになってしまったのです。
さらに、昔は考えられなかったコンプライアンスや環境監査への対応といった外部的に面倒なことが増えて、「単に目標達成すればいい」という話ではなくなってきたということも、上司や組織が権威を失ってしまったことの背景にあるかもしれません。360度評価なんてのもありますしね。
しかしもうひとつの、見落としてはならない文化的な問題があると思います。それは、戦後の平等教育の大きな成果だと思うのですが、上司自身が「自分は組織の一成員にしか過ぎない」という強い思い込みを持ってしまっている、そういう世代の人が上司に多くなったということなのです。
団塊の世代は、みんなの「お山の大将になりたい」と思っている人たちですから、よくも悪くも「組織をリードしよう」という強い意識を持つ人々でした。しかしポスト団塊以降の人は、段階の世代に迫害されてきた反動もあって、「自分が組織のリーダーであり、目標達成に責任を持っているのだ」という認識に欠けていることが少なくないように思うのです。
「自分が組織の方向性を決め、チームの産み出す付加価値を最大にする責任を負っているのだ」と思わない人がリーダーをやっているとヤバイと思いませんか。
実はこんな話を書いたのは、21日発売のFJの営業幹部特集の巻頭座談で、そういうダメなマネージャーをいただいたダメ営業組織をどうを叩き直すべきかが話題となったからです。
「部下に嫌われたくない、だから部下に嫌なこと言いたくない、部下を問い詰めるようなことはしたくない」という「とても優しい上司」が急速に増殖しているのだそうです。
そういう組織はよい組織なのでしょうか。みんなで甘えてもたれ合っているうちに業績が下がって、給料も下がってしまうというのが関の山でしょう。自己実現のチャンスも減ります。それは望ましいことでしょうか。
過去の日本の企業組織では、上司は部下を権威で治めていたところがあります。それは私は好ましいこととは思っていません。上司を結婚式に呼ばない人は少なかったでしょう。しかし今ではそれが当然です。
マネージャーであるとか、執行役員であるということは、権威ではなくて機能なのです。その機能をしっかり果たすことが各人に求められていることではないでしょうか。ですから経営目標を達成するために、もし部下に嫌われるようなことを言わなければならないのであるならば、「部下に嫌われることがマネージャーの役割だ」と割り切るくらいでなければならないでしょう。それができないのなら、その人は不適任であるということです。
座談会の中では、ある参加者が、「マネジメントとは人間の本性に反しているものだということを、マネージャーは理解しなければならない」と語っていました。あまりうれしくない言葉ですが、組織が他の組織と競争して生き残っていくためには、押さえておかなければならないポイントなのだと思います。
FJ第1特集 「ダメ営業組織委は足元からこう叩き直せ」、なかなか面白いですよ。ご覧ください。
【http://www.financialjapan.co.jp/biz/biz_pickup/】
ところで、FJ 5月号で取材させていただいた「花の宿 松や」の臼井静枝女将が、新たに創設された旅館女将の国土交通大臣表彰の栄えある第1回受賞者として選ばれました。心からお祝いを申し上げます。
今回の大臣表彰創設の理由は、ビジット・ジャパン・キャンペーンなどで外国人の訪日を促す動きの中で、「特に、旅館の高いホスピタリティーを維持するためには、接遇業務の総括責任者である女将の役割が重要視されている」との点に注目したとのことです。
温泉旅館の女将の技量は、アニメーションやゲームソフトのような、世界に誇るべき日本の資産のひとつなのかもしれませんね。
2005 04 21 [13. 週刊!岡本編集長] | 固定リンク | トラックバック
こんにちは、グラッチェ岡本です。
今年の桜はすばらしかったですね。わたしは、上野に程近い谷中墓地で毎年桜を見る機会があります(去年は外国に行っている間に桜が終わってしまって、なにか物足りなさを感じました。やはり日本人は桜を見ないと)。
ここの桜は樹齢がけっこう古いこともあり、見事な花のトンネルを形作っていました。土曜日は特に素晴らしかったです。死体の埋まっているところの桜は特にきれいに咲くといいますからね。
ところで、トヨタのマーク2に乗っていた私ですが、一度だけロールスロイスに乗ったことがあります。そうあれは、今から10年ほど前。城南電機の宮路社長という人がいらっしゃったのを覚えてらっしゃるでしょうか。なんでも現金で仕入れるため、いつも2000万円ほどの現金をスーツケースに入れて持ち歩いていた、あのおじさんです。
