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皆さん、こんにちは。木村剛です。1月18日のコラム「なぜ偽札作りは罪が重いのか?」にたくさんのトラックバックをいただきありがとうございました。まあ、そんなに小難しく考えなくても、「inmylife」さんが言うように、「まじめに働いている人が馬鹿を見ることになるのが許せないです」というのはおっしゃるとおり。
ただ、拙著「おカネの発想法」(日本実業出版社)において詳述しておきましたが、「えみっちぃの見る風景」さんが指摘しているように、「不思議なものです。たかだか、日本銀行の発行した紙っぺらが価値を持つなんて。山や森の中に行けば全く意味のないものになってしまう。お金と言うものは人が集まる所にあって初めて価値を発揮するものなんだなぁ。人が集まって初めてお金のありがたみがわかる訳だ」という本質論について、多くの人々が認識しておくことは極めて重要だと思うのです。良くも悪くも「貨幣という物は人間の作り出しだ偉大な創造物」(by「和ちゃんブログ」さん)であり、「お金は、いつでも目的ではなく手段でしかない」(by「他人の不幸は蜜の味」さん)だからです。
それにしても日本人は、無前提にお上を信用していたりします。だから、お札も無前提に信用したりしているのかもしれません。「sukemaroの『面白きこともなき世を面白く』」さんが指摘していますが、「アメリカでは100ドル札渡すとほとんどが(渡された方は一瞬驚いて)透かしチェックするけど、あんな感じで。あれやられた時ちょっと気分悪かったけど日本でも必要だ」ということなんですけれどね、本当は。「ヤースのへんしん」さんが言っているように、「『透かし』をチェックすることは、高額のお札を受け取る側の権利だと思った方がいいかもしれませんね」ということなのです。
もしも万が一、今回の偽札事件が「貞子ちゃんの連れ連れ日記」さんの推察どおりに「日銀券偽造同時多発テロ」だとしたら、それこそ大変です。お札を信用しなくなり、国を信用しなくなったら大騒ぎです。だって、「国を信用していなかったらお札は使えませんよね。だって子供銀行券と変わらなくなりますから」(by「さいとうくんのニュース速報!?」さん)ね。
そうなったら、「やっぱりお金のことを勉強するより外国語。デフォルトの現実味が迫る前に何処でも暮らせる強い人になっていたい」(by「にやけ猫サプリメント」さん)ということなのかもしれません。くわばら、くわばら。
2005 01 31 [04. 経済政策を語ろう!] | 固定リンク | トラックバック
*今月のお題「デジタルビデオレコーダー、どう使っています?」
デジタル放送対応といえば、東芝さんも最近対応を始めていますが、最近リリースされたRD-X5も相当ハイスペックなものとなっています。600GBのハードディスクを搭載し、2つのチューナーとエンコーダを搭載して2番組の同時録画を可能とするなど、様々なメリットがありますが、中でも個人的に心惹かれるのはスカパー!連動機能ですね。CSの録画が簡単になるのはありがたいところです。
シャープはさらに最近話題の大容量次世代光ディスクであるBlu-rayDiskを採用した機種(BD-HD100)も出していますね。ハイビジョン放送を録画し始めると今度はディスクの容量が気になるところですので、今後本機に限らずBlu-rayDiskを採用した機種は本年から少しずつ出てくるものと思われます。まだ価格的には、本体、メディアとも手が出にくいところではありますが。
このお題の文章の続きや、このお題へのトラックバックは 「木村剛モノログ横丁~トラックバック井戸端会議」までお寄せください。
2005 01 30 | 固定リンク
*今月のお題「冬のソナタ」ファッションでお洒落を楽しむ」
地球の温暖化とともに年々暖冬傾向といわれていますが 今年の1月は寒い日が続いています。12月までの冬にしては暖かかった気候に身体が慣れていないので、特に寒く感じるのでしょうね。トラックバックのご意見では、マフラーはまったくしないという意見もあったのですが、男性がスーツに合わせてネクタイをコーディネイトするように、冬の街を颯爽ときめるためにもマフラーファッションは効果的に演出する小道具となるのです。
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2005 01 30 | 固定リンク
*今月のお題「ワイン、どこで飲んでます?」
ワインはほんとうに日常になりましたですね。しかし、まだまだ「ワインを選ぶ人」がご自分の「選球眼」で真面目にワインを選んでいる店は少ない!(あー、ほんとのこと言っちゃったっ!!)のが現状ですな。インポーターや酒屋との付合いからなんとなく載せているという現状は結構蔓延しているようでもあります。
充実したワインのラインナップ、ソツのないサービス、いい雰囲気の店内などどこも揃っています。でも僕が求めるならば、「なぜこの生産者のものをウチが扱うのか?」「このワインをお客様にどう説明すれば気に入ってもらえるか?そして飲んでもらえるか」とかのこだわりですな。要はその店の「濃さ」かな。
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2005 01 30 | 固定リンク
1月のお題「気分を一新したいときのステーショナリーは?」にたくさんのトラックバックをありがとうございます。やはり皆さん、いろいろな思い入れや思い出があるんですね。性格によってもこだわりが異なるようで、大変興味深く読ませていただきました。
今回ご紹介するのは、憧れの「薙刀研ぎ」さんのトラックバック。読んだだけでわくわくするような、客のココロをつかむ店ではないですか。
このお題の文章の続きや、このお題へのトラックバックは 「木村剛モノログ横丁~トラックバック井戸端会議」
までお寄せください。
2005 01 29 | 固定リンク
「SEのための金融の基礎知識」
日本能率協会マネジメントセンター刊 克元亮編
2625円(税込)
現在、金融機関の情報システムに関わる人々は大きく三つの問題を抱えている。一つめは、業務知識を豊富に持つ団塊の世代が大量に退職するといわれる「西暦二00七年問題」である。二つめは、提案や開発にあたるシステムインテグレータのコミュニケーションの難しさである。業態間の相互乗り入れが始まっている金融機関について情報システムの作り手は戦略や業務を幅広く理解しておく必要がある。三つめは、プロジェクト運営の難しさである。我々が日ごろ利用している銀行のATMやクレジットカードの決済、どれをとっても情報システムと無縁ではなく、開発プロジェクトの失敗が目立つ業界といえる。
いわゆる「SE本」は世の中に数多くあるが、金融機関のシステムに特化して知識を整理した書籍はほとんどない。本書は、銀行・証券・保険・クレジットカード・消費者金融を取り上げ、金融の基礎から経営戦略、業務フローと情報システムの関わりを整理し、初級SEのレベルでも理解できるように、わかりやすく執筆されている。『金融機関のシステムに関わるが、なにから勉強したらよいのかわからない』・・・そのようなとき、まずは本書を手に取ることをお薦めしたい
(追伸)「週刊!木村剛」は、総合ビジネス月刊誌「フィナンシャルジャパン」(年間購読はココ)および「フジサンケイビジネスアイ」(購読希望はココ)とメディア・コラボレーションしています。本日の記事は、「フジサンケイビジネスアイ」に1月24日に掲載したものです
2005 01 29 [12. 本のソムリエ] | 固定リンク | トラックバック
皆さん、こんにちは。木村剛です。私は生粋のビートルマニアですが、ビリージョエルも大好きでした。「Honesty」なんて最高でしたね。ただ、アルバムとしては、初期の作品である「ストレンジャー」が素晴らしいと思っています。そんな私に、「戯言家:桐鳳柳雨」さんがドンピシャのトラックバックを送ってきました。
なんと、「戯言家:桐鳳柳雨」さんも、「もしも私が1枚だけしか『アルバム』を持つことが、そして聴くことが許されなかったとしたならば、迷わずこの1枚を選びます。多感な中学生時分に聴いた、ということもあるのでしょうが、この1枚の全ての曲が全て素晴らしい…。こんなアルバム、後にも先にもこれ1枚だけ、だと思います。以来、数年にわたり、ビリージョエルにハマることとなりました」と告白しているのです。
1977年に発表されたアルバムですから、私も、ちょうど多感な高校生時代でして、ビリージョエルには完全にハマりました。ただ、そういうビリージョエルマニアの「戯言家:桐鳳柳雨」さんがこう書いてくれたことに結構考えさせられました。
「英語も解らない日本人がなぜ私の歌を聴くのか…」 真偽の程は定かではありませんが、彼がこう言った、という話を後年聞きました。そして、その言葉になんとなく不快感を覚え、暫くビリージョエルの曲から離れていた時期がありました。 しかし、もし彼が本当にそう言ったとするのであれば、彼はそれだけ自分の「詩」に自信があり、誇りがあり、そして何より一番世の人々にアピールしたい部分なのではないか…。今ではそう解釈しています。
私はこの話を聞いたことがなかったので、その真偽のほどは全く分からないのですが、「何かを伝えたい人=ビリージョエル」と「聴き手=ビリージョエルを好きな人」との間の葛藤という観点からみると、なんとなく分かる感じがします。
表面的に見ると、ビリージョエルと聴き手は相思相愛のはず。でも、ビリージョエルからすれば、大切なものは彼が伝えたい「何か」なのです。しかし、聴き手からすると、大切なものは「彼らが思い描いているビリージョエル像」だったりするわけです。そして、その「何か」と「ビリージョエル像」には直接の関係がなかったりするわけで、そこに相思相愛のように見える葛藤が生じるのかな、と思ったりもします。
その葛藤を解決するのは時間しかないのかもしれません。時を経て、「戯言家:桐鳳柳雨」さんのように、「もし彼が本当にそう言ったとするのであれば、彼はそれだけ自分の『詩』に自信があり、誇りがあり、そして何より一番世の人々にアピールしたい部分なのではないか…。今ではそう解釈しています」と思いやれるような、相手側に立った気持ちのゆとりが持てるようになりたいものです。
2005 01 28 [02. ゴーちゃんの素顔を暴く!] | 固定リンク | トラックバック
こんにちわ。神部です。
日本と韓国の国交が正常化してから40年がたちました。今年は日韓友情年だそうで、今年一年をかけて両国で様々な交流行事が繰り広げられるそうです。昨日にはその開幕式がソウル市内のホテルで開かれ、イベントに出席している森喜朗前首相や盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領ら映像がテレビで流れていました。
で、今日の話は韓国のテレビドラマや映画についてです。私も時々見るんですが、これがまた、つい最後まで見てしまうんです。皆さんはどうでしょうか?
最後までみると、「あれ?」という感じで、なんてことはない内容だったりするんですが、これがまた不思議と最後までみてしまうんですね。一方日本の番組なんですが、ドキュメンタリーもドラマも最後まで見なくなっちゃいました。
結局、ドキュメンタリーでもドラマでも、映像にかぎらず、書籍でもそうですが、いつも次に何がでてくるのかを予想しながら見たり、本を読んだりするわけですが、コンテンツにはすべからく制作者の意図が入っており、それを考えながら見たり、読んだりしたときに、ストーリーの展開や、映像の表現が、あまりに「ベタベタ」な展開、手法を用いられてしまうと、僕の場合は、その瞬間に興味を失うというか、我慢できなくなり、スイッチを切ったり、チャンネルを切り替えたりしてしまうんです。
まあ、多分みなさんもそうでしょう。
私は国際的な基準で考えると、日本のテレビ番組の完成度は非常に高いと思います。カメラワークもさることながら、小道具も含めて、本当に小さなところにまで、非常に気配りがなされていて、「ものすごくレベルが高いな」といつも思います。でも、それと、最後まで見られるかどうかは別の問題なわけなんですが・・・。
で、自分なりに、なんで韓国ドラマを見てしまうのか考えたのですが、何に一番興味を持っているかというと、ロケ場所の風景だったり、挨拶するときの習慣だったり、つまり、韓国の日常がどんなものなのかということが知りたくて必死に見ているんですね。
パッと見ると、すごく似ているんですが、何処がが違うわけで、おそらく私は日本の日常と一生懸命比較していて、それに夢中になっていると、気が付くとドラマが終わっているみたいなケースが多いんです。
例えば、韓国のお墓ってこんな風になっているんだとか、郵便局ってこんな感じなんだとか、ヨン様が「学ラン」を着ている!!とかです。これには結構びっくりしました。それで考えると、米国の墓地とか郵便局とかハイスクールの雰囲気のほうが、はるかに見慣れていて、いかに米国の文化の影響を受けきたのか実感します。
私にとって韓国は、まさに「近くて遠い国」だったということなでしょう。国交が正常化して40年も経っているのにです。私は旅行の趣味とかないので、海外は米国に仕事で数回行っただけなのですが、今や韓国は米国よりも近い国になりつつあります。ぜひ今度は韓国に行って、テレビではなく、この目でいろいろと見てみたいなと思っています。
2005 01 28 [17. 週刊!神部プロデューサー] | 固定リンク | トラックバック
皆さん、こんにちは。木村剛です。「ラジオNIKKEI」さんによれば、「週刊!木村剛」のラジオ番組化プロジェクトは着々と進んでいるようであります。
いよいよ具体的に動き出しました。1/19にKFiにて「週刊!木村剛」の「週刊!神部プロデューサー」 神部氏と「週刊!尾花広報部長」のりぴよこと尾花様にお会いし、初のご挨拶をさせていただきました。まず、弊社から番組企画書案を元にマーケット担当のO君が説明し、それに対してお二方のお考えをお聞きしました。ポイントをあげると、 ・ラジオ番組は前向きに進めたい ・深夜放送を聴いていたノリでやりたい ・ただ、毎回生放送はスケジュール的にきついので、収録が基本か? ・書籍の付録として番組のCD化もありえる ・書籍のインタビューの音声版もありか?(取材相乗り、素材のマルチユース) ・Blogや書籍そのものだけでなく、番組独自のコンテンツも ・番組内容、開始時期は「週刊!木村剛」の見直しにも絡む などというものです。 これらについて、お二方から木村氏にフィードバックしていただき、その結果を私宛お知らせいただく、ということになりました。 こちらから提案した放送時間は、週末の深夜(例えば金曜24時から)30分、その他祝日にホリデースペシャルです。いろいろご心配されている方もいらっしゃいますが、当然ですがインターネットラジオでも放送します。これは大前提です。短波ラジオやBSデジタルチューナーがなくても大丈夫、ご安心ください。ライブやオンデマンド、はたまたケータイやPodcastingも視野に入れています。せっかくのコンテンツですから、出来るだけ多くの方にお聴きいただけるようにします。
ということのようなので、皆さま、期待してお待ちください、期待してお待ちくださってもいいのかなぁ・・・。まぁ、予定は未定ですが・・・。なお、「ラジオNIKKEI」さんは、「初打ち合わせの感じでは、番組開始の時期については、木村氏ご本人の意向次第ではないかと感じました」と書いていらっしゃいますが、私は断固「前向き」です!
