2009.11.02

[ゴーログ] のりぴーはもうたくさんだ!

 皆さん、こんにちは。木村剛です。「話題のネタ帳」さんが、「酒井法子初公判の話題でマスメディアは持ち切りのようですね」と述べています。

酒井法子初公判で傍聴人になるためにどれだけの人が並んだのだろうか?と思っていたら、一般向け20席のために6615人が並んだようでこの雨の中ご苦労さんと言いたいくらいで、もし晴れだったら法定内での酒井法子見たさにもっと並んだのでしょうね(笑)。酒井法子初公判傍聴券倍率は330倍を超える人気ですからまさにプラチナチケット化していたようですね。酒井法子初公判の裁判では夫・高相との離婚の意向も示しているようだし、介護の仕事にも携わっていくことにも言及しているようですから、酒井法子がこれからどう更正していくのか本当に更正できるのか注目され続けるのでしょうね。

 やっぱりそうなんでしょうか。そんなに注目すべきネタなんですかねぇ。「マスコミのくだらなさとスキャンダラスなことが好きなのはどこから来ているのだろうか」と批判する「くまさんの自立」さんは、こうコメントしています。

芸能人の麻薬事件の公判が始まったら、またもや各マスコミはほとんどの時間をお馬鹿な芸能人の麻薬事件のいままでの経緯と今後の推測をコメンテーターと共にどうでもいい内容をああだこうだとやり取りしている。こんな内容を視聴者にすり込んでどうする? 教育テレビを見ていた方がどれほどましなことか。よくもまあ、コメンテーターも金のためとはいいながら、コメントしているものだ。こんなに無駄な時間を費やすならば、放送を辞めた方がいい。経費とエネルギーの無駄だ。・・・公共の電波を使い放題で、いまのマスコミは連日これほどまでにくだらない、クソの役にも立たない情報を垂れ流すのだろうか。いい加減早く判決が出て実刑になってしまえと思うのは僕だけだろうか。ネタの消費期限が早く切れてしまうことを願うばかりなのだが・・・。もっと報道することが山ほどあるだろうと思ってしまうのだが・・・

 私にも最後に一言言わせてください。
 のりぴーも高相も、もうたくさんだ! 
 いい加減にしてくれ!!!

2009 11 02 [08. メディア/広告の将来を占う] | 固定リンク | トラックバック

2009.09.21

[ゴーログ]マスコミのレベル=国民のレベル?

 皆さん、こんにちは。木村剛です。「くまさんの自立」さんが、「議員の前職が云々という記事ばかりが踊っているが、マスコミって本当に興味本位でしか報道できないお馬鹿」と嘆いています。

マスコミの社会性を常に錦の御旗に叫んでいるくせにやることといったら、情けない内容ばかり。特に民主党の田中美恵子氏についてなのだが、風俗ライターだった、ヌード姿を披露していたとか「・・・明るみに出た」なんて書き続けている。・・・そんなことどうでもいいと思うのだが、いまのくだらないマスコミは恰もスクープのように露骨な書き方をしている。こんなマスコミの姿勢はいかがなものだろうか。立ち位置の原則は「職業に貴賎無し」ということにつきる。・・・いろいろな経験をしている人の方が、良いと思う。・・・「要するにどこがいけない?」ということにつきる。・・・国会議員になる人は、どんな仕事をしていれば相応しいのかと聞きたいくらいだ。映画に出演したり、ヌード姿になったりなんて、映画俳優だったら沢山いる話だが、何で騒ぐのだか全く意味がわからない。国会議員になる人が、どの様な過去現在の仕事をしていても、何も恥じることはない。・・・マスコミはもう少し、きちっとした立ち位置で記事を書くべきだ。面白半分で書くなら、辞めた方がいい。

 小泉チルドレンのときも低俗な記事が氾濫しましたが、今回の小沢チルドレンも大同小異の低俗さですなぁ。マスコミ側からすれば、「国民がそういう記事を望んでいる」ということなのでしょうが、マスコミのレベルが国民のレベルではないと信じたいものです。


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2009.06.30

[ゴーログ] マスコミはコンビニを叩けるのか?

 皆さん、こんにちは。木村剛です。「【ネットEYE】新『もりもり」の『今』を読むブログ」さんが、「マスコミが、最近話題にしていたのが、流通業界のカリスマ、鈴木敏文CEO率いる、セブン&アイホールディングスの大手コンビニエンスストア、セブン・イレブンの弁当『値引き販売制限』です」と指摘しています。

公正取引委員会から、独占禁止法にもとづく「排除措置命令」が出されたということで、フランチャイズ本部の優越的地位を利用するな! 零細のコンビニ店主を守れ! 弁当を廃棄は「エコ」に反する! と、マスコミにさんざんな言われようです…。鈴木敏文CEO様、お気の毒です。しかし、鈴木敏文CEOは、きっと思ってますよ…。アンタラに言われたくない!って…。まあ、マスコミと言えば、ヤクニン様と仲良くして、独占禁止法の適用除外、再販制度でしっかりと定価販売が守られていますし、新聞販売店に、3割~5割も部数水増しで、「押し紙」を押しつけて、廃棄処分…。「エコ」に反するわ、広告主に対して詐欺は働くわ、どう説明スンノ?

 確かに、旧態依然とした再販制度を死守して、末端価格を守っている新聞が、セブンイレブンの価格維持政策を批判するというのは、何だか腑に落ちませんね。確か公正取引委員会が「疑義あり」として再販制度の廃止を提言したときは、「日本の活字文化を殺すつもりか!」などという議論を盛り上げ、政治家を脅し挙げてお蔵入りさせてしまった経緯があったはずです。
 だったら、公正取引委員会は、もう一度勇気を出して、新聞に対する再販制度の廃止を世の中に訴えるべきですね。本来安くなって然るべき新聞を決められた価格でしか売らせていないのですから。新聞配達店は泣いていますよ・・・。


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2009.04.13

[ゴ―ログ] ミサイル問題はスポーツニュースか?

 皆さん、こんにちは。木村剛です。「くまさんの自立」さんが「情報をニュースとして伝える立場なのがマスコミ。しかし、最近のマスコミはスポーツ番組と全く同じで、淡淡と伝えるべき重要なニュースでさえ、わめき、騒いでいるとしか思えない」と批判しています。

何でもかんでも特番で視聴率を稼ごうという目的ばかりだ。民放は利益重視なのは判るがとても興醒めだ。今回の北朝鮮のミサイル発射問題も兎にも角にも騒ぎすぎだ。どうしてそんなに騒々しく、報道するのだろうか。どこかのスポーツ番組のようにゴールした時にわめき叫んでいるかのようだ。こんなマスコミどうして信じられるだろうか。・・・今回のミサイル問題もそうだが、取材の比重が偏りすぎだ。日本のマスコミって、中立に経っている場合が多いはずなのだが、日本の場合はマスコミが煽動しているとしか思えない。ミサイル問題では「誤報」を連日やっているし、もういい加減辟易だ。緊迫していると報道しているが、緊迫するように煽っているのはまさにマスコミでしかない。大本営発表の時と似たり寄ったりかもしれない。マスコミの冷静さを求めるばかりだが、最近の民放についてはニュースも全くスポーツ番組同様だ。マスコミの報道を鵜呑みにはしていけないということだろうね。

 最近のマスコミは、まともな取材をしていませんから、一つの情報ソース(多くの場合は霞が関)に頼り切っているため、客観的な情報になっていないものが多く見られます。だから、大本営発表そのものの御用マスコミ的な出来になっているのです。しかも、同じネタに同時に飛びつくことになりますから、枝葉のスキャンダル的なところにばかり焦点を当てて、面白おかしくしてしまうということになりがちなのです。
 それで、まともな報道ができるはずもなく、真に必要な情報が供給されることもありません。ミサイル問題だけでなく拉致問題も抱えている北朝鮮の問題は、わが国にとって、常に意識し、解決策を模索し続けなければならない最優先課題ですが、ミサイル問題以前は、これをまともに取り上げたまともな番組はなく、ミサイル問題以降は、一言も触れようとしないといういい加減さ。こんな報道を続けるマスコミに依拠してはいけないのです。
 その中でも、「ある女子大教授のつぶやき」さんが指摘されているように、「検察からの情報リーク」を無批判に垂れ流すマスコミの姿勢には、相当の問題があるように思えます。是非、以下のコメントを熟読してください。

「元秘書、事情聴取」と大新聞に出れば、世間では「やはり何か悪いことをしていた」と受け取られる。「現場の検察官が調査内容を喋るのは、国家公務員の守秘義務違反である」と20年前のリクルート事件の時に、与謝野財務大臣は明言していた。11年前の2月に、借名口座での株取引容疑で自殺した自民党の新井議員は、リクルート事件に関連して、1989年4月の衆院予算委員会で「検察が直接的に、マスコミ等に働きかけて、検察の目的を遂げようとする状態を検察ファッショと呼ぶのではないか」と当時の法務大臣に質問している。これに対して法務大臣は「特定の政治目的のために検察権が乱用された場合は、それに当たる」と答えている。大新聞やテレビが「関係者からの話では」と注釈を付けて、捜査中の事案について情報を流すことは、本来、マスコミが拒否しなければならないことであるが、これをすると、マスコミの記者は関係者から締め出されてしまうので、真相に近づけなくなってしまう。このような、権力サイドからの一方的な情報のリークが許されている社会を民主主義とは言わない。


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2009.01.08

[ゴーログ] マスコミの格差問題から解決したら?

