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皆さん、こんにちは。木村剛です。それにしても、今回の「ホリエモンvsフジテレビ」の抗争は色々な意味で「スゴイ」の一言です。「『若さと勢いを武器にリスクを取ってせめて行く』のがライブドアの経営方針であって、チャンスがあるのにリスクをとらず、見逃してしまうのは『公約違反』みたいなものなのかと妙に納得してしまった」と「ブログカスタマイズ」さんが書いていますが、とてもとても、私なんぞには到底取り得ないビジネスリスクを平然ととってしまうホリエモンには、心底驚愕し、ただただ単純にスゴイナァと感嘆してしまいます。
もっとも、こういうスゴイ人々というのは、評価も真っ二つに割れるものでして、同じ情報に接しても、「Timeserverのブログ」さんのように、「年寄り経営者を相手に喧嘩を重ねているホリエモンですが、相手に、保守的、閉鎖的等悪いイメージをつけることを常套手段にしてますが、彼は本当にそれを言えるほどの改革者なのでしょうか?」と懐疑的に見ている人もいれば、「Silly Talk」さんのように、「ほりえもんは新聞・テレビのような旧メディアを殺したいのだそうだ。いいねぇ、ほりえもん。最高だ。早いところ奴らを殺してやってくれ。僕はこういう欺瞞を切り裂くデモーニッシュな思想が好きだ」という人々に分かれたりします。
「ブルログ」さんのように、「似てる!? 重田康光とホリエモン!!」として、一躍時代の寵児になった後に転落した光通信の創業者と重ね合わせる人たちがいると思えば、「たなCC(tana.cc)管理人日記)」さんのように、「金融(銀行とか)とメディア(テレビや新聞、雑誌)などはネットと相性が良く融合すると物凄く世の中便利になります」というポジティブな見方を展開する方々もいます。
ただし、「経営権の取得というゲーム」についてはさておき、「経営権を取得した後のゲーム」については、かなり辛口の見方が多いようです。例えば、「ちょっと一言、いわせてください」さんは、ライブドアの堀江貴文社長が「インターネットと既存メディアの融合で、互いのビジネスが強化でき、展望が開ける」 と発言したことに対して、こうコメントしています。
これだけ聞いているとニッポン放送がまるでインターネットに全然関わっていなかったような印象を受ける発言なのですが、実はニッポン放送は早くからインターネット放送を模索してきた放送局です。 インターネット放送は著作権がからんで、なかなか敷居が高いのですが、その中で既存の放送を音楽とCMをカットすることで配信したり、P2Pという比較的、新しい技術を用いて野球中継を配信したり、現在もブロードバンド!ニッポンと言う形で、インターネット放送を毎日のように配信しています。 ライブドアでもネットラジオの配信をやっていますが、明らかにインターネットでのコンテンツ配信に関しては、ニッポン放送のほうがノウハウを持っているように思えるのですが・・・
同様に、「トラックバックの館」さんも、「どうもよく分からない。何がって? 放送と通信が組んで儲かるのか否か?である。ホリえもんは、しきりに『放送と通信の相乗効果』と言ってはいるが、その例として挙げたモノが『HPの充実』とは、どう考えても、相乗効果では儲かりそうもないし、そのうえ、自身でも『AOLとタイムワーナーは上手くいかなかった』と付け足すに至っては、『じゃあ、その頃と現在ではどう違うの?』『アメリカは×で、日本は○な理由は?』と思わず訊きたくなる」が、逆に「Documentary」さんなぞは、もっと過激にやるべきだった、と申し述べていらっしゃいます。
ネットベンチャーが既存のメディア企業を買うのではなく、 ネットワークのテクノロジーを利用して、電波や許認可制度に頼らない、テレビ局及びサービスを展開して欲しかった。 つまり、インフラ関連企業や、家電メーカーと提携し、通常のテレビ番組も見ることができ、さらにバックエンドで自動的に動画をダウンロードし、 リモコンでチャンネルを切り替えて番組を見る仕組みが作れないかと・・・。 私が言いたいのは、一般人がチャンネルを変えながら、電波で放送された番組なのか、ネットワークでダウンロードされて見てる番組なのかが区別がつかないような、インターフェースや仕組みのことを言っている。そうすれば、ものすごい低予算で、効率的に多種多様な多チャンネル化を実現することができる。それぐらいの技術は実現可能だと思っている。そして、最後の護送船団方式の業界を開放することによって、様々な新規事業やサービスが生まれて、日本経済は活性化すると思う。
ふ~む・・・。確かに、そうなのかもしれません。・・・しれませんが、私は一応経営者ですので、経営者として申し上げますと、単純に「人の出来ないことを先頭を切ってヤル人は偉い!」という感じです。「儲かることが予め分かっている商売」とか「確実に成功するビジネス」などというものは、机上の空論でしかありませんから(自分でやってみれば、一日で実感できますヨ!)。そういう意味で私は、自らリスクを背負って、とにかくアクションを起こしたという人々に対しては、誰であろうと高く評価してしまいます。
無論、その延長線上には、死屍累々の失敗者がいるわけで、稀代の天才児ホリエモンといえども、常に成功が保証されているわけではありません。あっけなく、第一ラウンドでノックダウンということだってありえます。永田町や霞が関までざわついてきていますからネ。
果てさて、どうなることでしょう・・・。
「孤独が好きな寂しがりやBlog」さんは、「アマチュア歴史研究家の自分から見た見地で言うなら、・・・敢えて近いものをあげろと言われたら安政の大獄に近いだろう」という不気味な予測を披露していらっしゃいますが、本日のゴーログの最後を締めくくるために、「半日庵のつぶやき」と「Return of the まにあな日記」さんの鋭いコメントをご紹介したいと思います。
日本のメーカーにしても銀行にしても企業規模を出版社やテレビ局と比較するとぜんぜん違う。しかし、社会に対する影響力となると会社の規模でも資本力でもすこぶる小さいメディアの方が大きい。ここに大きな勘違い生まれるわけで、「自分達は日本を代表する大企業と同等」と思ってしまっているのではないか。そこに堀江社長が資本という基準を示してくれたことで、実は自分達は中小企業の規模の企業だったと気づくいい機会だったと思う。ただ気がかりなのは堀江社長自身がメディア企業と同じ勘違いをしている可能性が否定できないことだ。まあ、ライブドアが尊い犠牲となっても日本のメディアがよくなれば私としては喜ばしいので、よしとするけどね。
―― by「半日庵のつぶやき」さん
ほりえもんは既存のシステムの弱点を的確についている。もちろん彼一人の能力ではなく、これまで「日本的なやり方」に疑問を持っていた、しかし自分では動くのが嫌だった人間達が裏についているのだろう。「たまった圧力」を開放する「穴」(ほりえもん)ができたので、多くの人がそこに集中しているようだ。こうした人たちは恐らくいつまでもはしごを支える気はない。新しい秩序が形成されるのが先か、支えている人間達がはしごをはずすのが先か。それはそれで見ているのは面白いのだが、どうも日本的な価値観のもとにほりえもん批判に安直に流れていきがちな政財界のトップの人たちの意見には同意できない。今のほりえもん人気って、既存システムをぶっ壊すといって壊せなかった小泉総理大臣に集まっていた人気が転換したものなのかも。
―― by「Return of the まにあな日記」さん
2005 02 28 [04. 経済政策を語ろう!] | 固定リンク | トラックバック
今回のテーマは Apple から新たな人気商品、iPod Shuffle がリリースされたのと被ったせいか、多くの人からトラバ頂きました。ブロガーとして嬉しい悲鳴を上げているのですが、なかなかフィードバックが出来ず申し訳ありません。早速皆さんのブログを読ませて頂いた中で私が感じたところ、勉強させて頂いたところをフィードバックさせて頂きます。
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2005 02 27 | 固定リンク
春の陽射しを感じるとともに花粉症の季節になりました。インフルエンザから復活してきたと思ったら、今度は花粉症に悩まされますね。この時期の東京ではマスクしている人が多いですね。海外ではマスクしている人をほとんど見かけないので、日本独特なものなのでしょうか。
1月の後半に仕事でミラノに行ったので、オシャレなイタリアファッションについて考えようと思い、2月のお題は「イタリアファッションに学ぶ」としました。皆さんからのトラックバックありがとうございました。面白く読ませていただきました。
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2005 02 27 | 固定リンク
フォアグラ農家電撃訪問!!
★適当にフランスネタで小まとめしますー。
8日~17日までフランスの田舎町に行って来まして。毎日2食のフレンチを食べまくると言う、ただそれだけの目的で出掛けたものの、6日目でダウン。。。夜になってもお腹がすかないこの苦痛を何と表現したらしいのか。。。
書くネタは尽きないのですが、面白かったのはアキテーヌ地方(ぺリゴール地方とも)のペリグーと言う街。近くにラスコーの壁画とかありますが、そーゆーのにまったく興味がなければなーんにもない街。ところが世界的に有名なのが、「フォアグラとトリュフ!!」です。
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2005 02 27 | 固定リンク
今週の丸善丸の内本店 壹岐直也副店長がお薦めする本です。
「マーケットの目で読む英米の金融・経済記事――しくみと動きと視点―― 」
清水 和明 著 定価2100円(税込)
日興企画刊
海外のニュースに触れるとき、日本の新聞やテレビからもたらされる翻訳された情報だけに頼らず、直接記事の原文に当たり正確な情報を得て、詳細なニュアンスや事情を把握することは必要不可欠である。
本書は、本質的な議論をしている20の英文記事を例に、金融・経済のしくみや動きのポイントと問題点を分かりやすく解説し、さらに詳しい英語の用語解説と訳例を加えている。マーケットの視点からの解説には、長年金融現場に身を置いた著者の経験が十分に生かされている。
エ コノミスト、ウォールストリートジャーナル、ビジネスウィーク、フィナンシャルタイムズ、ニューズウィーク、ヘラルドトリビューンなど、英米の主要な新聞や雑誌をバランスよく取り上げており、①為替相場、②市況報告、③金利と債券、④株式投資と株式公開、⑤不良債権、⑥投資信託とヘッジ・ファンド、⑦世界経済、⑧法令遵守、の8つのテーマごとに、時間経過や状況変化が起きても読む価値を維持できる内容の選定にも配慮している。
姉妹編「基礎からわかる金融英語の意味と読み方」を併せて利用するとさらに理解度が高まるであろう。
(追伸)「週刊!木村剛」は、総合ビジネス月刊誌「フィナンシャルジャパン」(年間購読はココ)および「フジサンケイビジネスアイ」(購読希望はココ)とメディア・コラボレーションしています。本日の記事は、「フジサンケイビジネスアイ」に2月21日に掲載したものです。
2005 02 26 [12. 本のソムリエ] | 固定リンク | トラックバック
皆さん、こんにちは。木村剛です。現時点においては、「ホリエモンvsフジテレビ」の抗争はまだまだ揉めているみたいですね。確かに、「今までつつがなくやってきたものにとって、門戸を叩き機会均等を叫ぶよそ者の来訪は、仮に相手に敵意がなくともこの上なくおっかないもののようだ」(by「明日は明日のホラを吹く -Tomorrow, I'll give you another big talk」さん)というのはよく分かりますし、お偉い方々から見ると「ホリエもんはご乱心」(by「視えずの空間」さん)という感覚なのかもしれませんが、このところの報道振りをみていると、エスタブリッシュメントの方々がこんなことを言っている日本経済は大丈夫かいな・・・という感じを持ってしまいました。
「新規参入はどこの世界にも起こり得ること。ライブドアのやり方はもしかするとルール違反だったのかもしれないけど、違法でもないし、犯罪でもない」(by「世間知らず」さん)んですから・・・。「議員が堀江氏批判をしているみたいだけど、証券会社がやくざな仕事だと思われている日本では仕方がないかもしれない。アメリカじゃよくあることなので、資本主義経済からしたら当たり前なのではないかと。法改正までするって、日本人っぽいと思う。出る杭を打つの、好きだもんね…」と「凛の徒然草。-表参道写真日記-」さんが語っていますが、まったく同感ですね。
日本人っぽいって言うか、子供っぽいって言うか・・・。
「【ミナログ】製造業社長の逆襲」さんは、「政府はライブドアの行動にびびっているのか?政府だけではなく、球界もそうだったように放送界の保守派は利権を侵される事を恐れているのだろう。だが明らかに時代の変化の時が来ている。今まで通りでいれるはずがない。ライブドアがやらなくても、必ず何処かがやってくる」と喝破してくれていますが、もう少し大人の対応が見たかったなぁ、というのが実感です。エスタブリッシュメントの方々が公に対して発言をするのであれば、「ライブドアの買収に政財界から批判相次ぐという記事もありました。『資本主義の悪い面が出てきたような感じさえする』『単なるマネーゲームではないか』と述べたようですが、資本主義だけでなくいろんな事象にいい面も悪い面もあります。悪い面ではなく、自分にとって都合が悪い資本主義というだけなのではないでしょうか?」(by「ガ島通信」さん)程度のバランス感覚は保っていていただきたいし、「事前になんの相談もしないで株を買うのはおかしいといってるらしいが、それはあんたの勝手な都合だろうって感じ。だったら、株式公開するなよ、みたいな。株式市場を単なる資金調達の場だと思っているなら、投資家をなめすぎ。いままで、『資本主義マンセー』っていってた落とし前を付けて欲しいものです」(by「デイトレ日記→ニュース、商品先物、為替、株式投資、投資信託」さん)という正論に対しても真正面から答えなければならないはずです。
せめて、「a::blog」さんが下記のように論じている観点については、メディアなのですから、分かりやすく反論していただきたいものだと感じます。
経営権を持ちたい→大株主になる→大量に株を取得する、というのは、時間外の取引に不満があるとしても、一応合法的だし、株をたくさん持っている人が経営に発言権が大きいという小学生並の知識で判断しても、非常に納得できます。
逆に、「何も相談がなかったやりかたに疑問」とか、「株価を上げて儲けようとしている」とか、「ハゲタカ」とか表現される記事のほうが疑問に思います。ましてや、堀江社長の出ている番組を放送しないなんて、情けないな、懐の小さい会社なんだな、と思います。相談があるないに限らず、株をたくさん持ってるものが強いのだから、たくさん買う、っていうのはそんなにおかしいのでしょうか。株式会社の基本的な仕組みを使っているだけなのに。だけど、そんな基本的な話では社会はなりたってないのだよ、という言葉が聞こえてきそうです。社会に出て働いていると、何度も聞く言葉です。それこそが、日本社会の(時には男社会の)良く分からない古い体質のように思うのです。球団が作れなかったのも、結局、古いおじさん達が、若造に好きなようにさせるか、社会っていうのはそんなんじゃないのだよ、という振る舞いをとったように見えるのです。
厳しい言い方のようですが、「そもそも上場企業なのですから、『買収されたくない』などと思うのは、根本から間違っています」(by「Watch IT,ケータイ,ベンチャー」さん)とか「買ってくれ、って上場しといて、買ったら文句言われるのはどうか」(by「株を買うならここを読め」さん)というのは、どう考えても正論のように思われます(2004年2月27日のコラム「上場は『買収してもいいよ』という宣言である」をご参照のこと)。ついでに、「Cazperのつれづれ日記」さんによる以下の批判にも正々堂々とお答えいただきたいものです。
彼らは、ライブドアが資本主義の悪い面を利用したと主張している。しかし、批判の矛先が間違っていないでしょうか?