2005 01 27 [01. ブログ万歳ココログ三昧, 03. イベント大特集] | 固定リンク | トラックバック
《承前》こんにちは、トレッキーの岡本呻也です。
毎回2ちゃんネタで釣るのもいかがかとは思いますが、わたし、2ちゃんは2000年の春から見ているので、「ニュース速報+」板と「ニュース速報」板の違いはわかります。ただ、ここをご覧のカタギの衆に「+って何?」という疑問を持たれるのも不親切かなと思って、「+」をはしょらせていただきました。「2ちゃんねるニュース速報+ナビ」というサイトも重宝してますよ。
あと、「マスコミ板」のことを「メデイア板」とまちがえて書いてしまいました。訂正させていただきたく。人さまにものを伝えるのはいつまでたってもむつかしいです。修行修行。
さて、今日のネタは『ローマ人の物語』です。塩野七生さんが15年かけて取り組んでいるライフワークもいよいよ『最後の努力』で13巻目となりました。 今回は紀元4世紀前後。ディオクレティアヌス帝とコンスタンティヌス帝が主人公ですから、まさに山場ですよね。
実はわたしは、塩野さんにはたいへん懇意にしていただいておりまして、「フィナンシャル ジャパン」の編集を引き受けることになったのも、ローマに遊びに行ったときに塩野さんに強く慫慂されたからなんです。という経緯もあって、塩野さんには「フィナンシャル ジャパン」を読んでいただいてます。日本に帰られたときにはお褒めをいただいてうれしかったです。
で、塩野ローマ史は、政財界のお歴々に圧倒的に支持されています。塩野さんは、組織と人間の関係、政治と経済のダイナミズムを歴史的なスケールで骨太に分析できる当代稀有な作家です。しかも今回の素材は人類の文明の頂点を極めた古代ローマの通史ですからね。ローマ史が西洋人の教養の基礎とされているのは、そこに人類の壮大な知恵が織り込まれているからだと思うんです。そこに彼女が15年かけて挑むというのは、出版界の一大イベントですよ。
しかも重要なのは、西欧のローマ史は、基本的にキリスト教史観によっているということです。ですので共和制ローマには点数が高いのですが、キリスト教を弾圧した帝政ローマに対しては点数が辛い。それで、「帝政ローマは倫理的に堕落した忌むべき社会であった」というのが通り相場になっていて、ハリウッド映画でもそう描かれているし、明治以来、ギボンなんかを輸入したわれわれの帝政ローマ観もそうなっているわけです。彼女はその通念を、キリスト教以外の文化的ベースを持つ人間の視点で破壊してきました。
そりゃあ、そんないいかげんなことでは、あれだけの大帝国を一千年も維持できませんよね。つまり「非キリスト教徒が初めて描いたローマ通史」というのがポイントなわけです。
ところで、この偉大なローマ人でも乗り越えることができなかった壁があります。それは「世襲」の壁です。
これは塩野さんの分析ではなくて、わたしの妄言ですが、ローマはなぜ滅びたのかというと、ローマ帝国のガバナンス機構には、根本的な問題が内包されていると思うんです。「カエサルの後はオクタビアヌス」という流れがアントニーとの内戦を通して正当化され、国家の基礎として動かし難いものになった結果、世襲の弊害に対するストッパーが政治体制に織り込まれませんでした。というより、古代ではおそらくそんなことは考えもしなかったのでしょう。軍団が勝手に皇帝を推戴し、なおかつ皇帝は世襲できる、元老院は追認するしかないというかたちで、権力の委譲と集権化が進んできました。その頂点がコンスタンティヌス帝といえるでしょう。
世襲を断ち切るためには、いちいち血の流れる革命を起こさなければならないのではたいへんです。「ならば」と言うので、革命を制度化したのが近代民主主義のシステムであり、資本主義における株式会社なのだと思います。
そしてさらにローマ社会に大きなダメージになったのは、ディオクレティアヌス帝の時代に価格統制令が敷かれ、ほとんどの職業に世襲制が導入されたこと。元老院と軍事キャリアの間に壁を作って、マルチな人材の育成システムをなくしたこと、元老院を形骸化して、皇帝の勅令で何でも決めるようにしたこと。要するに、社会主義になっちまったんですよ。
でも、決定打はキリスト教だったと思いますね。ローマ皇帝は、それまで軍団や市民から信任を得なければその座を維持できなかった。しかし、唯一神であるキリスト教の神様に王権を認めてもらったということにすれば、誰にも文句を言われなくて好都合ということなんだと塩野さんは考察しています。それでコンスタンティヌス帝はキリスト教を公認し擁護したのだと。
これはかなりおもしろい。王権神授の考え方は、唯一神だから可能なんですね。「上の者に従うのは、最上位のものを認めている神に従うことになるのだ」と聖パウロが言ってるんだそうです。
「自立心を忘れて、上の者には無条件で従う」のを良しとする発想が、この辺から出てきて、社会に蔓延していくんですねえ。上の者に従い、長いものに巻かれていればよいのなら、物事を判断しなくてよいのですから楽ちんです。そうやって西洋人はキリスト教の神様に魂を売り渡し、中世の永い眠りについたんだと思いますね。
「中世は豊かな季節だった」という説もありますが、人口は増えなかったし、塩野さんはコンスタンチヌス凱旋門のレリーフで解説していますが、共和政時代には非常に写実的で緻密だった彫刻表現が、だんだん簡略化されて稚拙になっていくんですよ。生き生きとした表現がイコンのように無表情になっていくんです。それはモザイクでも建築でも同じです。
中世の封建制の桎梏、それはみんなが精神的に誰かに依存して、自立心をなくしていくところから始まった、そのスタート地点が、帝政ローマ末期なのではないかとわたしは思います。
で、なぜそんな話を長々としたのかというと、これを日本に当てはめるとどうなるのかというのが、この先に続くことになるからなんです。それはまた次回以降ということで。
あと、今日のお勧めはFJの中のこの記事です。日本にはない、違う文化に根差した話として、おもしろいですよ。
「大富豪」ロックフェラー家に見る投資文化の奥深さ
2005 01 27 [21. 週刊!岡本編集長] | 固定リンク | トラックバック
皆さん、こんにちは。木村剛です。「BLOG of the Week」のルールを改訂いたしましたところ、それにご賛同していただける方々も少なからずいらっしゃるようなので、しばらくは不定期になるとは思いますが、時折思い出したように「BLOG of the Week」を再開してみようと思っています。
なお、1月19日のゴーログ「BLOG of the Weekの再開に向けて」で書かせていただいたように、今後「BLOG of the Week」に掲載するブログは、事前に転載を承諾された方に限りますので、何らかの方法(コレとか、コレとか、コレとか)でその旨を明示していただけると幸いです。
さて、再開第1号の「BLOG of the Week」(第35回)は、「at most countable」さんの「根来コミッショナーの公認を推薦しようキャンペーン!」です。私が最も信頼しているスポーツジャーナリストの二宮清純氏も、NPBの根来コミッショナーの居直り振りには怒髪天を突いて怒っておりましたので、「at most countable」さんからいただいたワクワクするこのご提案については直接お伝えしてみようと思います。彼が組織した「日本プロスポーツ選手ネットワーク(Japan Professional Athletes Network : 略称JAPAN)」が大々的な全国キャンペーンを始めてしまうかもしれません。
それでは、「at most countable」さんの「根来コミッショナーの後任を推薦しようキャンペーン!」をお楽しみ下さい。
[根来コミッショナーの後任を推薦しようキャンペーン!] 習慣ベースボールさんでスゴい記事を見つけてしまいました。 ・根来コミッショナー任期満了「ない」 これはつまり、「根来コミッショナーが留任しているのは、あくまで後任が決まってないからであり、後任さえ決まれば速やかに交代する」って事な訳ですよね? だったら、速やかに後任を決めて頂きましょう! なんで、プロ野球ファンみんなで、コミッショナーに相応しい人を、どんどん推薦しましょう。「後任を探しているけど見つからない」と言っている訳ですから、代わりに探してあげるのです。「見つからない」なんて言わせないように! そして、これを、プロ野球ファンの新たな「世論」にしていく、ってのは、どうでしょう?多くのファンが、より相応しい後任コミッショナーに注目し、期待しているって事を、そして、その候補として、多くの「この人なら良いだろう」という人が挙っている、という事、これが「世論」として広まったなら、オーナーの方々も、無視できないと思うんです。また、中にはご自身で立候補する人だって出てくるでしょう。そうなると、ますます「どうして辞めたがってる/やる気の無い根来氏をその人より選んでいるのか?」って事に、なりませんか?(でも、相応しくないって思う人なら、頑張ってブーイングしないとイケナイですけどね。) 去年、プロ野球の問題について、ある程度、真剣に考えた方なら、根来氏が「コミッショナーとして相応しくない」って事は、充分に納得して頂けると思うんです。なので、それに賛成して頂ける方は、どうか、この「根来コミッショナーの後任を推薦しようキャンペーン!」に参加して頂けませんか? いえ、難しい事ではないんですよ、あなたが「後任コミッショナーとして相応しいと思う人」を、オーナーや各メディアなどに推薦して回るって事を、大々的にしていくってだけです。どうでしょう?
ちなみに、この件について、「grounder」さんは、スワローズの古田敦也選手に関して、「オフの間もニュース的に話題にたえなかった様ですが、『引退説』『監督説』『プレイングマネージャー説』などがあったと思います。以前、当weblogでも書いたのですが、そんなことより、コミッショナーになって欲しいものです。もちろん NPBの」と書き込んでいますが、私も大賛成ですね。
2005 01 26 [22. BLOG of the Week] | 固定リンク | トラックバック
大手銀行の公表不良債権は、新規発生の減少などから早いペースで縮小しており、2004年度末までに2003年3月の水準から半減させるという政府の目標も実現できそうである。銀行経営陣からは「不良債権問題はほぼ解決した」というコメントも聞かれる。確かに2年前に比べて銀行の財務内容が改善しつつあるのは事実であるが、これは危機的な状況から脱したという程度であり、不良債権問題が終わったとみるのは時期尚早と考える。(根本直子)
第一に不良債権は過去の水準からみて低下したとはいえ、海外先進国の銀行と比べると依然高い。不良債権の貸出しに占める比率について、日本の大手銀行と海外行とを比較すると、邦銀はグロスでも、引当金控除後のネットの比率でも依然として高めである。不良債権がバランスシートに残る限り、景気の悪化や地価の下落に伴い追加損失が生じる可能性がある。邦銀の場合、損失を吸収する自己資本や利益率が相対的に弱い点を考慮すると、楽観できる状況ではない。
第二に、不良債権の減少は、2003-4年度の高い成長率に支えられていたが、景気減速下でそれが継続するのかは不透明である。例えば2003年以降、多くの銀行で不良債権処理額がマイナスとなっている。これは、借り手企業の業況改善により、一旦損失に備えて積んだ引当金の戻りが発生したため、と説明されている。しかし、格上げされた企業が抜本的に改善したといえるのか、景気回復の中で企業審査がやや甘くなっていないか、についてはなお検証が必要であろう。
第三に、過剰債務を抱える企業の再生について、銀行は引き続き負担を背負っている。最近、銀行が債務株式化などの金融支援を行うケースが増えているが、取得した株式は不良債権には通常含まれない。
UFJグループは再生支援のため取得した優先株式が2004年9月末時点で3800億円と公表しているが、これは全貸出額の0.9%に上る。一般に貸出に比べて株式のほうがリスクは高い。
例えば銀行が2002年以降ダイエーに対して拠出した優先株式等はほぼゼロに減額されるとみられている。支援先企業が健全化し、銀行が保有する株式を市場で売却できる状況になるまで、問題が解決したとはいえないだろう。
第四に、金利の適正化と利益強化が進んでいない。不良債権問題がここまで深刻化した原因は、リスクに応じたリターンをとっていなかったという点にある。邦銀も金利の適正化をスローガンに掲げているが、最近は利益率よりも貸出の量を追及する動きがみられる。
また住宅ローンなど比較的利ざやの厚いリテール貸出でもダンピング的な動きが広がっており、将来発生するコストを十分カバーできるかが懸念される。銀行の行動の背景には、預金が増加する一方、貸出低迷が続くという、構造的な資金余剰の問題もある。
以上のように不良債権は根の深い問題であり、半減目標が達成されれば解決するものではなく、むしろ今後2-3年が将来の動向を決める重要な時期とみるべきではないだろうか。
また、過去の問題を繰り返さないために、銀行はリスク管理方針を厳格に適用し、リスクとリターンを重視した行動をより徹底させていく必要があるだろう。
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根本 直子(ねもと なおこ)
早稲田大学法学部卒(1983年)、シカゴ大学MBA(94年)。
日本銀行を経て、94年にスタンダードアンドプアーズ社に入社。
日本、韓国の銀行、証券、保険、金融会社の格付けを所轄する金融サービスグループのディレクター、チームリーダー。著書に「韓国モデルー金融再生の鍵」(中公新書ラクレ)、共著に「日本の金融業界2005」(東洋経済新報社)。
(追伸)「週刊!木村剛」は、総合ビジネス月刊誌「フィナンシャルジャパン」(年間購読はココ)および「フジサンケイビジネスアイ」(購読希望はココ)とメディア・コラボレーションしています。本日の記事は、「フジサンケイビジネスアイ」に1月17日に掲載したものです
2005 01 26 [14. フィナンシャルi ] | 固定リンク | トラックバック
昨年12 月24 日、規制改革・民間開放推進会議は「規制改革・民間開放の推進に関する第一次答案」を公表。国や公共団体が自らサービスを提供している分野の民間開放を進めるために市場化テストの導入を打ち出し、混合診療の解禁や医療法人を通じた株式会社等の医療機関経営への参入のほか、医療品の一般小売店における販売などを決定した。それなりに前進の跡はみられたものの、抜本改革には今一つ届かなかった。
それにしても、改革は難しい。未だに「医療分野の規制改革を主導している人は、自社関連の生命保険会社を儲けさせたいからだ」という心無い中傷が飛び交ったりしている。
私はかねがね「改革」については、「あるべき論」「できるか論」「やるのか論」の3段階あると主張している。そして、この3つの違いを理解せずに議論ばかりしているから、日本では改革が進まないのだということも痛感してきた。
「あるべき論」は容易い。自分が思い描く理想の姿だけを語っていればよいからだ。ほとんどの識者はこの「あるべき論」に終始している。もっともらしく理論武装しているが、よくよく聞くと「私はこうしたい」という希望にすぎなかったりする。
その化けの皮がはがれるのが、「できるか論」に移行したときだ。現在の政情、世論、既存勢力との力関係などのほか、関係諸規則との整合性や作業を進めるための人員調達など、「現実問題として本当にできるのか」という観点が問われる。悲しいことに、自称改革者の中で、「できるか論」にまで知恵が行き届いている方は数少ない。
さらに悩ましいのが「やるのか論」である。これは、要するに「誰がやるのか」ということだ。いかなる改革であっても、それが国家として善いことが明らかであっても、現行制度の下で既得権益を貪っている人々からすれば、それは紛れもなく「改悪」であり、その改革を推進する者はことごとく巨悪となる。
したがって、あらゆる「改革」は、血と汗と涙を多量に流すことなくして成し遂げられることはなく、リスクを背負い、コストを支払い、ダメージを耐え忍ぶ「改革者」なしには成し遂げられない。改革の前線で抵抗勢力からの実弾の雨の中を人知れず行軍していくサムライたちがいない限り、「改革」などは一歩も進まないものだ。
しかし、そこまでの犠牲を払って「改革」を自らやろうと思う人々は皆無に近い。はっきり言って、自らリスクとコストとダメージを抱えても「改革」を進めようという人々は、ある意味で阿呆である。賢い人間だったら、他人にやらせて、自分は安全地帯にいたいと願うものだ。
マスコミはどうだろう。そういう賢い輩に堕してはいないか。「改革」について、格好いい台詞を並べ立てているのに、自らは何も行動していないのではないか。サポートするどころか、リスクとコストとダメージを抱えて呻吟しながら漸進しようとしている改革者たちの足を引っ張ろうとしてはいないだろうか。
(追伸)「週刊!木村剛」は、総合ビジネス月刊誌「フィナンシャルジャパン」(年間購読はココ)および「フジサンケイビジネスアイ」(購読希望はココ)とメディア・コラボレーションしています。本日の記事は、「フジサンケイビジネスアイ」に1月24日に掲載したものです
2005 01 25 [04. 経済政策を語ろう!] | 固定リンク | トラックバック
皆さん、こんにちは。格闘技ファンの木村剛です。意外にもテリーとドリーの「スピニング・トーホールド」(by「松田晋作の大学教員への道」さん)に郷愁を感じる方々も少なからずいらっしゃいまして、古くからのプロレスファンの私としては心強い限りです。「Kento!BLOG」さんからは、以下のようなお便りをいただきました。
前田日明信者で、旧UWF派の流れを汲む格闘技ファンと思われがちの木村剛氏だが、どうやらオールドプロレスも好きのようで、「果たしてスピニング・トー・ホールドは出るのか?」と言うタイトルで、ミルコやボビーの記事を書いていた。まさに金融界の、テキサス・ブロンコ!荒馬木村剛氏。木村剛氏の雰囲気的に、金融界をスピニング・トー・ホールドに行く前に、ダブルアーム・スープレックスをかけそう(笑)。またはUWFやRINGSっぽく、ヒールホールドか?アンクルホールドで金融界を秒殺KOしそう(笑)。せっかくなので週刊のコラム記事で、「プロレス格闘技界をコンサルティング」とか「垂直落下式金融コラム」とかやってくれればいいのにね!