なぜか知らないけど、当時はお茶の間の人気者だったですよね。残念ながら7年ほど前に亡くなってしまいましたが。
そして宮路社長のもうひとつのトレードマークが、えんじ色のロールスロイスでした。わたしはこのロールスロイスに乗せてもらって、千葉まで宮路社長と2人でドライブしたことがあるんです。
ひどい企画で、当時の編集長が「古寺巡礼の企画をやりたいので、宮路社長に出てもらえ」というんですよ。あの人が信心なんかするわけないじゃないですか。
しかし私は一計を案じました。「宮路社長といえば大阪のミナミ。大阪のミナミといえば盛り場。また、ミナミといえば法善寺……」。編集者という人種は、こういうことを考えるろくでもない連中なわけです。
宮路社長に聞いてみると案の定、「そういえば、ミナミの飲み屋に同伴出勤する途中で法善寺に寄ったことが何回かあるよ」。「それでは」というので、法善寺に宮路社長が行くという話を書くことにしたのでした。
ところが、法善寺の前で写真を撮りたいのですが、宮路社長を大阪まで連れていくにはどうしても日程が合いません。出張の予定はあるのですが、前の週に行ったばかりだったんです。
そこで私は、またまた悪知恵を巡らしました。「確か千葉県の佐倉にある国立歴史民俗博物館には、法善寺のレプリカがあったはずだ。ここに社長を連れていって撮影すれば、あたかも宮路社長が法善寺に行ったように見えるじゃないか。
もう神も仏もあったものではありません。
そういうわけで、「宮路社長とロールスロイスで行く法善寺半日ツアー」になったのでした。ロールスロイスの後部座席はさすがに快適で、非常に静かだし、揺れも少なかったですね。楽しくお話ししているうちにあっと言う間に博物館についたのを覚えています。無事に撮影も終わり、その日は宮路社長と都内で食事をして帰りました。
マスコミからは「変なおじさん」としか扱われなかった宮路社長ですが、とても素晴らしい人格者でしたよ。弱い者には優しく、強い者はには厳しく、自分のできる範囲で闘っている人でした。化粧品の輸入販売については厚生省と戦い、コメの販売については農水省と戦い、家電製品の安売りについては大家電メーカーと戦っていました。いい人は早く亡くなってしまうんですよね。
今月のFJでは、このロールスロイスがどのように売られているのかについて取材してみました。
ロールスロイスは1台5000万円くらいします。マンションが走っているようなものです。これはもう、車を超えた車なので、普通の車と同じように売るわけけにはいかないのです。ではどのようにセールスマンはお客さまとお付き合いしているのか。それが今回の取材のテーマです。
ショールームで久しぶりにロールスロイスを見ました。やはりすごい存在感を放っていますよね。その後近くの日本車メーカーのショールームに行って車を見たのですが、同じ種類のものとは思えないくらい、ロールスロイスには存在感がありましたよ。
今回は、動画でも取材をしてきましたので、ご興味のある方は以下のリンクからぜひFJオンラインにお立ち寄りいただいて、ロールスロイスに込められているものを見てみてください。
【http://www.financialjapan.co.jp/biz/biz_pickup/】
2005 04 14 [13. 週刊!岡本編集長] | 固定リンク | トラックバック
みなさんこんにちは、春眠暁をちっとも覚えない岡本呻也です。
私は都営バスで通勤しています。都営バスのマスコットは「みんくる」というキャラクターです。結構かわいくて、私は好きです。都営バスは座席が「みんくる」模様になっています。この前京都に行ったら、京都の市営バスは座席の模様が「牛車」でした。これでは遅くていつまでたっても着きそうにありませんね。
ところで、「みんくる」は好きな私ですが、どうしてもバスについて気に入らないことがあります。それはバスがいつも2台連なって走っているということです。これって全くの無駄ですよね。しかもみなさんご存じの通り、前の車両は満員で運行しているのに、後ろの車両はガラガラでみんな座っているという状態です。これって何なんでしょうか。
数学が得意な友達にきいてみると、これはどうやら必然的にそうなってしまうらしいんですね。