むしろ悪いのは、低い株価を放置している経営者の方です。 日本の企業は、株主資本比率(ROE)が欧米に比べて低い。さらに、大量の剰余金を有効活用することもなく配当に回すわけでもなく、眠らせてる企業が少なくない。資産と言うのは眠らせていたら、価値はありません。だから、株主資本比率(PBR)も欧米の企業に比べ安く放置されています。 ウォーレンバフェットによれば、「内部留保利益の再投資による利益が、株式上昇につながっているか?」を基準として保留利益を再投資するのか、株主に還元するのかを決めています。 この視点をもって、日本企業を見渡すと、株主資産の価値を向上させる意識が低い状態で経営が行われています。だからこそ、低い株価で放置されているわけです。 留保利益の運用が下手で株価が低くなれば、買収されて当然ではないでしょうか? 確かに、経営者は企業の収益を伸ばすための会社組織の運営を行っていく事は重要ですが、それと同じ位重要なのが、企業価値向上つまり株価を高めるための資本政策です。 昔は、単に株の持ち合いを企業間で行っていたからこそ、留保利益による再投資や自社株買い等の資本政策がいい加減にしていても、問題にされませんでした。しかし、今は状況が変わってきているのです。資本政策がいい加減であれば、株価が低くなり買収される危険が高まるわけです。 株価が低くなった企業を買収する企業には全く否はありません。批判されるべきなのは、株価が低い状況で放置した経営者の方です。それなのに、経済界首脳は、株価の低くなった企業を買収する行為を批判し、株価を低い状況で放置した経営者を批判していません。今回のライブドアによる買収劇は、資本主義が悪いのではなく、株価を低い状態で放置した企業の経営者が悪いのではないでしょうか?
2005 02 25 [04. 経済政策を語ろう!] | 固定リンク | トラックバック
みなさん、こんにちは。神部です。
いやー宮里藍ちゃんはほんとにすごいですね。オーストラリアのゴールドコーストで開かれているANZレディース・マスターズの初日にボギーなしの9アンダー、63というコースレコードタイの好スコアでラウンドして、なんと単独首位に立ってしまいましたね。藍ちゃんは先日、北田瑠衣選手と組んで出場した第1回女子ワールドカップ(W杯)で見事に優勝し、今年の2試合目となるこの大会では初日とはいえ、コースレコードタイで単独首位ですからね。連日、怒涛のようなライブドアとフジテレビに関する一連の報道をウォッチするのに疲れていたのでしょうか、理由はよくわかりませんが、藍ちゃん大活躍のニュースがとても新鮮ですがすがしく感じます。
アテネ五輪の時の北島選手もそうでしたが、とにかく海外での大舞台で負けないスポーツ選手が本当に増えてきたなあと思います。物怖じしないというのでしょうか。ここ一番で、ちゃんと自分の力を発揮して勝負に勝つという、本当にたいしたもんだなと思います。19歳の藍ちゃんはゴルフトーナメントだけで1億円以上も稼いじゃったわけですから・・・・ものすごい「職人」です。今の僕なんかよりも、よっぽど「職人」としてのレベルは上ということです。
僕が19歳の時は、アルバイトで10万ぐらい稼げると、「儲かった」と大喜びしていました。桁がちがいます。藍ちゃん恐るべしです。
その一方で本当にびっくりなのは、木村氏も、岡本編集長も書いていましたが、働かず、学校にも行かない「ニート(NEET)」と呼ばれる若者たちが52万人もいるということです。藍ちゃんのようなに「手に職がついている」若者がいる一方で、働かず、学校にも行かない「ニート」君たち。52万人という数字にはちょっと驚きます。
そういえば、今の「ニート」君ではありませんが、その昔、私もフリーター?!でした。当時はフリーターなんて言葉無かったけど。学校を出るときに会社に就職しなかったもんで・・・。今の言葉で言えば、フリーターと言うことになるのでしょう。「えーっ!!会社に就職しないの?なんで?」とよく質問されました。会社に就職しない事がそんなに特別なことなのかと、僕のほうが驚きました。でも、確かにまわりにそういう人はあまりいなかったか・・・・。何の仕事をすればよいのかわからなかったし、面接とかで「うそ」ついて会社に入れてもらうのも申し訳ないし、性格的に会社勤めに向いてないと思っていたので、結局アルバイトを選びました。
当時はレストランの厨房で皿洗いとか、どちらかと言えば、肉体を使う仕事が多かったように思います。学生時代から貯めたお金で米国に行ったりした時期もありましたが、結局、今のようなメディアの仕事についたのは27歳ぐらいだったと思います。この仕事についた直後は本当に飯が食えなかったです。貧乏でした。専門性の高い仕事ですから、能力のある人は沢山お金がもらえて、能力が低く、実績もない人は仕事ももらえないし、もらえても、非常に安いお金で働かなければなりません。とにかく自分の価値を嫌と言うほど思い知らされました。時代はバブルに突入し、会社に勤めた友人たちはけっこう派手に遊んでいましたが、こちらは一日一食あるかないかの生活です。一番ボトムの頃の1年ぐらいは、おそらく平均月収で10万円を切っていたと思います。時間給でお金をもらうアルバイトのほうがよっぽど稼げた。「バブルなんてどこにあるのよ」と思いつつ、はやく手に職をつけなければと思いました。
やばい、話が自分の昔話になってる。これじゃあOBだ。
では、打ち直して・・・
僕は「ニート」君たちは手に職をつけたらどうかと思うのですが、どうでしょうか。藍ちゃんほどじゃないにしても、手に職があれば、どこでも暮らせます。海外でもOK。どうやら「出る杭をみんなで打つ」という日本社会に変化なしのようです。若者に「やる気を持ってなんかしろ」と言ったって、今のままじゃあ、無理だし、意味ないのでは?いっそのこと、藍ちゃんのように世界で通用する人を目指して、海外に脱出してしまったほうがよっぽど良いのではないのかと思うのです。
「ニート」君よ藍ちゃんを目指せ。いや「僕も」でした。
藍ちゃん優勝しないかなー、
それでは、また。
2005 02 25 [17. 週刊!神部プロデューサー] | 固定リンク | トラックバック
皆さん、こんにちは。木村剛です。「国民総背番号制」に関しては、少なからぬ人が関心を持っていらっしゃったようで、硬い話題の割にはトラックバックをたくさんいただきました。「どれだけよけいな情報を盛り込むかがわからないので漠然としたIDはちょっとなと。何かの会員申し込み時に自分の事を根掘り葉掘りシートに書き込まなければならないみたいで、イヤですね。さる事ながら、『国民総背番号制』というネーミングがひどい!体にまとわりつく感じがしませんか?しかも重い!」(by「grounder」さん)とか、「導入は慎重にやるべきだと思います。・・・管理とセキュリティは万全か。・・・省庁のホームページが簡単にセキュリティを破られて進入されるという報道が多くなされていることからも分かるとおり、我が国の政治におけるセキュリティに関する知識が足りないことも不安要素たりえます」(by「後藤和智事務所 -若者報道と社会-」さん)など、否定的な意見が散見されました。
賛成派の「孤独が好きな寂しがりやBlog」さんは、「自分が国民総背番号制に賛成なのは、時代がそれを求めているから」と指摘しつつも、「無論、国民総背番号制というのはDB登録化されるのが前提なので、プライバシーの問題、正確には情報漏れを最大限防ぐ必要がある。いわゆるセキュリティの問題だ。例えば、CD/DVDに焼かせない、プリントアウト時のルール、ハッキング・クラッキング防止などなど。大規模インフラとなるが、この手のものは(ある意味で)採算度外視で考えるべきだろう。専門用語になるが、VPN程度では防げるものではない。完全無欠にローカルネットワーク、すなわち、インターネットの世界とは隔離されたネットワークにするのが最良であろう。(ぶっちゃけていうと、役所からインターネットの世界に入れない、外からも役所のネットワーク世界に入れない状態にする)」として、セキュリティについては、かなりのクオリティを求めていらっしゃいます。
ただ、個人情報のセキュリティに関しては、その内容(病歴や財産などのセンシティブなプライバシーは話が別です・・・)にもよりますが、私は、「ほぼ日刊!人生を変える魔法のコトバ」さんが指摘しているように、「今回の話題は、国民総背番号制。この話題ときっても切り離せないのが、個人情報保護の話題かと思いますが、個人的には、日本人って個人情報について(マクロの意見としては)うるさいわりに、身近なシーン(ミクロ)では考えが甘かったりする気がするなぁ…」という感想を持っています(だって、玄関に表札が掛かっていたり、電話帳に住所が載っていたり、近所の回覧板に電話番号が掲載されたりするのですから)。
この点について、「国民総背番号制度に反対しません」という「朝霧総合研究所」さんは、「私が反対者がよく言う批判にどう思っているかを書きましょう」として、マスコミなどでよく展開される批判に対して反論を試みています。
1.「番号で管理されるなど、囚人や家畜のようだ」 学生証や年金手帳、果ては「背番号」の名の通りマラソン選手の背中にも番号がつけられているわけで、今更個人個人に番号がつけられるのが嫌とおっしゃられても説得力がありません。それを言うなら、学生証も返上しなくちゃならないですね。でも、それだと現在の社会が成り立たなくなりませんか? 2.「個人情報が漏洩する」 そもそも個人情報とは何でしょうか? とりあえずここでは、氏名・性別・生年月日・住所・購入履歴(商品コード・数量・購入価格・支払手段)・年収としておきます。で、これら、もうとっくに漏洩しているし、漏洩したところで別に私としては何の問題も無いのですが? まぁ、つまり、セキュリティをしっかりしようという話になりますよね。でもそれって運用面における改善の問題であって、国民総背番号制自体への批判としては物足りない感じです。 3.「監視国家になる」 ある程度の監視は必要だと思います。テロとか怖いですからね。テロで生命を失うという自由への最大の侵害に比べたら、ある程度の監視という自由への侵害など、軽いものです。もちろん、旧東独逸並みの監視国家になる危険性もあるでしょう。ああいうのは嫌ですね。でも、そうなりそうでしたら、さすがに政権はひっくり返りますでしょう? え? その頃には民主主義国家じゃなくなってる? 大丈夫です。非民主的な国家になったら、どこかの国(どこの国とは言いませんけど)が、「人権抑圧国家」「悪の枢軸」「悪の帝国」とか言ってきて圧力をかけてくれますから。ひょっとしたら攻めてくるかもしれませんね。
さて、皆さんは、どうお考えになりますか?