個人的には、ヴォルク・ハンのように、渋くしかし美しくアンクルホールドを極めたいと思っているのですが、「オレのアイ」さんからは、「日本振興銀行の社長となった木村さんには、既存銀行相手に思いっきりパワーボムあたりぶちかまして欲しいですね」とエールを送っていただきました。残念ながら、パワーボムを炸裂させることができるほど、パワーがあるかどうかは自信がありません。ただ、相手をロープに振った上での「リキラリアット」(by「えみっちぃの見る風景」さん)ぐらいは準備してみたいと思っています。
2005 01 24 [02. ゴーちゃんの素顔を暴く!] | 固定リンク | トラックバック
※今月のお題 デジタルビデオレコーダー、どう使っています?
意外に皆さんデジタルビデオレコーダーを様々な用途で使われていらっしゃるようで、多くのトラックバックを頂きありがとうございました。しばらく小まとめをサボり気味にしていたら、小まとめを書きにくい状況になってしまって自ら墓穴を掘ってしまいました。改めて後日皆さんから頂いたコメントに個別にお応えさせて頂きたいと思いますので、よろしくお願いします。
このお題の文章の続きや、このお題へのトラックバックは 「木村剛モノログ横丁~トラックバック井戸端会議」までお寄せください。
2005 01 23 | 固定リンク
※今月のお題 「冬のソナタ」ファッションでお洒落を楽しむ
ストールファッションで思い出すのは サッカー日本代表の中田選手です。中田選手はファッションに興味があるらしくパリで行われるプレタポルテのショーに呼ばれるのだそうです。日本のスポーツ選手で パリコレに招待される中田選手もすごい!日本に帰国するときは いつも取材のカメラ意識していますね。私も 中田選手のファッションに注目していますが 昨年ロングストール着ていましたね。スタイリストがついているそうですが、中田選手もかなり勉強していると思います。
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2005 01 23 | 固定リンク
※今月のお題 ワイン、どこで飲んでます?
ワイン飲み始めてから3年くらいって毎年年末に、「今年飲んだ中で何が一番旨かった?」というネタでワインMLなんかで盛り上がっていたものです。私もこれまで相当数のワインを飲んできましたが、中でも「単純に旨い!!!!」と言い切れるものの「記憶」はそれほど多いわけではないのです。
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2005 01 23 | 固定リンク
「気分を一新したいときのステーショナリーは?」などというお題を掲げましたが、すでにもう1月半ばすぎ。このお題を考えた「新年」というタイミングから時間も経ち、ちょっと間の抜けた感も否めませんが、そんなお題にたくさんのトラックバックありがとうございます。小まとめに際し、いくつかご紹介しましょう。
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2005 01 22 | 固定リンク
今週の丸善丸の内本店 壹岐直也副店長がお薦めする本です。
「UFJ vs.住友信託vs.三菱東京 M&Aのリーガルリスク 」
日本評論社刊 中東正文(編) 定価:1680円(税込)
UFJ統合にまつわる、住友信託による一連の裁判は、強者と弱者が分かれた「ポスト不良債権処理時代」の銀行再編がM&Aの手法で行われ、その正当性は司法の場で争われるという、護送船団方式から「法」を物差しにフェアな土俵での解決をはかる企業社会への移行を強く印象づけた事件だ。
独占交渉権の効力や守られる利益の判断は最高裁決定で確定したが、一審、二審で判断にぶれがあり、問題は整理しきれていない。損害賠償の可能性やUFJ銀行が増資のため発行した優先株など、現在進行中の事態もある。本書ではM&Aに精通した弁護士と金融実務に明るい学者が、法的問題に絞って裁判や会社法上の問題点を整理、徹底的に検証している。
M&Aはもっと身近になる。国内企業同士はもとより、平成一七年商法改正(会社法制定)で、外国企業の日本企業買収はさらに容易になるからだ。M&A契約のどこに「リーガルリスク」を見つけ、どう対処するかを示している本書は、「M&A新時代」の金融関係者に限らず、ビジネスパーソン全体の指針となるだろう。
(追伸)「週刊!木村剛」は、総合ビジネス月刊誌「フィナンシャルジャパン」(年間購読はココ)および「フジサンケイビジネスアイ」(購読希望はココ)とメディア・コラボレーションしています。本日の記事は、「フジサンケイビジネスアイ」に1月17日に掲載したものです
2005 01 22 [12. 本のソムリエ] | 固定リンク | トラックバック
皆さん、こんにちは。木村剛です。「しかし、本当にラジオになるんですかね?」(by「grounder」さん)という期待の入り交じった不安が広がる中、「現役CMプランナーの辛口!広告批評」さんが、「なんと、ブログからラジオ番組が生まれそうです。しかも、読者のアイデアが出発点。ブログ初の本は世にポツポツと出始めてましたが、ラジオは私も思いつかなかったです。これは面白い。ぶっちゃけると、私が活字ではよく読む気がしなかった金融記事も、言葉で音として説明されると頭に入ってくるかも・・・スミマセン」と書いてくれていまして、実現するかどうかはともかくとして、「早速企画書をマーケット担当のO君が作ってくれ、『Blogの企画から生まれたラジオ番組第1号』を目指して営業に入りました」というラジオ日経さんは一応正式な社内検討を始めたようです。
この流れは、「赤いパキラ」さんが言うように、「Blogというツールが無ければ実現しえなかった現象」であることは事実です。そもそも、ラジオ化の言い出しっぺがが第三者のブロガーなんですから。そして、この度、「週刊!木村剛」ラジオ化の企画者であり「影の仕掛け人」である「ひとこと」さんからも「結論から言うと、(去年のノリの「週刊!木村剛」がラジオになるのであれば)大賛成です!」という承認をいただきました。
ちなみに「現役CMプランナーの辛口!広告批評」さんは、「それはそうとして、ラジオ復活の糸口になるかもしれませんね。こういう試みは。私はラジオCMも企画しますが、やはりテレビほど話題には上りにくいです。ラジオCM。けっこう面白い作品、ラジオには多いんですよ。いや私のじゃなく全体として。制作費が安く、制作期間も短期なので、ちょっとしたアイデアが通りやすいのもラジオの特長です」と解説しておりますが、スポンサーをブログで募るというラジオ日経さんの目論見はちょっと悪乗りし過ぎと感じますね(^^;)
この経緯を眺めていた「あー、んもう」さんから、「今日、blog を商売人がビジネスで使うのは難しいんじゃないかと言う議論を会社で数分話した身としては、驚きを感じています」というご指摘をいただいていますが、じつは私も、現時点におけるブログ文化の状況では、「ブログを商売人がビジネスで使うのは難しい」と思っています。
というのは、リアルワールドにおける常識がブログの世界でもう少し通用するようにならないと、結局のところ、市民権を得られずに終わると痛感しているからです。
果てさて、どうなることでしょうか。まあ、万が一、実現することになった場合には、「『仕事を離れた週末の昼下がり。いかがおすごしですか?木村剛です。』的な始まりで。いろいろ、多方面からのゲストを迎えつつ」 (by「えみっちいの見る風景」さん)、「気軽に聴ける番組」(by「志鬼朗の部屋」さん)にしたいと思っています。ラジオ版「週刊!木村剛」の実現をしばらく・・・かなり長い間・・・ひょっとすると数年間・・・お待ちくださいますようお願い申し上げます。
(追伸) 『いい国作ろう!「怒りのぶろぐ」 』さんからの以下のご提案は、「週刊!木村剛掲載大歓迎」とみなして、「投稿」という表記は不要にさせていただきます。
バナーの代わりと言っては失礼かもしれませんが、もしこのまま貼り付けられないとしたら、左下の方にある「bookmark」欄に『週刊!木村剛』と入れてありますので、「同意しました」の印しにしてもらえないでしょうか?毎回、ことわり文を入れるのは面倒ですし、他の記事と変に違ってしまうような感じがするのです・・・
『いい国作ろう!「怒りのぶろぐ」 』さん、ありがとうございます。
2005 01 21 [01. ブログ万歳ココログ三昧] | 固定リンク | トラックバック
19日付けの新聞に経団連が憲法改正に必要な国民投票法や憲法に集団的自衛権の行使について明示することを求めた提言を正式に発表したというニュースが掲載されていました。同友会、日商はすでに改憲提言を公表しており、これで日本を代表する3つの経済団体が「改憲」で足並みをそろえることになります。うーむ、財界までが「改憲」に踏み込むようになったわけですが、ということは、「いよいよ、その日が来るのか」という印象を持たないわけにはいきません。うーん。とっても気になります・・・
子供の頃から、日本という国家の最大の特徴は、「この国には憲法9条があって戦争を放棄したんです。軍隊は持たないんです」と何度も教わっているせいなのでしょうか。いざ「改憲」で「集団的自衛権を行使できるようにするのだ」などという話が公の場に出てくると、やっぱりちょっと腰が引ける感じがします。
今の自衛隊を見たときに、「防衛費の金額も装備の充実度もどこからみても軍隊だよね」という方が断然多いと思うので、「じゃあ9条って何よ」と思いますし、他方、それだけの組織が、例えば今回のスマトラの津波のような「災害」が起きたときに迅速に対応できていない現状を見ると、やっぱり、この問題を先送りしてきた事が、大きな妨げになっているのだろうと思わざるを得ません。
今回のような提言が出てきたということは、戦後60年が経ち、「本音」と「建前」というか、「現実」と「理想」というか、その溝はどんどん広がり、この問題を「解釈」だけで対応するには、いよいよ限界がやってきたということなのでしょうか。
戦争に巻き込まれることもなく、地雷で手足を失う人もなく、爆撃を受けることもなく、銃を持って人を撃たなくてもよく、夜中でも安心して通りを歩ける、飢えで死ぬ人もない、生活を私はエンジョイしてきました。
高度成長の最後の時期に育った僕らは、自分の成長と、生活が豊かになることがシンクロしていた最後の年代だと思いますが、今の子供たちが大人になる十数年先を考えると、もしかすると僕らは、この問題が先送りされてきたがために、今の子供たちが、今後負担することになる負担を負わずに済んだ、実は最後の世代だったというこ
とになるかもしれません。
ブッシュ大統領は20日に行われた2期目の大統領就任式で、世界平和実現のために中東地域の民主化など「自由の拡大」を推し進め、テロを撲滅し米国を守る事を宣言しました。
しかし、その前日の19日付け米紙ロサンゼルス・タイムズは イラク戦争を支持する米国民が過去最低の39%に落ち込んだとする世論調査の結果を報じています。米国民の5人のうち3人は「イラクを攻撃しなければ良かった」と思っているわけです。
今もバクダッドではテロが続き、死傷者が出ています。
負担分担し国際的に貢献することは国際社会の中のひとつの国家として果たさなければならない義務であることは分かりますし、憲法と実態がちゃんと整合性の取れているのが良いこともわかります。しかし、もし「改憲」ということになれば、自衛隊の隊員たちは、敵と思われる相手に銃口を向けて発砲し、殺さなければならない事態をむかえる可能性も十分出てくるわけで、たとえ戦闘地域の戦闘行為として正当化されるとしても、誰かが誰かを殺さなければならないわけですから、これは本当に国民の同意が得られたうえで決めなければならないことで、慎重に、みんなが納得するプロセスで決定してほしいと思います。
イラクで続くテロと派手なブッシュ大統領の就任式と「改憲」提言から、つい、こんな連想が・・・
おっと、うっかりしていました。本誌「フィナンシャルジャパン」は今日21日の発売です。今回は日本一になった二人の岡田さんが登場しています。さて二人の岡田さんとは誰でしょうか?気になる人はぜひ本屋さんへ。なお、フィナンシャルジャパンについてのご意見のあるかたはぜひここまで。いただいたご意見は本誌読者コーナーで掲載させていただくかもしれませんが、ご了承ください。よろしくお願いします。
それではまた。
2005 01 21 [17. 週刊!神部プロデューサー] | 固定リンク | トラックバック
皆さん、こんにちは。木村剛です。ネット界では話題の移り変わりが激しく、「あれだけ盛り上がったのに・・・」というケースが少なくありません。私たちは、刺激を求めすぎて、どうも飽きっぽくなってしまったのかもしれません。そういう最中、ちょっと前のエントリーを一通り読み直していましたら、「憂しと見し世ぞSE」さんから、以下のようなトラックバックをいただいていました。
どうにも不思議でなりません。あの署名で書く記者の「ニュース日記」にあの小池さんがあの件について記事を書いたのですが反応が全くなし、あの天地を揺るがすかのような(大げさ、笑)騒ぎは何だったんでしょう。・・・ あの時トラバやコメントした多くのブロガーは 1)騒ぎそのものを忘れてしまっている 2)8月31日の記事を読んだ時点で見限った 3)今回の記事に気がついていない 4)今回の記事を読んだがトラバやコメントをする気にならなかった(納得したしないにかかわらず)
ということで、私も久し振りに小池さんのブログを覗きに行きました。
おおっ、なんと、小池さんがカムバックしていらっしゃいます。
「週刊!木村剛」としては、まずは何より、現場復帰をお祝いしたいと思います。