つまり、路線の中を走っているバスが正確に時間通りに運行されていれば、このようにバスがつながってしまうことはないのですが、少しでも遅れるバスがあるとバス停でバスを待つお客さんがたまってしまい、その人たちを乗せている間に後ろのバスが近づいてきてしまうわけです。一度遅れたバスは、どんどん遅れてしまうために、結局後ろのバスとつながって走ることになってしまいます。「ゆらぎ」が起きると、それが広がって無秩序を作ってしまうわけです。
路線が長ければ長いほど、バスが終点に近ければ近いほど、こうしたことは起こりやすいのではないでしょうか。
なるほどねー、目からウロコです。こういうふうにならないようにするためには、後続のバスが止まって時間待ちをすればよいのだそうです(前の遅れたバスが満員なのは直りませんが)。
それで思ったのですが、これと同じようなことは超高層ビルのエレベーターでも起きているのではないでしょうか。私はマンションの38階に住んでいて、降りる人が多くて混み合う朝の時間でも、誰も乗ってこずに1階まで真っすぐ降りられるときもあるのですが、誰かが途中で乗ってくると他の階でも乗り合わせてくる人が増えて、エレベーターが満員になってしまいます。
考えてみるとこうしたことは、バスやエレベーターだけではなく、資産運用や職業選択など、空間や時間を超えて社会生活のいろんなところで起きているのかもしれませんね。
2005 04 07 [13. 週刊!岡本編集長] | 固定リンク | トラックバック
みなさんこんにちは、プリマヴェーラ岡本です。
京都の龍安寺に行きました。3回目になります。
門前で拾って駅まで乗ったタクシーの運転手さんに、「どこかおもしろいお寺はないですかねえ。もう大概の観光スポットには行ってしまったと思うんですよ」と尋ねると、「古知谷の阿弥陀寺はどうですか」とのこと。この寺は鯖街道(敦賀街道 or 原発街道)沿いにある慶長年間に創建された寺で、開祖の弾誓上人は即身成仏してミイラになっているそうです。そして運ちゃんは、「私、霊感が強いんですが、この弾誓上人を一度タクシーに乗せたことがあるんですわ」と語り始めました……。
運ちゃんいわく、
その寺の前で、やはり霊感の強い女性を乗せたのですが、その人が「誰か一緒に乗ってきましたよね」とわたしに尋ねるんですよ。やっぱり分かる人には分かるんですねえ。
こうなってくると、面白いので話を合わせるしかありません。
「ほう、どこまで乗せたんですか」
「三千院まで乗っていかはりましたわ。降りる前に頭を3回小突かれました」
「お金払ってもらえないんですねえ」
この運転手さんは、昼間でもバックミラー越しにいろいろなものを見たり、首のない人を乗せたりしているのだそうです。そればかりか、乗り移られてしまうらしい。ある夜、運転していて信号3つ分くらい無意識になって運転していたこともあるそうです。しかも無意識のうちに曲がり角を直角に曲がっていて、気がついたときにはなぜ自分がそんなところにいるのかわからなかったそうな。危ないので夜の勤務はやめて昼だけにしているとのこと。
京都は歴史が古いので、心霊スポットには事欠かないそうです。運転手さんが感じるのは25カ所くらいあるらしい。
その中でも特にヤバイところを教えてもらいました。十条竹田は昔首切り場があったところらしいですが、ここでは首のないお客さんを乗せたことがあるそうです。
よく話に出る、広沢池や深泥池は、やはり噂に違わぬところらしいです。それから化野念仏寺までは仕事だから行くそうですが、そこから上に登る道には行きたくないとのこと。その先にあるトンネルに入ると見たくないモノが見えてしまうそうです。
五条通りに山科の方に向けるトンネルがあって、ここは車道と歩行者用のトンネルが別になっているそうなのですが、この歩行者用トンネルのほうはかなりすごいらしい。車ではトンネルを通るけど、絶対にそちらのトンネルには行きたくないとのこと。
大宮通りの、JRの上を通る高架道路の上もいっぱいいるそうです。乗り移られそうになって10分間ほど念仏を唱えてやっと追い帰したということがあったらしい。
こういう運ちゃんだと退屈しなくて大変結構です。京都の新しい魅力を発見しました。「貸し切り心霊タクシーで行く 京都市内心霊巡り半日コース」なんていかがですか?
2005 03 30 [13. 週刊!岡本編集長] | 固定リンク | トラックバック
みなさん、こんにちは。違いのわからない男、岡本です。
『ダ・ヴィンチ・コード』って、売れてますねえ。
知り合いが、西方浄土にあるという「非戦闘地域」に行ってたんですけどね、そういうお仕事の人なのですが、帰国後パソコンをいじっていて、「モナ・リザ」の顔について以下のような秘密を発見したそうです。本人は「世紀の大発見か」とはりきってますが、はたして真相やいかに?