2005 02 24 [04. 経済政策を語ろう!] | 固定リンク | トラックバック
みなさんこんにちは、ジェリクル岡本です(意味不明)。
ほりえもんがサンプロに出て、堀紘一氏と榊原英資氏にいじめられたのはみなさんご承知のとおり。それで堀紘一氏の株がぐっと下がって、ほりえもん支持派の間では堀紘一バッシングが大変なことになっています。その翌日発売のFJには彼の高校時代についてのコメントが載っていたりするのですが……。
さる筋から聞いたのですが、堀さん本人はサンプロに出かける前にはあんな吹っかけ方をするつもりは全然なかったんだそうです。
ところが番組前の打ち合わせで、堀さんの役割がああいう感じで決まってしまって、ご本人はサービス精神がかなり旺盛な人なので、あんな感じになっちゃったらしいんですね。
ところがその後のバッシングの嵐。「テレビは怖い」と、あれだけテレビ馴れした堀さんも驚いているとか。うーむ。
で、木村さんの昨日のブログで「ニートの日」があるというのは笑いました。
いや、笑えないんですけどね、みんな心の中にニートっぽい部分を必ず持っているのではないでしょうか。
わたしは人と人との関わり、その総体としての社会に関心があるので、ニートもまた反対の意味で興味があります。社会に入ることを拒否している人たちなわけですから。人はだれでもニートになる要素をもっていると思うんです(ボクはおうちが好き! オフィスに出てくるの嫌だもん)。
それで、わたしは今月のFJで「金銭教育」を第2特集で取り上げました。これはふつう、雑誌の特集では取り上げないネタですよねえ。
「金銭教育」というのは、「お金を介して、自分自身が世の中とどうかかわっているのか」を実感していくプロセスだと思うんです。でもってそれは、まさに子どもの「生きる力」に直結してるんですよ。
特集の冒頭では、金銭教育について日本や欧米のケースに詳しい3人の方に座談していただいたのですが、これがおもしろい。まず、「おカネはただの道具なのだ」ということをしっかり身につけなければ「おカネをたくさん持っていることがいいことだ」という価値観に染まってしまい、ひいてはおカネに支配されてしまうんだそうです。
ではどうすれば、お金についての教育ができるか。そのためのツールは、こづかいや手伝いです。「仕事をすれば、お金がもらえるし、それが人とのかかわりになっているからおもしろいんだ」という、当たり前のことを身につけなさいと言うことですな。
最近の子供は恵まれているので、こづかいがなくなるとおじいさんやおばあさん、両親にねだれば何でも買えるという環境にあるわけですが、その認識をまず変えないとあきまへん。
「お小遣いは決められた金額の中でやりくりしなければならない」というルールを決めて、子供自身に「何を買うべきか」や、「欲しいもの」と「必要なもの」の違いを考えさせないと、お金の意味は身につきませんからね。そういう教育をするためには、親の側にも、「お金が足りなくなっても、追加のお小遣いはあげない」という自制心がないとダメです。
盛り場に出てくる青少年は、とりあえず自分が自由になるおカネを持ってやってきて、「おカネがなくなったら、その後なんとかすればよい」という行き当たりばったりな考え方で、犯罪に巻き込まれたり、身を持ち崩していくというのが世の相場です (ステロタイプですが)。それはやっぱりまずいですよね。
消費者金融の新規顧客の40%が20代であるというデータもあります。「どうせ生きるのなら、主体的に世の中にかかわりあったほうがおもしろい」という認識を社会人未満の人にもってもらうためにも、金銭教育は大切だと思うんです。
「金融教育」特集の記事の一部は、FJオンラインでご覧いただけますよん。
2005 02 24 [21. 週刊!岡本編集長] | 固定リンク | トラックバック
皆さん、こんにちは。木村剛です。「高嶺の花にくびったけ!!」さんによれば、「最近、2月10日の「ニートの日」というのがあるみたい。びっくりです」ということですが、私もビックリしました。働かず、学校にも通っていない「ニート(NEET)」と呼ばれる若者たちが、語呂合わせで「ニートの日」と定めた2月10日、東京都内で集会を開いたらしいんですね。
どうなんだろう・・・。すでにオジサンの領域に入った私なぞからすれば、「働かざる者、食うべからず」という信念に凝り固まっているものですから、こんな集会が定例化して、「皆、働くんじゃないぞ!」「オゥー」なんてノリになったらどうするんだろう、なんて心配したりしちゃいます。「オイ、お前だけ、抜け駆けして働きにいったりしないだろうな」なんて、仲間たちから虐められたりしたら・・・なんていうのは考えすぎなんでしょうか。
共同通信によれば、「厚生労働省によると、こうした若者は就職難を背景に52万人に上っており、元気を出して就職に踏み出そうとの思いを込めて『第1回ニート祭り』と名付けた」というんですが、オイオイ、大丈夫か、厚生労働省・・・。公的年金や介護だけじゃなくて、ニートでも失政を繰り返すんじゃないかと不安になってしまいます。
佐野元春は「SOMEDAY」において、「若すぎて何だか解らなかったことがリアルに感じてしまうこの頃さ・・」と歌っていますが、そういう葛藤を経ながらも「SOMEDAY」に向かって走り続ける力強さと青臭さを若者には持っていて欲しいと切に感じます(うわぁ、モロにオジサンですなぁ・・)。
だから、ニートの若者たちには、「希望格差社会」を読んで自分の行動を正当化するのではなくて、佐野元春の「SOMEDAY」を聴いて「なんだか分からないけれどがんばってみよう」と思ってもらいたい、と思う今日この頃です。ちなみに、マイナーなナンバーではないと「Return of the まにあな日記」さんと「SUNDAY MORNING BLUE」さんからお叱りを受けた「アンジェリーナ」も聴いていただけると幸いです(私も、最新アルバム「THE SUN」を聴いてみたいと思います)。
(読者の皆さまへ)「週刊!木村剛」では、独断と偏見で「面白い」と思ったトラックバックをご紹介する「BLOG of the Week」というコーナーを不定期でアップしております。「BLOG of the Week」に掲載するブログは、事前に転載を承諾された方に限っております。このため、「BLOG of the Week」において、転載を事前に許可するブロガーは、トラックバックにおいて「投稿」であることを明示するようお願い申し上げます。
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(5)「bookmark」欄に『週刊!木村剛』を掲載し、「投稿しています」「転載大歓迎」などのコメントを付す、
という方法からご自由にお選びください。
2005 02 23 [02. ゴーちゃんの素顔を暴く!] | 固定リンク | トラックバック
産業再生機構は、2月3日に開催した産業再生委員会において、栃木県の鬼怒川金谷ホテルを経営する金谷ホテル観光など3社の再生を支援することを決定し、これをもって支援先の選定を打ち切った。
この結果、2003年春に、「金融と産業の一体再生」を目指して設立された再生機構の支援は41件で終了する。支援企業への出資や債権買取に費やした資金は今のところ合計6000億円程度で、国が用意した保証枠10兆円には遠く及ばない。
今後は、策定した支援先各社における再生計画の着実な実行とスポンサー企業の選定だけが業務として残ることになるわけだ。このままいけば、2008年3月までにすべての企業の支援を終えて解散となる。
当初目標であった「3桁の支援」には及ばなかったものの、1ヶ月にほぼ2件のペースということだから悪くはない。また、ダイエーやカネボウなど大型案件の処理に一定の役割を果たしたことも確かである。
もともと「企業再生」という作業自体は、民間だけでもできることであったから、わざわざ国を挙げて「産業再生機構」という大袈裟な組織を作る必要はなかったという見方にも一定の説得力はあるが、何事もお上が主導しないと円滑に動き出さないというカルチャーが強いわが国においては、それなりの働き振りを示したということになるのではないか。
という風に書くと、産業再生機構を冷淡に突き放しているという印象を与えるかもしれないが、私は、将来冷静に振り返ったとき、産業再生機構が果たした功績は極めて高く評価されるだろうと確信している。とはいえ、その理由は、不良債権処理や産業再生を促進したということではない。私が産業再生機構を賞賛したいのは、産業再生機構自身が自らの解散を決定したからである。
日本では、時限的に存在するだけだったはずの公的機関がいつの間にか、「解散期間を延期する」ということになり、そして「しばらくの間存続」という話にすりかわり、その「しばらくの間」が半永久的になってしまいがちだ。結局のところ、存続するためにだけ存続する公的機関が増殖するばかりだった。
産業再生機構においても事情は大同小異だったに違いない。天下り先を確保したい霞ヶ関の官僚たちや権力をちらつかせたい政治家どもが産業再生機構の続投を求めて暗躍していた。
しかし、産業再生機構の運営者たちは違った。自分たちの役割は終わったとして頑として解散を貫き通したらしい。 国民との約束を守り、自らの組織の命運を絶つことを決断したのだ。
これは大英断である。わが国行政史上初の快挙なのではあるまいか。この点に関して、私は産業再生機構の運営者の方々に最大限の賛辞を送りたい。公的機関を自ら解散することを決断したことに対して、一国民として拍手喝采したいのだ。この功績は、ダイエーやカネボウを処理したことを遥かに凌駕する金字塔になるに違いない。
「行革をやれ」「冗費を削減しろ」と攻撃するのも結構だが、こうした政府サイドにおける一つ一つの真摯な実績を正当に褒めてあげることもマスコミの重要な使命であるように思う。
(追伸)「週刊!木村剛」は、総合ビジネス月刊誌「フィナンシャルジャパン」(年間購読はココ)および「フジサンケイビジネスアイ」(購読希望はココ)とメディア・コラボレーションしています。本日の記事は、「フジサンケイビジネスアイ」に2月21日に掲載したものです。
2005 02 22 [04. 経済政策を語ろう!] | 固定リンク | トラックバック
皆さん、こんにちは。木村剛です。2月17日のゴーログ「ホリエモンvsフジテレビ:抗争の行方は?」に数多くのトラックバックをいただきありがとうございます。しかし、それにしても、この問題に関するテレビ番組のクオリティって言ったら、どうしようもなかったですね。「In the woods BLOG」さんじゃありませんけれど、「うわ~、テレビってレベル低いなぁ~」ということを思い知らされました。
「ヤースのへんしん」さんは、「堀江社長に対する、TV局のアナウンサーや、出演してる評論家の言葉が、アホみたいで落胆する。株式の『カ』の字も勉強せずに、精神論や義理・人情の論調には、情けなさが漂う。『一般投資家への責任は?』とか『今後の戦略は?』とか、もう目を覆いたくなるような質問。堀江社長が答える前に『はぁ~!?何聞いてるの?』とこちらが答えてしまう。まっすぐに、正論を堀江社長に主張されると、唇を振るわせるだけで反論すらできないでいる評論家。あかん・・・メディアは改革されるべきだと、自分たちで表してるようなもんやと確信した」とじつに冷静に現実を見抜いていらっしゃいますし、「生きている日々」さんも、「本質論を堀江さんが言っても、感情論の質問・意見しかしない。僕もテレビを見ていて、日本ビジネス社会って(自分も含めかもしれない)感情論なのね!?って感じた」という感想を述べていらっしゃいます。
そうですねぇ~。
感情論って、日本では強いですからねぇ~。
その点に関して言うと、ホリエモンに対しては、「ロジックや数字ってやつは、人間が集団で生きる社会を動かすルールとも言い換えられるが、生き物としての本性とはかみ合わないものであるということを、どうも無視しているようにも思えてならない。そして、そういう、『人の気持ちや感情』というものを考えもしない高慢さが、楽天が新球団設立を要請され、ソフトバンクが球団を買収できたにもかかわらず、ライブドアが一切無視された原因のひとつであるとも言えなくはないだろう」(by「くぬぎのしっぽ」さん)とか「野球のことを金儲けの道具としてしか考えていないと野球ファンから嫌われたそんな球団オーナーがいましたが、堀江さんが同じような人じゃないことを願うだけです」(by「ちょっと一言、いわせてください」さん)という批判も出てきています。
また、「ニッポン放送とフジテレビの資本関係と時価総額が逆転しているところを容赦なく突いた堀江社長は確かに凄い」とホリエモンを讃える「[R]Richstyles!」さんも、「堀江社長は相変わらずチャレンジ精神が旺盛で、ライブドアの躍進は日本型経営よりは欧米の一代メディア成金に似てきた」と釘を指しています。
ひょっとすると、「堀江社長には少し交渉能力が欠けている気もします。欠けているのは、あるいは思いやりの心かもしれません。強くなるとそういうところが少し鈍感になってしまうのかもしれませんね。フジ側も拒絶してしまっては大人気ないですね。どっちもどっちだと思います」という「ノンタイトルツーベースヒット」さんの評価が一番フェアなのかもしれません。
でも、銀行設立でライブドアと提携した西京銀行の大橋頭取によると、「堀江さんは、テレビで言われているほど、豪腕というよりは、周囲の話を聞きながら、話をすすめていくソフトな方だと感じた」(by「行列のできる転職相談所〜起業編〜」さん)そうですから、何事も百聞は一見にしかず、報道を鵜呑みにして批判するよりも、直接会って実物と話した上で評価した方が確かなようです・・・。
2005 02 21 [08. メディア/広告の将来を占う] | 固定リンク | トラックバック
パリやミラノでルイ ヴィトンやプラダのショップに列を作っているのは 日本人と中国人です。ブランドモノを愛用している現地の人は かなりハイクラスの人々で 庶民はもっと安い製品でファッションを楽しんでいるのです。日本のユニクロのような安いオシャレブランドがいろいろあって 1万円代でオシャレが楽しめるようになっているのです。
きは「木村剛モノログ横丁~トラックバック井戸端会議」まで
2005 02 20 | 固定リンク
2月のお題「印象に残ったビジネス小説」へのたくさんのトラックバックありがとうございます。実は、「ビジネス小説」というと、もっと堅いカテゴリーを想像していたのですが、みなさん、「仕事をする人間が絡む小説」と、広義に捉えていただき、その分幅広いトラックバックをいただくことができました。いくつかご紹介しましょう。
続きは「木村剛モノログ横丁~トラックバック井戸端会議」まで
2005 02 19 | 固定リンク
みなさん、こんにちは。神部です。
今や、新聞やテレビで目にしない日が無いぐらいライブドアの堀江さんが話題となっていますが、僕の中で堀江さんと聞くともう一人有名人がいます。それは40年前に小さなヨットで太平洋を一人で横断したヨットマンの堀江謙一さんです。30年前に堀江さんは単独無寄港で世界一周していますが、今、再び、今度は逆回りでみたいなんですが、世界一周に挑んでいる事を、みなさんはご存知でしょうか?
堀江さんの今回の航海を記したサイトがあるので、そこを見ると、現在はどうも南アフリカ沖を航行中のようです。ぜひ無事に日本に帰ってきてほしいと思います。堀江さんは現在66歳だそうです。果たして自分がその歳になって、何かに「挑戦」できるかどうか・・・頭が下がります。
その堀江さんが40年前にわずか6メートルのヨットで太平洋を横断した時の事を記した「太平洋ひとりぼっち」というノンフィクション小説があります。子供の頃、この本は僕の愛読書でした。本当に何度も何度も読み返し、一人の日本人冒険家の「挑戦」を想像し、胸をドキドキさせたことを思い出します。「自分も頑張れば、きっと何かができるんだ」とその時はそう思いました。「大人になった今、自分は何か出来たかなあ」と振り返って見ると・・・まあ、かなり自分にがっかりします。
さて、昨年の10月1日に兵庫県の西宮を出発した堀江さんは約8ヵ月後の今年5月に日本に帰ってくる予定だそうで、成功すれば、世界で二人目の東西両回りで世界一周した人物となるそうです。本当にすごいですね。
1962年5月、日本人で初めて太平洋横断を成し遂げた堀江さんのマーメイド号はゴールデンゲートブリッジをくぐり、サンフランシスコ湾に入港しました。堀江さんはパスポートもビザも持たず、こっそり西宮を出航しているので、米国からみれば密入国者です。そのとき堀江さんは逮捕、強制送還をも覚悟していたと言います。ところが、港に着いた堀江さんを待ち受けていたものは、サンフランシスコ市民の歓待でした。たった一人で太平洋を横断してきた堀江さんの「勇気」を称え、「名誉市民」として迎え入れました。
さて、「時間外取引」でこっそり?!(と言われていますが、そうなんですかね?)既存メディアの海に出航した、もう一人の堀江さんはどうなるのでしょうか。果たして彼は無事渡りきることができるのでしょうか。
前回のブログで沢山トラックバックを頂きました。いつもどうもありがとうございます。その中で紹介されていたジャーナリストの江川紹子のHPで公開されている堀江さんのインタビューを読みました。フジの日枝会長ではありませんが、報道に関する堀江さんの考えと僕の考えもまったく違うので、この点に関してはまったく同意できないのですが、彼の「勇気」が称えられ、「名誉市民」として迎え入れることが無いにしても、今後、何も変わらないまま、「逮捕、強制送還」ならぬ、「強制退場」させられてしまうような事になってほしくないと思っている人々が、実は多いのではないかと僕は思うのですが、どうなんでしょうか?
個人的には・・・そこまでみんなで包囲しなくったっていいんじゃないと・・・それが人情というものです。正直言って、ヨットマンの堀江さんにも、ライブドアの堀江さんにも、「挑戦者」は常に頑張ってほしいと、ついつい思う今日この頃です。
それでは、また。
2005 02 19 [17. 週刊!神部プロデューサー] | 固定リンク | トラックバック
皆さん、こんにちは。木村剛です。学生時代に変な問題で苦労した経験は、皆さんお持ちだったようで、現役教師の「新へなちょこ教頭のハラハラドキドキ学校改善物語」さんが「スンマセン。数学の問題頑張ってみたけど、解けませんでした。悔しい」と白旗を掲げたと思ったら、「ヤースのへんしん」さんは、「この問題を解かせて、もし間違った時に、『そんな問題を子どもたちにだしたら、教育の現場が混乱する』とか、一番クレームを付けて自分のことを棚にあげそうなのが、中学の数学の先生のような気がするのは、私だけでしょうか?」などと混ぜっ返して(?)くれました。
ちなみに、「la vie」さんからは、「あえて数学的に言えば、lim(x → +0) = +∞ lim(x → -0) = -∞ 故に、a=1/x は、x=0で不連続 故に、x=0付近で微分不可能」という回答をいただきましたが、出題者はさすがにそこまでは求めていなかったようです。こうした中、「Digital ひょうたん」さんは、中学時代の印象的だった問題として、下記のような経験を送ってくれました。
僕が思い出したのは、中学のときの保健体育のテスト。期末考査(?)の一部の問題が、だいたい下記のように出たんです。 間違っている項目には○を、正しい項目には×を記入しなさい。 そう、間違っているほうに○なんですねえ。 おいらは、この部分はすべて不正解でした。 つまり、問題文をよく読んでさえいれば、全部正解だったはずの問題・・・。 注意を払うことは大切なのです。 今でもその先生とは、年賀状のやりとりをしています。 今度飲みに誘ってみようかなあ。
なるほど、思わず引っかかってしまいそうです。一見、簡単に見える問題ほど、意外に落とし穴が掘ってあったりするものですね。そこで今回は、「彰の介の証言」さんからの出題を最後に出しておきましょう(答はコチラ)。
さてあなたは、1分以内で正解できるでしょうか?