私もそうですが、失うことの出来ない大事な本業を持っており、しかも、実名でブログを展開している人間にとって、ブログにおいて主張し続けることはかなりの「覚悟」を必要とします。オチャラケでかわすわけにもいかないし、ブログをたたんで逃げてしまうわけにもいかないからです。
そういう意味で私は、小池さんの復帰を高く評価したいと思います。
小池さんは、「若い世代の活字離れが叫ばれて久しい。今の新聞記事が難解なことも要因の一つだ。高校生たちが読んで分かりやすく、それを基にコミュニケーションが形成されるようなニュース。そうしたメディアを目指すべきであり、そのためには当面、活字とwebをつなぐ実験しかない」と思い立ってブログを始められたようで、「その時の気持ちは今もほとんど変わっていない。・・・日本のマスメディアの中でも、通信社は自分で紙面を持たないこともあり、情報の受け手との双方向性はほとんどないに等しい。さらに、僕自身、長い記者生活の間に、人々がメディアに向ける視線の変化を痛感していた」と告白していらっしゃいます。
そして、以下のようにあの大騒動を総括してくれました。これについても、色々な見解はあるかもしれませんが、「共同通信と僕個人との関係」があるにもかかわらず、ブログに復帰してくれた小池さんの勇気は誰にでも簡単に持てる類のものではないと考えます。
そうした観点から、6月末に僕が書いた編集日記の記述について見直してみれば、たとえ内容は「公人に対する自由な評論」だとしても、本来のこのサイトの精神とは懸け離れたものだったと言わざるを得ない。正直に反省する。そう考えたうえで、問題は共同通信と僕個人との関係だ。この点については、まだはっきりした結論は出ていない。ただ、ゆっくりと歩きながら、過去と現在を見つめつつ考えていくべきかもしれない。そう思っている。
(追伸)「Richstyles!」さんが、「BLOG of the Week」について、以下のように提案してくださいました。
おまけに、こんなすばらしいロゴまで作った。(笑)
また、このバナーをサイトに張ることで「ゴーログ転載大歓迎」と言うことにできます。まあ、このアイディアに興味がなくて却下となっても必要と感じるので、TB先にでも是非使ってください。ただ、採用して、ポリシーとして徹底すればかなりの手間や誤解が避けられるように感じます。
ということで、上記のロゴをはってあるサイトについては、「週刊!木村剛掲載大歓迎」とみなすことといたします。その場合は、「投稿」という表記は不要と思います。
「Richstyles!」さん、ありがとうございました。
2005 01 20 [01. ブログ万歳ココログ三昧, 08. メディア/広告の将来を占う] | 固定リンク | トラックバック
わたし、2ちゃんねるのニュース速報板の愛読者です。忙しいのであまりテレビを見られないのですが、終電で帰ってきて寝る前に、2ちゃんのニュース速報板だけ見ておけば、その日に起きたニュースの中で、みんなの関心が高い項目が何かよくわかるし、一般的な反応がわかるので、重宝しています。だけど、自分では絶対書き込まないんですけどね。だって私は自分の意見は署名入りで書く主義なので、匿名掲示板に書こうとは思わないからなんです。
ところで先週来、政治家がNHKに圧力をかけた、かけないという話が大盛り上がりです。番組の内容が政治的なだけに、話がますますややこしくなっています。
で、議論があるのはいいことなので、それはよいとして、やっぱりいくつか原則的な話があると思うんですよ。それを指摘しておきたいなと。
わたしの畏友で神保哲生さんというジャーナリストがいるんですよ(私のサイトですが 今更ですが、「ジャーナリズムとは一体何なのか」)。先週「ニュース23」で津波被害にあったスリランカのレポートをやっていましたね。その人がAP(The Associated Press.)の倫理基準を翻訳して見せてくれたんです。これは非常によくできていると感心しました。そのなかに
ジャーナリストは、ニュースに関係してはならない
ジャーナリストは、記事について約束してはならない
というのがあるんです。
最初のは、自分と利害関係があることをさも客観的に報道するのはよろしくないということです。自分との関係を明らかにして、読者の判断を仰げるようにしておけばいいんですけどね。
次のは、取材をするときに「あなたの得になるように書きますよ」と約束してから取材してはならないということです。取材してみないとウソかほんとかわからない事件を取材しているのであれば、どのように書くかについて取材者はフリーハンドを持っていなければならないのです。そりゃ、そうですわな。そうするとこの点について「約束が違う」と訴えている側も、訴えられている側も、どうにもメディア・リテラシーが欠けているなあということになります。
それとは別に表現の自由を守るというのは、民主主義の基礎を守るべきいちばん大切なことです。これは絶対に侵してはならないことでしょう。でもって、役人や政権に近い政治家というのは看視されるべき対象ですよ。そうすると、そういう人がテレビや新聞の報道姿勢について聞かれたら、「それはおのおののメディアが自主的に決定することであって、私がどうこう言うべきことではないでしょう」と答えるのが正解です。そのイシューについて「わたしの意見はこうです」というのはどんどん発言していただきたいですが、「こんなことを言うメディアは免許取り上げだ」という政治家がいたとしたら、そうとうヤバイですよ。
わたしも2ちゃんねるやほかのサイトで悪口を書かれることがあります。でも、それが事実誤認でなければかまわないと思うんです(腹は立ちますが)。だれだって、発言する自由はあるのです。でも、役人や政権に近い政治家に「メディアを看視せよ」というのは明らかにまちがっています。いやしくも「政府」と名がつくからには、打倒する努力をしなければならないくらいに思っていなければ、市民社会はもちません。だからメディアを看視するのは、取材される側でなく、メディアからの情報の受け手でなければなりません、日本が封建社会でないのなら。
では現在の日本で第四権力のメディアを看視するような強力な主体が存在するでしょうか。あるんですね、これが。2ちゃんねるですよ。
2ちゃんのメディア板は、われわれがいま持っているもっとも強力なメディア看視ツールといえるでしょう。匿名であるからこそ、第四権力=メディアを監視することができるのです。この機能はあまりにも貴重です。
で、ここまでが一般論として、わたしがつくっているFJのほうですが、わたしはことさら「ジャーナリズムでござい」というつもりはありません。FJはとんがったジャーナリズムの看板は掲げません。でも、読者と取材対象を「誠実に」つなぎたいと願っています。そのために日々、最高度の努力を続けているつもりです。
1月21日売り号の特集では、ジャスコを日本一の小売業グループにした岡田卓也さんにわたしがインタビューをしています。毒々しい週刊誌に比べれば刺激は少ないかもしれません。だけど、まともな大人が読むに足る雑誌として、商人道の芯の部分を捉えて、活字にすることができたのではないかと思っています。そういうのもありなんじゃないのかなと。わたしはしばらくこのセンでいってみるつもりです。ここで立ち読みができるので、覗いてみてやってください。
http://www.financialjapan.co.jp/biz/biz_pickup/
それと、編集長としてのお願いが。FJの末尾には読者コーナーがあります。みなさんお葉書でご意見をくださって勉強になるのですが、締め切りの関係で月末くらいまでに届いたものしか載せられないんですよ。載せられなかった葉書を胸に抱いて、なんど枕を涙でぬらしたことか……。
ですので、なるべくはやく読後感想の葉書をお送りいただけるとうれしいなあと。あるいは、こちらのほうにお送りいただいてもOKです。
ご意見がFJに載った人には、特製ボールペンを進呈しているそうです。伝文体なのは、わたしもこのボールペンを見たことがないからです。編集部員に使われないように、担当者が厳重に管理しているみたいです。そういうわけで、かなりのレアモノだったりするみたいです。ヤフオクに出さないでくださいね。
2005 01 20 [21. 週刊!岡本編集長] | 固定リンク | トラックバック
皆さん、こんにちは。木村剛です。「BLOG of the Week」のあり方については、多くの方々から様々なご意見をいただきました。ありがとうございます。私としては、「週刊!木村剛」へのトラックバックは、これまでどおり「投稿」として取り扱わせていただき、多くの方々に読みやすい形で次々とご紹介していきたいと考えておりますが、著作権の侵害だと考えられる第三者の方々もいらっしゃいまして難渋しておりました。
色々と思い悩みましたし、「Unforgettable Days」さんが提案するように事前許可をいただくという方法も検討しましたが、「週刊!木村剛」の編集作業における事務フローとしては難しい面がありました。そこで今後は、以下のような方針に則って臨んでいきたいと考えております。
1. 「BLOG of the Week」において、転載に近い形での掲載を事前に許可するブロガーは、トラックバックにおいて、「投稿」であることを明示する。
2. 「投稿」であることを明示する方法は、(1)タイトルにおいて、投稿:、[投稿]、等と明示する、(2)文章の末尾や追伸において、「これは投稿です」等と明示する、(3)文章中に、投稿であること、もしくは、転載を事前に認可することを書き込む、こととする。
3. 上記した「投稿」であることを明示したトラックバックが増えてきた場合には、この方針が認知されたものとして、「BLOG of the Week」もしくは「BLOG of the Month」を再開する。ただし、その場合に選択するブログは、「投稿」であることを明示したブログに限定する。
しばらくは、この方針に対する皆さまのご対応を承りたいと考えておりますが、今後「週刊!木村剛」において、「投稿」であることを明示したトラックバックが増えない場合は、この方針が承認されなかったものとして、「BLOG of the Week」の再開は見送ることにしたいと思います。何卒、ご了解のほどをお願い申し上げます。
2005 01 19 [01. ブログ万歳ココログ三昧] | 固定リンク | トラックバック
一月十二日、釧路において偽造通貨行使容疑で二人の男が逮捕されたことが判明した。札幌市の北海道神宮で旧一万円札の偽札八十三枚が見つかった事件との関わりらしい。このほかに年末年始において、岩手、宮城、福島などでも同様の偽札が発見されており、奈良県では自宅のパソコンで旧一万円札の原画像を保存していた男が逮捕されたりしている。
神社仏閣だけでなく、コンビニエンスストアやゲームセンター、ファミリーレストランのほか、JRの駅や高速道路のサービスエリアなどでも使用されていたというから、「おカネ」としてかなりの人々が受け取ったということなのだろう。偽札事件は、この数年間急増しており、カラー複写機の高性能化と価格低下がその背景にあるといわれている。
偽札事件が頻発しているのは欧米でも同様だ。二〇〇二年の流通開始から二年を経過したユーロに関しても、偽札は前年比五割近い勢いで増えているといわれている。北朝鮮において印刷されているとも噂されている偽札「スーパーK」で悩まされている米国では、偽造対策を強化するため、一〇〇ドル紙幣の刷新を予定している。
確かに、偽札を印刷することができて、本物のように使うことができるとすれば、現代の錬金術をわが物にしたことになるだろうが、偽札作りには極めて重い刑罰が科せられており、わが国では、無期または三年以上の懲役という重罪に相当する。
ちょうど良い機会だから、なぜ偽札作りがそれほどまでに厳罰に処されるのかについて考察してみることをお勧めしたい。というのは、私たちが普段確かな価値であるとして思い込んでいる「おカネ」というものが、意外にもろい存在であることに気付くことができるはずだからだ。
私たちが普段「おカネ」だと思い込んでいるお札の正式名称は、日本銀行券。平たく言えば、日本銀行が発行した借用証書にすぎない。一万円を取り出してしげしげと眺めていただくと、表に赤くて丸い「総裁之印」というハンコが捺してあることに気付く。要するに、一万円札というのは、日本銀行総裁が「一万円分の何かを借りました。いつか必ずお返しします」と約束している借入証文に過ぎないのだ。
そもそも借用証書なのだから、本来は何の価値もない紙切れである。ただ、その紙切れを皆がありがたがって受け取ってくれるから、「おカネ」というものに大変身しているのだ。だから、アフリカの密林において、一万円札は何の価値も持たない。そこの住民は、私たちのようにありがたがって一万円を受け取ってくれないからだ。
そのように冷静に考えてみると、私たちが「おカネ」だと思っているものの価値が儚いものであることが理解できるはず。つまり、偽札の横行を放置しておくと、本物の「おカネ」がじつは紙切れに過ぎないことがバレてしまうかもしれないではないか。
そうなると、貨幣経済の秩序はガタガタになる。だから、偽札作りは厳罰に処さないとならないのだ。
(追伸)「週刊!木村剛」は、総合ビジネス月刊誌「フィナンシャルジャパン」(年間購読はココ)および「フジサンケイビジネスアイ」(購読希望はココ)とメディア・コラボレーションしています。本日の記事は、「フジサンケイビジネスアイ」に1月17日に掲載したものです
2005 01 18 [04. 経済政策を語ろう!] | 固定リンク | トラックバック
