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2005.12.23

[ブログ小説] ニッポン・ウーマン 第一章 海の誘い (30)

 いつしか湯がほとばしり出る音が、岩を打つ波音のように聞こえ始める。
 日未子は磯の岩に座っている人魚だ。いつまでも波の音を聞いている。
 

 陸地には、暖かそうな家々の明かりが見える。あの明かりの下には幸せがあるのではないかと人魚は考えて
いる。人魚は、優しそうな老夫婦に自分の子供を託す。子供は希望だ。見果てぬ夢だ。いつか必ず残酷に裏切られるのを分かった上で人魚は子供を託したのだろうか。小川未明の「赤い蝋燭と人魚」の悲しい話。日未子も同じだ。いつも遠くに希望を見てしまう。しかし人魚のように希望を誰かに託すようなことはしない。出来ない。裏切られるのが怖いから…。
 希望を誰かに託すくらいなら、迷いながらでも時間がかかっても明かりの下に自力で辿り着きたい。本当?本気でそんなこと思っているの?
 いつしか湯がバスを満たしていた。ああ。日未子が小声を発した。忘れ物だ。そっとドアを開ける。音がしないように部屋に戻る。幸い玲奈はまだ夢の中だ。いくら彼女が物に動じない女性だとしても素裸で部屋の中に立っている日未子を見たら、ドキリとするだろう。
 玲奈を起こさないように買い物袋の中から沖縄の塩と薔薇のエキスをブレンドした入浴剤の小瓶を取り出す。昨日、国際通りでタラソテラピーと看板を掲げていた店で売っていたものだ。
 小瓶を摘むと、再び足音を立てないようにバスルームに戻る。玲奈の寝息が背後で聞こえる。彼女は、夢の中でスキューバー・ダイビングを楽しんでいるのかしら?
 小瓶の中から、数粒の塩の固まりを取り出す。それらは手のひらの上で、ほのかに赤い薔薇色をしている。鼻先に運んでくると、薔薇の甘い香りがする。

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【著者】 江上 剛 (えがみ ごう)
昭和29年、兵庫県生まれ。早稲田大学政経学部卒。第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。広報部次長時代に対応した総会屋事件が、映画「呪縛・金融腐食列島」のモデルとなる。平成15年退行、作家専業に。主な著書に「非情銀行」 「起死回生」「腐蝕の王国(上・下)」など。


(追伸)この「ニッポン・ウーマン」は12月21日発売の「フィナンシャル ジャパン」に掲載されております。

2005 12 23 [16. 小説「ニッポン・ウーマン」] | 固定リンク

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