 皆さん、こんにちは。木村剛です。 「【ネットEYE】新『もりもり』の『今』を読むブログ」さんが、「この大不況で、チョイ悪オヤジは『ボーナスゼロ』なんですけど、『会社が赤字』でも、社員に『ボーナス大盤振る舞い』している、『天国』みたいな会社、業界が、この時代にもあるんですね…」と指摘しています。

それは、新聞、放送、出版…マスコミ業界です。産経新聞の阿比留瑠比記者が、「新聞労連」の「冬のボーナス回答状況」を、ブログに書いてましたので、その一部を紹介します。
朝日新聞(41)165万円
読売新聞(30)112万円
日経新聞(30)122万円
共同通信(39)121万円
東京新聞(39)130万円
毎日新聞(35) 73万円
※カッコは年齢、金額は1万円未満四捨五入
これは、新聞社ですが、テレビ局は、もっと高額なボーナスを支給しているようです…。・・・マスコミ、広告業界総崩れで、朝日新聞などは、「103億円の赤字」なのに、社員に優しい会社ですなあ。

ということは、「契約社員」や「制作会社」、「新聞配達員」などにも優しいのかなと思ったら、そうでもないみたいですね…。というか、「天国」と「地獄」位の「格差」があるようです・・・日本テレビ系列の番組制作会社社長は、「下請けいじめ」で「自殺」に追い込まれたとか・・・。この会社は、「天才!志村どうぶつ園」などを制作していたそうですが、日本テレビから「制作費50%カット」を通告されたそうです。それで、やっていけなくなってしまったのでしょう…。だいたい、下請けの制作会社の社員なんて、テレビに出ている評論家、コメンテーターがよく語っている、「年収200万円以下」の「派遣社員並み給与」の人ばかりです…。アンタラこそ、無責任なことばかり言っていないで、1回20万円のギャラを返上したらどうですか?トヨタやキャノン、ソニーなどのリストラを、大騒ぎするのもいいけど、足元はどうなってるの?ねえ、古館一郎さん!テレビ朝日の報道ステーションでは、下請け社員は、きちんと待遇してますか?。

 まったくおっしゃる通りですね。毎日のように、マスコミの報道番組は、正々堂々たる正義面をしているのですから、まずは、「隗より始めよ」ということで、自ら格差問題の解決に着手すべきだと思います。そうなると、大物司会者たちの待遇を、下請会社の正社員の給与と比較するところから始めなければならないのかもしれません。
 ちなみに、 「【ネットEYE】新『もりもり』の『今』を読むブログ」さんは、「日本テレビ系、『思いっきり、いいテレビ』の大物司会者、みのもんたさんが、番組降板を発表しましたね」とも指摘しています。

いよいよ始まりましたね、テレビ局の大物司会者切りが…。まあ、みのもんたさんとか、関口宏さんとか・・・無責任ヤローの典型でしょう。・・・関口宏さんも、「サンデーモーニング」が石原都知事の記者会見の発言、「日韓併合の歴史を100%正当化するつもりはない」を、「日韓併合の歴史を100%正当化するつもりだ」と捏造して、石原都知事を叩きまくって、旗色が悪くなったら、他人事ですもんねえ。アンタラみたいな、「マスコミ搾取ピラミッド」の頂点にいる人間に、エラソウなこと、言われたくないんですよ!ま、政治家でも、社長でも、司会者でも、ポストにしがみつく人が多い中で、さっと降板を発表した、みのもんたさんは、その点はサスガです…。次は、関口宏さん、あなたの番ですよ~。

 私は、「【ネットEYE】新『もりもり』の『今』を読むブログ」さんほど、辛辣なことを言うつもりはありませんが、世間に対して大言壮語するのなら、自分の周りの世界から、その手本を見せるくらいのことはした方がいいと思います。自分は偉そうなことを言っておきながら、自分では汗もかかないし、手も汚さないし、リスクも取らないというお利口さんの無責任な評論家がこの国に如何に多いことか。
 「公」の場で「公」のために評論するのであれば、「私」の部分においても、「公」の評論を少しでも実践する努力をすべきである ―― 私は、そう思っています。それは、理想を実践する努力は、評論する数千倍の困難を伴うからです。少なくとも現時点においては、理想からの乖離を我慢しなければならないという臥薪嘗胆の精神を持たなければならないからです。そして、その臥薪嘗胆している苦痛を知らない評論家たちが、「理想と異なっている」と安直に批判するという屈辱に耐えなければならないからです。
 「私」の部分において、「公」の評論を実践しようと努力している真の識者たちは、現実的に自分の周りから世の中を変えるための努力をし続けていますから、本当にやる場合の苦難もよく理解していますし、情緒に流された表層的なコメントをしないものです。
 でも、そういう方々は、テレビにあまり出なくなりました。テレビの報道番組の作り方が、あまりにも「表層的」で空虚になってきたからなのかもしれません。私自身は、お笑いが大好きで、お笑い芸人も嫌いではありませんが、お笑いの専門家に、専門以外の政治や経済を語らせるべきではないと思います。
 まあ、その現状がすぐに変わるとは思えませんが、とりあえず、大物司会者くらいは、本物の「識者」であってほしいと願っています。

2009 01 08 [08. メディア/広告の将来を占う] | 固定リンク | トラックバック

2008.08.14

[ゴーログ] メディア業界の激震はビジネスチャンス

 皆さん、こんにちは。木村剛です。「カトラー」さんが、「メディア業界に激震が走っている。広告収入の減少に歯止めがかからない」と指摘しています。

昨年までは、新聞、雑誌、ラジオといったメディアの広告収入が減少する一方で、インターネット広告の伸長ぶりが著しいなど、新旧メディアの交替が印象づけられた形だったが、今年になって、どうも様相が違ってきている。新旧を問わず、マスメディア広告全体が総崩れの状態なのだ。例えば、マス広告の世界に君臨してきたテレビ広告の不振が続いている。・・・テレビ朝日、テレビ東京といった東京キー局のスポット広告が落ち込み、役員報酬のカットや制作費の削減に手をつけはじめたことが報じられている。テレビ朝日の5月のスポット広告収入は、前年同月に比べて、15%も下回っているという。・・・新聞広告は、かねてから不振が伝えられていたが、・・・日経新聞、朝日新聞といった大新聞の広告収入まで、この6月期までに前年を10%以上も割り込む、惨憺たる状況だという。こうした主要マスメディアの営業不振を背景に、日本のマスメディアの財布を牛耳る電通の業績も雲行きが怪しい。・・・

オイルショック、バブル崩壊と、過去にも色々なメディア不況期があったが、過去の経験則が当てはまらない状況が進行しているということを、メディア業界人たちも次第に気づき始めている。その象徴的な出来事と考えられるのが、6月に発表された国内自動車保有台数が、戦後始めて減少したという事実だ。平成19年度末の自動車保有台数(軽自動車、二輪車を含む)は7908万762台。1年前に比べて15万5333台少なく、昭和21年に統計を取り始めて以来、戦後初めての減少となった。・・・少子化の影響や、若者達の車離れが進んでいることなどがその原因とされているが、さまざまな販売促進策を投入しているにもかかわらず、国内市場は、もうこれ以上伸びないということが数字の上からも露呈されてしまったのだ。・・・広告が将来の成長市場に向けて投下す「投資」であったからこそ、クォリティのあるメディアにはプレミアムが許された。・・・しかし、市場の成長が止まったことで、その理屈自体に疑問が投げかけられている。このことが、現在、進行しているマスメディア不況の根元に横たわっている本質的問題である。・・・

マスメディアが万能と思われた時代は、それを使う側(広告主)にとっても既に終わっている。・・・かくして、国内市場の成長が止まり、消費の構造が根本的に変わったことで、日本におけるマスメディアの時代は、本当に終わりを迎えることになるだろう。もちろん、「終わり」といっても、朝日新聞やフジテレビのような大メディア企業が、潰れてしまうわけではない。広告業界やメディア業界が、成長セクターでは無くなり、熾烈な生き残りゲームが始まるということを意味する。・・・成長が止まった世界で、メディア業界、広告業界どこに向かうのだろうか。・・・必然的に他の業界との提携や広告以外の新たな市場に成長の活路を見いだすことになる・・・。例えば、TBSは、赤坂の自社保有の土地を再開発してAKASAKA SAKAS(赤坂サカス)というショッピング&オフィスゾーンを作ったが、要するにテレビ局+不動産屋になったということだ。・・・TBSは、不動産屋になることに精力を傾けるより、懸案の楽天との提携など、もっと真面目に取り組むべきことがあると思うが、メディア企業として、もう少し上等な生き残り策としては、「通信とメディアの融合」に向けた具体的な合従連衡の動きも出てくるかもしれない。その場合は、通信業界が、メディア業界を飲み込む形で「融合」が進むだろう。・・・ 