皆さん、こんにちは。木村剛です。1月14日に「週刊!神部プロデューサー」がUPした「どうなるのかなあ。NHK」にたくさんのご意見が寄せられています。「スギカノカ」さんは、「従軍慰安婦問題の特集番組を制作したチーフプロデューサ長井暁氏は、NHKの番組制作の公平性を守ろうと立ち上がったのです。それが彼の正義です。彼には家族もいるし守る人々もいる。しかし、それらを犠牲にしても守らなければならないものがあったのです」と説いていらっしゃいますが、その一方で、「代官山・・・ブログ&ブログ」さんのように、「議員辞職を迫っている女性団体は、一つの意見のみを通そうとする(少しきつい言い方ですが)言論弾圧にも通ずるこわい組織だと思います。ここは日本であって北朝鮮ではないので」という意見もあります。
「大西宏のマーケティング・エッセンス」さんは、各種のブログを紹介した上で、「いずれにしても、NHK問題は、さらに新たな火種を抱えて波紋が広がってきました。それにしてもつくづく感じるのは、政治やマスコミの世界がいまだに戦後の暗い歴史をひきづっているということです。また今回の問題で、NHKが予算承認という形で、時の権力に介入されやすい構造の欠陥を持っていることも明らかになりました」と指摘し、「NHK問題」という問題設定を提起していらっしゃいますが、「彰の介の証言」さんも、以下のような取りまとめ方をしています。
びっくりしたのは、すぐに発表されたNHKの見解です。すぐさま、「番組に圧力はなく、圧力に屈した番組の改変は行われなかった」むねのことが発表されました。要するに、何の迷いもなく、このプロデューサー切りに出たということでしょう。・・・本音を言えば、このプロデューサー切りは「NHKが相当に腐っている」か、「NHKへの政治介入が相当に強いか」どちらかの証明です。
そもそも、「R’s Random Talk」さんのように、「たとえ、中川・安倍両氏がくだんの発言をしていたとしても、『表現の自由』の侵害だ!という憤りはあまり感じないのが正直な気持ちであったりもします」という方もいらっしゃるわけで、個人的には、「これはNHK内部の問題なのではないか?」と指摘する「ガ島通信」さんのコメントが冷静な視点を提起していると思いました。
告発者が実名で涙の会見を行うという衝撃で、法廷や国会にも問題が持ち込まれそうな勢いのNHKの番組への「介入」問題ですが、私は当初から少し違和感を持っていました。 この問題を最初に報道した朝日新聞や一部テレビ番組は「NHKの番組の内容に意見し、その内容を変えさせた政治家が悪い」という論調のように見受けられますが、政治家がテレビや新聞に意見をするのが悪いのではなく、その意見を聞いて番組を変更したNHKが悪いのではないでしょうか? 例えば、不祥事などの微妙な問題を書いている場合などは、取材先やスポンサーから「どんな記事になるの?」という探りもあるでしょう。まともな報道機関であれば、それが一視聴者・読者であっても、政治家、行政・警察のトップであっても、聞くべきは聞き、はねつけるべきははねつける。本来そうであるはずです。 「政治家が言ったから番組内容が変わった、だから政治家が悪い」などという単純な理論には納得が出来ません。
要するに、「誠に申し訳御座いませんが、私には何が問題なのかがわかりません。この世の中『圧力』『介入』なんてゴマンとありますよね。それが政治家だから問題なの?市民の圧力で変わったとしたら、それはいいの?」とまとめてくださった「ヤースのへんしん」さんが卓見ということなんじゃないでしょうか。「税理士>ガソリンスタンド>コンビニ」さんも、「第4権力を自負しながら、なぜ屈するのでしょうか。権力同士の対等な関係ではなかったのですか。・・・自治に任せれないほど腐ってしまった組織が、しかも公共組織が、介入だなどと破廉恥にも仰っています。政治介入圧力どころか、スポンサー企業の介入圧力にも屈しまくっている民放さんも『政治介入』に騒いでいます」と指摘してくれていますしね。
最後に、「1年中がクリスマス!!」さんが指摘していましたが、NHKの経営陣の方々には、「かわいそうなのはそこで働く従業員ですよね。特に料金徴収を行う方は直接批判の矢面に立つわけですから悲惨です。早く仕事に専念させてあげたいものです」という点にご配慮していただきたいものです。「内部事情から噴出してきた『不祥事』という感が否めないのである」(by「いい国作ろう!『怒りのぶろぐ』」さん)という指摘もあるのですから・・・。
2005 01 17 [08. メディア/広告の将来を占う] | 固定リンク | トラックバック
新年早々様々なお店がキャンペーンを実施されることもあって、皆さん物欲がいい具合に刺激されているところだと思うのですが、今回は恐らくかなり普及度が高まったと思われるデジタルビデオレコーダー(DVDタイプやハードディスク/DVD複合型など様々ですが)の使い道と、こんな機種にはこんな機能が付いていて便利、というような話を伺いたいと思います。
このお題の文章の続きや、このお題へのトラックバックは こちらまで。
「木村剛モノログ横丁~トラックバック井戸端会議」
2005 01 16 | 固定リンク
1996年の10月にブルータス誌が「まだワインは知識だと思っていませんか?」というタイトルで発売されたあたりから、日本におけるワイン事情がやっとこオープンマーケットになり、いろんな情報が飛び交うようになったと記憶しています。
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「木村剛モノログ横丁~トラックバック井戸端会議」
2005 01 16 | 固定リンク
2004年は日本中を韓流ブームが覆いましたね。私もすっかり嵌ってしまったのです。もともと友人から「冬のソナタ」は面白い・・と聞いて、何気なく観ていた再放送にすっかり夢中になってしまったのです。そのおかげでDVDプレイヤーを購入し、ケーブルTVの有料放送の契約、関連本多数購入等など、昨年の我家の韓流関連の出費はかなりの額に上ります。
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「木村剛モノログ横丁~トラックバック井戸端会議」
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2005年最初のお題は、新年らしいものを選んでみました。「気分を一新したいときのステーショナリーは?」です。一昔前ですと、日記帳を買い換えてみたり、あるいは3月、4月の異動の時期では万年筆や名刺入れをプレゼントされたり、そんなイベントがあったように思います。考えてみれば、子供のころだって、新しいノートや削りたての鉛筆は気分をしゃきっとさせる効果がありました。ステーショナリーには、何か不思議な魔力があるのかもしれません。
とはいえ、手に馴染んだものが捨てがたいという相反する思いもあるわけで、飴色になった皮小物や手の癖のついた万年筆などというのは、絵になりますなあ。
みなさんは、どんなときにステーショナリーを新しくしますか? 思いつきで買い換えたものを意外と気に入って、その後長く使いつづけている。はたまた、毎年新年には新しくするものがあり、それが自分の軌跡となっているなど、皆さんの思い出を教えてください。楽しみにお待ちしております。
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までお寄せください。宜しくお願いいたします。
2005 01 15 | 固定リンク
今週の丸善丸の内本店 壹岐直也副店長がお薦めする本です。
「メジャーリーグとだだちゃ豆で読み解く金融市場」
加藤 出著 ダイヤモンド社刊 1575円(税込)
金融や為替の話は本当にややこしい。量的緩和やインフレターゲットなどの難解な用語が次々に飛び出し、素人には政策の実態がほとんどつかめない。そうした金融市場の重要テーマを身近な視点から読み解いたのがこの一冊だ。
金融の話なのに、ゴルゴ13や水戸黄門、野口英世、スターバックス、だだちゃ豆、映画「ダイハード」といったお馴染みの話題が枕に使われている。軽妙な語り口に引き込まれるうちに、いつの間にか金融・為替政策の核心に触れているという展開だ。
それでいて、単なる入門書とは異なり、市場関係者が興味をそそられそうな本格的な話題も随所に盛り込まれている。量的緩和からの出口政策、日米インフレ率の比較、日銀券発行残高の急増、金融市場の決済システム改革、2006年ポスト・グリーンスパン人事など、最新のトピックスが鋭い視点で考察されている。
著者の肩書きは東短リサーチ取締役チーフエコノミスト。金融市場の現場から金融政策や短期金融市場の分析を行っており、「No.1日銀ウォッチャー」とも呼ばれる。金融のテキストに載っていない生きたマーケットの実態を著せるのは、現場の最前線に立つ著者の強みだろう。
2005 01 15 [12. 本のソムリエ] | 固定リンク | トラックバック
皆さん、こんにちは。「週刊!木村剛」のあり方に関して、多くの方々からご意見をいただき感謝しています。「レビューのとらお」さんからは「原点回帰」という大きな方向性をいただきましたし、「my.Hurusato.org」さんからも「ゴーログの中の『木村剛のブログ』に、木村さんは集中されていった方が良いだろうし、銀行の社長業をされるとなれば、それが現実的だと思う」という意見をいただきました。
同様の観点から、「雑記帳@F-Page広島」さんからは、「経済政策や年金問題等々に関わる 『木村氏の記事』が主体になっていくとより面白いのではないか」という指摘をいただきましたし、「ある大学院生の日記」さんからも、「本職である金融関係にある程度特化したblogにする方がいい」というアドバイスをいただいています。「時たまmoeder」さんからも、「ゴーログがなくなったら何が『週間!木村剛』なのか分からなくなりますが・・・ 薄い内容よりも濃いものを時たまドカンと、アップしてくれたら嬉しいです」というリクエストがありました。
なお、懸案の「BLOG of the Week」については、「個人投資家25時」さんから「個人的には今までの形で全然よいと思います。私ブログ始めたの今年からなので、直接何もありませんが、自分の意見をより広く伝えられるチャンスが広がるので、できるなら存続していただきたいです。『盗作』じゃないんだから。ちゃんと書いた人ははっきりわかる形なんだから、失礼もないんだからいいんじゃないかと」というポジティブな意見をもらったり、「貞子ちゃんの連れ連れ日記」さんから「BLOG of the Weekを選ぶのも、月に一回くらいでもかまわないと思う」という提案をいただいたりしています。そういう中、「オレのアイ」さんから、以下のようにまとまったご意見をいただきました。
「BLOG of the Week」に関しても賛否はあるようですが、「週刊!木村剛」の閲覧者に対してTBを送る人間の割合もわかりませんし、批判は一部の人間なのではないかと個人的には思います。大体にして個人に情報の取捨選択の自由が与えられるのがインターネットのはずですから、面白くないとか批判的な見方をする人間は見なければよいだけです。それでも茶々入れてくるのは、ただ煽りたいだけか著名な人間を批判することで肥大した自己掲示欲を満たしているか、単にアクセスアップを狙っているかだと思います。馴れ合いとかいう意見にしても、利害関係にないところでわざわざ争う必要性がないから自分が気に入ったサイトへのアクセスをリピートしているだけだと思います。コミュニティってのは馴れ合いによって保たれるようなところもありますしね。
そうですね。「ブログはコミュニティだ」という視点は大事ですよね。昨年後半は、「ブログ=メディア」の視点にこだわりすぎて、「ブログ=コミュニティ」という感覚を薄れさせていたように思います。そこで、これからは、「ブログ=コミュニティ」という感性を大事にしながら、「週刊!木村剛」を運営していきたいと思うのです。そこで忘れてはならない視点のことを「Fireside Chats」さんが述べておられました。
投稿(トラックバックもその一種でしょう)を読むに際しては、2つの視点が重要だと思っています。「検事の視点」と「弁護士の視点」です。前者は物事を批判的に見ようとの視点で、これなくして評論や批評は成立しません。後者はどんなわずかなことでも良い点を見出そうとの視点で、これが新たなる才能を発掘する源泉となります。 人間は悲しいことに、ほっておくと「検事の視点」に偏りがちです。100の投稿を読み続けるとすると、最初は2つの視点を維持しようと努めるのですが、ちょっと気を抜くと、すべてを批判的に眺めている自分に気づきます。最後のほうになると、「弁護士の視点」を維持するために、膨大なエネルギーを要するようになるのです。木村氏は「検事の視点」と「弁護士の視点」をキープするため、膨大な時間を費やし、尋常ではない努力をされていたと思います。 「BLOG of the Week」をカタチだけ続けることは、今後とも可能でしょう。しかし、日本振興銀行の社長業への投入時間は中途半端ではないでしょうから、ブログを読む時間が削られることは疑いないでしょう。しかも、銀行の社長業はストレスが多いでしょうから、心の平安を保ちつつブログを読むことは困難なのではないかと想像します。せっかく、多くの魅力的なコンテンツを世に出してきた名物企画のレベルが落ちるのは残念です。であるとするなら、「BLOG of the Week」は潔く手仕舞いされたらいかがでしょう。
「BLOG of the Week」の再開については、皆さんのご意見をさらに精読した上で、もう少し考えてみたいと思いますが、「Fireside Chats」さんが指摘された「検事の視点」と「弁護士の視点」という観点は重要だと思います。私は「ネガティブバトルからポジティブコミュニケーションへ」というポリシーでブログを展開していきたいと思っていますので、「週刊!木村剛」においては、「ブログ=コミュニティ」というスタンスに立って、出来る限り「弁護士の視点」でブログを続けていきたいと考えているのです。