モナ・リザの秘密
ところで、このブログにスペースをいただいていろいろなことを書くようになってから半年くらいたつと思いますが、私がどういう顔をしているのかご存じの方は少ないのではないかと思います。
そこで、今号のフィナンシャル ジャパンでは不肖わたくし、第1特集の冒頭の記事で、写真入りで登場してしまいました。皆様にお見せするほどの顔ではないのですが、書店の店頭でお手にとって笑ってやっていただければ幸いです。
今回の第一特集は、「相手の心をつかめば仕事はうまくいく」というタイトルです。
そんなのあたりまえですよね。あたりまえなんだけれども、ライバル企業に比べて、それがうまくできた会社が勝ち残ることができるという意味において、競争の激しい現代では非常に重要なキーファクターだと私は思います。最近の競争は、コストや商品力で差をつけることが難しいので、消費者一人ひとりの気持ちをどのようにつかみとるか、どうつなぎ止めるかに各企業の命運がかかっているわけです。
ではどうすれば、相手の心をつかめるのか、その問題に有効な解決策を提示しているのが、今回お出ましいただいたヘイコンサルティンググループです。ヘイコンサルティングは、世界的に有名な人事コンサルティング会社で、仕事の中身を細かく規定して、「この職務についた人にはこのくらいの給料を払う」という、「椅子に値段をつける」ヘイシステムを開発した会社です。つまり現在の世界の給与体系の大本をつくった会社と言えるでしょう。
この会社が、『EQ』を書いたダニエル・ゴールマンと一緒になって開発した、人が他人に働きかけるときに、頭の中でどのような働きをして相手の心に訴えかけるかというモデルについての解説が、今回の第一特集の冒頭記事なんです。細かいことはややこしいので本文をご覧ください。
このモデルは、とってもよくできていて、仕事だけではなく、生活のあらゆる局面で応用することができると私は思います。
東京都内のある有名女子大学のマスコミュニケーション論で講義を頼まれたときに、「何を話そうかな-」と思ったのですが、この話を恋愛論に置き換えて話すことにしました。
「最近は、大学まで学級崩壊が進んでいるので、なまじなことでは女子大生の心をつかむことができない」と思ったからです。「恋愛EQ」ですね。結果的にはこの話は、90分間女子大生のハートをつかむことができるということが判明しました。テープを録っておいて起こして私のサイトに掲出しておいたので、ご興味のある方はこちらからご覧ください。
2005 03 24 [13. 週刊!岡本編集長] | 固定リンク | トラックバック
みなさんこんにちは、昼あんどん岡本です。
またしても私のサイトのネタなのですが、こんなのはどうですか。
最近政府は、「ビジット・ジャパン・キャンペーン」というのをやっていまして、「2010年までに1000万人の訪日外国人誘致」を実現したいらしいんですよ。それで小泉さんがCMに出たり、いろいろな施策をやっているらしいのですが、私は以前から、江戸城を再建すると非常に効果が高いのではないかと考えています。詳しくはここに書いているのですが……。
江戸城というのは、皇居のことですが、皇居として使用されているのは本丸ではありません。本丸は皇居東御苑として開放されています。ここに、江戸時代にあったような高さ地上61メートル、五層六階の天守閣を再建したらどうなるでしょうか。
第一のメリットは、天守閣は東京のランドマークになるということです。東京駅を降りた外国人観光客の目の前に、パッと江戸城が飛び込んできたらみんな喜ぶと思うんです。われわれがパリに行って、シャンゼリゼ通りでバスを降りたら目の前に凱旋門があって、「異国にきたんだー」と感動する気分を味わっていただくことができるというわけです(すみません、おのぼりさんで)。東京にそういう歴史的建造物がないから、これまで外国人観光客は鎌倉を訪れるか、日光まで足を伸ばすかしなければ異国情緒にすら浸ることができなかった。これじゃ外国から人はきませんよ。
第二のメリットは、江戸城を博物館として利用できるということです。単なる博物館としてではなく、周辺にある江戸東京博物館や東京国立博物館などと連携して、総合的に「日本とは何か」を理解することができる展示プログラムの核となる施設にすればよいと思います。土地があるのですから、天守閣の近くにバスターミナルを作ってはとバスを走らせ、東京や関東各地の外国人観光の拠点とすればよいでしょう。
第三のメリットとして、再建した江戸城をG8サミットの会場にするということが考えられます。大阪城でAPECをやったときには、各国の代表は大変喜んだそうです。われわれにはぴんときませんが、城郭建築にはそうした魅力があるみたいですね。もともと城なので警備も楽だし、こたつにミカンで会議をやれば、相手をこちらの土俵に引き込んで、日本に有利なアジェンダ・セッティングもやりやすいかもしれません。