また、長年、鎖国状態にあった日本のメディアの海外メディアとの提携も一気に進む可能性が生まれてきた。国内市場がもはや成長せず、ゼロサムゲームの体力勝負のつぶし合いになれば、海外の有力メディア企業との連携が生き残りのために必要条件になってくる。欧米では日本よりも一足先に、メディア企業間の合従連衡が進んでいるが、そこでの勝ち残り組が、黒船のように日本市場に乗り込んでくる。・・・閉ざされた池のような場所だった日本のメディア産業にも大きな地殻変動が起きようとしている。池の水は濁り始めていて、外部の水を入れることが必要になっている。グローバル化の津波が、言葉の壁を越えて押し寄せてくるだろう。日本のメディア企業は、その波に対して、これまでと同様、亀が甲羅に閉じこもるように自閉してしまうだけなのだろうか、それとも、その波をチャンスにして、大海に漕ぎ出すチャンスをつかむのだろうか。

 さすがに「カトラー」さんの分析は、いつも切れ味が鋭いですねぇ。日本最後の保護業界であったメディアにおいても、大競争が始まりました。金融業界と同様、既存の秩序が崩れる時には、新しいビジネスチャンスの芽が育まれているものです。メディア業界においても、面白いビジネスチャンスがどんどん出てくるでしょう。
 私の会社は、小さな出版社ですが、今後の展開をワクワクドキドキしながら予測し、将来のための布石を打っていきたいと考えています。「ヘボ投資家の株式日記-yoshisuke's BLOG-東証一部ドットコム」が言っているように、「パナソニックもソニーも、最初は零細企業だったということを忘れてはいけん」と思っているものですから・・・。

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ポッドキャスティング-木村 剛が斬る!
今週のテーマ:スタグフレーションに突入!!

消費者物価指数、企業物価指数ともに、ここのところ大幅に上昇している。
通常、物価が上がっていくのは景気がいいときで
今の日本の状況は景気が悪くなっているのに物価が上がっている。
いわゆる「スタグフレーション」と言われる状況だ。

続きはポッドキャスティングで・・・・。
http://www.financialjapan.co.jp/podwmv/080813/080813mag_stagflation.html

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2008.07.23

[ゴーログ] 橋下知事はバッシングに備えよ!

 皆さん、こんにちは。木村剛です。「摂津っ子の日記」さんが大阪府政に関して、「2007年度は約2700億円も大阪府債を発行しました。それを2008年度は160億円にまで大幅減額。まさか10分の1以下に減らすとは」と感嘆しています。


ここまで減らすとは思いませんでした。まずは大成功! 必ずこういうアホな輩が出ます。「最初はゼロって言ってたはず」「信用できん」と。産経新聞が発言にブレと報道していますが、記者に聞きたい。ゼロにできると思ってたんか? しょうもない揚げ足取りをする暇あったら、約2500億円の削減を評価せんと。橋下知事もゼロにできると思うほどアホではありません。とりあえず、無理と思うようなことをブチまけて、差を埋める作業をする。それが彼のやり方。・・・今回は府債発行ゼロとブチまけ、職員も大幅削減の必然性を重々承知なので、(拒否したことを申し訳なく思って)譲歩して承認する。職員の給与カットは来年でもいいです。府債をこれだけカットしたら、職員の意識も給与を削減しても当然となるはず。そんな手法はいかながものという人もいるでしょうが、そんなことを言ってられません。現状維持、しがらみ、段階を経てとか悠長なことやっていると破綻してしまいます。・・・これだけの負債は決して橋下知事の責任でもなく、若い世代のせいでもありません。逃切世代の余計な遺産をいかに処理するか。これからの日本の若者の課題です。若い世代は幼い頃はそんなに苦労してへんから、上の世代が経験してへん苦痛を味合う覚悟がいるね。

 今のところ、橋下知事は本当によく頑張っていると思います。対決している抵抗勢力があまりにも常識が無いので、マスコミの視聴者が橋下サイドに肩入れしてしまうという構図ができているからと思われます。「ただいま満席!日替わり定食Blog」さんが、以下のようにコメントしているのも当然ですよね。

給与カットを巡る、橋本知事と組合の激しい応酬、委員長は「給料の財源ないなら、国からカネ取ってこい!」って、当事者は、もちろん真剣なんでしょうけど、この発言には「???」というのが、普通の感覚ではないでしょうか? 若手職員との会合でも、「庁舎が全面禁煙になって、職場の士気が下がった」とか、ちょっと信じられない発言です。大阪というと「商人のまち」のイメージがあって、良く言えばたくましい、悪く言えばガメツイという感じなのに、なんでお役所だけが違うのか、不思議な気もします。身を削りながら働いて、一所懸命に納税している、つつましい庶民の暮らしも考えて欲しいなあ、と思います。

 ただし、私は、橋下知事に警告しておきたいと思います。一部のマスコミが、橋下バッシングを始めようと画策しはじめているからです。持ち上げるだけ持ち上げておいて、後で叩き落せば一粒で二度美味しい、と考えている確信犯たちですから、注意するに越したことはありません。「news blog」さんが以下の記事をトラックバックしてくれましたが、取材対象の人権など屁とも思っていない輩たちなのですから・・・。

無断で写真撮影され精神的苦痛を受けたとして、橋下徹大阪府知事が写真週刊誌「FLASH」を発行する光文社(東京都文京区)などに30万円の損害賠償を求めた訴訟の判決が17日、大阪地裁であった。沢田忠之裁判官は「取材方法が受忍限度を超えるとはいえない」として請求を棄却した。判決によると、橋下氏が知事就任前に弁護士としてタレント活動していた2007年6月、大阪市中央区の読売テレビ通用口から出てきた同氏の顔を、FLASHのカメラマンが複数回、ストロボを使い撮影した。


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ポッドキャスティング-木村 剛が斬る!
今週のテーマ:米サブプライム処理のスピードは日本の10倍!?

アメリカの住宅公社のファニーメイとフレディマックが経営の危機に直面していると言うことで
アメリカの金融当局が救済に乗り出している。
これは問題の深刻さを正面から捉えた措置だが、当局の常識から言うと、
信じられないくらいの早さで、信じられないくらいの大きさの対策を打っている。

http://www.financialjapan.co.jp/podwmv/080716/080716mag_subprime.html

2008 07 23 [08. メディア/広告の将来を占う] | 固定リンク | トラックバック

2008.06.27

[ゴーログ]海外の報道番組を流してもらいたい

 皆さん、こんにちは。木村剛です。「兄やん公式ブログ2」さんが、「CNNでは、頻繁にヒラリーとオバマの大統領候補選や、ジンバブエに関するニュースや、世界でのトピックが流れていたりするのですが、日本のTVでは海外の情報といえば、北朝鮮か中国、韓国などの情報しか入ってきません」と指摘しています。

お隣やから、というのも分からないでもないですが、それなら台湾やロシアに関するニュースももっとやってもいいのではないか?とつくづく思います。お隣であり、同盟国でもあるアメリカに関する情報に関しても、国際情勢としてはピンボケしたようなニュースしかやっておらず、ジンバブエに関するニュースも見たことがありません。長期独裁政権のジンバブエでは、大統領選挙を控えており、6月27日に予定する大統領選の決戦投票まで食糧配給など全援助団体の活動を禁止するなど、非人道的な政策が続いているため、欧米諸国から経済制裁に遭うなどしているようです。また、ジンバブエの警察、軍兵士、退役兵が、大統領選決戦投票に関連する暴力事件の調査で訪れていた米外交官5人と現地職員2人の車を襲撃し、警察に一時拘束される、というような事態も起こっていたりしています。アメリカでは、自国民が被害にあったから報道していると思われるかもしれませんが、そんな姿勢であれば、日本の拉致問題も海外からは同じように見られても文句は言えないでしょう。

もちろん、国内の問題はもちろん重要です。しかし、「海外ではこういうことが起こっている」ということをもっと積極的に知らせ、こういった世界的な流れの中で、我々日本人は先進国として何をすべきか?ということを投げかけていくべきではないか?と兄やんは思います。海外の動きと連動させて考える習慣をつけるべきだし、海外の動きを見せることによって、いかに日本が効率の悪い、時代錯誤も甚だしいことを続けていることが見えてきたりもします。マスコミが本当に日本の未来を憂慮しているのであれば、しっかりと自分達も勉強し続けることを前提に、海外の情報に関する比率をもう少し高めていく必要があるでしょう。

 海外から帰国して毎回愕然とさせられるのが、報道番組の質の低さです。大本営発表の垂れ流しか、感情論に基づく政府批判しかありません。独自の情報源によるジャーナリストとしての報道があまりにも少ないし、「識者」と自称する素人たちに、すべての問題に対するコメントを求めるお気軽さ。
 「あなたの専門分野は、経済なのか、社会問題なのか、タレントの痴話喧嘩なのか、はっきりしてほしい」という人たちがテレビのブラウン管でウヨウヨしています。私自身は「テレビに出演したときは、専門分野である金融と経済以外についてはコメントしない」というポリシーを持ってやっていますが、そういう人は少数派のようですね。
 まあ、そういう状況ですから、「兄やん公式ブログ2」さんが指摘するように、海外の情報ぐらいはそのまま流してもらいたいものです。CNNだって、BBCだって、それぞれの立場に基づくバイアスはかかっていますが、素人識者のコメントを漫然と聞かされるよりは、数段マシですからね。そういう意味で、NHKBSが海外の報道番組をそのまま日本語訳して流しているのは、卓見だと思っています。