2進法の世界で、「10円玉が10個あったらいくらでしょう?」
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2005 02 18 [20. その他] | 固定リンク | トラックバック
皆さん、こんにちは。木村剛です。「フジ、堀江社長の出演番組を休止」(by「誰も信じてくれない、本当にあった不思議な話」さん)するなど、ホリエモンvsフジテレビの抗争が話題の焦点になって、ネット界も熱くなってきています。「ガ島通信」さんは、「アメリカでIT関連企業がテレビ局や雑誌社などを次々に傘下に入れたのは、確か10年前と記憶しています。『アメリカに10年遅れてやってくる』とよく言われますが、そんな感じになってきました。護送船団方式で、泰平の世をむさぼってきた既存メディア業界。武士の商法でついていけるほど資本主義は甘くありません。冷たい水の中に会社ごと沈む… 新聞業界もヒトゴトではありません」と感想を述べていますが、本当に資本主義は厳しいモノです。
「投資に役立つ?新聞記事」さんによれば、ニッポン放送の理論株価は、6200円(?)だそうで、支配権を巡ったビッド合戦の行く末が気になります。「大西宏のマーケティング・エッセンス」さんは、「堀江社長が『ニッポン放送』というべきところを思わず『フジテレビ』と発言したことは、そこに本当の意図があることを象徴しているかのようです。それにしても、資本関係がねじれたフジ産経グループに目をつけたというのはさすがにライブドアですね」とライブドアの行動に賛意を表明して、こう述べていらっしゃいます。
株取得の狙いが見えない報道陣から「高値で売却し利益を出す狙いではないか?」という質問がでたそうですが、日本の報道はその程度なのかとがっかりします。もちろん、ビジネスですから、フジテレビとの提携などがうまくいかなければ、株を手放すことも否定できないでしょうが、ネット企業による既存メディア買収は、予想できる当然の流れだと感じます。・・・インターネット企業が、事業の相乗効果を求めて、金融、メディア、そして音楽やスポーツ、さらに番組などのコンテンツ、そして通信などの分野をターゲットとしているのは世界の常識だと思います。 堀江社長が、ニッポン放送傘下のポニーキャニオンの持つ音楽や映像などをネットで配信するなど「ネットと既存メディアの融合」と意図を語ったことは額面通りの発言でしょう。
それにしても、なかなかに面白い時代になってきました。ホリエモンという稀代の個人一人によって、既存の秩序が揺らいで、時代の大きな流れが沸き起こされるかも知れないのですから・・・。10年前にはなかなか想像できませんでした。
「grounder」さんは、「何をするにせよ真っ向正面から勝負する堀江さんにがんばって頂きたいです」と熱いエールを送っていますが、「In the woods BLOG」さんが、ホリエモンを幕末の清河八郎になぞらえて、「清河がいなければ、幕末は始まらなかった、とも言える。坂本竜馬にせよ、新選組にせよ、幕末の登場人物たちは、清河に“そそのかされて”世に出てきた、とも言えるのだから。清河八郎の功績というのは、幕末の火付け役になったことなんでしょう。・・・清河ホリエモン社長・・・に火を付けられたラジオ業界(テレビ業界?)今後、想像できないような展開になるでしょうね。プロ野球界のように」と語っていますが、これが明治維新につながるのか、大塩平八郎の乱で終わるのか、安政の大獄となるのか、歴史の証人として同時代に生きていることにありがたさを感じます。
ブログ界では、「報道にしろスキャンダルにしても他人には厳しく突っ込むくせに身内には優しいんだよなぁ、、、メディアって」(by「とんでもない事件簿」さん)という感想や「通信と放送、報道と娯楽。境目がどんどんなくなっていっている今、新聞だけが『象牙の塔』でいられるハズがない」(by「愛と妄想の日々」さん)という読みが展開されておりますが、「大西宏のマーケティング・エッセンス」さんの辛辣かつ正確な評論をご紹介して、本件を締め括っておきましょう。
日本のメディアは、ある意味で暗黒大陸です。朝日新聞と読売新聞という、世界に類を見ない発行部数を持つ新聞社が支配しているわけですが、その経営実態は情報公開されておらず、闇のなかの世界です。巨額の赤字を抱えているのではないかとも言われていますが、情報公開されていないのでまったくわかりません。
日本の既存メディアは、インターネットにも乗り遅れ、新しいビジネスモデル(稼ぐしくみ)も生み出せないままに今日にいたっており、過去の資産や既得権益でようやく持っているというのが実態ではないでしょうか。既に斜陽産業の道を歩み始めているように思えます。今回のライブドアのような新規参入が刺激となって、新しいメディアの切り口やビジネスモデルが生まれてくることを期待したいですね。
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2005 02 17 [08. メディア/広告の将来を占う] | 固定リンク | トラックバック
みなさん、こんにちは。岡本呻也です。
この時期やっぱり、ほりえもん対フジサンケイグループの話を書くべきなんでしょうかね。
ほりえもんにも日枝さんにも会ったことあるし、関心はあるんですけど、無責任なことを書く気にもなりません。お互いが死力を尽くして、「負ければ地獄」のビジネス・ゲームを闘っているわけですから。
リーマンの利益は数十億円だそうですが、外資系証券大手の某社はこの話を「リスクが大きすぎる」と断ったと聞きます。バイプレーヤーたちもリスクを取って闘っていますね。
そういう中で、いま話題の映画は「オペラ座の怪人」です (どういう展開じゃい? と自分ツッコミ)。
わたしはロンドンで2回舞台を観ました。最初に見たときはぶったまげましたねえ。「世の中にこんなすごいものがあるのか」と。
とにかく、舞台転換の仕掛けがすごいんですよ。でも、それって映画じゃあわからないんじゃないの?
オペラ座は都市のど真ん中の「ハレとケの同居する空間」です。その中に、怪人、オペラのプリマ、恋愛劇、劇中劇、各々の心の中に住む「幽霊」、19世紀のパリの文化、仮面舞踏会などなど……究極のドラマ性を感じさせる舞台設定が「あっ」と驚く仕掛けで次々と目の前に現れてきます。しかもそれがすべて人力で動かされているというのだからすごい。特にオペラ座の地下にある湖を船で進むという仕掛けには、多くの人が幻惑されたでしょうね。あれはおそらくオッフェンバックのオペラ「ホフマン物語」の第3幕ヴェニスの場面をパクったにちがいない。
この舞台のすごさに匹敵するのは、ゲッツ・フリードリヒが演出したベルリン・ドイツオペラの「神々の黄昏」のフィナーレくらいのもんでしょうなー。
思えば最初に観たミュージカルがこれでした。いちばんすごいものを最初に観てしまうというのは不幸な感じもします。
たとえば、『カラマーゾフの兄弟』をまだ読んでいない人を、私はうらやましいと思います。だってこれから読めるんですから。まあ、そんな感じでしょうか。
しかし、この「オペラ座の怪人」のあとに知ったにもかかわらず、より満足度が高かったミュージカルがあります。それは「レ・ミゼラブル」なんです。最初ニューヨークで観て、ロンドンで2回観て、ニューヨークでまた観て、日本で2回観ました。アホです。
かわいそうな孤児コゼットがいて、ジャン・バルジャンに拾われて育てられて、かっこいい青年と結婚しました。ジャン・バルジャンは彼女のために命をささげたも同然ですが、そういう親身な恩人だけではなくて、革命を通して世の中を前進させてきた多くの人たちの犠牲の上に、コゼットたちの幸せがあるんですよ、というのを見事に表現したお話です。悪かったですねえ、わたしはこういうのが大好きなんですよ。
特に島田歌穂のコゼットは、舞台に出てきただけで泣けますねえ。彼女は昔は「がんばれ!!ロボコン」で「ロビンちゃん」を演っていたのですが。
この劇中の、パリで革命を試みてバリケードに立てこもった青年たちの歌が有名ですよね。歌詞は、
「民衆の歌声が聞こえるか? 怒れる人民の歌を歌っているんだ 二度と奴隷にならないという 人民の歌声だ! 君たちの心臓の鼓動が ドラムの音と共鳴するとき 新しい人生が始まり 明日が訪れる!」
「この戦いに参加して 自由になる権利をつかもう!」
「すべてを投げうって 我々の旗とともに進んでくれるか? 倒れる者もいれば行き残る者もいよう 思いきって立ち上がろうじゃないか」
と言っているんです。
わたしは、こういう呼びかけに共鳴してしまいますね(単に性格ですが)。
社畜になって死んだような人生を送るくらいなら、死んだほうがましだと思います。
自分の住んでいる社会の運営に積極的に参加しようとしない人は、まともに相手にしても仕方がないと思います。「奴隷でもいいや」と思っている人たちなわけですから。
自由意志で立ち上がって、自分たちの新しい道を協力して切り拓いてこそ、人間だと思うのです。
そのとき、倒れる者も生き残る者もいるはずです。犬死はごめんですから、リスク・コントロールは必要でしょう。だけど、リスクを恐れてじっと引きこもり、チャンスを失うのはごめんです。
変革をひたすら拒否して、自分では何もしないくせに、チャレンジしている人をこき下ろすような態度は卑怯だと思います。
だからわたしは、ほりえもんの勇気に拍手を送りたいと思います。また、防戦するフジサンケイ側にも頑張って欲しいと思います。
かれらは日本のビジネス界に新しい時代をもたらしつつあります。このM&A劇の帰趨を見つめるにあたっては、われわれは決して「勝ち負け」の帰結だけに興味をもつ野次馬であってはならないと思います。ただ傍観するのではなく、「日本の資本市場が迎えつつある新しい時代に、われわれも参加するんだ」という姿勢すら必要なのではないかと思うのです。
2005 02 17 [21. 週刊!岡本編集長] | 固定リンク | トラックバック
皆さん、こんにちは。木村剛です。遅れ馳せながら、「複雑系の中の混沌とした日常@WebryBlog」さんのトラックバックが目につきました。「今後もブログはますます発展していくことが予想される。本当に1,2年前まではブログってなんぞや、という状態だったのに、いまでは周り中の人々がブログを作成している時代だ。本当にネットが社会にもたらす影響は計り知れない。しかし、その分ブログから生じる問題も増えてくる可能性がある」として紹介しているのが、CNET JAPANの『私はブログで会社を首になりました。』なんですね。
かいつまんで言うと、「Queen of Sky」(空の女王)というニックネームで、ブログに「Diary of a Flight Attendant(とある客室乗務員の日記)」を書いていたEllen Simonettiさんがブログの内容が原因で解雇されたという事件。米国では、その他にも、dooce.comのHeather B. Armstrongさんや、有名なWashingtonienneというブログの作者もブログの内容が問題視されて解雇されたそうです。
そこで、「複雑系の中の混沌とした日常@WebryBlog」さんは、こう書いています。
ブログをみんなが書けば書くほど、それだけ社会の情報がオープンになることになる。それはある意味では非常にいいことであるが、オープンされたほうとしては困ったもんだ。自分が情報を公開するということは、その書いた内容に責任を持つ、ということである。そしてそれはいつでも訴えられる可能性を受け入れる、ということでもある。まぁ、自分のプライベートな内容を公開するだけなら問題ないんだろうけど、自分の所属する所に関することや、ある特定の機関、人物にたいすることなどを書く場合は、やはりそれを書いたことで生じる影響を考えて書かねばならないだろう。
そのあたりの問題に対する私の考え方は、2004年5月13日のゴーログ『モノ書きの老婆心:「匿名性」を護るために』に書いたとおりなのですが、今から読み返しても、内容は何ら古びていません。まだ読んでいない方は、ネット文化に対する私の考え方をご理解いただけると思うので、少し長文なのですが読んでいただければ幸いです。
相変わらず「匿名性」のセーフティネットの中で、社会人としてのマナーもなく、他人に誹謗中傷や罵詈雑言を投げ付けることでカタルシスを得ている方々を見ていると、私の予言は実現してしまうのではないか、と極めて残念に思っています。「ネットの匿名性であったり、簡単につながるというネット独特の面白みを、規制という社会の流れが排除しにかかっているように思えて仕方が無い」という「Bi-blog-e」さんの予測は極めて正しいと感じるからです。
「simon」さんは、「ブログには各々の管理者がおり、人格じみたものが自然と露出してくる。そうなると、匿名の自由を謳ったノリで、ブログに突っ込むと、訴訟されるという現実にぶつかる」と喝破していらっしゃいますが、現実論として、「匿名性、解雇など、ブログの危険性に関する問題がある」(by「WEBライター流転記」さん)ということなのです。ところが、いざそういう場面に直面すると、自らが行った名誉毀損行為には目をつぶり、「ブログの世界で起こったことを訴訟で解決しようとするのはケシカラン」などという議論が澎湃として湧き出てくるところに現時点でのブログ界の危うさを感じます。
ブログの世界では、書き手は書き殴るばかりで、「読み手のリテラシー」ばかりが強調されがちですが、現在のブログの現状で申し上げると、「書き手のマナー」に対してもっと厳しい目線を向けるべきではないかと感じたりもします。 「当事者意識がないと『主語』が失われる。当然、責任の所在が曖昧になる」(by「22歳 ―2006年3月までに月100万」さん)のですから、せめて、「反省、、、今までこのブログも深く考えず思いつつまま書き散らして、そのまま載せてきてるなー。特に人の事を書く時は、アップする前に頭冷やして読み直し、『載せても良いか?』を考えるようにしよう」という「ヒトカゲの独り言」さんの良識が大事だと思う今日この頃です。
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2005 02 16 [01. ブログ万歳ココログ三昧, 08. メディア/広告の将来を占う] | 固定リンク | トラックバック
皆さん、こんにちは。木村剛です。本日は、不定期コーナーの「BLOG of the Week」をUPしたいと思います。着飾らない物言いで一部で人気急上昇中の「貞子ちゃんの連れ連れ日記」さんによる日本経済の見方をご紹介したいからです。
トラックバックをいただくたびに、これだけの長文をほとんど毎日のように更新するパワーはスゴイ!と素直に唸ってしまいます。私などは、ブログを毎日のようにUPするのに、ヒーフーハアフウ言いながら続けているのですから・・・。
そういう中で、貞子ちゃんの素直な目線からのコメントに、改めて考えさせられる場合があります。今回の「ふたたびジュピターと『二重らせん』のDNA」というトラックバックもそうでした。皆さんにも一読していただければ・・・と思います。
それでは、「貞子ちゃんの連れ連れ日記」さんによる「ふたたびジュピターと『二重らせん』のDNA」をお楽しみください。
[ふたたびジュピターと『二重らせん』のDNA]
愛知県内のトヨタ自動車の上層部では、トヨタが1兆円企業に成長する以前から、『組織の硬直化を防ぐ前に違うDNAを取り込む』という危機感がかなり強いという話を 貞ちゃんは、こちらに来てからたびたび耳にします。日本の次の景気回復は、今度こそゆるぎないものであって欲しいと願わざるを得ません。(GDPがただ単純に増加して欲しいっていう意味じゃないです。)・・・ わたしは・・・お金の流れにず~~っと注目して、社会保障やら財政やらマクロ経済やら金融やらを眺めてきましたが・・・・・で、GNPだけ見ていたら、お金がらせん状に渦を巻きながら、ぐるぐる急上昇しっていったり、急に下がっていったり、またらせんを描きながら、上ったり降りたり上ったり降りたりしていたのが、この20年でした。 戦後間もなくまでは、日本経済は、理工系のエンジニアと直接金融の二本のらせん構造で近来まれに見ぬ回復を示した。1980年代頃から使われだした『経済のサービス化現象』ってのは、最初は誰が言い出したのだろうか?・・・今、日本で一番景気の回復が力強いといわれている愛知県では、実は、その言葉をそれほど聴かないのです。そこそこでしかないエンジニアの人々も丁重に扱われているし、十二分かどうかは分からないが、かなりの報酬は受けている。若い工員さんとかの世代は、どんどん郊外の新興の高級な住宅街へ新居を購入している。しかも、地道で折り目正しい。 21世紀の日本経済の回復のためには、愛知県のみならず日本全体で、もう一回『理工系のエンジニアへの十二分な報酬』ってものを、日本経済のらせん構造の中にもう一度取り戻す必要があるのではないか。日本経済のDNAをもう一度二重構造にすることが、日本の持続可能性を取り戻すための必須条件であるような気がしてならない貞ちゃんであった。 日本経済がどん底の4年前に初めて名古屋に来た時、名古屋はすこぶる活気があり 貞ちゃんは驚かされました。当時、平日の昼間のデパートは、田園都市線でも千代田線沿線でも、デパ地下以外のフロアは閑散としていましたが、名古屋市内のデパートは、けっこう大勢の買い物客でにぎわっていました! しかも、高齢者のみならず、首都圏では一番可処分所得が少ないといわれている40歳以上の中高年の買い物客で 名古屋のデパートはけっこう賑わっていました。高級ブランド店も活気がありました! 貞ちゃんが次に大変驚いたのは、街を歩く人々の表情が、東京近郊より(千葉とか神奈川です)ず~~~っと比較にならないほど明るかったことです。特に、名古屋の浅草と呼ばれる『大須』の商店街の喫茶店とかレストランとかで見る高校生や大学生の表情が生き生きしているのには驚きました!(『あぁ中産階級が疲弊しなかったんだな・・・バブルの爪跡が軽くてすんだんだなぁ~~』って、貞ちゃん、お腹の底で実感することが今でもたびたびあります。)それは豊田市や豊田市の近郊へ行っても同様です。東海地方は、外部の人には愚直なまでにアピール下手ではあります。が、『浮利に浮かれず、物づくりにこだわり続ける』伝統の息付いている町なのです。
