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2008.05.04
[週刊!スモールビジネス] 広告宣伝費ゼロ 口コミが生んだ 新しく懐かしい味
2005年9月、社内での期待も少なく、小売りや問屋の反応も上々とは言えないなか、「ふんわり名人 きなこ餅」は発売された。
「だれもヒットするとは予想してなかったと思います」。越後製菓で開発に携わった小林正義取締役(49歳)は率直に言う。
「外国人は米菓を食わんぞ」
代表取締役社長に就く星野一郎ら経営陣が、1990年代初頭、主要な製品開発担当者を集めてこう言った。「外国人は米菓を食べないのはなぜだ。いや、そもそも口どけの悪い米菓は、日本人の若者だって食べないぞ」。それ以後、星野からは事あるごとに、「外国人でも食べる米菓を作れ」と檄が飛ぶようになった。
小林は当時を振り返り、「社長は米菓が嫌いなんじゃないかと思ました」と打ち明ける。それほど、星野の既存の米菓概念から脱却する意志は強かった。「外国人でも」とは「若者でも」食べるものをという意。実際に米菓
は年配のほうが消費者層として厚いだけに、若者が食べずに年を経れば、米菓の需要も落ち込むという危機感があった。
「〝口どけ〞にヒントがあるのに気がつきました。米菓独特の口に残る食感が嫌われているんだと」。それ以降、口どけのよさを目標に数多の製品が生み出されては消えていった。
米菓として販売していいのか
2005年、ついに現在のふんわり名人の口どけを実現する。しかし、これを「売れる!」と考えた社内の人間はごく少数だった。「これは米菓じゃない」ベテランの開発者や営業、そして取引先からも、同様の声が多数でた。実際、星野のトップセールスでトップ同士で話がついても、現場担当者のあいだでは「売れそうにない」と白紙に戻ったこともあった。
しかし、好評価する者もいた。社長の星野、そして、工場の女性たちである。それを見た小林も経験的に実績
ある秘策に出る。「家族の団らんの場に、何も言わずにふんわり名人を置いておくんです。するとおいしい商品は自然に減っていくばかりか、子どもからは『もっと持ってきてよ!』と催促される」。米菓の専門家であるゆえに、製品への迷いを女性たちが払拭していった。
売れない商品のブレークスルー
それでも小売りの棚に並ぶことは難しかった。しかも、過去の失敗の経験もあり、宣伝には予算はかけられない。しかし、ここでも活躍したのは女性たち。イベントや小売店に出かけては試食品を配布した。なかでも札幌営業所では、ふんわり名人ファンが多く、積極的に試供品を配布した。すると、試供品を配布した店舗での売り上げ
が突出するようになる。
「試供品の配布でわかったのは、一度食べていただければ、ファンになってくださるお客さまがたくさんいること」。営業本部の山谷浩隆(45歳)は振り返る。
地道な試供品配布を繰り返すなか、大きな変化が訪れる。テレビ東京の人気番組『TVチャンピオン』の菓子通選手権高橋千宏チャンピオンが、2005年のスナック菓子MVPとしてふんわり名人を選んだ。知る人ぞ知る高橋の評価に、ブログでの取り上げられ方が膨れ上がった。結果、著名人のブログやTVでの扱いが増加。売り上げが伸び始める。
そして、圧倒的に若い女性からの支持が多い事実を改めて知る。「若い女性から支持をいただきながら、彼女たちがもっとも商品を目にするコンビニでの扱いが少なかった」(山谷)。そこで、コンビニ向けに小袋に入ったラインナップを整備。すると出荷数はわずか2カ月で3倍になった。ふんわり名人のヒットの瞬間だった。
なぜ他社は真似できないのか?
発売後2年半以上がたち、ライバル企業の類似商品が隣に並ぶことも多くなった。しかし、ふんわり名人のこだわった、とろけるような口どけを再現できる商品はない。
歴史ある米菓の製造において、「プロセスはどこも大体同じような形」。現場に長年身を置く小林は言う。では、なぜ越後製菓だけがふんわり名人を生み出せたのか?
そこには、餅メーカーとしての強みが隠されていた。ふんわり名人のヒット以前は、売り上げの大半を、鏡餅をはじめとする餅が生み出していた。越後製菓は米菓メーカーである以前に餅メーカーとしてコアコンピタンスを備えていたのだ。
通常、米菓をつくる場合、まず餅を作る。米を洗い、蒸し、つく。「ここまでは他のメーカーさんと違いはない」と小林は言う。ついた餅を切るためには、一度冷やさなくてはならない。餅は冷やして固めずには切れないのだ。
しかし、固めてしまった餅を米菓として焼いてもふんわりはしない。デンプンの性質がここでは関係している。いかに冷やさずに餅を切るか- -ここに餅メーカーとしての強みがあった。
「ふんわりさせる理屈は他社もなんとなくわかっているはず。それをなぜ越後製菓が実現できたかは、技術と人材、そして10年以上も地道に試行錯誤が続けられるカルチャー」。商品化への成功要因を小林はこう振り返る。
ヒットの舞台裏
餅メーカーとしての技術力があったにせよ、米菓は嗜好品。好き嫌いが分かれるうえ、リピーターとして購入を続けてもらえるかがロングセラーのカギ。「愛される商品になりたい」。山谷もそう言う。
おそらく口どけのふんわり感だけでは、これほどのヒット商品にはならなかっただろう。やはり、繰り返し食べたくなるには「味」への探求もある。「味付けにだれも知らないような特別な調味料なんて使ってません。ただ、きな粉、砂糖、油の種類の組み合わせでも何万通りもある。そのなかで『コレだ』という味を模索しました」(小林)。
ふんわり名人は少ししょっぱい気がするのは記者だけだろうか。もう一つ食べたい。そう思わせるヒミツは明かしてはくれなかった。(文中敬称略)
中小企業を芯から元気にするマガジン 『BIZMO』
特集ーヒット商品の舞台裏より
2008 05 04 [19. 週刊!スモールビジネス] | 固定リンク
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