その結果として、「週刊!木村剛」が、「へなちょこ教頭先生のハラハラドキドキ学校改善物語」さんが言う「日本の英知のキーステーション」になるというのは無理だと思いますが、「後藤和智事務所 -若者報道と社会-」さんのように、「ブログ界の新しいスターを生み出すことに、少なからず貢献しているのではないかと思います」という風に感じていただける方がいらっしゃるのであれば、「週刊!木村剛」を継続していく意味は少なからずあるのだろうと思っております。
ということで、忙しくはなりますが、何とか時間を遣り繰りして「週刊!木村剛」を継続していきたいと考えておりますので、ご支援いただければ幸いです。
なお、これまで「週刊!木村剛」は、あらゆるトラックバックは削除しない方針を採っておりましたが、残念ながら、世の中には基本的なマナーすら弁えずに、「検事の視点」でしかコメントできない方々がいらっしゃるということも確認できました。色々と考えましたが、今後は、歪んだ「検事の視点」からコミュニティを荒らしにこられる方々のトラックバックについては原則として削除する方針で臨んでいきたいと思っております。
2005 01 14 [01. ブログ万歳ココログ三昧] | 固定リンク | トラックバック
一連の不祥事問題をきっかけとする受信料収入減で海老沢会長の進退が取りざたされていたNHKに、今度は教育テレビで放送された特集番組の内容に政治的な介入が在ったとする内部告発の声があがりました。
これは旧日本軍の慰安婦問題を扱った特集番組で、放送前に安倍晋三・自民党幹事長代理と中川昭一経済産業相がNHKの幹部に申し入れを行い、その接触後に内容が変更されたというもので、昨日、同番組の制作責任者だったチーフプロデューサーが記者会見を行いました。他方、安倍幹事長代理と中川経産相は番組内容への介入を否定。NHKも放送総局長が圧力を受けて変更した事実はないという見解を示しています。
もともとこの問題は取材を受けた側がNHKと番組制作に関わったプロダクションに対して裁判を起こしていましたから、マスコミ関係者の間では結構知られていた問題だと思いますが、4年も前の出来事だったので、まさかこんな時に、「実は政治的な圧力があったのだ」というような内部告発という形で、再び浮上するとは思いもしませんでした。
そして、私は今朝、この報道を目にし、これまでの一連のNHKに関する報道を考えた時、なんとなく、昨日岡本編集長が書いていた「お神輿経営はどこへ行く」が頭の中に浮かんできたのです。
実は私もNHKでずいぶんお仕事をさせていただきました。当時仕事をしながらよく思ったのは、「恐ろしく大きな組織だな」と。職員の方でも、一度も足を踏み入れたことのない、「何の仕事をしてるのかなこの部屋は」というようなところが、結構あるんじゃないでしょうか。
僕は「職員も多いけど、建物もでかいなー。やたらスタジオがいっぱいあるな」なんて思ってました。
また、NHK以外で仕事をしている時には、ものすごい田舎の本当に小さな出来事でも、たいていNHKが取材に来ていて、紙は地元新聞と共同通信社、テレビは特集の企画取材に来ている僕らとNHKみたいな組み合わせになったりして、「やっぱりNHKはすごいな」と思っていました。まあ、一言で言えば「組織力」とでもいうのでしょうか。
ただ、組織が大きくなると、それによる弊害が生じる事もありますよね。
例えば岡本氏は「意思決定がない」ことを指摘していましたが、組織が大きくなると、誰も明確な指示や意思決定をしていないのに、なんとなく、「こちらの方向でしょう」みたいな空気が流れて、物事がそちらに進むようなことがあります。判りやすくいうと「自主規制」みたいなことが起きていたかもしれません。
また「集団無責任」については、例えば、その人の立場では正しいはずだったのに、気が付いたら、客観的に見たら、実は間違いだったみたいな事が起きたりすることがあるように思います。
そして、「集団主義・家族主義」ですが、これは組織の大きさとは関係なく、国民性みたいな話なのかもしれませんが、4年もたってようやくチーフプロデューサーがこの問題に関して発言されたのは、こうした事が背景にあったのかもしれません。
必ずしもすべてが合致しているとは思いませんが、そういうことがつい頭に浮かんでしまったのです。
僕が今一番思っているのは、この件に限らず、NHKは早く事態を収拾して、現場の人たちが番組作りに専念できるような環境にしてほしいということです。私が仕事をしていたのは10年近く前ですが、NHKには優秀な人材が沢山いて、良質な番組も沢山ありました。なんだか検証番組にでていたテレビマンユニオンの今野勉さんみたいな話になってしまいましたが、そういう人たちが、良い番組を沢山つくれるような、そういう組織になってほしいと思っています。
2005 01 14 [17. 週刊!神部プロデューサー] | 固定リンク | トラックバック
皆さん、こんにちは。木村剛です。結構、格闘技ファンがいらっしゃるようで、嬉しく思いました。「ミルコ・クロコップ・ドットコム」さんによれば、ミルコは、「自分はストライカーの代表ですから、みんなビックリしているとは思いますが、・・・毎日グラウンドでトレーニングをしていますから、相手がミスをしたり、そういうポジションになった時には、迷うことなくグラウンドで十字でもチョークでも何でもこれからは見せていきたい。グラウンドに行く事をもう怖がっている自分ではないという事です」と応えていたというのですから、リングサイドでもっともらしい解説を垂れ流している評論家と違って、リング内で戦う男たちは違いますよね。
それだからこそ、曙戦は見ていられなかったわけで、「えみっちぃの見る風景」さんが言うように「曙の弱さにゃあ、おいら、情けなくって涙が出てくらぁ!」と本当に嘆きたくなりました。
その一方、光っていたのが、「松田晋作の大学教員への道」さんが一押ししたボビーの試合です。フランスが生んだ天性の暴れん坊シビル・アビディにあの戦いっぷり。「松田晋作の大学教員への道」さんは「大晦日の素人格闘家ボビーの戦いぶりに感動した。素人だといって、なめてはいけない。必死に努力する素人は、時には自称プロをうちまかすことがある」と指摘していましたが、確かにそのとおりですね。「命がけの修行をして初めて、本物になれる」というのはビジネスも同じなので、私も日々実感しています。
ということで、「プログレッシブな日々さん」からは「木村社長がどんな絞め技を繰り出すか、楽しみにしています」と書いていただきましたが、いずれサプライズ気味の絞め技を出すことになると思いますので、楽しみにしていてください。まあ、ひょっとすると、「スピニング・トー・ホールド」(by「ヤースのへんしん」さん)かもしれませんが・・・。
2005 01 13 [02. ゴーちゃんの素顔を暴く!] | 固定リンク | トラックバック
2005年は日本の金融システムにとって大きな節目になりそうだ。大手行の不良債権比率半減目標が3月期末に達成できそうであるし、4月からペイオフ(預金など払戻保証額を元本一千万円とその利息までとする措置)解禁が普通預金等にも拡大される。
これは、金融行政がこれまでの不良債権問題処理・金融システム安定至上主義から転換することを意味している。ペイオフ解禁拡大以後は、ペイオフを前提として預金者の自己責任や預金者による銀行選別(市場規律)を重視されることになる。こうした金融行政の節目に当たっては、「不良債権問題を完全に解決した上で、ペイオフ完全解禁を行う」というのが理想であったはずだ。
しかし、地域金融機関の不良債権問題処理は、地域金融機関の特殊性を強調する余り、大手行にくらべて遅れてしまった。また、ペイオフの完全解禁は実現されず、4月以降も「決済性預金」(無利子、要求払い、決裁サービスの提供を要件)に限り全額保護が継続する。
金融危機が発生した際に、日本のように預金の全額保護が導入されることは珍しくないが、金融システムが安定化すれば、市場規律を弱め、銀行のモラルハザード(倫理の欠如)を誘発する全額保護は速やかに解除することが望ましい。かつて全額保護を導入した北欧諸国や韓国などは既に部分保護に移行しており、日本はOECDの中でペイオフ完全解禁を行っていないのは唯一の国なってしまった。
また、決済性預金の永続的な全額保護は、世界でもチリに例をみるぐらいで、国際標準からかなりかけ離れた政策と言わざるを得ない。
ただし、「決済性預金」の全額保護の影響は限定的かもしれない。金融機関や預金者が負担する様々な「決済性預金」の導入コストや将来の金利上昇を考慮すると、金融機関を選択できる預金者は金利がつかない「決済性預金」よりも安全な銀行の普通預金を選ぼうとするであろうし、優良な銀行であればあるほど「決済性預金」の導入には消極的であると思われるからだ。
「決済性預金」の導入に向けた各金融機関の取り組みをみても、導入済みの割合は、信用金庫では比較的高いが、銀行ではまだ21%であり、取り組みにも温度差がみられる。「決済性預金」を選ぶ預金者は、当該地域において金融機関の選択の余地の少ない場合、また、マンションの管理組合や地方公共団体などのようにその公的な性格を反映して、安全性が第一であり、預け先も固定化したいというニーズを持つ場合などに限定されると思われる。
ペイオフ解禁拡大を契機に預金者が「決済性預金」という制度を頼まず、金融機関を選別することは、市場規律を高めることにつながるため望ましい。しかし、その際、優良な銀行のみならず、破綻し難いという意味で単に大きな銀行を選ぶ傾向も強くなってきている。バブル崩壊以降の十数年の間に銀行業の生じた最も大きな変化は、金融機関の破綻、合併・統合に伴う市場構造の寡占化である。
メガバンクも3グループに集約されることになり、信金・信組の数なども大幅に減少している。こうした状況で懸念されるのは、金融機関の寡占化、競争低下による利用者の利便性の低下である。例えば、合併による支店の統合も銀行側にとってはコスト削減に資するが、利用者側にとって不便になるのは明らかだ。また、寡占化の進行が、利用者にとって不利な金利、手数料の設定に繋がっていないか目を光らせることが重要だ。
緊急時から平時への対応に力点の移った2005年の金融行政は、「金融重点強化プログラム」に盛り込まれたコングロマリット化推進によって、金融機関を更に大きくして国際競争力を強化することよりも、むしろ寡占化の弊害を認識し、国内での健全な競争促進に努めるべきである。
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鶴 光太郎(つる こうたろう)
経済産業研究所上席研究員。1984年東京大学理学部数学科卒。オックスフォード大学Ph.D. (経済学)。経済企画庁、OECD経済局エコノミスト、日銀金融研究所を経て現職。著書に『日本的市場経済システム:強みと弱みの検証』、『日本の財政改革』(共著)等。
(追伸)「週刊!木村剛」は、総合ビジネス月刊誌「フィナンシャルジャパン」(年間購読はココ)および「フジサンケイビジネスアイ」(購読希望はココ)とメディア・コラボレーションしています。本日の記事は、「フジサンケイビジネスアイ」に1月3日に掲載したものです。
2005 01 13 [14. フィナンシャルi ] | 固定リンク | トラックバック
皆さん、こんにちは。木村剛です。「grounder」さんから「僕的にこの『週刊!木村剛』というブログは中学生の時に夢中になったラジオ番組の様です」というトラックバックををいただきました。じつは年末年始は、日本振興銀行の社長に就任する関係でバタバタしておりまして、何と!「ラジオ日経」さまから番組作成を依頼するトラックバックが来ていたことを迂闊にも見落としておりました。大変失礼いたしました。
そもそも、このアイデアは、「週刊!木村剛」の影の仕掛け人「ひとこと」さんの「いっそラジオでも『週刊!木村剛』を!」(2004.7.24)から出ているんですが、何と「ラジオ日経」さまは、こう言ってくれているんです。
私webmaster的には大歓迎です。今日にでも始められます。但し、スポンサーが見つかるまでは手弁当でお願いできればと・・・ウソです。(あいにく、私のwebセクションはギャラ予算がない・・・苦笑)。もちろん、当社の営業にも話しますので、前向きにやりませんか? タイトルはご提案通り、「週刊!木村剛」で構いません。ハイ。番組内容はなんでもアリです。「ひとこと」さんの企画書、もうそのまま使えますね(爆。でも、ホントに良く出来てると思います)。「週刊!岡本編集長」のつぶやきコーナーがあっても面白いですね。 放送時間もご希望にできるだけ添わせていただきます。毎日やれれば、毎日でも枠は押えます。祝日にはホリデースペシャルとして長時間の特番も組めます。(私の振り向けば後ろの席は編成局長・・・当社ではGPと呼んでいますが・・・なので、耳打ちして即決定可能です。)もちろん、ネットユーザ向けにストリーミングでライブもオンデマンドもやりましょう。 そこから発展できることがあれば、何でもやりましょう。今日はノッってるから放送延長だー、とか、2日酔いなので早終了、なんて従来ではありえないノリがあってもOKです(どうせやるなら、それぐらいの方が楽しいですよね!)。 ケータイの着うたの”うたじゃない木村剛しゃべりバージョン”もいいでしょう。木村剛神社を作って、WEBマネーでちゃりんとお賽銭もらって、それを原資にいろんなことをやってもいいでしょうし・・・。 この記事は夏のものでしたが、まだ気が変わっていないようでしたらば、トラックバック送りますので、お返事気長にお待ちしております。>木村剛さま
ということで、私は、「ラジオ日経」の企画に対して正式に「やります!」とご返答をしたいと思います。「ひとこと」さん、いかがでしょうか?