海外の情報が全ていい見本ではないにせよ、他の可能性を見出すことができるチャンスにもなる情報を封鎖している現状は、中国や北朝鮮が50歩100歩だとしたら、日本は25歩くらいです。・・・海外の情報を積極的に取り入れることは、年齢関係なく日本にとってプラスに働くと言えるでしょう。日本は、少なくとも10年以上前には脱皮しているべきなのに、未だに本格的に脱皮しようとせず、薄皮を少しずつはがすようなことしかしないために、あちこち破れてきているだけでなく、サイズも合っていないため、自由に動き回ることもままならないような状態です。日本は、歴史的に見ても、自分達だけの力で変わることができないので、外圧を受け入れやすい状態に常にするべきなんではないか?と思います。

 「ヘボ投資家の株式日記-yoshisuke's BLOG-東証一部ドットコム」さんは、「若い人には、『このままでは日本が滅んでしまう!』なんて心配をしている暇があったら、どんどん勉強して世界へ飛び立って言って欲しいなと思う」と指摘していますが、そのためにも、海外の情報は不可欠だと思うのです。


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ポッドキャスティング-木村 剛が斬る!
今週のテーマ:たばこ税の行方

厚生労働省の研究班が、たばこひと箱1,000円になった場合
5兆9,000億円の増収が見込めるという試算を発表した。
この増税案は中川秀直氏の主張する「消費税増税の前にやるべきこと」のひとつとして
あげられたものだが、超党派で政界再編が出来るかどうかを賭けた、
非常に政治色が強いものだ。


http://www.financialjapan.co.jp/podwmv/080625/080625mag_tabaco.html

2008 06 27 [08. メディア/広告の将来を占う] | 固定リンク | トラックバック

2008.06.25

[ゴーログ] テレビ局は制作会社に優しくしろ!

 皆さん、こんにちは。木村剛です。「grounder」さんが、「何か悲しい話が多いな〜。・・・未だニュースは秋葉原の通り魔事件かな。事件自体よりもここ最近は事件にまつわるリポートが続いてて・・・おかげでかなりな容疑者のアウトラインが見えてきた」と語っています。

で、見えてきたのが派遣労働者がどんなひどい生活をしてるかってこと。あちこちそれを延々リポートしてる。けどどうも違和感を感じるな〜と思っていたところ、そうか!これだってのが「日雇い派遣「原則禁止」に反対する。」と「「日雇い派遣」禁止して「日雇い」はどうするの?」だった。そうなんだよ。昨日も報道ステーションの特集で「日雇い派遣」やってるの見たけど、最後のスタジオのコメントで「どうにかして欲しいもんですね」みたいに結んでいたけど、そこから言う言葉じゃないよな〜と思ったんです。  新聞社だって配達する人は新聞社員なんでしょうか?トラック配送する人達は新聞社員なんでしょうか?そう思えば僕だってどこかで「日雇い派遣」の上に守られているのかも知れない。少なくとも僕は会社員ではないので直接的には守られてはいない、が商品を買う時だってその価格に反映されたものを購入しているとも言える。 大方のサラリーマンはホワイトカラーだろう。んで秋葉原の事件での「日雇い派遣」はブルーカラーだっだ。ざっくり言っちゃえばホワイトカラーは守られてて、ブルーカラーは「派遣」に追いやられる。この土俵の差を縮めなきゃいけないんだけど、ここのところ流れてる論だと上からの見方で「日雇い派遣」を助けなきゃって話なんだけど、それと引き換えに守られてる部分を解放できるのかってところでしょう。それを棚に上げて「守ろう!」ってのも偽善的かな。一時期パーになっちゃった「ホワイトカラーイグゼンプション(でしたっけ?)」先ずあの辺りから実現させて「派遣」を守ろう!てのが筋じゃなかろうか。

 さすがにスルドイですねぇ。テレビ業界ほど、下請けの制作会社を奴隷のようにこき使いながら、上前をピンハネしている業界はないわけでして、自分たちは既得権益に守られている艶やかな要塞の中にいて、「日雇いはかわいそうだ!」はないですよね。
 だったら、その前に、「労働基準法が完全に無視されている制作会社はかわいそうだ。制作会社の人たちに、テレビ局並みの給料か、タレント並みの報酬をあげるために、支払いを倍増しないとダメだ」と発言してあげたらどうでしょう。
 こうした問題に対して「時事を考える」さんは、下記のように、大企業によるノブレスオブリージュの実践を提言していますが、それに加えて、下請け企業や下請け業者に対する優越的地位の濫用をもう少し抑えて、彼らの知的所有権や創意工夫の成果を認める形で共存共栄の発想になってもらえたら、と思います。そうしてくれれば、法人税の引き下げやホワイトカラーエグゼンプションを認めてよいのではないでしょうか。

少し前まで若者だった人たちをこの窮状から救うには、公的機関よりも奥田さんのトヨタ、御手洗さんのキャノンなど、ビジネスの現場を知っている民間の力の方が遙かに有効です。経団連に所属する超大手優良企業が、今ある施設を拡充&開放して、フリーターを対象とした職業訓練所を作り、養成した人たちを人材不足に喘ぐ中小企業に送り込むのです。このことは財界が率先垂範すべきなのです、彼らは法人税を欧米の水準まで下げろと言っています。ボクが総理大臣ならこういうことをしていただけるなら喜んで法人税を下げますよ。


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ポッドキャスティング-木村 剛が斬る!
今週のテーマ: 社会保険庁をぶっ潰せ

福田首相が消費税の引き上げを示唆するような発言をした。
今の財政状況を考えれば、何らかの増税は必要ということは理解できる。
しかし、我々の保険料を無駄使いしている社会保険庁を残したままの増税には反対だ。

http://www.financialjapan.co.jp/podwmv/080618/080618mag_shaho.html

2008 06 25 [08. メディア/広告の将来を占う] | 固定リンク | トラックバック

2008.05.21

[ゴーログ] テレビ:お笑い芸人とクイズの理由

 皆さん、こんにちは。木村剛です。「論理的な独り言」さんが、「昨今、映画然り、テレビ然り、音楽然り、娯楽系のマスメディアにおいて、過去に高い評価を得た作品の『焼き直し』や『使い回し』が散見されます」と語っています。

これらの事象は、制作側の経済的苦境が露呈しているものと思われます。“冒険”をした結果が“ハズレ”となることを恐れるあまり、より堅実な手法を選ぶようになってしまったのでしょう。しかし、費用を節約しすぎた挙句、作品の完成度が著しく低く、「過去の栄華」を台無しにしてしまう事例も、稀に見掛けます。諸悪の根源が、経済の滞塞であることは、想像に難くありません。・・・このような窮状においては、保身は賢明ではありません。数学的に表現すれば、ゼロからマイナスの間を行き来しながら、無為に消耗しているだけです。これをプラスに転じるためには、発想を転換し、独創性を発揮しなければなりません。

 最近のテレビ番組は、「ハズレ」という感じよりも、極めて劣化が激しくなっているような気がします。どのチャンネルを見ていても、若手のお笑い芸人と常識的なクイズの組み合わせが圧倒的なカバレッジ。その理由を突き詰めていけば、若手のお笑い芸人は安いギャラで出てくれるし、常識的なクイズであれば、本屋に行けば、いくらでもタネ本が手に入る、という事実に気付きます。
 要するに、コマーシャルが入らなくなってきているということなのでしょう。予算が削られているのです。実際、去年と比較して、番組宣伝の頻度が多くなってきているような気がしますし、これで、パチンコの「冬のソナタ」がなくなったら、もっと制作費が削られるような気がします。
 テレビ業界は、コマーシャルが入らない→制作費が削られる→ますますお笑い芸人とクイズに走る→視聴者に飽きられて視聴率が取れなくなる→コマーシャルがますます入らなくなる→制作費が削られる、という悪循環から逃れることは出来るのでしょうか。

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ポッドキャスティング-木村 剛が斬る!
今週のテーマ:「パンダより物価高を考えよ」

5月14日、日本銀行が発表した国内企業物価指数が14年ぶりの高水準となった。
原材料の高騰による物価高はとどまる様子がない。
高齢化社会における物価高は悪であり、福田政権はそういう話をすべきなのだ。

番組登録はこちらから
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http://www.financialjapan.co.jp/podwmv/080514/080514mag_boj.html

2008 05 21 [08. メディア/広告の将来を占う] | 固定リンク | トラックバック

2008.03.03

[ゴーログ] マスコミ:三浦和義なんてどうでもいい!

