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2008.11.29
[入山メモ] 大航海時代がやってきた(病気編その5)
こんにちは。フィナンシャルクラブ株式会社の入山です。
先週、神経痛のお話をしましたが、自分の病気もさることながら、子供の病気は10年もの歳月をかけ気長に取り組むこととなりました。心配事が尽きなかったこの10年間は、海外転勤を拒み続けざるを得なかった訳ですが、海外転勤の話が持ち上がる毎に社運をかける様な事態が起こり、その度に対応に専念せざるをえないことが多くなりました。
人生思うに任せずとはよく言ったもので、37歳には糖尿病が発症。原因は両親から受け継いだDNA、仕事上の不摂生続きといくつも考えられ、数値はどんどん悪化していきました。幸い、カロリー制限に気を配ったおかげで投薬には至らずに済みました。
その時は糖尿病が一生の病になるとは夢にも思ってもいなかった訳です。
それにしても仕事のストレスとは相当なもので、会社の全資産を扱う者としては眠れぬ夜も多々あり、眠っても資金繰りの夢を見る程でした。
この頃、腰の痛みに悩まされます。ただの腰痛だと思っていたのが実は「椎間板ヘルニア」であり、これもまた一生付き合う病気となってしまいました。
腰痛を甘く見、整骨院通いで治すという対症療法で完治せずに放置したことが悔やまれてなりません。当時は、腰に激痛が走ると煙草を吸い痛みを紛らわせていました。煙草は痛みを麻痺させる様な怖いものだと思いましたが、40歳で断固禁煙するまで日に3箱(60本)を吸う生活でした。
さて、仕事の方では1973年より1993年まで財務一筋、21年間の記録をつくることになります。この21年間の思いをもって2008年7月より、フィナンシャルクラブの社長として引き継ぐことになるのですが、ここで1983年に起きたとんでもない事件をお話します。
金融危機の真只中の中南米(ペルー・コロンビア・ブラジル・アルゼンチン)に、援助の手を考えるという大きなミッションを背負い、「いざ」という矢先、アメーバ赤痢にかかってしまったのです。メキシコを起点に中南米経由、米国ニューヨークへの行程の第一日目という大事な時にダウンしてしまったのです。
明日につづく・・・

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●入山利彦 プロフィール
1942年9月3日生まれ。慶応義塾大学経済学部卒業後、1965年三菱商事株式会社入社。1986年金融子会社のエム・シー・ファイナンス代表取締役に就任し、バブル期に9000億円まで運用したが、1993年3月決算期で三菱商事は、財テク失敗により680億円の特別損失を計上し、エム・シー・ファイナンス代表取締役社長として280億円を肩代わりする。1998年~2003年に三菱商事のアドバイザーであったKFi (現:フィナンシャル)代表取締役社長、木村剛による理論を取り入れ実践し、荒波を乗り越える。
2008年6月30日まで三菱商事株式会社顧問として就任していた事に、失われた10年の謎の答えを見出す。数々の会社役員に兼任し、なお現在も抜群な発想力と決断力を持ち、常に戦略的に行動し各分野で手腕を振っている。
激動を繰り返す歴史で得た経験で最も伝えいきたいことはリスクマネージメントの大切さであると確信し、日本の金融について発展的なことがしたいという強い思いから、フィナンシャルクラブ株式会社代表取締役社長に就任。
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