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2005 02 15 [22. BLOG of the Week] | 固定リンク | トラックバック
皆さん、こんにちは。木村剛です。偽造した500円硬貨を預金して現金を詐取した事件が話題になっています。「それにしても1万5000枚以上の偽硬貨って・・・・かなり組織的ですよね」(by「NewsToday-0」さん)という感じがしますが、そこで、「Espresso Diary」さんは、国民総背番号制の導入について説いています。
犯人が郵便局を狙ったのは、銀行の偽造カードが問題になっていてチェックが厳しいと判断したからでしょう。今回も偽造の運転免許証が使われているのではないか。NHKのニュースは、いつものように見分け方などを放送していますが、免許証のことには触れていません。結局のところ、これは個人の認証をどうするか?という話ですね。だけど日本ではプライバシーの侵害ということで、個人に番号を付けることには抵抗が強い。でも、よく考えてみると、マトモに働いて、マトモに税金や年金を払っている人から見れば、いっそ番号にしてもらった方が良いんじゃないか・・・とも感じます。 2003年ごろまで田中知事は「日本のスウェーデンをめざす」と言っていました。しかし「住基ネット反対」でマスコミの脚光を浴びようとしてから、全く言わなくなった。きっとスウェーデンの福祉社会で国民総背番号が欠かせないものとなっている現実が分かったのでしょう。それで話を「信州ルネッサンス革命」に、すり替えているのです。ずっと知事を支持してきて、実際に北欧まで視察に行った人が、「どうしたのよ?スウェーデンの話は?」と思うのは当然です。
私、個人的には、国民総背番号制の導入には賛成です。ただし、その代わり、各種の納税事務や年金・保険の手続きは個人が片手間でできるような極めて簡単なものにしていただきたい、とも思います。これは、些細なことのようでじつは極めて重要なことなんですね。というのは、日本という国は、国が為すべき繁雑な事務を個人や企業に押し付けている部分が極めて多いからなのです。また、そういう風に簡素化しておかないと、納税制度を給与天引きではなく、申告制にするという改革も絵空事になってしまいますので・・・。
そういう意味では、国民総背番号制の導入とともに、所得税に関しては申告制とのセットにしていただきたい――というのが私の意見です。それにより、タックスペイヤーとしての自覚を持った国民が、タックスペイヤーとしての権限を行使するようになることを期待しています。NHKの事件でも一番効いたのは受信料の不払い運動だったのですから・・・。タックスペイヤーが自分たちの力を認識することが大事だと思うんです。
でも、本当に政策として実現するのか、という観点から考えると、「Espresso Diary」さんの以下の言葉が結構重く心に響いてきますね。
心地よいスローガンとか、当たり障りのない言論が、説得力を持たなくなってきているんだと思います。そりゃ、自由で、プライバシーの侵害がなくて、子供たちの笑顔があって、高齢者が幸せな老後を過ごせて、若者には仕事があって、物価が上がらないで、お金は本物だけで・・・という社会が良いに決まってるんですね。だけど、それを繰り返し言ってみても、もう余り意味がないような気がします。 年金はダメだし、泥棒は多い。騙す人もいるし、格差は開く。こういう時代に、どう生きたらいいのか? そういう切迫感や現実感がないと、話にも説得力が出てこない。私は、日本の中世に仏教の指導者が次々と出現した理由が、やっと最近になって分かるような気がしてきました。親鸞、法然、栄西、道元、日蓮、一遍、そして一休。現代風にいえば「カリスマ」が集中的に出現している。これは、国の権威が失墜し、疫病や戦乱、そして飢饉や天災が繰り返す時代に、多くの人々が、どう生きたらいいのか? 切実に生き方を求めたからじゃないのか・・・。 経済的な成功を求める人々に応えようとするブログが、ときに宗教めいて見えることもあるんですが、それは不思議でも何でもないことだと思います。値打ちがあるかどうか?を見分けることが重要であり、そして困難なのは、なにもニセ札や500円玉に限った話じゃない。いろんな人やモノや会社、それにメディアを見分けることが、ますます重要になっているのです。
本当にそうですね。目利きがこれほど求められている時代はなかったのではないか、とも感じます。でも、現実を見ていると、「やっぱり昔坂口安吾先生が『堕落論』で,日本人には論理的思考,合理的思考はなじまない,出来ないと書いていたのが外れていないと考えざるを得なくなるわけです」(by「大学院生 OVER THE GALAXY」さん)と感じたりする場面が多かったりしますよね。
「大西宏のマーケティング・エッセンス」さんは、「ドラッカーは、『第二次大戦後、政府計画が多少なりとも成功している国は、唯ひとつ、日本だけ』といっていますが、確かにそうだと思います。しかし『成功は失敗の母』です。一度成功してしまうとなかなかそこから思い切って抜け出すことができません。最後は日本脱出計画を立てることがもっとも有効な自衛策だというようにならないことを祈るばかりです」と喝破していますが、本当にそうならないことを祈るばかりです。
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2005 02 14 [04. 経済政策を語ろう!] | 固定リンク | トラックバック
★適当に小まとめしま~す。
ということで、本日より17日まで久しぶりにフランスへ行ってきます。まあ、取材半分という感じですが、とにかく食べるためだけの旅で、昼夜昼夜とひたすら食べ続けます。自信はあるけど大丈夫かなあ、という感じですが、こうして宣言して、向こうで風邪引いちゃいました、なんていい訳できないのでプレッシャーかけています。
続きは「木村剛モノログ横丁~トラックバック井戸端会議」まで
2005 02 13 | 固定リンク
※今月のお題「イタリアファッションに学ぶ」へ
ミラノ・パリ出張から帰国しました・・・といっても先週帰国していたのですが、すっかりインフルエンザにかかってしまい 最初の小まとめが遅れてしまいました。今回の出張の目的は パリ・プランタン百貨店で日本の業界の人向けにランジェリーセミナーを行ったのですが パリの前にミラノで市場調査ということでイタリアにいったのです。
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※今月のお題「携帯音楽プレーヤはハードディスク派?メモリ派?」へ
2月のお題にも既に皆さんからトラックバックを頂いていまして、ありがとうございます。かなり様々な意見を頂いていまして、非常に面白いので、少しこちらは練ってエントリーしたいと思います。今日は先般よりお話していた、正月に購入したEXILIM Cardと、ステルスモードでしたが実は私も予約を入れていた、Mac Miniが今日届きましたので、その感想などつらつらと書かせて頂きたいと思います。
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2005 02 13 | 固定リンク
今週の丸善丸の内本店 壹岐直也副店長がお薦めする本です。
「リレーションシップ・バンキングと金融システム」
村本 孜著 定価3360円(税込)
東洋経済新報社刊
金融審議会報告『リレーションシップバンキングの機能強化に向けて』(2003年3月27日)が発表されて以来,リレーションシップ・バンキングに対する注目が高まっている。とくに,銀行中心型の金融システムと市場型金融システムが複線的に存在する日本の金融システムにおいては,リレーションシップ・バンキングは今後も一定の役割を果たすことが期待される。
また,最近の市場型間接金融の発展は,リレーションシップ・バンキングの機能と競合関係にあるのではなく,両者は補完関係にあると考えられ,積極的にその機能を活用することがむしろ望まれる。
本書は,こうした視点から日本の地域金融,中小企業金融のあり方を,諸外国の事例も参考にしながら分析し,リレーションシップ・バンキングの担い手たる協同組織金融機関を中心に検討している。
地域経済の再生には地域金融機関の復活が当然必要だが,本書は従来型の銀行システムと市場型の金融システムの機能を組み合わせたところに新たな金融機関の役割を求めており,地域金融の今後の方向性に一つの解答を出したといえよう。
(追伸)「週刊!木村剛」は、総合ビジネス月刊誌「フィナンシャルジャパン」(年間購読はココ)および「フジサンケイビジネスアイ」(購読希望はココ)とメディア・コラボレーションしています。本日の記事は、「フジサンケイビジネスアイ」に2月7日に掲載したものです。
2005 02 12 [12. 本のソムリエ] | 固定リンク | トラックバック
皆さん、こんにちは。木村剛です。「BLOG of the Week」としてご紹介させていただいた「新へなちょこ教頭のハラハラドキドキ学校改善物語」さんの「堅い肉は小さく切っても堅い」をUPしたところ、教育改革についても様々なご意見をいただいています。
教える側の問題を指摘する方々からは、「生徒の理解力の低下は現場の先生の『教える』事に対しての苦悩と符合しているのではないだろうか。…と感じる今日この頃」(by「えみっちぃの見る風景」さん)とか、「教育改革を唱える前に,まず改革する側の改革をして欲しいと切に思います」(by「cozymaxΣweblog」さん)などとご意見をいただきましたし、「ゆとり教育や少人数教育への批判は根強いものがあるみたいですが、少人数教育は教育の質を上げるのに絶対に必要です」(by「和ちゃんブログ」さん)という指摘や、「年に3~4回昇級試験とか、級位認定試験みたいなのを行うことにしてみては?」(by「いい国作ろう!『怒りのぶろぐ』」さん)という提言もいただいています。
教育については、まだまだやらなければならないことが多そうです。
そういう中で、思い込みに満ちた詰め込み教育はイケナイということを体感するためのひとつの事例として、「明日は明日のホラを吹く -Tomorrow, I'll give you another big talk-」さんがブログで紹介してくれた数学の問題が面白かったのでご紹介いたします。是非、チャレンジしてみて下さい。皆さんの頭の硬さ度合いが分かるかも・・・(答を知りたい方は、コチラをクリックしてください)。
今日はそんな私が作った数千問の中学数学の問題のうちのうちの1問をご紹介します。シンプルな割に含みが多いのでずっと気に入っている問題です。考えてみてください。
問 aに関する1次方程式
a x = 1
を解け。
どうです?これ、ちょっとした引っかけ問題になっていますが、お気づきでしょうか?・・・
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2005 02 11 [04. 経済政策を語ろう!] | 固定リンク | トラックバック
こんにちは、神部です。
NHKVS朝日新聞に続いて、今度はライブドアVSフジテレビという、またまた興味深い話題が持ち上がりました。いびつな資本関係を是正するために、先にフジテレビが完全子会社化の方針を明らかにしていたニッポン放送の株式を、堀江氏のライブドアが8日大量取得、発行済み株式の35%を保有する大株主となりました。堀江氏は記者会見で、フジテレビを始めとするフジサンケイグループと資本・業務両面で提携して、新しいビジネスを展開したいという考えを表明し、その一方で、フジテレビ側は堀江氏が希望する業務提携には応じないとする日枝会長の談話などが新聞等で報じられています。
どうも、このままだとニッポン放送の経営権獲得をめぐって、フジテレビとライブドアによる株式買い付け競争になる可能性も出てきました。
私は今、ライブドアというITベンチャー企業が、果たして放送という既存メディア市場に参入できるのかどうか。本当に提携し、どんなビジネスを展開するのか、うまくいかずに結局売ってしまうのか。今後の成り行きに大変興味を持っています。メディアってやっぱり新規の市場参入が、ものすごくしにくいですからね。だから、私と同様に興味を持っている人もかなり多いのではないですか。
この件に関する新聞報道などの論調を目にする限り、その根底には、いきなり大株主になった手法に対する抵抗感や強い反発があるようにも思います。でも、株式の取得に関して特に問題があったわけでもないでしょうし、メディアのビジネスをやろうと思った堀江氏が大株主になって、ある意味、フジテレビと対等な立場を作って交渉しようと思った結果、今回のような行動を取ったわけで、まあ、日本も資本主義の国だったということなのでしょうかね。
裏を返せば、「話し合い」からはじめたのでは、きっと対等な立場で交渉のテーブルに着けないと思ったのかもしれませんけど・・・。
で、堀江氏の株式取得以上にびっくりしたのが、毎週日曜に放送されているバラエティー番組に堀江氏はレギュラー出演していますが、この13日分の放送を休止すると発表したことです。理由として「視聴率強化のため」ということみたいなんですが、なんだか、とっても怒ってそうな雰囲気を感じます。うーむ、「敵対的TOB」を仕掛けた人物のPRにつながることはやめようという事なんでしょうか。
果たしてこれがどんな結末を迎えるのか、本当に成り行きが注目されます。私は個人的には、ある意味、日本の資本主義が試されているのかなと思っています。いずれにせよ、視聴者というか、お客さんが損するような話にならなければ良いなと思います。
でもまあ、プロ野球の時もそうでしたが、これだけ立て続けに話題を提供しつづける堀江氏の行動力について、「これはやっぱり凄いぞ」と認めないといけないようにも思います。
それでは、また。
2005 02 11 [17. 週刊!神部プロデューサー] | 固定リンク | トラックバック
皆さん、こんにちは。木村剛です。島倉千代子の「人生いろいろ」がヒットして以来、小泉首相が「会社もいろいろ」と言ってみたりしていますが、皆さんのブログを読ませていただきますと、「バカもいろいろ」のようです。
「Documentary」さんは、「世の中には、いろんな意味で“バカ”がいる。これはネガティブな意味ではなく、『空手バカ一代』の“バカ”と同じ意味だ。わかるかな~」と問い掛けていますが、私も小学生時代「空手バカ一代」にはまって、極真空手の創設者である大山増達の生き方に「スゲエ~」なんて心底から思っていたものです。何と言っても、スペインにまで行って、空手のスゴサを広めるために、素手で闘牛を倒したりするのですから(未だに「本当かいな」・・と思う面もありますが・・・)。
でも、こういうわが道を極める「バカ」はいいですよね。「さび付いた刀」さんは、「『馬鹿』とは、適度に踏み外し半歩前を平気で走ってく人の事を指します」と指摘していますが、そういう生き方をしていると数々の失敗も犯してしまうものです。
でも「明日は明日のホラを吹く-Tomorrow, I'll give you another big talk-」さんが、「俺はつまづくべきところできちんとつまづく人が結構好きだ。つまづく様子が無様で面白いからではない。そういうところでは、つまづかないで一見スマートな方が実は無様なのだ」というように、つまづかない完璧な人より、つまづきながらも目標に向かって走り続ける泥臭い人の方が私は好きですね。サッカーで申し上げると、ウマイ柳澤よりも、泥臭いゴン中山が好きだ!――という感覚です。
「周辺領域」さんは、「愛すべきバカと見下げ果てたバカがいるものだ」と喝破していますが、でき得るならば、「見下げ果てたバカ」ではなく、「愛すべきバカ」の方になりたいものです。
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2005 02 10 [02. ゴーちゃんの素顔を暴く!] | 固定リンク | トラックバック
こんにちは、岡本呻也です。
みなさんはもちろん、財部誠一さんのサイトにある「日本の借金時計」をご存知ですよね?