 皆さん、こんにちは。木村剛です。「くまさんの自立」さんが、最近の三浦和義事件に関する報道について、苦言を呈しています。

三浦和義なんてどうでもいい。アメリカの法律を知ってか知らずか、高をくくってサイパンになんか遊びに行くから、こんなことになる。マスコミもマスコミで、『ロス疑惑について』また騒ぎ立てている。どうだって良いだろうという気持でいっぱいだ。・・・27年前の事件を覚えている人がどれだけいるだろうか。・・・三浦何とかの報道なんて、字幕で報道するくらいで十分。どこもかしこも、集中砲火的報道だ。もっとまともなニュース番組ができないものだろうか。情けない!

 まったく同感です。三浦和義事件を報道する価値がどれだけあるのかなんて、マスコミ側は考えたこともないのでしょう。自分たちがかつて報道した内容が正しかったのだ、ということを大々的に言いたい、という情報供給側の論理だけです。
 情報を享受する側のニーズや本来報道すべきことを考えることなく、オノレのドグマに染まり切った情報のみを垂れ流すマスコミの社会的価値は、地に落ちています。
取り易い情報だけをみんなと一緒に追い求め、自分が面白いと思えばそれで良いという価値観で公共の電波を無駄遣いしています。もはや、テレビ業界の自浄作用に期待すべき段階は通り過ぎてしまったのかもしれませんね。


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ポッドキャスティング-木村 剛が斬る!
今週のテーマ:「どうする借金大国

財務省は2007年末時点の「国の借金」が
昨年9月末に比べ4兆3068億円増え、過去最大の838兆50億円になったと発表した。
この増え続ける借金を減らす方策はないのだろうか。

http://www.financialjapan.co.jp/podwmv/080227/080227mag_debt.html

2008 03 03 [08. メディア/広告の将来を占う] | 固定リンク | トラックバック

2007.12.24

[ゴーログ]マスコミによる二次被害を防ごう

 皆さん、こんにちは。木村剛です。長崎県の佐世保市で発生した銃乱射事件については、「銃の所持のチェックがこんなにも杜撰というか"おおらか"だったというか、そういう状態を知らなかった」(by「亀吉のブログ」さん)ということに驚かされましてが、「ベンチャー企業社長の挑戦、そして苦闘」さんが、本件に関わるマスコミ報道について、重要な指摘をしています。

警察の捜査が進むと共に、警察だけでなく、メディア独自の取材などで、様々な角度から犯行の動機などが報じられている。私は、犯行の動機を報じることに反対はしない。ただ、今の日本は残念ながら、興味本位の風潮に走りがちではないかと考える。興味本位の詮索だけは許せないともいえる。・・・犯行動機を様々な角度から類推し、様々なメディア・媒体で報じ続けることに意味があるのだろうか。・・・メディアが、近所の方々や周辺を取材し、被害者家族やその関係者の方々が、まだまだ心が落ち着かない不安定な数週間の間、犯行動機の「詮索」が続く。他に事件が無ければ、さらに詮索は続き、そのことが全国に報じられ、紙の媒体など、容易に消すことができないものが一生涯、残る。・・・

興味本位の「犯行動機の詮索」は、もうやめるべきだと私は考える。不明瞭で日々変化する犯行動機を世間が知ったところで、誰にとって何の意味があるだろうか。それとも何か意味があると考え、今も昔も詮索し続けているのだろうか。あるいは、報道を受ける側である一般庶民の心も麻痺しているのだろうか。・・・詮索する人間は、被害者や関係者の気持ちを理解できないのだろうか。・・・今一度、いや、一度で良いから考えて欲しい。「詮索する」という下品な行為を。「詮索する側」そして、その行為を報道という形で見る庶民の方々も考えていただきたい。これ以上、そしてこれからも、事件でずたずたになった方々の心を亀裂させないために。

 私も、「ベンチャー企業社長の挑戦、そして苦闘」さんの意見に賛成です。犯罪被害者(被害者の家族や友人)の方々の感情にもっと配意するべきでしょう。犯人によって突然の不幸をもたらされるだけでなく、マスコミによってさらに長く苦痛を与えられているのです。 社会的に意味がないにもかかわらず、興味本位で不必要な詮索を続けることによって、犯罪被害者の方々を精神的に痛めつける権利はないはずです。

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ポッドキャスティング-木村 剛が斬る!
今週のテーマ:「未確認○○を追え!

http://phobos.apple.com/WebObjects/MZStore.woa/wa/viewPodcast?id=197875134

http://www.financialjapan.co.jp/podwmv/071219/071219mag_ufo.html

2007 12 24 [08. メディア/広告の将来を占う] | 固定リンク | トラックバック

2007.11.12

[ゴーログ] 「さる人物」が日本を動かしている?!

 皆さん、こんにちは。木村剛です。「ある女子大教授のつぶやき」さんは、「民主党党首の辞任騒動が元の鞘に収まって決着したことで、誰がどのように今回の騒動劇を企画したのかマスコミで騒いでいる」と指摘しています。

テレビや新聞の報道によると、「お国のために大連立を」と勧告したのは、「さる人物」と小沢党首も表現している。この人物は大新聞社の会長で、その社説に「大連立の勧め」を書いたとされている。・・・日本国の政治を動かしているのは、国民から選挙で選ばれた政治家であることは言うまでもない。その国民は、今年の7月末に行われた参議院選挙で与野党逆転を選択したのである。民意とは関係のない人たちの横やりで、この国の政治が左右されるようなことが起きてはならない。

 マスコミというものは、「権力と対峙する第四の権力」としているとばかり思っていましたが、日本では「権力を創る最大の権力」として機能しているようですね。だから、権力側から手渡された情報については、自ら裏を取ることもなく、簡単に垂れ流しているのでしょう。
 多くの人びとが、その大新聞社の新聞を買うことを止めない限り、この構図は変わりそうもありません。「さる人物」の思い通りに日本は動いているのですから・・・。

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ポッドキャスティング-木村 剛が斬る!
今週のテーマ:「小沢代表 辞意撤回の先にあるもの」


民主党の小沢代表が辞任の意向を示した後に撤回、続投を表明。
「政策はどうでもいい。総選挙に追い込んで衆議院で過半数をとる」という、
これまでの民主党の戦略は国民にとってはマイナスになるものだった。
今回の事件でそれはどのように変わるのか。

http://phobos.apple.com/WebObjects/MZStore.woa/wa/viewPodcast?id=197875134

http://www.financialjapan.co.jp/podwmv/071107/071107mag_ozawa83.html

2007 11 12 [04. 経済政策を語ろう!, 08. メディア/広告の将来を占う] | 固定リンク | トラックバック

2007.11.06

[ゴーログ] 赤福は無期限営業停止にしなければならないのか?

 皆さん、こんにちは。木村剛です。「小福のへりくつ」さんが、赤福の営業停止について、「あのさ~。ちょっと、厳しすぎるんじゃないですか??」とコメントしています。

この結果によって、誰か、幸福な人が生まれるんでしょうか。生まれないと思いますよ。赤福に至っては、なんで無期限営業停止という厳しすぎる措置になるのか、さっぱりわからない。不祥事があったことは素直に反省すべきだが、それで死人が出たのか?それどころか、体の調子が悪くなった人が一人でも出たのか?そんなの聞いたことないぞ・・・この措置によって、赤福は倒産するかもしれない。本当にそれでいいのか? 300年も続いてるお菓子って、しかもそれが庶民が気軽に買える大量生産品での駄菓子って、赤福くらいなんじゃない?? これがなくなるかもしれない、ってことの重みが、わかっているんだろうか。白い恋人の事件から疑問に思い始めていたけど、赤福でキレたぞ、私は。みんな、あまりにも騒ぎすぎだ。つ~か、メディアが勝手に騒ぎすぎだ。

中国食品よりはるかにマシだろ?? 段ボール入ってるわけじゃなし。それ以上に不安なファーストフードを食べて、日本人はみんな生活しているじゃないか。それなのに、なんでこんなに騒いで会社の経営を揺るがすような事態に発展させるの??・・・ミートホープや、中国食品の品質問題の話題が高まって以来、メディアは「食品業界」に焦点を絞り、ひきずりおろせるネタを探しまくっている。ネタが手に入ると、鬼の首を取ったように騒ぎたてる。その結果、必要以上に消費者不安が高まり、役人は厳しすぎる措置を取る。・・・

私が残念なのは、この騒ぎの一因には、私たち自身が、「何かを作り上げること」その苦労がどれだけのものであるのかを、想像する力が衰えていることにもあるということだ。白い恋人は30年の歴史がある。赤福は300年以上である。駄菓子の寿命は30年といわれている。この二つのお菓子は、そのジンクスを覆した貴重な存在だ。これ以上のお菓子が生まれることは、めったにありえない。・・・賞味期限をワーキャー叫ぶ以前に、この事実を認識すべきなのではないだろうか。こんな調子が続くようでは、日本でモノを作る人が一人もいなくなるよ。だって、バカバカしいから。作ることより、叩いた方がラクだから。無から有を作り上げることの苦労を理解し、敬意を払う世の中であってほしいと心から思うのでありました。