2005 01 12 [01. ブログ万歳ココログ三昧] | 固定リンク | トラックバック
ゴーログをお読みの新日本人のみなさんこんにちは。
今日は「お神輿経営」というネタで、みなさんのご機嫌を伺わせていただきます。
お神輿経営というのは、旧日本人のおじさんたちが大好きな集団主義、精神主義で会社を経営すると何がまずいのかについて、お祭りで担ぐお神輿を説明に使うととってもわかりやすいので、わたしがよく話していることなんです。
【問題点1 意思決定がない】
まず神輿(旧日本会社における仕事やプロジェクト)は、進む方向をきちんと指示する指揮者がいないので、どちらの方向に向かうのかさっぱりわかりません。一応、棒の端を持つ役割の人がいるのですが、彼も方向を指示する役目ではないので、あくまでも担ぎ手たちおのおのが周囲の「空気」をつかむ中から、神輿の進む方向が何となく決まっていくという特徴があります。
したがって、自分たちが担いでいる神輿(仕事やプロジェクト)がいったいどこに向かっているのかは、担ぎ手の誰も知らないのです。
【問題点2 集団無責任】
2番目に、神輿(仕事やプロジェクト)が沿道の家の軒先を壊したり、塀を壊したり、植木鉢を蹴散らしても、責任は一切問われません。なぜならば、それは神さまがしたことだからです。決して神輿の担ぎ手たちが故意にやったことではありません。担ぎ手の総意は、すなわち神さまの意思になるのです。神さまがした悪さであれば、誰に向かっても文句を言えないのです。当然ですね。そしてやった本人たちもまったく責任を感じないのです。神さまがやったんですから、当然ですね。
欠陥商品で消費者に迷惑をかけたり、不良債権をカットさせて債権者を泣かせたり、いつまでたっても配当できずに株価を下げて株主を泣かせても、「だーれも悪くない。少なくとも自分だけは悪くない」と神輿の担ぎ手(社員)たちは考えているのです。
【問題点3 集団主義・家族主義】
3番目に、神輿(仕事やプロジェクト)というのは大勢で担いでいますが、担ぎ手の中にはちゃんと担いでいなくてぶら下がっているだけの人もいます。いったいだれが本当に担いでいて、だれがぶら下がっているだけなのかは、だれにもはっきりとはわかりません。また、業績評価をきちんとして「だれが一番神輿の運行に貢献し、だれがまったく役に立っていないか」を明らかにしなゃならないなどとは、だれも考えていません。神輿担ぎ(仕事やプロジェクト)は、目的も効率性も問題でありませんから、個人の貢献度を問うことにはぜんぜん意味がないのです。
組織の中に波風が立つようなことがあってはならないので、担ぎ手はみんな平等に処遇しなければなりません。「成果主義」「能力主義」の導入や、あらゆる「組織改革」は、現場が混乱して神輿の円滑な運用を妨げるので、厳に慎まなければならないのです。
【問題点4 ガンバリズム・自己目的化】
4番目に、とにかく神輿(仕事やプロジェクト)は重い(苦労する)ことに意味があるんです。重いこと自体がありがたいんです。誰も御神体を見たことはないのですが、いかにも非力そうな年寄りの神官が扱っていることからみても、100人で担ぎ上げなければならないほど重いものであるとは思えません。それをわざわざ思い神輿に入れて、すき好んで重くしているわけです。
そしてそのありがたい神輿を、ただひたすら頑張って担ぎ上げること自体に、担ぎ手(社員)の生存の意味があるのです。神輿がどこに向かっていても、それは彼にとって大きな意味を持ちません。目的を達成することよりも、ひたすら頑張り続けること自体が重要であり、彼にとっての目的なのです。担ぎ手全員がそう思っているわけですから、それが組織目的となるわけです。
どうですか。神輿とカイシャって、共通点が少なくないと思いませんか? 数年前までの日本のカイシャは、威勢ばかりはよいのですが、目的も方向感覚もなく、ただふらふらと漂っているお祭りの神輿のようにしか私には見えませんでした。
ここにきてずいぶんましになってきてると思いますけど、根本的にはまだ直っていないと思います。ではどうするべきなのか、まあおいおいお話しすることもあるでしょう。では本日のところはこの辺で。
2005 01 12 [21. 週刊!岡本編集長] | 固定リンク | トラックバック
1月5日、インターネット仮想商店街を運営する楽天とネット専業証券の松井証券は、ドットコモディティに出資すると発表した。昨年12月に設立されたばかりのドットコモディティは、商品先物取引をインターネット専業で手掛けるベンチャーだ。
手数料が完全自由化されるのを機に、金属、石油、アルミ、ゴムの四品目を対象にして、ネットを活用した割安な手数料を武器に業界に参入し、顧客の獲得を狙うという。
なんとなく「危ないんじゃないか」と思われてきた商品先物の世界を、イメージを一新させて安心して参加できるマーケットに変貌させるという意気やよし。新しい金融の息吹を感じさせる。
メンバーも豪華キャストだ。経済産業省OBで、同省在籍中に商品先物業界を二度に亘って担当した車田直昭氏が実質的な社長として会社の舵取りを担い、社外取締役には、楽天証券の国重惇史社長、松井証券の松井道夫社長、M&Aコンサルティングの村上世彰氏が就任する。オリックス証券も業務提携するというからきらびやか。
市況がリアルタイムで分かるような画面を導入したり、40万口座を超える楽天や松井の顧客が利用しているIDを使用可能にするなど色々なアイデアが試されるらしい。株式の世界でも1999年の手数料自由化以降、ネット証券を中心に大変革が起こった。商品先物の世界も決して例外ではあるまい。
今年の5月1日には、強引な勧誘の禁止など顧客保護を強化する改正商品取引法が施行される。一部の人々が胡散くさいという商品先物マーケットが他の金融商品と同じような取り扱いになれば、目端の利いた他の金融業界の猛者たちは、ビジネスチャンスを求めて、商品先物業界に雪崩れ込んでくるかもしれない。そうなれば、勢力図が変化し、業界の垣根を越えた合従連衡につながる可能性もある。
これは時代の要請であり、止めることのできない奔流でもある。
戦後半世紀以上の間、わが国の金融行政は各種の金融業者を中心に考えて、「縦割り」の縄張りを頑なに守ってきたが、先進的な業者は顧客を中心に考え、「横割り」の発想になりつつある。顧客の立場に立てば、「縦割り」の発想など沸き起こりようがない。顧客の視点が入ってくれば、供給者サイドに配意した「縦割り」など消えてしまうしかないのだ。
その意味で申し上げれば、これは、伊藤金融担当大臣が打ち出した「金融改革プログラム」が、「縦割り」から「横割り」へと基本的な考え方をシフトさせていることと重なる。投資サービス法の制定もその流れだ。行政の視点が供給者サイドから利用者サイドに移行していくことは極めて望ましい。
しかし、そんな中でも「縦割り」は厳然として残存している。
それは監督当局の「縦割り」だ。商品先物も証券先物も同じ金融商品なのに、経済産業省と金融庁が別々に検査・監督しており、そのクオリティー(質)やルールもバラバラ。もしも、行政が本当に利用者サイドに立つつもりがあるのであれば、省庁権限の再編が必要になってくる。果たして、利用者重視を唱える両省は縄張り争いを超えて、省庁の「横割り」を実現できるだろうか。
(追伸)「週刊!木村剛」は、総合ビジネス月刊誌「フィナンシャルジャパン」(年間購読はココ)および「フジサンケイビジネスアイ」(購読希望はココ)とメディア・コラボレーションしています。本日の記事は、「フジサンケイビジネスアイ」に1月10日に掲載したものです
2005 01 11 [04. 経済政策を語ろう!] | 固定リンク | トラックバック
皆さん、こんにちは。日本振興銀行の社長をしておる木村剛です。じつは、日本振興銀行は本日も開店しております。土曜日も、日曜日も、祝日も、中小企業の経営者のためにお役に立つ銀行でありたい――ということで、1月4日に社長に就任しましたので、私と行員の決意と想いを具体的にお客さまに示すために、午前9時から正午までですが、1月8日から土日祝日営業を始めました。お借り入れの相談がある方などは、是非こちらのHPでご覧ください。
それにしても、2005年に小泉政権は、どのような政策を展開していくことになるのでしょうか。そして、私たちの生活はどうなっていくのでしょうか。「ひろのきまぐれ日記」さんなんかは、「小泉さんの役割はぶっこわすことという気がします」などと核心を突いてくれていますけれどね・・・。ちなみに、「さいとうくんのニュース速報!?」さんはこう述べておられます。
長引く平成不況の中、出口も見えず見えてくるのは、増え続ける国債の山である。後押しするように、「団塊の世代」と呼ばれるサラリーマン群が2007年から2010年にかけて迎える定年。少子高齢化が後押しされて、日本経済を支えきれるのかと不安が残る。 小泉政権が始まる時、「構造改革」の言葉のもと不況も一掃する大革命が期待された。しかしふたを開けてみると期待はずれな感が残っている。・・・私も小泉政権に期待した一人、行政権を持つ小泉政権が改革を起こすに一番力を持っているであろう。批判するのではなく後押しするのが国民として一番の行動だろう。苦境に立たされている今こそ、国民全員が力を合わせて日本をよくしていかないといけないのである。ボトムアップの力も必要なのである。 特に今から日本経済を支えていくであろう若く、新しい世代の力が必要であろう。・・・新しい世代の新しい風が必要なのである。・・・世代が大きく変わる今だからこそ、旧体制を破壊し、革命を成し遂げ、前進しなければならないのだ。小泉政権を後押しし、自らも革命の火付け役になっていきたいと思う。
ここの「自らも・・・」っていうところが大事なんですね。評論家じゃ、所詮何も変わらないわけですよ。もっとも改革は、若手だけには限りませんよね。「ヤースのへんしん」さんも、「そろそろ立ち上がりませんか、団塊の世代!!」と檄を飛ばしていますし・・・。
いずれにしても、2005年が始まりました。「和ちゃんブログ」さんのように、「是々非々で政治を見つめていこう」というスタンスで行きましょう。
(追伸)「Richstyles!」さんからは、「どうなるゴーログ?社長ブログを目指せ!」というアドバイスをいただきました。でも、これまでも私は、コンサルティングを手掛けるKFi株式会社と総合ビジネス誌「フィナンシャルジャパン」を刊行しているナレッジフォア株式会社の「社長」だったんですけど・・・。そうか、「週刊!木村剛」は、「社長ブログ」ではなかったのか・・・。確かに間違ってアイドル系に分類されたりしていましたからね。残念!!
2005 01 10 [04. 経済政策を語ろう!] | 固定リンク | トラックバック
お題1「本物ワイン」
うーん、本物ワインというちょっと引いてしまうタイトルに自分でも引いちゃったなあ、というのが本音でございます。実は今年になってヴァン・ナチュールなワインを味わう機会が圧倒的に増えまして、それでもってこれをテーマにして書いていこうと意気込んだもののあっさり白旗(笑)。まずヴァン・ナチュール、つまり自然派ワインは店頭ではあまり売っていないですし、ましてやネットでもそう多くはありません。
このお題1の文章の続きや、モノログ横丁に関するトラックバックは「木村剛モノログ横丁~トラックバック井戸端会議」までお寄せください。宜しくお願いいたします。
お題2「ワイングラス」
ワインの代金が1万円はかかるようなそこそこ高級店には、今やリーデルやスピゲロウといった香りや味わいを引き立てるグラスがきちんと用意されるようになりましたよね。
ところが自宅ではどうか?場所は取るし、洗うのはたいへんだし、万が一割ってしまったときの落ち込みようを想像すると自宅でリーデルのワイングラスでワインを楽しむなんて、結構な贅沢ではないかと思うのです。
このお題2の文章の続きや、モノログ横丁に関するトラックバックは「木村剛モノログ横丁~トラックバック井戸端会議」までお寄せください。宜しくお願いいたします。
2005 01 09 | 固定リンク
お題1「男性からパートナーにランジェリーを贈る」
最初のお題にしては少し過激な内容だったかもしれません。一昔前まで日本では イタリアの高級ランジェリーラ・ペルラは銀座の夜の女性がプレゼントされたい商品でしたから フランス人のように男性から自分の最愛の女性にランジェリーを オシャレに贈ることができる人は少ないと思います。
このお題1の文章の続きや、モノログ横丁に関するトラックバックは「木村剛モノログ横丁~トラックバック井戸端会議」までお寄せください。宜しくお願いいたします。
お題2「寒い冬をお洒落に暖かく」
今年の冬は今までにない暖冬で始まりました。新潟の越後湯沢周辺のスキー場では 本来は12月10日ごろにオープンするのに、今年は雪不足のためオープンできないようです。こんなに暖冬なのに保温インナーは必要なの?と思われる方も多いと思いますが、今年のような暖冬であっても適切な保温インナーを着ることにより、健康を保つことができるのです。
このお題2の文章の続きや、モノログ横丁に関するトラックバックは「木村剛モノログ横丁~トラックバック井戸端会議」までお寄せください。宜しくお願いいたします。
2005 01 09 | 固定リンク
お題1「ブログは普段どうやってエントリーする?」
今回は「ブログは普段どうやってエントリーする?」のお題に多くのトラックバックを頂きまして、皆さんありがとうございました。お蔭様で、かすかではありますが皆さんのブログスタイルが見えてきたような気がします。
ヘビーなブロガーって実は最近よく電車の中で見かける、ノートPCを開いてパカパカやっている人なのかなぁと思いましたが、そんなことはないようで、意外に皆さん「ブログはやはり落ち着いて家や職場で書かないと」という、清く正しくブログを嗜まれる方々だったので、安心したというか気が抜けたというか、ほっとしました。
それでも屋外でブログをされる際には、皆さん携帯電話を使ってではなく、PDAやノートPCを活用される方が多いのは意外でした。
このお題1の文章の続きや、モノログ横丁に関するトラックバックは「木村剛モノログ横丁~トラックバック井戸端会議」までお寄せください。宜しくお願いいたします。
お題2「気になる瞬間をシャッターにおさめる、その時あなたは手に何を持つ?」
ブログを彩るインパクトのある写真を皆さんがどのように撮影されているのかに興味を持ち、お伺いした今回のエントリーでしたが、皆さんから興味深いトラックバックをいくつか頂きまして、ありがとうございました。
改めて認識したのは「撮る」ことの難しさでした。皆さんから頂いたトラックバックでも「やはり最初は恥ずかしさを抑えて」とか、「恥ずかしいのを我慢して撮っているうちに、撮ること自体の大事さが優先してくる」というようなコメントを頂きました。そもそも撮影という行為自体に、高いハードルが未だに残っているのだと思います。
このお題2の文章の続きや、モノログ横丁に関するトラックバックは「木村剛モノログ横丁~トラックバック井戸端会議」までお寄せください。宜しくお願いいたします。
2005 01 09 | 固定リンク
お題1「隙間時間をどう使う?」~本はカーネギーをお勧めします!
皆さん、こんにちは。木村剛です。お題1の「隙間時間をどう使う?」にたくさんのトラックバックをいただき、有難うございます。このモノログを立ち上げた1カ月前は、皆さんからのトラックバックがつくのかどうか心配でしたが、いろいろなご意見をいただくことができました。人間の活動範囲が広がるとともに増える隙間時間。この時間をどのように活用するのかで、いろいろなことへのきっかけにつながっていることもわかり、皆さんのライフスタイルを垣間見せていただいたような気がします。
このお題1の文章の続きや、モノログ横丁に関するトラックバックは「木村剛モノログ横丁~トラックバック井戸端会議」までお寄せください。宜しくお願いいたします。
お題2「メールと電話、手書きの使い分け」~手書きはやっぱり万年筆ですね!