なに、見たことがないですって! そういう人は今すぐ上のリンクを覗いてみるべきです。
ふむふむ、おたくの借金は現在1510万円くらいですな。えっ、住宅ローンの残金がそのくらいだって? 違います、そういう借金以外に将来あなたが負担しなければならないツケがそれだけあるということなんですよ。
国家の財政赤字がここまで急速に膨れ上がっているということは、みんな知っているけど知らない振りをしていただけです。
私が高校を卒業した年の国債発行残高は181兆円でした。そのころでも天文学的な数字でしたよ。それが今や538兆円(05年度末)。どーよ、これ?
でも、今から10年前は、誰も問題にしてなかったですよ。私は「これじゃあいかん」と思いました。「もっと財政赤字がみんなにわかるように、リアルタイムで表示する装置を作ればよいのに」と考えていたんです。
で、96年の暮れに初めてニューヨークに行った時に、友人の車でマンハッタンを流していたら、わたしの目にこれが飛び込んできたんですよ。
“OUR NATIONAL DEBT CLOCK(財政赤字時計)”
これ、物好きな個人が、自分の持っているビルの壁面でやってるんですよ。偉いですねえ。自分の信念を貫いてます。まさに私が作るべきだと思っていたものですよ。翌日、地下鉄で戻ってきて、さんざん探してカメラで撮ってきました。
帰国してから財部さんにお話したら、ちょうど予算委員会の公聴会で公述することになっていて、国会で私のとった写真を引き伸ばしてもらって発表してもらいました。みんな感心して聞いていたそうです。
それで、「銀座の中央通りにでもこれを作りたいですねえ」と話していたのですが、そんなことをしていては何億円もかかってしまいます。財部さんとため息をついていたら、当時普及し始めたJAVAを使えばウェブサイトで作ることができるという話になりまして、この時計ができあがったという次第なんです。ずいぶんテレビでも流していただきました。
しかし、私はそれでも不満です。インターネット上のサイトでは、自分たちの社会と将来に責任感を持った人たちしかアクセスしないからです。でもほんとうにこの時計を目に焼き付けていただかなければならないのは、そういう意識の高い皆さんじゃないんですよね。
「日本には日本のよさがある、みんなが助け合って生きていくのが日本流だ」「だから困った人を国が助けるのは当然だ」「それを歳出カットしようなどとはけしからん」とおっしゃる、愛国心が強いのは認めますが、やや経済観念が薄い方(失礼!)にこそよくよくご覧いただきたいからです。言っときますけど、私だって愛国心では人後に落ちません。「このまま借金を重ねて行っては、将来世代の日本人が困る」と思っているからこんなことを言ってるわけですから。
そこでですね、私はこの「日本の借金時計」を衆参両院の本会議場は言うに及ばず、委員会室、議事堂や議員会館の入り口にも設置するといいと思うんです。コカ・コーラの本社の入り口には自社の株価をリアルタイムで示すボードがあると聞きます。それを見て国会議員の皆さんに毎日、「国民全体の代表者」として気を引き締めていただくのは効果的だと思うんです。
地方では、地方財政が国と同様に危殆に瀕しています。だから地方自治体版の借金時計を議会や行政庁舎のロビーに設置すればよいでしょう。あるいは空港や駅前の広場、はたまた市民会館やショッピングセンター、テーマパークなど、人が集まるところに作るというのはいかがでしょうか。
日曜に家族でショッピングモールに行ってみると、「一家庭あたり1500万円」とか借金時計に書いてあるわけですよ。で、お子さんが「ねえねえパパ、うちも1500万円もらえるの?」と無邪気に聞くわけですよ。そうするとパパが、「いや、あれはもうすでにうちがもらった金額であって(自分ではもらった記憶がないんだけど)、将来おまえが返していく借金なんだよ」と優しく教えてあげるわけです。そうすると僕が、「ええっ、だって僕なんにもお金使ってないよ。なのにいきなりそんな借金があるの?」と答えます。
とっても心温まる光景ですね。しかしまあ、そういう具合にみんなの意識を高めていかないと、こりゃどうにもならないんじゃないかと私は思うんです。
「日本の借金時計」を国会や地方議会につくりましょう、と私は提言します。
2005 02 10 [21. 週刊!岡本編集長] | 固定リンク | トラックバック
皆さん、こんにちは。木村剛です。お札の「透かし」については、結構皆さん気にされていたようで、沢山のトラックバックをいただきました。「ある女性銀行員の日記」さんが、プロの立場から、「銀行でも機械に通らない紙幣を確認する場合、すかしがあるかどうかや手触りなど必ず確認する。自分の資産を守るためにも確認したほうが良いと思う。私は外為の窓口をしていて、両替をよくするのだが、必ず紙幣は鑑定機にかける。そして、機械で受け付けられない場合は、紙幣を預かって、鑑定を外部機関に委託するようにしている。特に100米ドルは、偽造がされやすく、偽札が出回っている。100米ドルは、日本の1万円札とほぼ同価値。円が、日本が国際化するにつれ、偽造の対象になる可能性が高くなるわけだが、偽造に対する認識は甘いのではないかと思う」と告白していらっしゃいますから、偽札って本当に怖いですよね。
そういう中、「sukemaroの『面白きこともなき世を面白く』」さんからは、「先週末湯沢にボードしに行った際、越後湯沢駅構内の物産店に地酒と地元の珍味を物色しに行ったのだけどレジカウンター横に『偽札使用防止のため紙幣の透かしなどを確認させていただいております。』と断り書きがあった。ジワジワ透かしチェックは浸透してきている感じ」という証言をいただきましたし、「Shingo-Da!com | 気まぐれ?!思考」さんからも「偽札じゃないから、スカシをみてよ!」とお店のレジでよく聞くようになりましたし、店員さんが、スカシを確認するのも恒例?!になってきましたよね」というトラックバックをもらっています。
でも、「にやけ猫サプリメント」さんからは、「店員さんの透かしチェックは気になるところ。でも、今の所されたこと無いですねー。スーパー、コンビニ、デパート、本屋、電気屋・・たいてい明るい所だったし」というご意見も伺っていますから、まあ、マチマチというところでしょうか。
ちょっとニヤニヤしながら読ませていただいたのは、「そこはか日記」さんの以下のコメント。爆笑したいのだけれど爆笑し切れない絶妙のコントロールボールでした。
たまにブラジ○人の若い男の子二人組で 「両替してくださ~い」 とやって来ます。 実に怖いです。いつブスっとやられるか。 そんな時も身の危険を感じながら念入りにチェック。
確かに最近は物騒ですから、透かしチェックにも気をつけなければいけないかもしれません・・・。でも、旧札だけではなくて、新札も気になりますよね。透かしを何気にチェックしている「えみっちぃの見る風景」さんは、「お札が新しくなったわけですが。うーん。毎日お金を見ていると、子供銀行のお札に見えてきていかんです」とこぼしていますが、そうなんですよ、新札って慣れるまではオモチャに見えて仕方ないんですよね・・・。困った、困った。
ただ、「日本の物づくり、がんばろう!ミナロ」さんによれば、「『暗くて、お札の確認がしにくい時間帯・場所』『お客様をお待たせしてはイケナイ、速やかにつり銭のお返しを』等、店舗側の気持ちを逆手に取った悪質な犯罪に対抗するために開発されたインクを使ったペン・ジャッジマン」という便利なものもあるようです。ご興味のある方は、一度お試しを。
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2005 02 09 [04. 経済政策を語ろう!] | 固定リンク | トラックバック
生保の伝統的なビジネスモデルといえば、大規模な営業職員組織による死亡保障を中心とした商品の訪問販売である。他方、損保は実質的に自動車保険会社であり、収入保険料の六、七割を自動車保険と自賠責保険が占める。
ところが近年、保険会社が主力としてきた分野の不振が著しい。生保の個人保険保有契約高(=死亡保障を示す)は一九九八年度をピークに減り続け、損保の自動車保険は三期連続でマイナス成長となる可能性が高まってきた。 (植村 信保)
このような中、成長性の高い分野や地域に経営資源を投入し、勝ち残りを果たそうという動きが目立ってきた。
多角化戦略では生保よりも損保が先行している。自動車保険の減収傾向に加え、損保は外国人株主の比率が高いこともあり、投資家から余剰資本の有効活用を強く求められているのも一因だ。
損保各社はまず生保事業に参入し、最近では終身医療保険や個人年金にも積極的だ。新設の子会社として出発した東京海上日動あんしん生命はすでに中堅生保に成長。三井住友海上が米シティグループと合弁で設立した三井住友海上シティ生命は、外資系のハートフォード生命とともに変額個人年金の二強である。
海外での保険引き受け事業にも力が入ってきた。従来は海外に進出した日系企業の支援が中心だったが、今回は現地企業や個人とのビジネスが視野に入っている。三井住友海上は昨年、英アヴィヴァグループからアジアの損保事業を買収し、東南アジア地域の外資系損保としてトップクラスの地位を築いた。
生保でも死亡保障に特化するのではなく、医療や介護保障など第三分野に軸足を移す動きが目立ってきた。なかでも朝日生命は、二年前から死亡保険金の目標を廃止し、第三分野を重視した業務運営に切り替えた。その結果、今上半期に獲得した新契約のうち、八割以上が第三分野のものだった。そこまで極端ではないが、大手生保も既契約者のミドル・シニア層を中心に医療、介護保障を提供するようになってきた。
ただ、多角化戦略は新たな成長機会を探るのと同時に、新たなリスクを抱えることでもある。平均寿命が安定している死亡保障商品や、事故データが豊富な自動車保険とは違い、これまで以上に保険引き受けリスクの管理が重要になってきた。
例えば損害保険は一年契約が中心だが、生保や医療保険は大半が長期契約である。生保の逆ざや問題に見られるように、一度リスクが顕在化してしまうと、そう簡単には修正が効かない。
統計面や規制面の問題もある。第三分野では入院などのデータが必ずしも安定しておらず、どのデータを使うかによって料率が大きく変わってしまう。規制面でも、死亡保障のような将来の保険金支払いに備えた準備金の明確なルールがなく、各社の判断に任されている。
日本の保険会社は右肩上がりの市場と厳しい規制環境のなかで、売り上げを伸ばすことに集中してきた。
しかし、多角化時代の保険経営は、販売イコール利益ではないという当たり前のことを再確認する必要があるだろう。
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植村 信保(うえむら のぶやす)
格付投資情報センター(R&I)シニアアナリスト。
1990年、東大文卒。
安田火災海上保険(現損保ジャパン)を経て、97年、日本公社債研究所(現R&I)入社。
生損保を中心に金融機関の格付けを担当している。
書著に「生保のビジネスモデルが変わる」(東洋経済新報社、03年)などがある。
(追伸)「週刊!木村剛」は、総合ビジネス月刊誌「フィナンシャルジャパン」(年間購読はココ)および「フジサンケイビジネスアイ」(購読希望はココ)とメディア・コラボレーションしています。本日の記事は、「フジサンケイビジネスアイ」に1月24日に掲載したものです。
2005 02 09 [14. フィナンシャルi ] | 固定リンク | トラックバック
日銀は、2001年3月より同行の当座預金残高を目標に金融政策を運営し、直接の資金供給量をターゲットとする「量的緩和」を実施してきた。昨年1月には、金融機関の手元資金である日銀当座預金残高の目標を30~35兆円に拡大しているから、当初の5兆円程度の枠からすれば、6~7倍の金融緩和ということになるのかもしれない。
もっとも冷静にみれば、量的緩和の効果は甚だしく疑問である。日銀からの資金供給量は増えているものの、その資金は銀行の手元にそのまま残るだけなのだから、それで「金融緩和の効果があると信じろ」と主張する方に無理がある。
かつて量的緩和は、「日銀→銀行→国債→日銀」というトライアングルパスのような形で日銀に還流してきていたが、当座預金残高目標が10兆円を越えたあたりからは「日銀→銀行→日銀」という二者のキャッチボールに過ぎなくなってしまった。
本来であれば、「日銀→銀行→企業→銀行→企業…」という信用創造のメカニズムの中で、経済の血流としてマネーが還流すべきところだが、すでに手元資金が潤沢にある銀行は、日銀の助けがなくとも信用創造を働かせるには十分な資金準備を持っている。
そういう中で、いよいよ大銀行がこぞって中小企業貸出に目覚め始めた。これまでは、絶対に手を出そうとしなかったベンチャー企業にまで驚くばかりの低金利で貸し出す事例が散見されている。
2002年秋に(金融担当相の)竹中プランが策定された当時には、「中小企業に資金需要はない」と断言していた大銀行が、しかもベンチャー企業にまで貸し出し始めたという現状に一種の感慨を覚える向きも多いだろう。
もし、銀行システムが正常化し、通常の信用創造機能が働き始めるのならば、経済の血流たるマネーはそれこそ勢いよく循環し始めるかもしれない。
しかしそうなったとき、30~35兆円という日銀当座預金残高は、大きすぎるようにも思われる。量的緩和は、あくまでも非常時の金融政策。信用創造メカニズムが機能不全であるときの異例の政策である。金融システムが正常化したときに、現状の量的緩和がそのままということは、整合性を欠く。
したがって、金融政策の行方をウォッチする立場に立てば、2005年はかなり面白い年になる。4月のペイオフ(預金などの払戻保証額を元本一千万円とその利息までとする措置)全面解禁で、わが国は対外的に金融システムの正常化を打ち出すことになる。
そのとき、量的緩和という見掛け倒しの金融政策をいつまで続けるのかという難問が日銀に突きつけられるだろう。
デフレ対策というムードを醸し出すためのデコレーション(=量的緩和)が長らく続いたために、最近では公開オペレーションの札割れという形で日銀からの資金供給を拒否する銀行すらでてきた。日銀マンが銀行に「何とか借りてください」と頼み込んでいたりする。その一方で、短期国債の買入でGDPの6倍近くの入札をするという事件も起こる。異常としか言いようがない。
そもそもゼロ金利というのは、おカネに値段がないという異常な状況のことを指す。この異常な金融環境を正常化できるのか否か、それがいま日銀に問われているのではないか。
(追伸)「週刊!木村剛」は、総合ビジネス月刊誌「フィナンシャルジャパン」(年間購読はココ)および「フジサンケイビジネスアイ」(購読希望はココ)とメディア・コラボレーションしています。本日の記事は、「フジサンケイビジネスアイ」に2月7日に掲載したものです。
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2005 02 08 [04. 経済政策を語ろう!] | 固定リンク | トラックバック