「今さらそんなまがい物の城を立ててどうする」と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、あのノイシュバンシュタイン城だって、コンクリート造りで中にエレベーターが通っているまがい物の城なんです。でもノイシュバンシュタイン城の観光に対する貢献は大変なものだと思います。わざわざ日本からあの城を目当てに出かけて行く人も少なくありませんし、ディズニーランドのシンデレラ城のモデルにすらなっているわけですから。
そんなよしなしごとを、5年前に考えていたということを思い出しました。
2005 03 17 [13. 週刊!岡本編集長] | 固定リンク | トラックバック
みなさんこんにちは、トイレット博士岡本です。
チキショー、40歳になっちまいましたよ。
さて、土曜日の夜中に寝ぼけながらテレビを見ていて、驚きました。関東ローカルなので、それ以外の地域の人には申し訳ないのですが、
こんな動物が地球にいた! 史上最強のほ乳類スペシャル」(テレビ朝日)
というのを見たからなんです。太古の昔に存在した現存しない哺乳類の姿を、あたかもその場にいるような臨場感ある感じで、CGで再現している映像に目が釘付けになりました。
これはBBCが製作した「Walking with Dinosaurs」の続編である「Walking with Beasts」を、日本版として仕立て直したものだったようです。
まあ、早い話が、「ジュラシック・パーク」をほ乳類でやっているようなものなのですが、もっとも初期のほ乳類とか、最大のほ乳類とか、アウストラロピテクスとか、サーベルタイガーなんかの生態を、ドラマ仕立てで見せてくれるという、実に見ごたえのある番組だったですね。いやほんと、実に優れたテレビ番組と言えると思います。
わたしはディスカバリー・チャンネルも見ていないし、テレビ自体も最近あまり見なくなっているので、これしきのCGに驚いているのは困ったちゃんなのかもしれませんが、でもいまはもう見ることができない絶滅動物の暮らしぶりを、あたかも目の前にいるかのようにわかりやすく再現してくれるというのはすばらしいと思います。
学術的な裏づけもある十分番組だと思いますし、わざとらしいMCが入らなかったら、もっとよかったのに。残念!
サーベルタイガーというのは、「南米最強の動物」ということで、まあ豹とかライオンのたぐいだと思うのですが、他のオスがハーレムを乗っ取った後、それまでハーレムを支配していたオスの子どもを殺すというところまでやっていたのはリアルでしたねえ。
たしかライオンは、妊娠中のメスの子どもまで、フェロモンかなんかで流産させて殺す生態があったと思います。まあ、生んでもどうせ殺されるわけですから、流産しちゃったほうがメスにとっても効率的なので、そのように進化した結果だとも思われます。「動物も同族殺しや子殺しをするのか」というので、有名になった話です。最初はハヌマン・ラングールというサルの仲間で発見された行動で、杉山幸丸という日本の学者が研究したのですが、そんなことはどーでもよくって、まあよくここまでカメラワークに凝って再現CGを作ったなと、それに驚きましたよ。先週のTOTOの工場に続いて、「恐れ入りました」と頭を下げる思いです。
こういうCGは、教育上も非常に効果が高いと思います。
でおもしろいのが、人類の祖先であるアウストラロピテクスなんですが、「万物の霊長」とは程遠い存在なんです。他の動物に比べるとぜんぜん弱っちいわけですよ。すぐ強い動物に襲われて食べられちゃう。
でも、弱いからこそ団結して集団で戦うことを覚えたし、コミュニケーションの能力を発達させたのだそうです。なるほど、そーだったのか。ほんとうにそれが人類の社会性の起源だったのかどうかよくわかりませんが、集団で威嚇することで襲ってきた動物を撃退した再現シーンは、説得力ありましたね。
でも、組織生活の中に安住してしまった人の中には、なぜか自分が力を出さずに集団にぶら下がろうとする人がいたりします。そういう人は、コミュニケーション能力がこれまたかなり退化しちゃってますよね。
てゆーか、コミュニケーションが取れなかったりする人がいたりします。
「あんた、アウストラロピテクス以下やろ!」と言ってやりたくなる人がいますよね。
うーむ、これも進化上の戦略なのかもしれません。人類は時に、アウストラロピテクス以下になることもあるのです……。
2005 03 10 [13. 週刊!岡本編集長] | 固定リンク | トラックバック