 少数意見かもしれませんが、私も「小福のへりくつ」さんの意見に同感です。法令違反については、然るべき措置が必要だと思いますが、無期限営業停止の必要性は本当にあるのでしょうか。あそこまで報道されて、社会的な制裁を十分に受けているわけですから、後は、消費者が買うか否かを決めればよい。お上が決める必要はないと思います。
 「土産物として名古屋地区で人気の『赤福餅』は消費期限を長年偽装し、老舗としての信頼を裏切ってしまった。・・・消費期限を偽装した場合のほうが危険度は高く悪質といえる」という「ある女子大教授のつぶやき」さんのご指摘や、「老舗の暖簾、伝統で守られていたが、ぼんくら社長や経営陣のおかげで、300年の強固な信用はあっと言う間に崩れてしまった。・・・赤福の場合は、・・・大量生産時代に映ったときから、崩壊へと転げだしたのだろう」という「くまさんの自立」さんの批判もごもっともと思うのですが、少なくとも、赤福を食べて腹痛になったという人の報道がない中で、ここまでの馬鹿騒ぎを展開してしまうマスコミの罪は極めて大きい、と私は感じています。

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ポッドキャスティング-木村 剛が斬る!
今週のテーマ:「もうお上に頼るものか」


国土交通省が発表した9月の新設着工戸数が前年同月比44%減となり
過去最大の減少幅となった。これは6月の建築基準法改正の悪影響である。
耐震偽装の問題はお上に頼っても直らない。
お役人が生活を守ってくれるというのは間違っている。
自分の生活は自分で守るようにしたい。

http://phobos.apple.com/WebObjects/MZStore.woa/wa/viewPodcast?id=197875134

http://www.financialjapan.co.jp/podwmv/071031/071031mag_okami82.html

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11月は2週連続で『FJ資産運用サミット2007』が土曜日に開催されます。
両日ともに木村 剛が出演します。

お申し込みサイトはこちらです。→ http://www.financialjapan.co.jp/FormMail/Supports/FormMail.html

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2007 11 06 [04. 経済政策を語ろう!, 08. メディア/広告の将来を占う] | 固定リンク | トラックバック

2007.10.30

[ゴーログ] TBSには経済ネタで頑張ってほしい?!

 皆さん、こんにちは。木村剛です。「野球ブログ-SI's BLOG-SAMURAI2.COM」さんは、「亀田は、ネタ作りということを考えて試合をしているのでは?」と感想を述べていましたが、言い得て妙ですね。

 亀田問題というのは、当初からテレビのネタ作りのために産み出されたもので、そしていまもなお、テレビのネタ作りのために消費されているという感じがします。「くまさんの自立」さんは、TBSに焦点を当てて、「トラブルのあるところ、TBSがぴったりついている。いずれも、TBSの組しやすしの相手がお馬鹿ばかりだ。ほとんどが脳みそが筋肉になっているから、おだて上げると簡単にのぼせて、木に登り詰めてしまう。TBSの手法は目に見えている。もうどうなってもいいように、取材は両面から作り上げている。今回の亀田については、裏面を作っていたが、さすがに気が引けたのか、取りあえずお蔵入りさせた」と指摘していますが、「勘当寸前の不良跡取り息子のブログ」さんの以下の指摘も的を得ている感じがします。

そういえばあの八百長疑惑(疑惑と言うべきか断定すべきか迷う)のときに長男を責めたり疑ったりしていた人がマスコミでは多かったけど、「まずTBSやレフリーを責めたりジムやランダエタを疑うのが妥当だろ」とか、思いながら騒ぎを傍観してた。権力もボクシング技術も無い側は反則はできても八百長はできないんだから。

 そういう中で、「Espresso Diary」さんが、亀田問題を筆頭に、赤福問題などテレビで取り上げられている話題に関して、冷静に淡々と触れていますので、ご紹介しておきましょう。TBSには、亀田関連の疑惑を吹き飛ばし、ジャーナリズムの真価を発揮するためにも、「Espresso Diary」さんの問題意識に叶うような経済番組を制作していただきたいものです。

株式市場は、だいたい半年先の実体経済を織り込むものだと言われています。・・・TOPIX・・・が、3月の世界同時株安で急落し、なんとか戻しかけたところで、さらに大きく暴落してい・・・ます。もしも株価が経済の先行きを表す指標であるとするなら、07年の終わりから08年の春にかけて、日本の企業の業績は厳しくなってゆくと考えるのが自然です。ところが、こうした話は、NHKを見ていても、あまり意識されているとは思えません。出てくるのは、伊勢の『赤福』や北海道の『白い恋人』の品質の問題や、詳しくは知らないんですが、『亀田一家』とか『尻沢エリカ』という話題になっている。この状況もまた、私が日本の株式を買いづらいと思う理由です。

もちろん老舗の食品メーカーの偽装は悪いことですけれど、たかだか地方の菓子屋のことで大騒ぎしている時間があるなら、「物価が上がるのに、給料が上がらないのなら、どうする?」とか、「どうやってガソリンの高値を乗り切ってゆくのか?」という生活に密着した、具体的かつ現実的な話題の方が遥かに切実なはずです。にも関わらず、芸能人の顔つきや菓子屋の不祥事に意識が向かっているとするならば、これは日本社会を覆っている意識が、もはや尋常でなくなってきた証なのかも…と感じるようになりました。もしもCBSやABCのニュースがボストンあたりのクッキー屋の不祥事を、しかも腹痛が起きたわけでも、病人が出たわけでもないのに、連日のように報道していたら、私はアメリカ社会の意識がおかしくなったと思うことでしょう。

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ポッドキャスティング-木村 剛が斬る!
今週のテーマ:「食品偽装報道に異議あり!」


 ただでさえ、日本経済はピークアウトし、下降局面を迎えようとしているのに、この国の
操縦桿を握っている人びとは、その変化に気付いていないようだ。
 最近でいえば「赤福騒動」が典型的な事例だ。


http://phobos.apple.com/WebObjects/MZStore.woa/wa/viewPodcast?id=197875134

http://www.financialjapan.co.jp/podwmv/071024/071024mag_akaf81.html

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2007 10 30 [08. メディア/広告の将来を占う] | 固定リンク | トラックバック

2007.10.29

[ゴーログ] 亀田問題:マスコミはSなのか?

 皆さん、こんにちは。木村剛です。マスコミでは、「親父は実質永久追放。長男は厳重注意(?)、次男はライセンス1年停止らしい」(by「勘当寸前の不良跡取り息子のブログ」さん)となった亀田一家の記者会見が話題になっていたようですね。

 申し訳ないのですが、私は「亀田一家騒ぎ」にまったく興味がなく、真剣にフォローもしていません。特に今回の次男の騒ぎについては、①要するに弱かったんでしょ、②内藤選手は許してるんでしょ、③ボクシング協会は処罰したんでしょ、ということで、これ以上マスコミ会見させて晒し者にして何の意味があるのか、と感じているものですから、見る気もありませんでした。
 私の代わりに「兄やん公式ブログ2」さんが見てくれていたようなのですが、「マスコミ向けの記者会見というものは、やはりやるもんではないな、とつくづく思う」という感想を送ってきていただきました。

質問の態度が非常に悪い。会見中に、尋常ではないほどフラッシュをたきまくっているのもどうかと思うが、質問する人間側の態度というのは、メディア特有の風習なんだな、と感じた。 
兄やんが腹立たしく思うのが、新聞などでこういう紙面を撮る、ということを決めた上で、TVで後ほど使いまわすための映像や音声を含めた流れを自分ところで放送するために、もう既に1度話したことを何度も質問しているところである。
また、今回に限って言えば、「父・史郎氏がどう思っているのか?」というような質問を、執拗に興毅選手にぶつけていたが、「んなもん本人とちゃうのに分かるわけないやろ!」と思わずツッコんでしまった。
他にも、なんべん同じこというねん!と思うことや、記者の質問や態度にはイラっとくるような、常識のない言動が目立った。
顔をかいただけでフラッシュをたきまくり、泣いたような写真に仕立て上げようとしてみたり、まず、結論ありき、会見の内容に関係なく、後に作る番組の編成が決まっていることを前提に記者が質問するのは、ヤラせと大して変わらないのではないか? 
彼らが伝えているのは、事実を伝えているわけではなく、自分たちが作り出した亀田像・・・を「ほら、言った通りでしょ!」という部分だけを意図的に作り出し、それを鬼の首をとったように垂れ流しているに過ぎない。・・・実物よりも大きな悪者を作り上げるメディアの姿勢には、怒りと幻滅が激しく交錯する思いである。

 「こんな青空の日には」さんも「それにしてもあのバカ記者どもの態度はなんなんでしょうかねぇ。極度のSなのか偽りの正義を振りかざしてるのか知らないけど、そろそろ裸の王様っぷりに気づくべきだと思うんですが・・・」とコメントしていますので、例によって例の如く、正義漢面して一方的に吊るし上げていたんでしょうね。
 「Mutter away」さんが「日本で一番強い力を持つのは立法でも司法でも行政でもなく、報道機関である」と指摘しているように、マスコミは巨大な権力者なのですから、是非、もう少し自己規律していただきたいものです。「国民を先の大戦に導いたのも、戦争中の軍事政権の独走を許したのも、沖縄で集団自決の雰囲気を作るあげたのも、みな報道機関の世論誘導であった。政治家も裁判官も検察官も、世論の風向きを無視しては、何も決められない」(by「Mutter away」さん)のですから。

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今週のテーマ:「食品偽装報道に異議あり!」


 ただでさえ、日本経済はピークアウトし、下降局面を迎えようとしているのに、この国の
操縦桿を握っている人びとは、その変化に気付いていないようだ。
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2007 10 29 [08. メディア/広告の将来を占う] | 固定リンク | トラックバック

2007.10.25

[ゴーログ] 初音ミクは芸能界を変えるか?

