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2007.09.22

[フィナンシャル ジャパン] 信長、家康が畏怖した組織術

「フィナンシャル ジャパン」 10月号掲載
連載コラム―次の一手
(マーケティングコンサルタント 西川りゅうじん氏)

武田信玄『風林火山』は経営の鑑
信長、家康が畏怖した組織術

 武田信玄と信玄の軍師である山本勘助を描いたNHKの大河ドラマ『風林火山』が経営者の間で人気を博している。勘助が実在したかどうかは別にして、信玄は、織田信長が唯一恐れた武将であり、徳川家康が後に幕府の礎となる家法を定めるに当たって最も研究した戦略家であった。
 甲斐国は、塩を他国からの輸入に頼らざるを得ず、特産品もないやせた土地であった。しかも周囲の信濃、武蔵、相模、駿河の四カ国からの侵入を常に恐れねばならなかった。信玄の父信虎は、乱入してきた七倍以上もの今川勢を撃破し、実質的に甲斐を統一した名将であった。しかし、その父も地元の土豪たちに国外に追放されて
しまう。当初、信玄は、信用できない国人たちの連合政権に操られるお飾りの国主でしかなかった。
 下克上の嵐吹き荒れる戦国時代に、内憂外患ばかりの貧しい弱小国において四面楚歌の中でリーダーとなった男が、いかにして内外の敵を倒し、無敵軍団を作り上げるに至ったのか。その戦略、戦術、戦法は、家康が「その法、今に至り違わず。向う後、いよいよその法を廃すべからず」と述べたように、いつの時代にも通用する。
 加来耕三著『「風林火山」武田信玄の謎』(講談社)に詳しいが、信玄の定めた法は、あらゆる組織運営の、そして人生の教科書である。孫子四如の旗印「風林火山」は信玄の戦略そのものだ。疾きこと風の如く、徐(しず)かなること林の如く、侵椋(しんりゃく)すること火の如く、動かざること山の如し。『孫子の兵法』の原典では、この後に、知り難きこと陰の如く、動くこと雷を震うが如し、と続く。
 「信玄御一代敵合の作法三カ条」では、戦いに対する心がけを説いている。一、敵・味方の長所と短所を詳しく検討せよ。敵の地形、財力、人材などの情報を味方内で共有せよ。二、勝ち過ぎに注意せよ。八分の勝利は既に危険であり、九分、十分の勝利は味方が大敗を喫する元となる。三、四十歳(現在の六十歳くらいか)以前は勝つことを、四十歳からは負けないことを心がけよ。
 管理職のあり方を記した「法度の元五つ事」は具体的である。一、上に立つ者は、部下の資質をよく目利きし、その能力に応じて適材適所に配置せよ。二、あらゆる階級の部下の功績、失敗を大小上下、細かく公正に客観的に評価せよ。三、部下に対する恩賞は、必ず功績に応じて行い、言葉の情を付け加えよ。四、上に立つ者は、部下には愛情を持って接することが肝心と心得よ。五、上に立つ者は、必要な時に怒り、部下の心を引き締めよ。
 人材登用で誤りやすい事例をあげた「人を見損なう邪道七ツ事」もおもしろい。 一、油断のある人を落ち着いた人と見損なう。二、軽率な人を素早い人と見損なう。三、愚図な人を沈着な人と見損なう。四、早合点な人を鋭敏な人と見損なう。五、道理に暗くはっきり物の言えない人を慎重な人と見損なう。六、思慮もなく一日中しゃべっている人を世慣れた人と見損なう。七、信念のない人に限ってよく知りもしないことに固執して強情を張るが、これを負けず嫌いのしっかりした人だと見損なう。
 戦わずして勝つことを旨とした信玄のガバナンスは、あるべき経営の鑑である。

2007 09 22 [13. フィナンシャル ジャパン] | 固定リンク

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