みなさん、こんにちは、「愛ルケ」岡本です(読んでないけど)。
でも、ドラッカーの「私の履歴書」はメチャおもしろかったっす。2~3カ月続けていただいてもよかったのですが。
さて、スカイマーク・エアラインズの飛行機に乗って、TOTOの小倉工場を見学に行って、度肝を抜かれました。今日はそのお話をしましょう。
軽い気持ちで「工場見せていただけませんか?」とお願いしたんです。そしたら技術部長さんにスタンバっていただいて、じきじきにご説明を伺ったのですが、そのハイテクたるや、たいへんなもんですよ。
陶器ですから、焼くと体積が14%縮小するわけです。それも均等に縮小するのではなくて、重力に沿って微妙なそりがないと、縮んだらおかしなことになるわけです。それを見越して型を作っているそうです。これは経験によって蓄積されたものすごいノウハウです。参入障壁にすらなっています。
最近は「トルネード洗浄」といって、水が便器を一巡することで洗浄の効率を上げ、節水する便器がありますよね。
従来型の便器は、便器フチの水出し穴から洗浄水を出していたので、その穴の間の部分は洗浄しないわけです。そこに雑菌が繁殖して臭いの元になるのですが、トルネードだと吐水口は一カ所ですからこの問題が解消されます。そして、この複雑な水流を東工大のスーパーコンピューターをつかって解析したり、トヨタとホンダとTOTOしか持っていないという産業用CTで便器の中を1ミリ単位でスキャンしたりして品質改善を追及してるそうです。想像していたのとかけ離れたすごいハイテクに圧倒されました。
たとえば「おつり」って来るじゃないですか。あれって、単なる一次的な反作用ではないんだそうです(お食事中の方のために、表現をぼかしてお届けしています)。じゃなくて、高速カメラで撮影してみると、第1次爆撃をしたあとに、中に溜まっている水が押し上げられて「おつり」になるんです。だから溜まっている水の形状を工夫することで「おつり」を少なくすることができるのです。そうした計算に最新のコンピュータ技術がつぎ込まれています。
工場の中は、そんなに新しい建物でもないのですが、これがまたもころかしこもピカピカに磨き上げられて、見事に整理されているんですよ。塗装やガラス繊維吹き付けなどの工程は見事にロボット化されてますし、検品や身障者用便器など特殊品製造などの人手がかかるところは熟練の技を織り交ぜています。いま京都で御苑の中に迎賓館を建て替えているのですが、ここに収める便器などは、「数寄屋大工や左官の技法、日本庭園の造園技術など、我が国で昔から培われてきた伝統的な技能を活用する」というポリシーの下、大昔の職人芸で作っているのだそうです。
この工場は最近、TPMワールドクラス賞というのを受賞したのだそうですが、これは世界で6社しかもらっていない名誉ある賞なんだそうです。そんな自慢の工場だったんですね。広報の人は「んー、ご覧になったらどーでしょうか」レベルだったのですが、やられました。恐れ入りました。
それで、住宅機器というのは、みんな20年に一度くらいしか買い換えないものです。だからショールームに行くと結構楽しめますよ。便器から音は出るわ、香りは出るわ脱臭はするわ、暖房はするわ、人が近づいたら自動でふたが開くわ、勝手に洗浄するわ、至れり尽せりですよねえ。
同社が2月に出したバカ売れ商品で、あんまり売れているので欠品させないために必死で増産している「ネオレスト」という商品があるのですが、これなんかすごいですよ。フチがないので、ぜんぶ磨けるわけです。だから雑菌が繁殖しなくて臭いがしないと。便器もどんどん進化しますよね。恐るべし。
TOTOはノリタケを作った森村市左衛門が1917年、東洋陶器株式会社としてこの場所に作ったのだそうです。当時は便器なんかない時代です。そのころ「日本にも衛生陶器が必要とされる時代が来る」と言って、釜を焼くのに必要な石炭が産出される北九州に創業したとか。その心は、アメリカへの輸出は名古屋のほうからすればよい。東洋陶器のほうはアジア市場を見据えようということだったのだそうです。
めちゃくちゃスケールのでかい話です。そして80年以上前の創業者の志は、今花開いています。TOTOは世界中に、なんと年間1200万個も衛生陶器を供給してるんだそうです。すごい数ですよね。インドネシアや北京などに続いて、現在ハノイの近郊に巨大工場を作っていて、ここからアジアへさらに多くの供給を計画しているそうです。
スカイマーク・エアーを飛ばした澤田さんもそうですが、経営者の志が世の中を変えていきますよね。新しいものを作る壮大な気宇、すばらしいことだと思います。