 皆さん、こんにちは。木村剛です。「PurpleMoon Blog」さんが、PC用の音源ソフト「初音ミク」について書いています。「DTMソフトと呼ばれる、パソコン上で音楽を鳴らすソフトは高価なものからフリーソフトまで多種多様ありますが、このソフトの場合は、人間の声と遜色ない歌声を再現できるのが特徴です」ということのようです。

曲の打ち込みや作曲を自宅で趣味で行っていた人たちにとって、「ボーカル」は難題でした。ボーカルのない曲というのはどうしても一般受けしないですから、DTMは今まで、ごく一部の人たちの趣味にとどまっていました。それが、「ネット」という発表の場とこのボーカルソフトを手に入れることにより、一気に一般に広めることができるチャンスを得たわけです。

 恥ずかしながら、私は「初音ミク」という存在を、この「PurpleMoon Blog」さんのトラックバックで初めて知ったばかりでして、評価することも、論評することもできないのですが、TBSの「アッコにおまかせ」という番組で相当に酷評されたようで、ネット界ではかなりの話題になっているようです。
 「PurpleMoon Blog」さんによれば、「『音声合成ソフト』というのは、何も知らないプロの歌手にとってはさも恐ろしい存在でしょう、かつてのハリウッド俳優がCGに拒絶反応を示したのと同じくらいに」ということなので、これからかなり興味深い展開になると思われます。皆さんもご注目ください。

かつてテレビには「芸能レポーター」と呼ばれる人たちが大勢いましたが、芸能人たちが「ネット」という手段を手に入れ、ファンに直接メッセージを送るようになって以降、次第に数を減らしていきました。以前は芸能人が自身のホームページだけで重大発表を行ったりすると、決まって芸能レポーターが「堂々と姿を見せないとは卑怯だ」「ファンに対する姿勢がなってない」などと非難していたのも、今となっては笑い話です。ファンのほうは、「芸能レポーターの前に出てこない=卑怯」などとはこれっぽっちも思わなかったわけですからね。

ホームページと同様、ブログが日本に上陸した際も、報道キャスターなどは否定的なコメントをする人をちらほら見かけましたが、芸能界のほうはアッサリとというか、貪欲にこのムーブメントを取り入れてしまいました。今では若い人を中心に、ブログを書いている芸能人のほうが多いのではないかというくらいの状況ですよね。結局、新しいものを痛烈に批判する人というのは、自分のネシの種がなくなってしまうのを恐れる人たちです。マスコミ人が政治家を批判するときの決まり文句「説明責任」もその類ですねえ。今回の初音ミクに対しては、むしろテレビ局というよりも芸能界のほうがピリピリしているのではないかと思います。
 いつもながら、「PurpleMoon Blog」さんの先読みには唸らされます。いずれにしても、デジタルワールドの技術が、私たちの世界を大きく変える潜在力があることを感じさせてくれた事件であることだけは、間違いないようです。

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ポッドキャスティング-木村 剛が斬る!
今週のテーマ:「食品偽装報道に異議あり!」


 ただでさえ、日本経済はピークアウトし、下降局面を迎えようとしているのに、この国の
操縦桿を握っている人びとは、その変化に気付いていないようだ。
 最近でいえば「赤福騒動」が典型的な事例だ。


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2007.10.22

[ゴーログ] TBSは「報道の客観性」を主張するな!

 皆さん、こんにちは。木村剛です。「内藤戦凄かったですね。やっぱり亀田はプロレスっぽいなぁ…。バリバリのヒールになりました。プロレスラーも見習ってほしいです」と「釣りとダウンタウン大好きブログ」さんが語った、亀田vs内藤戦を名場面集で見ましたが、確かにあれはボクシングではなかったですね。

 一言で言えば、「まだ世界にチャレンジする器ではなかった」ということなのでしょうが、「くまさんの自立」さんが指摘している以下の点について、もっとマスコミで議論されるべきだと思います。

TBSのスポーツ番組の取り組みようと来たら、亀田とまったくかわらないような阿漕なやり方を平気でする。・・・報道の良心・常識があるとは決して思えない。今回の試合日程も、亀田大毅が世界チャンピオンになることを想定し、最年少ということにこだわって、試合日を決めたとも聞いている。そして、亀田が試合に負けても、視聴率がとれるよう二重三重に計算されていた節がある。まあ、バレーボールもしかり、今回のメダル一個の国際陸上しかりで、視聴率重視のやり方ばかりだ。自分の局で宣伝をするだけしておいて、結果は惨憺たる状況。結果はどうなろうとTBSにはまったく関係ないということだ。視聴率だけはちゃんと取るように、もったいぶったやり方をしている。・・・何があっても、亀田を搾り取れるだけ搾り取ろうとする態度は、盗人からさらに盗むというような態度だ。・・・亀田を使うだけ使って、使えなくなればポイだ。・・・亀田の今回のJBC処分結果も自分でバンバンしながら、報道番組で視聴率を稼ぐ。全く以て、ひどい報道局だ。・・・本当の悪は、・・・平然と放送しているTBSそのものだということだ!

 最近は、TBSのみならず、どこのテレビ局をみても、客観報道のルールを踏み外した、主観的かつ煽情的なプロパガンダを一生懸命しているような感じがします。「くまさんの自立」さんが指摘しているように、国際陸上は「すべての種目でメダルが取れそうだ」という幻想(というかウソ)を振り撒いたという点でひどかったですね。
 楽天vsTBSの論争においては、「テレビ報道は客観的でなければならないが、楽天が経営権を持つとその客観性が損なわれる」という主張が何度も用いられたはずですが、現実の報道をみていると、「どこが客観的なのか?」と不思議に思わされる場面にしょっちゅう遭遇します。
 少なくとも、今後、楽天vsTBSの論争において、TBSが「報道の客観性」という論理を用いないことを強く要望したいと思います。

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ポッドキャスティング-木村 剛が斬る!
今週のテーマ:「資産運用サミットに行こう!」

日本では学校でお金について学ぶ機会というのは無く、
投資本あるいはマネー雑誌というのは残念ながら筋の悪いものが多い。
このイベントを通じて本当に学ばなければならないの事は何なのか、そして、
株式や商品の情報に直接触れることの大切さを知ってもらいたい。

http://phobos.apple.com/WebObjects/MZStore.woa/wa/viewPodcast?id=197875134

http://www.financialjapan.co.jp/podwmv/071017/071017mag_summ80.html

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11月は2週連続で『FJ資産運用サミット2007』が土曜日に開催されます。
両日ともに木村 剛が出演します。

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2007 10 22 [08. メディア/広告の将来を占う] | 固定リンク | トラックバック

2007.10.17

[ゴーログ] マスコミは「人権」を理解していない!

 皆さん、こんにちは。木村剛です。「JUNSKYblog2007」さんが、強姦と強姦未遂の罪で富山県警に逮捕され、実刑判決を受けて服役した後に無実とわかった柳原浩氏のケースを例に引きつつ、冤罪問題について問題提起をしています。

取調官の先入観と偏見による自白強要が減った訳ではないし、冤罪もでっち上げられています。・・・恐喝ともいえる取調官の強圧的な態度、ウソと誘導による“自白”の強要。否定すると大声でどなり「はい」としか言うなと脅かすなど、ヤクザまがいのやり方です。このように現在の取調べには、「こいつを犯人にしよう」と捜査当局が思ったら最後「推定無罪」「疑わしくは被疑者の利益に」という法曹界の常識は無く、とにかく「落とす」ことだけに焦点を集中するだけです。被疑者にとって有利になる証拠は全て隠滅ないし秘匿し、少しでも不利な証拠は重箱の隅まで捜し出して来てマスコミにリークし、情報を操作して「犯人だ」との意識を世の中に植え付け大衆を洗脳する。果ては、・・・取調官は「家族もあんたを見放している」との決定的ウソを付き、『頑張る』意気も喪失させる。本当に、人権侵害であり人道に反する取調べが行われている。・・・このような『冤罪』が、今後起こることのないように、人権と「推定無罪」の考え方と、自白偏重ではなく、具体的な証拠による取調べを行うような改革を行っていただきたい。

 この国には「人権」も「推定無罪」もない――と感じさせられるのは、逮捕された後に、取り調べの内容がマスコミで報道されることです。取り調べている検事しか知らない内容を、どうしてマスコミが報じることができるのでしょうか。検事本人か、当局の関係者しか、マスコミにリークすることはできないはずです。どう考えても、守秘義務を課している国家公務員法違反のように思えますが、どうなんでしょう。
 もっと怒りを覚えるのは、そういう大本営発表を垂れ流すマスコミです。当局が裁判を有利にする世論を醸成するという明らかな意図を持ってリークしているのを知りながら、「トクダネだから」「トクオチしたくないから」という理由だけで、内容を吟味することなく垂れ流してしまう。ここには、ジャーナリズムの欠片も感じられません。
 「人権」の重要性や「推定無罪」の法理を理解していないマスコミは、人権侵害を助長し、冤罪を野放しにしている共犯者です。冤罪事件が発覚した場合には、その際の報道責任を厳しく追及すべきだと思います。