また、お題2の「メールと電話、手書きの使い分け」にもたくさんのトラックバックをいただき、有難うございます。メールと電話、手書きのどれにするか、皆さん上手く使い分けているんですね。
順番としては、手書き、電話、メールの順にツールは発達してきているわけです。しかし、以前小まとめでも書きましたように、メディアの歴史でも、テレビがラジオを完全に駆逐したわけではなく、車に乗っているときはラジオの方が便利ということで、その存在価値があるのです。
このお題2の文章の続きや、モノログ横丁に関するトラックバックは「木村剛モノログ横丁~トラックバック井戸端会議」までお寄せください。宜しくお願いいたします。
2005 01 08 | 固定リンク
『ペイオフ決戦!どうなる地域金融』
日本経済新聞社編 日本経済新聞社刊
1575円(税込)
ペイオフ全面解禁を目前に控え、預金者の銀行選別の目は厳しさを増すばかり。不良債権比率の高い地域金融機関にとって、まさにこれからが正念場だ。そんな地方金融の生々しい姿を全国津々浦々から取材したのが本書。大手行の追撃をかわし、地元密着で着々とポイントを稼ぎ、営業基盤を固めるユニークな地銀。その一方で、独自性を発揮できず、再編・統合の波に飲み込まれて消える信金・信組。生き残りの明暗を分けるのは何なのか。経営トップはどんな将来戦略を描き、現場はどういうサービスに知恵を絞っているのか。融資、経営相談、街づくり、消費者ローンなど「儲かる銀行」を目指し、模索を続ける最前線の動きが生き生きと伝わってくる。金融マンのみならず、取引先や預金者にとっても知りたい情報が満載。巻末には、地銀・信金・信組トップの本音インタビューをはじめ、各行別の業務純益や自己資本比率などの経営健全度指標や、金融サービスに対する評価ランキングなど盛り沢山のデータが収録されている。激動の地方金融を理解するための格好の一冊だ。
2005 01 08 [12. 本のソムリエ] | 固定リンク | トラックバック
皆さん、こんにちは。木村剛です。しばらく水曜日~金曜日のゴーログは、不定期になると思いますが、格闘技ネタが来たからには反応せざるを得ません。というのは、「Kento De Goo Punch」さんから、以下のような問い掛けが来たからです。
この年末年始、社長就任で忙しかったとはいえ、プロ格ファンであり前田信者である木村氏が、どうして大晦日の「K-1 PREMIUM 2004 Dynamite!!」や「PRIDE男祭り2004-SADAME-」の話題に、ブログで一切触れないんだ?木村さんから見た大晦日の2大格闘技の感想聞きた~い(笑)。
エッヘン、私の一押しは、「PRIDE男祭り2004-SADAME-」のミルコ・クロコップ復活祭です。まさか絞め技で決めてくれるとは、なかなかヤルもんです。そして、私のダメ出しは、「K-1 PREMIUM 2004 Dynamite!!」の曙vsホイスグレーシー戦ですね。頼むから、これ以上見世物路線に行って欲しくないと思っています。
取り敢えず、本日はこれまで。
(追伸) 1月9日(日)のテレビ朝日の「サンデープロジェクト」に出演します。お時間のある方は、ご覧いただけましたら幸いです。
2005 01 07 [02. ゴーちゃんの素顔を暴く!] | 固定リンク | トラックバック
あけましておめでとうございます。岡本編集長同様、私も日曜日からの引越しとなりましたが、本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。さて、行ってきましたよ。名古屋に。民主党愛知県連が主催した、現職の松原名古屋市長と出馬を表明した河村たかし衆院議員の「マニフェストを聴く会」を取材。5日更新のフィナンシャルジャパンONLINEで記事掲載しようという矢先に、河村氏が出馬断念を表明したため、残念ながら「ボツ」ってしまいました。
まあ、週刊ですからしょうがないといえば、しょうがないんですが・・・もったいないので、ここで少し書いちゃいましょう。
この「マニフェストを聴く会」ですが、私は、試みとしては良かったと思います。出来れば、両者がディベートするような形式のほうがもっと良かったと思いますが・・・。でも「マニフェスト」で推薦・公認する候補者を決めるというこのやり方は今後増えるのではないでしょうか。他党においても同様の会が今後開かれることになるのでしょう。そもそも候補者を公募するようになってきていますからね。
さて、今回の「マニフェストを聴く会」について報告しますと、当日、市議で参加したのは1名だけ、また、同会で質問に立った県議からは、河村氏が掲げたマニフェストの実効性について、非常に厳しい質問が投げかけられるなど、地元の民主党議員の多くがすでに現職の松原氏を支持する方向に動いているという空気が漂っており、「河村氏が推薦を取り付けるには、これはかなり厳しいな」と思っていましたが、その後、自民、公明が現職の松原市長支持を打ち出したことで、まあ、おそらく誰がやっても選挙には勝てない状況になってしまったため、結局、1月4日に河村氏も出馬断念を表明されました。ちなみに、河村氏はあのキャラクターですから、熱心な支持者も多く、「マニフェストを聴く会」でも一般党員のあいだから、強い励ましの声が会場に沸き起こっていたことを付け加えておきます。
ところで、前回の私のエントリーに関して「公選法」を取り上げたトラックバックを何本かいただきました。いつもどうもありがとうございます。「選挙で立候補した議員が公選法をちゃんと守れない(判らなくて)でどうするの」というご指摘は確かにその通りだと思います。「連座」の「連鎖」も、国民にしてみれば「しゃれ」にならない話ですよね。ただ、 なんでも、日本の公選法は世界一と言っても良いぐらいに事細かに規定があるそうで、議員の方でも、ちゃんとわかっている方はあんまりいないようです。そういえば、ネットが普及してからは、選挙期間中にネットに掲載された政治の情報はどうなのかということもいろいろと議論されていますね。
違反は違反で問題ですが、その一方で「公選法」が実は現状にマッチしていないということもいえるかもしれません。中には「おかしな規定」もあると聞きます。このあたりで「公選法」のおかしなところを洗い出して、実態にマッチした「公選法」に改正する事を考えても良いのかもしれませんね。
どこかに行ったときは、折角だから地元の「うまい」ものを食べようと思っており、前回名古屋に行ったときは、「ひつまぶし」と「味噌煮込みうどん」(両方とも美味かった)を食べたんですが、残念。今回は時間がなく、トンボ帰りしてしまいました。さて、今度行くときは絶対に「味噌カツ」を食べようと思ってます。
[Kambe Jun]
2005 01 07 [17. 週刊!神部プロデューサー] | 固定リンク | トラックバック
あけましておめでとうございます。きょうから水曜日に引っ越してきた岡本呻也です。今年も日々是編集の毎日です、ハイ。
「日々是編集」というのは、どういう感じかと言いますと、とにかく忙しいです。どのくらい忙しいかというと、死ぬほど忙しい。時々マジで死んでたりします。一日のうちに何人もの人に会うので、午前中に誰に会ったのかさえも覚えていません。自分では健忘症だと思っていますが、アルチュハイマーとの説もあります。
さて、そういう走馬灯のように私の眼前に現れてくる人々のなかで、昨年出色だったのは、「フィナンシャル ジャパン」3月号の特集でお引き回ししてしまいました宋文洲さんですね。この人は要チェックですよ。
この人とは、考え方が根っこのところでつながっているような気がします。どういうことかと言うと、こんど宋さんが『ニッポン型上司が会社を滅ぼす!』 という本を書かれたのですが、これなんか心から賛同しますね。
この本の中では、「努力、頑張り」などの精神主義、「会社のためならなんでもする」という集団主義がとことんこき下ろされています。痛快です。
それは古い考え方をこき下ろしたいから言っているわけではなくて、それが成果に結びつかない無駄な努力だからなんです。そういう人が上司だったら、みんなの努力が無意味になっちゃうじゃないですか。それはそのチームが負けるだけではなくて、社会全体にとっても資源の無駄になるというところが問題なんです。宋さんはそれを「大義」という言葉で表現しておられますね。
編集者として私は、古臭い出版社という組織に属してきましたが、そこで目についたのが、やっぱりこの「ニッポン型上司」の最悪ぶりでしたねえ。で、わたしはどうしたかというと、とことん闘いました。ちょっと書けないこともやりました。上司を引きずり下ろしちゃったんですけどね。
フリーになってからの私は、怒りをエネルギーにして行動してました。で、そういう古いタイプのビジネスマンを「旧日本人」と呼ぶことにしました。だけど、そうした考え方から脱皮している人たちだっているわけじゃないですか。われわれのことなんですけど。そういう人たちはだんだん増えてきてると思うんですよ。
つまり日本のビジネスマンは、封建時代のまんまの頭で生きている「旧日本人」と、環境変化に対応して意識改革をやった「新日本人」に、きっぱりと分かれているのではないのかと考えたわけです。
そこでわたしは、この二者の違いについて整理してみました。
「新日本人/旧日本人」モデル
ヒマだったんですねえ。だけど書いちゃうとすっきりして、怒りも消えてなくなるものです。それに世の中は、遅いながらも徐々に変わってきてると思うんですよね。特に企業行動は変化してきたと思います。つぶれるべき会社はつぶれていったし。そういう中で、古臭いニッポン型上司はだんだん相手にされなくなってきていると思いますから。
でも、いまだに古臭いマインドセットを変えられない旧日本型ビジネスマンにたまに遭遇したりすることもあります。そういう時、やっぱり怒りが燃え上がるんですよね。
やっぱりそれがわたしのエネルギー源になっているのかもしれません。
2005 01 06 [21. 週刊!岡本編集長] | 固定リンク | トラックバック
皆さん、明けましておめでとうございます。木村剛です。2005年こそは、皆さんにとって実りの多い年になることを祈念しております。すでに新聞報道などでご存知かもしれませんが、私、昨日から日本振興銀行の社長を拝命することとなりました。日本振興銀行に関する、いわれなき誹謗中傷につきましては、経営の成果でお応えしようと考えておりますが、しばらくの間、超多忙を極めることとなりそうです。
また、昨年末にかけて「週刊!木村剛」の運営について、多方面から様々なご意見をいただきました。私としては、「BLOG of the Week」というのは、2004月6月12日のゴーログ「ブログで「スター誕生」は復活するか?」、7月6日の「「月刊!木村剛」からBlogstarは誕生するか?」、9月8日の「ついにBlogstar誕生か!?」で書いたように、面白いブログをご紹介し、ブログスターを輩出する道を切り拓くために始めたものでした。それなりに議論を尽くした上で決まった手続きで半年以上継続し、趣旨に賛同していただいた多くのブロガーの方々に喜んでいただいてきたと自負してきただけに、掌を返すような批判に遭遇して、ブログのあり方について色々と考える切っ掛けにもなりました。
そこで、本年からは、「週刊!木村剛」をさらに再編しようと思います。その中で、皆さんのご意見を伺いながら、より良い形を模索しようと考えています。「BLOG of the Week」については、皆さんのご要望がこれまでどおり強いのかどうなのかを確認した上で、今後の運営を再考してみたいと思っています。
とりあえず、本年1月からの「週刊!木村剛」は、以下のような編成にしようと思います。実際のところ、「週刊!木村剛」に移籍の話を持ち掛けてくださる方もいらっしゃいますし、ビジネスマン向けに再構成してほしいという強い依頼もありますので、超多忙ということもあり、1~2ヶ月の間、じっくりと考えてみたいのです。「週刊!木村剛」をどうすべきかについて、是非、皆さまのご意見もお寄せいただけると幸いです。
月曜日 ゴーログ
火曜日 コラム
水曜日 「フィナンシャルi」+ゴーログ(不定期)
木曜日 「週刊!岡本編集長」+ゴーログ(不定期)
金曜日 「週刊!神部プロデューサー」 +ゴーログ((不定期)
土曜日 「木村剛モノログ横丁」+「本のソムリエ」
日曜日 「嶋啓祐モノログ横丁」+「御手洗大祐モノログ横丁」+「土井千鶴モノログ横丁」
2005 01 04 [01. ブログ万歳ココログ三昧] | 固定リンク | トラックバック
ドイツW杯予選が盛り上がる2005年がやってきた。日本サッカー代表は、予選を突破してW杯の舞台に立てるだろうか。そして来年ベスト8に入れるだろうか。2005年と2006年の2年間は、日本サッカーの真価が問われる気がする。
同様に、2005年と2006年の2年間で真価を問われるのは日本経済そのものなのではないか。小泉政権の最終局面に当たるこの時期は、国政選挙がないという幸運にも恵まれている。
しかし、「構造改革」を合言葉にする小泉改革は、抵抗勢力からの一斉射撃を受けて、難航を余儀なくされているようにみえる。「竜頭蛇尾」さながら、出だしは格好よいのだが、結局「泰山鳴動して鼠一匹」という結末になりがちだ。
しかし鼠一匹では困る。小泉首相には是非とも、泰山を鳴動させて、日本を大変革してもらいたい。
なぜなら小泉政権が次の政権にバトンタッチする2007年から「団塊の世代」と呼ばれるサラリーマン群が2010年にかけて一斉に定年を迎えるからだ。そのトータルは300万人とも言われており、いわば少子高齢化問題の最初で最大の高波がやってくる。
少子高齢化によって、国が高齢者を支える高コスト社会が到来する、まさにそのタイミングで、国の財政は最大の危機を迎える。絶体絶命の関が原だ。
2004年度における借換債の発行額は85兆円。これが2007年度には、127兆円と5割増となる。また、10年利付国債の償還額をみると、2004年度に19兆円だったものが、2008年には41兆円と倍以上に膨れ上がる予定だ。まさに最悪の時期に最悪の出来事が重なる。
だからこそ、いまこそ「小泉改革」を後押しすべきなのだ。これからの2年間に為すべき改革を成し遂げておかなければ、必ず後顧に憂いを残す。
枝葉末節にこだわる美しい議論などどうでもよい。旧態依然とした既得権益に大鉈を振るい、多少軋轢が生じようとも世の中を改善させる方向に泰山を動かさなければ何の意味もない。
誤解されることを恐れずに言えば、国民が小泉政権に望んでいることは「旧体制の破壊」なのだと思う。真っ暗で出口の見えない窮屈なトンネルの中だからこそ、スカッとした青空を見てみたい――それを叶えてくれるのが小泉政権なのではないかと期待したはず。
2005年度の政府経済見通しでは、実質GDPが1・6%伸びることとなっており、名目GDPも久し振りに1%を越える――この数字は民間シンクタンクの予測よりも強気だ。しかし、国民が求めているものはそんなことではない。小泉総理に国民が求めているのは「破壊」なのだ。
もはや小手先の政策では二進も三進も行かなくなってしまった。「前進」や「改良」では、日本経済の内臓疾患は治りようがないように思われる。そして、「破壊」がいずれ「改良」につながるようにするためにも、まずは「破壊」を急がねばなるまい。
小泉首相による今後の2年間は、その後の日本経済の行方を決定する。だからこそ、抵抗勢力に負けることなく、改革を成し遂げていただきたいと切に願う。
2005 01 04 [04. 経済政策を語ろう!] | 固定リンク | トラックバック