2005 03 03 [13. 週刊!岡本編集長] | 固定リンク | トラックバック
みなさんこんにちは、ジェリクル岡本です(意味不明)。
ほりえもんがサンプロに出て、堀紘一氏と榊原英資氏にいじめられたのはみなさんご承知のとおり。それで堀紘一氏の株がぐっと下がって、ほりえもん支持派の間では堀紘一バッシングが大変なことになっています。その翌日発売のFJには彼の高校時代についてのコメントが載っていたりするのですが……。
さる筋から聞いたのですが、堀さん本人はサンプロに出かける前にはあんな吹っかけ方をするつもりは全然なかったんだそうです。
ところが番組前の打ち合わせで、堀さんの役割がああいう感じで決まってしまって、ご本人はサービス精神がかなり旺盛な人なので、あんな感じになっちゃったらしいんですね。
ところがその後のバッシングの嵐。「テレビは怖い」と、あれだけテレビ馴れした堀さんも驚いているとか。うーむ。
で、木村さんの昨日のブログで「ニートの日」があるというのは笑いました。
いや、笑えないんですけどね、みんな心の中にニートっぽい部分を必ず持っているのではないでしょうか。
わたしは人と人との関わり、その総体としての社会に関心があるので、ニートもまた反対の意味で興味があります。社会に入ることを拒否している人たちなわけですから。人はだれでもニートになる要素をもっていると思うんです(ボクはおうちが好き! オフィスに出てくるの嫌だもん)。
それで、わたしは今月のFJで「金銭教育」を第2特集で取り上げました。これはふつう、雑誌の特集では取り上げないネタですよねえ。
「金銭教育」というのは、「お金を介して、自分自身が世の中とどうかかわっているのか」を実感していくプロセスだと思うんです。でもってそれは、まさに子どもの「生きる力」に直結してるんですよ。
特集の冒頭では、金銭教育について日本や欧米のケースに詳しい3人の方に座談していただいたのですが、これがおもしろい。まず、「おカネはただの道具なのだ」ということをしっかり身につけなければ「おカネをたくさん持っていることがいいことだ」という価値観に染まってしまい、ひいてはおカネに支配されてしまうんだそうです。
ではどうすれば、お金についての教育ができるか。そのためのツールは、こづかいや手伝いです。「仕事をすれば、お金がもらえるし、それが人とのかかわりになっているからおもしろいんだ」という、当たり前のことを身につけなさいと言うことですな。
最近の子供は恵まれているので、こづかいがなくなるとおじいさんやおばあさん、両親にねだれば何でも買えるという環境にあるわけですが、その認識をまず変えないとあきまへん。
「お小遣いは決められた金額の中でやりくりしなければならない」というルールを決めて、子供自身に「何を買うべきか」や、「欲しいもの」と「必要なもの」の違いを考えさせないと、お金の意味は身につきませんからね。そういう教育をするためには、親の側にも、「お金が足りなくなっても、追加のお小遣いはあげない」という自制心がないとダメです。
盛り場に出てくる青少年は、とりあえず自分が自由になるおカネを持ってやってきて、「おカネがなくなったら、その後なんとかすればよい」という行き当たりばったりな考え方で、犯罪に巻き込まれたり、身を持ち崩していくというのが世の相場です (ステロタイプですが)。それはやっぱりまずいですよね。
消費者金融の新規顧客の40%が20代であるというデータもあります。「どうせ生きるのなら、主体的に世の中にかかわりあったほうがおもしろい」という認識を社会人未満の人にもってもらうためにも、金銭教育は大切だと思うんです。
「金融教育」特集の記事の一部は、FJオンラインでご覧いただけますよん。
2005 02 24 [13. 週刊!岡本編集長] | 固定リンク | トラックバック
みなさん、こんにちは。岡本呻也です。
この時期やっぱり、ほりえもん対フジサンケイグループの話を書くべきなんでしょうかね。
ほりえもんにも日枝さんにも会ったことあるし、関心はあるんですけど、無責任なことを書く気にもなりません。お互いが死力を尽くして、「負ければ地獄」のビジネス・ゲームを闘っているわけですから。
リーマンの利益は数十億円だそうですが、外資系証券大手の某社はこの話を「リスクが大きすぎる」と断ったと聞きます。バイプレーヤーたちもリスクを取って闘っていますね。
そういう中で、いま話題の映画は「オペラ座の怪人」です (どういう展開じゃい? と自分ツッコミ)。
わたしはロンドンで2回舞台を観ました。最初に見たときはぶったまげましたねえ。「世の中にこんなすごいものがあるのか」と。
とにかく、舞台転換の仕掛けがすごいんですよ。でも、それって映画じゃあわからないんじゃないの?