皆さん、こんにちは。木村剛です。ビリージョエルのネタを書いたところ、彼の曲を結構好きなブロガーが多かったようで嬉しいです。「トラックバックの館」さんは、「英語も解らない日本人がなぜ私の歌を聴くのか…、聞くなら佐野元春を聞け」とボケをかましてくれましたが、私、佐野元春もよく聴いていました。あまりにメジャーナンバーなので言うのも恥ずかしいのですが、「ガラスのジェネレーション」とか「SOMEDAY」にハマったものです(マイナーなナンバーでは、「アンジェリーナ」が好きでした)。
それにしても、ブログの醍醐味は、知らない情報に出会えるということですね。まーどんなぶろぐ」さんから、「ビリー・ジョエル、彼はユダヤ系のドイツからの移民家庭に生まれた人です」ということを教えていただきました。お恥ずかしながら、私まったく知りませんでした。そこで、「まーどんな ぶろぐ」さんは、ユダヤ人の歴史について自論を展開していらっしゃいます。
ホロコーストの犠牲になったアウシュビッツ収容所の解放60周年にあたって、追悼式典が行われた、と報道されていました。 日本では児童図書として 『アンネの日記』 が推薦されてきたりしましたから、「ナチ」 や 「強制収容所」 について某国の王子のような無知が多いとは思いたくありませんが…、怪しいもんですね。 私は若い頃、「日本とドイツは、同じ敗戦国なのに、どうして戦後何十年も経てなお近隣諸国から戦中のことをとやかく言われ続けるのか…」 不思議に思っていました。 日本は、自国の戦争責任を曖昧にしたままで、戦後生まれの私たちは戦争被害についてばかり聞かされて育ってしまいました。 もっともどの国も、自国にとって都合の良くないことはそっとしておこうとするのは当然かもしれませんが。 ドイツの場合は、すべてヒトラー率いるナチに加害責任を押し付け、ヒトラーが自殺してこの世から消えてくれたので、清算つけ易かったのでしょう。 でも、戦争中ナチ時代を生き抜いたドイツ人は、当時のナチ体制をどう思い、戦後はどのように意識改革をしたのか…、 こういったことについては、やはり口を閉ざしてしまう人が多いはずです。・・・ 何故ユダヤ人が迫害を受けるに至ったか…ということをたどっていくと、それはもう旧約聖書の時代にまでさかのぼってしまいます。ローマ帝国がヨーロッパ北部まで勢力を延ばす頃には、すでに帝国全土にユダヤ人が離散していたそうです。 彼らはその後どのようにしてヨーロッパの中で暮らしていたのでしょう。キリスト教に改宗しヨーロッパ社会に同化した人達も少なくないはずです。 また、ユダヤ人の中には、金融業界や、宝石業界で財を成した人が目立ちますが偶然なのでしょうか…、いえいえ、これらも中世~近代のヨーロッパでのユダヤ人の扱いを調べてみると、成るようにしてなったものだということが理解できます。 20世紀の前半にヨーロッパで起こった悲劇を思い起こすと同時に、このことは決して突発的な出来事ではなく長い歴史を引きずっている問題なのだ、という認識を常に持っていなければならないと考えます。
私は、上記のブログを、ビリージョエルの「ストレンジャー」を聴きながら、ユダヤ人である彼の曲想に想いを馳せて読ませていただきました。久しぶりに名曲を聴きながら思索を巡らせましたが、如何に忙しくともたまにはこういう時間の遣い方をしたいものです。
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2005 02 07 [02. ゴーちゃんの素顔を暴く!] | 固定リンク | トラックバック
*今月のお題:「ワインと食事の相性って??」
まあ、なんとスノッブは話題なのでしょう(笑)。
「白ワインにはさ~さっぱりとした白身のソテーとかねえ」「赤ワインはさー、やっぱ牛肉の煮込みだよなあ」とか、かつては語っていましたが今はそんなこと言っていたらはっきり言って笑われます。
なんだっていいんです、よりちょっと進んだ楽しみ方ってまだまだあるようです。皆さんはどうでしょうか。
このお題の文章の続きや、このお題へのトラックバックは 「木村剛モノログ横丁~トラックバック井戸端会議」までお寄せください。
2005 02 06 | 固定リンク
*今月のお題:「イタリアファッションに学ぶ」
イタリアの中でもミラノはファッションの街なのですが、街並みを歩いていて驚くのは、男性のスーツ姿がとてもかっこいいことです。イタリアの男性がすべて素敵・・・・・・と言うわけではないのですが、パリの街よりもミラノの街のほうがオシャレな男性をよく見かけます。ミラノの男はどうしてこんなにスーツをかっこよく着こなすのだろう・・・・・・と考えたのですが、メンズスーツの良いメーカーが多いからなのでしょうか。
イタリアで生産される洋服・バック・靴などのファッション商品から、イタリアでなくても私のこだわりの逸品、そしてお気に入りのサッカー選手のファッション等などを皆さんと考えてみたいと思います。1月25日から27日までミラノに行きますので、ビジュアルな情報をお届けできると思います。どんどんトラックバックお願いします。
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2005 02 06 | 固定リンク
*今月のお題:「携帯音楽プレーヤはハードディスク派?あるいはメモリ派?」
今月のお題は「携帯音楽プレーヤはハードディスク派?あるいはメモリ派?」です。去年の流行語にiPod が挙がるなど、結構早い時期から使っていた身としては「こういうものまで一般化する時代になったのだなぁ」と感慨深いものがありました。
最近では電車の中でも利用されている方を多く見かけるようになったこのポータブル音楽プレーヤ(もう最近では何と言っていいのかわからない状況でして・・・・・・)ですが、やはり一番の悩みどころは、ハードディスクに記録するタイプのものか、メモリに記録するタイプのものかでしょう。前者はたくさんファイルをプレーヤ本体に蓄積しておけますが、サイズと重さに少し難があります。後者は軽くて手軽ですが、聴きたい曲を全て蓄積して置けるだけの容量がありません。どちらも優劣ありますが、そんなあなたはどちら派でしょうか?(もしかすると、携帯電話でダウンロード派の人も出始めているかもしれませんが…)是非トラックバック、お待ちしています!
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2005 02 06 | 固定リンク
「やわらかく考える金融工学―ツキと後悔のリスク分析」
土方薫著《日立製作所・財務二部 金融ビジネス企画グループ部長代理》
PHP研究所刊 1470円(税込)
「金融工学」と聞くと、ブラックショールズ理論、デリバティブなど、難解な専門用語ばかりを思い出してしまい、「文系人間には歯が立たない…」と嘆いている人も多いはず。
でも本書にそんな心配は一切いらないでしょう。なにしろこの本には、その専門用語というものが見当たらないのです。その代わり、「ツキの正体」「神様のいる確率」「デートのドタキャン・リスク」といった何とも興味をそそられる言葉が次々と出てきます。
そう、この本が面白いのは、金融工学に触れずに、金融工学の世界を語っている所なのです。この離れ業をなんなく成し遂げている著者の筆力には、驚くべきものがあります。
また、本書では、金融工学を「不確実性に起因するリスクを分析する学問」と位置づけています。要するに、「リスクとは何か」を考える学問だということです。生活、災害、人間関係…、私たちは、いつも将来のリスクに対して不安を抱いています。
「リスクを考えるのが金融工学だ」と言われると、金融工学も一気に身近に感じられるのでは。
本書を読めば、リスクを軽視せず、リスクに過剰な警戒心を持たず、「リスクを正しく怖がる」ことができるようになるでしょう。
(追伸)「週刊!木村剛」は、総合ビジネス月刊誌「フィナンシャルジャパン」(年間購読はココ)および「フジサンケイビジネスアイ」(購読希望はココ)とメディア・コラボレーションしています。本日の記事は、「フジサンケイビジネスアイ」に1月31日に掲載したものです
2005 02 05 [12. 本のソムリエ] | 固定リンク | トラックバック
昨年は、純愛がキーワードとなり、「セカチュー」だの「冬ソナ」だのが話題にあがりましたね。その流れでいくと、「最近印象に残った純愛小説」となるのでしょう。私も昔は武者小路実篤をかなり読みましたし、伊藤左千夫の「野菊の墓」は涙ながらにして読んだものでした。しかし、最近はめっきり読む機会が少なくなっています。ということで、「最近に印象に残ったビジネス小説」です。
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2005 02 05 | 固定リンク
皆さん、こんにちは。木村剛です。本日は、不定期コーナーの「BLOG of the Week」で行きたいと思います。1月28日の「朝まで生テレビ」でも教育が取り上げられていましたが、ゆとり教育の功罪については、多くの方が一家言を持っていらっしゃるようです。
ただ、どのような問題でもそうなんですが、現場の声というのは一番重要なんだろうと思います。周囲から見ていると、岡目八目的な良いところもあるのですが、どうしても無責任な評論家のような見方になってしまいがちだからです。
そこで、教育論について現場から発言していらっしゃる「新へなちょこ教頭のハラハラドキドキ学校改善物語」さんのブログをご紹介したいと思います。現場ならではの視点をご鑑賞いただきたいと思います。それでは、「新へなちょこ教頭のハラハラドキドキ学校改善物語」さんの「堅い肉は小さく切っても堅い」をお楽しみ下さい。
[堅い肉は小さく切っても堅い] 学力論議が盛んである。特に国際比較で相対的にペーパー学力が低下してきたことが、論議に火をつけた。現場経験がないのに、見てきたようなことを言う、評論家や大学の教員がいる。もっと、現場感覚を大事にしてもらいたい。現場の生の声を届けたい。これは、ブログを始めた理由のひとつである。 ある講演会で、「一斉授業の復権」を主張される講師がいたと聞いた。私もその考えに基本的に賛成である。今まで、学力向上をわり算で考えてきたように思う。複数指導(T・T)、少人数分割授業など、その典型ではないだろうか。教師一人あたりの子どもの人数を減らすことで、学力向上に努めてきた。このことが何も成果を生まなかったとは思わない。 しかし、私の尊敬するマット校長が言われていたように「堅い肉は小さく切っても堅い」ということだ。確かに小さくしたことで、食べやすくなったが、それだけでは、肉の堅さは変わらない。 必要なのは、調理法だ。堅い肉を柔らかくする技能がいる。これが、教師の授業技術だ。中には、段級制度を導入している自主研究団体もある。授業技能の向上の秘訣は、勉強が分からなくて困っている子どもの気持ちを思いやること。これにつきるのではないだろうか。学校の教師になる方の多くは、小学校で勉強が分からなくて苦労したという経験をしていなのではないだろうか。 中学校の恩師にそのことを指摘されたことがある。思いやる気持ちがないと、血の通った指導にならない。分からない授業に耐えて聞き続ける苦労は、想像を絶する。分からない子ども、しんどい思いをしている子どもの気持ちを思いやることが大切だ。この子ども達は、なかなか真実の声を表現できにくい。だから、教師の思いやる気持ちが必要になる。その気持ちが分かれば、授業技能を高めるしかない。教師の授業技能まで及ばない学力向上の対策は、砂上の楼閣に等しい。
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2005 02 04 [22. BLOG of the Week] | 固定リンク | トラックバック
みなさん、こんにちは。神部です。
日本映画製作者連盟が先月末に発表した2004年の映画の興行収入によると、スタジオジブリの「ハウルの動く城」が200億円を超えるダントツのトップになったようです。うーむ、相変わらず宮崎作品の強さが光ってますね。このほか邦画では行定監督の「セカチュー」が85億円で2位だったそうです。また「ピカチュー」のポケモンが4位、ドラえもんが5位とベスト5のうち3作品がアニメとなりました。なお、洋画ではラストサムライが137億円で1位だったそうですから、それから考えるとジブリの「ハウル」はやっぱりもの凄いですね。
そういえば公開2日目の興行成績で「踊る大捜査線」を抜いたことが話題になってましたから、当然の結果なのかもしれませんが。で、私はこの「ハウル」まだ見ていません。宮崎監督の作品はほぼ全部見ているので、近々見ることになると思いますが・・・。アニメは作った事がないので、正直よくわかりませんが、毎回これだけ沢山の人に見てもらえる作品を作って来たスタジオジブリや宮崎監督は「凄いな」といつも感心させられます。個人的な趣味で言うと、ナウシカとか昔の作品の方が好きなんですが・・・。
今でこそこういう仕事をしていますが、私はもともとマスコミ志望ではありませんで、今から20年近く前のことですが、アメリカの田舎に住んでいたことがありまして、そのときに、まったく日本の情報がないことに非常にショックを受け、当然と言えば当然ですが、「日本の情報にはまったく価値がないということか」と思い、ものすごくがっかりし、これがひとつのきっかけとなり、私はメディアでお仕事をするようになりました。
あ、すいません。話がアニメから凄くそれてしまいましたね。でもここでアニメに話が戻ってくるわけです。それはどういうことかというと・・・なんと、私が住んでいたアメリカの田舎の日本人もほとんどいないようなところのケーブルテレビで日本の昔のアニメが放送されてたりするんですね。これがまた不思議とうれしいんですね。こういうのを見ると。当時、アニメ以外にテレビで見た「日本」的なものと言えば、昭和天皇のお葬式とマスターズに出場していたプロゴルファーのジャンボ尾崎ぐらいでしょうか。とても寂しかったです。
で、何が言いたいかというと、日本のアニメには昔から結構国際競争力があったんだなということなんです。アニメと言うと最近ではカンヌでの「イノセンス」の話題が記憶に新しいですが・・・でも、10年ぐらい前には、僕が子供の頃に見ていた「ジャングル大帝」というアニメを盗作した、しないなんていう話もあったわけで、これだって、1960年代のアニメですから、やっぱり、ずいぶん昔から国際競争力があったんだと思うんですね。
で、話はちょっと飛躍しますが、日本経済の将来を考えたとき、輸出で儲けるとするなら、やっぱりコンテンツしかないと思うんですね。そこでジブリだけじゃなくて、他にも沢山競争力のあるコンテンツがつくれるようにアニメのプロダクションの育成に相当に力を入れたらどうかと思うんです。もともと競争力があるセクターなわけだから。韓国は映画産業を育成しているそうじゃないですか。じゃあ、日本はアニメで勝負するというのはどうなんでしょうか。