オペラ座は都市のど真ん中の「ハレとケの同居する空間」です。その中に、怪人、オペラのプリマ、恋愛劇、劇中劇、各々の心の中に住む「幽霊」、19世紀のパリの文化、仮面舞踏会などなど……究極のドラマ性を感じさせる舞台設定が「あっ」と驚く仕掛けで次々と目の前に現れてきます。しかもそれがすべて人力で動かされているというのだからすごい。特にオペラ座の地下にある湖を船で進むという仕掛けには、多くの人が幻惑されたでしょうね。あれはおそらくオッフェンバックのオペラ「ホフマン物語」の第3幕ヴェニスの場面をパクったにちがいない。
この舞台のすごさに匹敵するのは、ゲッツ・フリードリヒが演出したベルリン・ドイツオペラの「神々の黄昏」のフィナーレくらいのもんでしょうなー。
思えば最初に観たミュージカルがこれでした。いちばんすごいものを最初に観てしまうというのは不幸な感じもします。
たとえば、『カラマーゾフの兄弟』をまだ読んでいない人を、私はうらやましいと思います。だってこれから読めるんですから。まあ、そんな感じでしょうか。
しかし、この「オペラ座の怪人」のあとに知ったにもかかわらず、より満足度が高かったミュージカルがあります。それは「レ・ミゼラブル」なんです。最初ニューヨークで観て、ロンドンで2回観て、ニューヨークでまた観て、日本で2回観ました。アホです。
かわいそうな孤児コゼットがいて、ジャン・バルジャンに拾われて育てられて、かっこいい青年と結婚しました。ジャン・バルジャンは彼女のために命をささげたも同然ですが、そういう親身な恩人だけではなくて、革命を通して世の中を前進させてきた多くの人たちの犠牲の上に、コゼットたちの幸せがあるんですよ、というのを見事に表現したお話です。悪かったですねえ、わたしはこういうのが大好きなんですよ。
特に島田歌穂のコゼットは、舞台に出てきただけで泣けますねえ。彼女は昔は「がんばれ!!ロボコン」で「ロビンちゃん」を演っていたのですが。
この劇中の、パリで革命を試みてバリケードに立てこもった青年たちの歌が有名ですよね。歌詞は、
「民衆の歌声が聞こえるか? 怒れる人民の歌を歌っているんだ 二度と奴隷にならないという 人民の歌声だ! 君たちの心臓の鼓動が ドラムの音と共鳴するとき 新しい人生が始まり 明日が訪れる!」
「この戦いに参加して 自由になる権利をつかもう!」
「すべてを投げうって 我々の旗とともに進んでくれるか? 倒れる者もいれば行き残る者もいよう 思いきって立ち上がろうじゃないか」
と言っているんです。
わたしは、こういう呼びかけに共鳴してしまいますね(単に性格ですが)。
社畜になって死んだような人生を送るくらいなら、死んだほうがましだと思います。
自分の住んでいる社会の運営に積極的に参加しようとしない人は、まともに相手にしても仕方がないと思います。「奴隷でもいいや」と思っている人たちなわけですから。
自由意志で立ち上がって、自分たちの新しい道を協力して切り拓いてこそ、人間だと思うのです。
そのとき、倒れる者も生き残る者もいるはずです。犬死はごめんですから、リスク・コントロールは必要でしょう。だけど、リスクを恐れてじっと引きこもり、チャンスを失うのはごめんです。
変革をひたすら拒否して、自分では何もしないくせに、チャレンジしている人をこき下ろすような態度は卑怯だと思います。
だからわたしは、ほりえもんの勇気に拍手を送りたいと思います。また、防戦するフジサンケイ側にも頑張って欲しいと思います。
かれらは日本のビジネス界に新しい時代をもたらしつつあります。このM&A劇の帰趨を見つめるにあたっては、われわれは決して「勝ち負け」の帰結だけに興味をもつ野次馬であってはならないと思います。ただ傍観するのではなく、「日本の資本市場が迎えつつある新しい時代に、われわれも参加するんだ」という姿勢すら必要なのではないかと思うのです。
2005 02 17 [13. 週刊!岡本編集長] | 固定リンク | トラックバック
こんにちは、岡本呻也です。
みなさんはも