本当はアニメ以上に、日本の政治とか経済のニュースが海外に輸出されると一番よい思っているんですけどね。
では、また来週。
2005 02 04 [17. 週刊!神部プロデューサー] | 固定リンク | トラックバック
皆さん、こんにちは。木村剛です。「my.Hurusato.org」さんが見事に喝破していらっしゃいますが、「新聞や論壇誌の社説・論説欄には、まず具体的な議論は見かけられない。そういうことは新聞・論壇誌の『壇上』でする議論ではなく、『現場の部下にやらせておく事』という位置づけなのかもしれない。そして、なぜか、『大所高所からの議論』の対極は『銭勘定』とされているふしもあって、そんな理由で、大所高所からの議論を選択している人は多いようだ。ただ銭勘定の世界では、銭勘定以外の話は、『書生論』として嫌悪されるようなので、具体的・技術的な政策論は、どちらの側でも相手にされていないように思える」というのは卓見だと思います。
ただし、その状況をブレークスルーしない限り、改革は前に進みません。「いい国作ろう!『怒りのぶろぐ』」さんも嘆いて指摘していましたが、「聞きたいのは『どうしたらよいか』であって、『問題です』ということは分りきっていることなんですから」ということなんですね。
しかし、そこをブレークするためには、類稀なる個人の力が必要になるような気がします。「えみっちぃの見る風景」さんは、「世の中の偉人は世間から『阿呆』と笑われる人だった。でも、彼らはタダの阿呆でなかった。愛される阿呆なのだ。そういう人でいたい。私は」と告白していますが、「トラックバックの館」さんもこう言っています。
私は「世の中はバカが動かす」と思っている。自分もそのバカになりたいと思っているのであるが、これがなかなか難しい。なぜなら人は理性とバランスが働き、「常識」と云う枠に捕らわれ、その先に踏み出せない。「それは独り善がりの考えに過ぎない」と指摘されたら、遠慮をしてしまうのである。自分が一つ踏み出すと云うことは、他人の領域に踏み入れると云うことを示す。時には既得権益も侵し、場合によっては烈火の如く怒ることもある。バカには、この度重なる指摘や怒りにもにも決して動じないバランス感覚の欠如が必要なのである。これが出来そうでなかなか出来ない。
こうしたバカになるのは難しそうです。でも、そういう尊敬すべきバカの周りでサポートすることぐらいはできるかもしれません。そこで、最後に「ヤースのへんしん」さんの含蓄深いコメントをご紹介しておきたいと思います。
「あるべき」「できるか」「やるのか」に更なる言葉が付け加えられるのではと思うわけです。それは「加わるのか」だと思うのです。まあ厳密に言えば「やるか」=「加わるか」なのかもしれませんが、多くの人にとっては「やるか」よりも「加わるか」どうかの方が身近な問題になるのだと思います。そして、「加わるか」どうかの選択すら放棄した人たちは、人生の大事なものを搾取「される」だけになってしまうのでしょうか。
2005 02 03 [08. メディア/広告の将来を占う] | 固定リンク | トラックバック
みなさんこんにちは、銀座ライオンでビールを飲むのが好きな岡本呻也です。生ビール最高。あと、塩エンドウマメと半分凍った生ハムがあれば、何杯でも飲めます。
今週は2月発売号の校了期間で苦しい毎日です。しくしく
ちょっと閑話休題なんです。まあずーっとそうなんですが。
『三国志』(三國志)といえば、私は「プレジデント」の編集をしていた頃、さんざんネタにしたものです。
だっておもしろいもん。名シーンてんこ盛りですよ。血湧き肉躍る合戦シーンはあるし、何より三国鼎立という状況下でのパワー・ポリティクスは、ゲームの理論で解析できるのではないかと思えるような微妙なバランスを保っていて、そういう意味でも面白い。しかも『三国志演義』のほうには、孔明・曹操の知恵ばかりでなく、劉備・関羽・張飛の友情と義、趙雲の忠節といった浪花節もこってり盛り込まれているし。
「プレジデント」でやったいちばんすごかった企画は、日本軍が三国志の合戦を研究して作戦図を現地で作ったのが、防衛研究所に残っているんですよ。それを古代の地図と、現代の地図に照らし合わせて、「地図で見る三国志の戦い」というのを作ったときですね。3日間徹夜しましたが……。
ところで、伝統的に三国志といえば、いわゆる「吉川三国志」、講談社の吉川英治歴史時代文庫 に入っている『三国志』が基本ですよね。いま文藝春秋に、宮城谷昌光さんが『三国志』を連載しています。彼の凝った文体の『三国志』は、本になってからじっくり読んでみたいものです。
で、三国志をかんたんに知りたいとすると、中国で作られたテレビ番組の『三国志演義』完全再現版、これに止めを刺すでしょう。ただ、根性を入れないと、全84話、64時間もあるので死にます。というか、よほどヒマじゃないと見れません。
マンガで読むとすると、これまた便利だったのが、横山光輝のマンガ版三国志だったですよね。顔が全員同じなので、誰が誰だかわからないという欠点はありましたが、とにかくかんたんに読むことはできました。アニメにもなってるんですね。とはいえ、私はほとんど読んでません、あれなら本で読む方がいいような気がします。
そんな中、驚かされたのが 「モーニング」に連載された『蒼天航路』でしたねえ。画に迫力がありますし、人物が活き活きしてるし、楽しめます。いまも続いていて、376回目らしいですな。
で、ここに来てぶっ飛んだのが、「ビッグコミック スペリオール」に連載している『覇 -LORD-』ですよ。武論尊原作、池上遼一画といえば、大御所じゃないですか。『サンクチュアリ』『HEAT』を描いたコンビですよ。この二人が作る新しい三国志の世界、タダですまないと思っていたら……設定がすごいです。なんと劉備は日本人なんですよ。荒唐無稽でバカらしいと思われるでしょう。ところがこれがおもしろいんだな。
彼らが得意とする、豪放磊落でたくましく賢い男の生き様が、毎回展開されます。結局三国志の設定を借りてお得意のハードボイルドワールドを展開しているわけですが、これがよく合っていて納得性抜群なんですよ。ひょっとすると もっと史実からかけ離れたすごい展開があるかもしれないし、期待しています。
ご興味のある方は、単行本の1巻目が出たのでご覧になるとよいでしょう。
あと、私はKOEIのパソコンゲームの「三國志」もけっこうやりました。一番好きだったのは、じつは「三国志ⅴ」だったりします……。
ところで10年程前のことですが、ふと「フィヨルドが見たい」と思ったんですよ。
で、飛行機に飛び乗ってコペンハーゲンからオスロにいとったんですね。オスロのホテルで朝飯を食べていると、日本人の一家がいるんですね。「どこにでも日本人はいるなあ」と思ったんです。
で、朝一番のベルゲン行きの特急に乗ると、その一家も乗ってきたんです。それでお話しをしてみると、何でも野球関係のお仕事をしている人らしい。坂井保之さんだったんですねえ。それで一緒にフィヨルドを見に行きました。
ベルゲン鉄道は海抜1300メートルを走る路線で、車窓から氷河が見えるんですよ。ミュルダールという駅で降りて、フロム鉄道に乗り換えます。この鉄道は標高867メートルから海抜0メートルまで降りていく山岳鉄道です。
フロムでフェリーに乗り換えます。ここが長さ204キロという世界最大のソグネ・フィヨルドの付け根なんです。2時間のフィヨルド観光を楽しんで、クドヴァンゲンという港につきます。そこからバスで1時間ほど海抜0メートルの峡谷を通り抜けてヴォスという駅に行き、ここから電車に乗ってベルゲンに夜到着です。坂井さんと同じ宿に泊まって夕食を楽しみ、翌日の朝食のあと一家とお別れしてストックホルムに向かいました。楽しかった~。
帰国後坂井さんには、「プレジデント」にもお出ましいただきました。懐かしい思い出です。
2005 02 03 [21. 週刊!岡本編集長] | 固定リンク | トラックバック
皆さん、こんにちは。木村剛です。「at most countable」さんが提唱した「根来コミッショナーの後任を推薦しようキャンペーン!」に呼応して、ブロガーの間で静かな輪が広がっています。「辛口ストレスカレー本店 」さんが、「昨日(1/25)行われた第1回の『プロ野球構造改革協議会』での経営者側のお粗末なぐらいの意識レベルの相違を見て改めてやっぱりファンのことは何も考えてないんだなぁ~と実感したのと同時に、『そのくらいの意思統一に向けての調整くらいコミッショナー権限でできんのか?』とつくづく根来氏の無力、無関心さにあきれていたところでした」と告白しているように、根来氏に対する失望の念は強まるばかりのようです。
「オレのアイ」さんなどは、「個人的には根来コミッショナーがいつ辞めるのかを早く決めて欲しい。男の子だったら一度言った事は守りなさい。って誰か言って上げた方が良いですよね。目立つところに、あんなのやこんなのばかりいるから『老害』なんて形容されたりするんですよ」とこき下ろしていますが、そういう気持ちはほとんどの人が持っているのではないでしょうか。
そこで後任については、「星野仙一氏がコミッショナーに就任すれば強烈なリーダーシップの象徴にはなれるでしょうが、少し違うような気がします。(根来氏の100倍は役に立つでしょうが)」(by「カネシゲタカシの野球と漫画☆夢日記」さん)とか、「あと10年経ったら、小林至、って声が出るのかもしれない」(by「創難駄クリキンディーズ2004福岡」さん)などという意見が寄せられたほか、「トラックバックの館」さんなどは、「功成し遂げて暇そうな人が良いですね。中坊公平氏とか、村山元総理なんかどうですかね。むしろ辞めたてホヤホヤの海老沢元会長なんてのも面白いですよね。あと小和田御父君とかはどうでしょう? あと、ムチャクチャうるさ方なんですが、梶原岐阜県知事つうのも面白そうですね。また若手でまだギラギラしてるのが、北川三重県元知事も。文化人では・・・、なかにし礼とか、阿久悠なんかも良いし・・・なんなら、水島新司なんか野球熱をあびてるからいいかも」などと様々な方を挙げていただきました。
ただし、どうも多かったのは、「辛口ストレスカレー本店」さんが推薦していた坂井保之氏のようです。「にわか日ハムファンのブログ」さんも、「なぜ坂井氏を推薦するのか?理由は2つあります。1つは坂井氏が球界(特に球団経営陣)の内情を熟知し、かつ球界の悪弊に敢然と立ち向かうことができそうな人物であること、もう1つは根来氏の後釜としてコミッショナーにすぐさま就任できる可能性が高いことです」として賛同の意を示しています。「sunrain」さんも「元西武球団代表をはじめ、幾多の球団で実務経験のある人物で、スポーツ経営のプロ。歯に衣着せぬ物言いで選手、フロント、何よりもファンとも喧嘩ができて、しかも信頼を勝ち得る情熱家」と高く評価しています。
でも結局のところは、「grounder」さんが指摘しているように、「手段(手順)でコミッショナーってなれるんですかね?」というところが一番大事なんですよね。提唱者の「at most countable」さんも「今、コミッショナーって、オーナー達が勝手に選んで決めている訳ですよね。だから、根来氏のような『オーナーにとって都合の良い何もしない老人』が選ばれてしまう訳で。この構造に、揺さぶりをかけたいってのが、『もう1つの狙い』なんです。コミッショナーって、オーナー達が勝手に都合の良い人を選んで良い訳じゃないんだぞ。ちゃんとした人を、ちゃんとした手順で選ばないとイケナイんだぞ。そういう方向に持って行く端緒としたい」と言っています。
果てさて、どうしたらいいんでしょうか。「sunrain」さんに第二候補として挙げられている二宮清純氏に今度聞いてみたいと思います。
2005 02 02 [09. 燃えよ!スポーツ] | 固定リンク | トラックバック
1月20日、経済財政諮問会議は、政府の中期的経済見通しを示す「構造改革と経済財政の中期展望(改革と展望)」の2004年度の改訂版を決定し公表した。改革が順調に進展すれば、国と地方を合わせた基礎的財政収支の黒字化をこれまでの2013年度から1年前倒しして、2012年度に達成することが可能だとしている。
ただし、この基本シナリオを達成するためには、重要な前提がある。国の投資的経費を年率3%で削減し、公務員の人件費を平均賃金の伸び率より年率0・5%下回る伸び率に抑制するとともに、物件費を年率1%で削減する。その中で、構造改革が進展する結果、生産性が90年代以降の平均に回帰し、さらに0.2%程度上乗せされることを仮定しているからだ。
また、1・5兆円の所得税増税や1.5兆円の消費税増税がすでにシナリオの中に織り込まれているし、議論百出の三位一体の改革も計画通りに進捗していくことを想定している。
したがって、現実的に考えれば、この基本シナリオが実現されるとは限らない。
事実、同時に示された悲観的シナリオにおいては、2012年度において基礎的財政収支がGDP比で3・6%の赤字となり、公債残高もGDPの189%にまで膨張するという試算となっている。
この悲観的シナリオは、まさに「悲観的」なわけだが、冷静にみると、楽観的にみえる基本シナリオですら本当の意味で「楽観的」になることができないという現実に気が付く。楽観的な場合でも、国と地方の抱える公債残高は12年度で948兆円になるわけであり、現在の約5割増となる。また、GDPとの比較で言っても、147%と現時点から改善するわけでもない。要するに、高止まりのままなのだ。
わが国の財政赤字という病気はことほど左様に誠に深刻なのである。
だからこそ、この試算をみて、牛尾治朗議員は「基本ケースはそれほど簡単に達成されるものではなく、構造改革努力と財政収支改善努力という非常に大きな政策努力が前提とされていることを十分に認識するべきである」と釘を指したのだろうし、谷垣財務大臣が「基本ケースは継続的な歳出削減や高い名目成長率によって自然増収が実現するという、いわばベストシナリオだと思うが、現実に政策を行っていく上では、歳入・歳出両面から財政構造改革を進めていく必要性をさらに訴えなければいけない」と覚悟を求めたことも納得できる。
要するに、並大抵の努力では、財政再建は不可能だということだ。財政制度審議会は、昨年11月、財政難を放置すれば、10年後には消費税率を21%に引き上げる必要があると結論付けたが、それは単なる脅しではない。
財政赤字問題の解決は、わが国における喫緊の経済課題であり、それが解決されなければ、いずれ日本経済は混乱に陥る可能性がある。だからこそ、お国は日本国債の海外発行すら検討せざるを得ない状況に追い込まれているのである。
(追伸)「週刊!木村剛」は、総合ビジネス月刊誌「フィナンシャルジャパン」(年間購読はココ)および「フジサンケイビジネスアイ」(購読希望はココ)とメディア・コラボレーションしています。本日の記事は、「フジサンケイビジネスアイ」に1月31日に掲載したものです
2005 02 01 [04. 経済政策を語ろう!] | 固定リンク | トラックバック