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11月は2週連続で『FJ資産運用サミット2007』が土曜日に開催されます。
両日ともに木村 剛の講演があります。

お申し込みサイトはこちらです。→ http://www.financialjapan.co.jp/FormMail/Supports/FormMail.html

Summit2007_11_4

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ポッドキャスティング-木村 剛が斬る!
今週のテーマ:「インフレを迎える時」

日清食品のカップヌードル、山崎製パンの食パンなど、
食品メーカーの値上げ発表が相次いでいる。
ここ2~3年、輸入物価の値上がりが続き、食品メーカーもさすがに
我慢しきれなくなって値上げせざるを得なくなったのだ。
これは大きな流れである。


http://phobos.apple.com/WebObjects/MZStore.woa/wa/viewPodcast?id=197875134

http://www.financialjapan.co.jp/podwmv/071010/071010mag_men79.html

2007 10 17 [08. メディア/広告の将来を占う] | 固定リンク | トラックバック

2007.10.04

[ゴーログ] 産経新聞の賭けは成功するか?

 皆さん、こんにちは。木村剛です。「ある女子大教授のつぶやき」さんが「アメリカではNYタイムズをはじめ、大手の新聞はすでに、ネットを優先して記事を配信し始めている」とコメントして、新聞の将来を予言しています。

日本では依然として3大新聞では、紙を優先と考えているが、産経新聞がトップを切って、紙とネットの間にある高く厚い壁を破壊しはじめた。産経新聞のWeb版「Sankei Web」をMSNに統合したニュースサイト「MSN産経ニュース」が10月1日にオープンする。これに先駆けて産経新聞は、国内新聞社で初めて、紙とWebの編集部隊を統合した。「ウェブ・ファースト」をスローガンとして掲げ、スクープ記事も新聞発行を待たずに掲載するなど、ニュースを出し惜しみしない構成にしていくという。紙とWebを切り分ける意識から脱し、Web時代の新しい報道機関の姿を模索する姿勢を打ち出した。読者のニュースへの接し方が変わってきている。もはや紙かネットかの択一ではない。ネット時代の報道機関としての使命を果たしていきたいと社長が述べている。 

MSN産経ニュースは、マイクロソフトMSと産経新聞、産経新聞の戦略子会社である産経デジタルが共同で運営するサイトだ。出し惜しみは極力しない方針で、これまで紙への掲載が優先されてきたスクープ記事や目玉連載、解説記事なども掲載することで、情報の早さだけでなく、質の高さも重視する方針という。MS社との連携で、どのようなビジネスモデルで仕事の成果と収益を上げていくのか、国内の新聞としては新たな挑戦が開始された。他紙の動きとしては、朝日、日経、読売が販売店の統合を進めていて、頭文字をとってANYというが、ここにグーグルをバックにつけて、共同ポータルサイトを開設するようである。ようやく、日本の新聞社も紙からネットへの動きが出てきているが、販売店の統合も含めて収益を上げるための新たなビジネスモデルが要求されている。

 産経新聞が「『ウェブ・ファースト』をスローガンとして掲げ、スクープ記事も新聞発行を待たずに掲載するなど、ニュースを出し惜しみしない構成にしていく」という方針を明言したことは画期的なことだと思います。
 ワンコイン戦略にしろ、夕刊廃止の決断にしろ、産経新聞は、旧態依然とした新聞業界にあっては、他と違った戦略を打ち出していますが、この「ウェブ・ファースト」戦略が成功することを期待しつつ、モニタリングしていきたいと思います。

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ポッドキャスティング-木村 剛が斬る!
「2人に1人は払っていない『皆保険』」
はこちらからご覧いただけます。

昨年の年金の実質納付率が50%を切って
49%と5割を下回っていたことが社保庁の調べでわかった。
国民の二人に一人しか払っていないものが「皆保険」とはとてもいえない。
税金で国民全員の老後を支える形にしないと、もう持たないと言うことだ。


http://phobos.apple.com/WebObjects/MZStore.woa/wa/viewPodcast?id=197875134

http://www.financialjapan.co.jp/podwmv/071003/071003mag_nen78.html



2007 10 04 [08. メディア/広告の将来を占う] | 固定リンク | トラックバック

2007.08.02

[ゴーログ] 沈黙は金:マスコミ世論に騙されるな!

   皆さん、こんにちは。『フィナンシャル ジャパン』 発行人の木村剛です。「今日も原発関係者平謝りの図ちゅうことで、夕方のマスコミ大本営^^発表のニュースでは、彼らの柏崎市長訪問の絵がさかんに流されておりました」と語る「時事を考える」さんが興味深い情報を指摘しています。

酒の席で小耳に挟んだ情報で恐縮ですが、某原子力関係者は今回いろいろ不測の事態が発生したが、結果的に原発の地震時の安全性が裏付けられたと言って、胸を張っておられるようです。非常時の原発の安全性は3段階で管理されているとのこと、今回は7機ある原発すべてが第一段階で緊急停止したそうです、何でこのことが話題にならないかと言うと、マスコミ各社が原発の危険性を意図的に煽っているため、口下手^^な原子力関係者たちには、今本当のことを言ってもぶっ叩かれることを恐れており、世間の罵倒の嵐が過ぎ去るのを待ってから発言したいちゅう意向があるとか・・・

 要するに、「一生懸命説明しても、無駄だから黙っていよう」ということなのでしょう。確かに、日本においては、「それが真実であるか否か」ではなく、「それが受けるか(センセーショナルか)否か」という観点で報道されてしまう場合がほとんどです。言葉尻だけを捉えて、元々描いているストーリーに無理やり当てはめるばかり。
 だから、とにかく黙っているのが正しいということになり、何も改善されることがないというケースがほとんどになってしまいます。だから、「時事を考える」さんも。「沈黙は金」という至言をのたまっておられます。

ホリエモン、村上さんと連続で司直から実刑判決を喰らい、折口さんは豪遊を控え静かにお過ごしで、世間から隠遁した生活をなさっているご様子、介護問題の諸悪の根源は現場を知らない厚生官僚のエンピツ舐め舐めにあるワケですが...あれやこれやで「沈黙は金」という日本の古き良き伝統が復活したのでありましょうか?

 やっぱり、日本は「お上国家」であるわけです。庶民は、お上のご意向を伺いながら、怒らせないようにビクビクしながら、目立たない生活を送ることが求められておるようでございます。原発問題にしても、お上は、東電を叱責するばかりで、自らのエネルギー政策や安全対策の不備については何も触れようとしません。
 今後の事故に備えるためにも、フェアにかつ冷静に今回の事故において機能したセーフティネットを評価する一方で、改善すべきポイントを建設的に検討すべきではないかと思うのですが・・・。日本のマスコミは叩くばかりで、建設的な議論には興味がないようですね。こうしたマスコミの現状に対して、「Espresso Diary」さんは、以下のように嘆いています。

日本のテレビを見ていると、学級担任のような司会者がいて、まるでクラスのように座席に座る人たちが出てくる番組が多いことに気づきます。担任の先生は、細木数子だったり明石家さんまだったりしますが、その他の出演者が生徒のようにガヤガヤしている。彼ら彼女らは、あるときは叱られたり、あるときは褒められたりして、まるで小・中学校の休み時間のよう。アメリカの経済チャンネルや中国の女優のインタビューを見た後に、ふと民放などのバラエティを見ると、体だけが大人で中身は子供のような人たちが、「わーっ!」とか「すっげー!」とか騒いでるように見えて、もう中身は全く意識に入ってきません。・・・日本のテレビが怖いのは、なんとなく共通の話題が得られる代わりに、自分が何を選んできたか?が分からなくなってしまうことだと思います。

 私は、自分自身で情報を取捨選択して、マスコミ世論に流されないようにしないと、大きく間違う時代が来ていると強く認識するようになりました。日本はいま、さらに発展するのか、それとも静かに衰退していくのかという分水嶺にある、という意識を持って、真剣に情報を分析していく必要があると思っています。


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ポッドキャスティング-木村 剛が斬る!
「参院選と消費税増税」
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2007.05.23

[ゴーログ]新聞社:ビジネスモデルは破綻しているのか?

 皆さん、こんにちは。木村剛です。「むとうすブログ」さんが、新潮新書の『新聞社-破綻したビジネスモデル』に、「記事には事件や出来事を伝えるものと、それを掘り下げる解説とがあります。今日、新聞に求められているのは、言うまでもなく後者(181頁)」と書いてあったことに対して、コメントしています。

自分が、情報発信を専業にする組織として新聞にまず期待しているのは前者。・・・まずしっかりと事実を調べて日々のニュースを丹念に配信すること、解説の前にまず事実を漏れなく伝えることに徹して欲しい。・・・ニュースの解説はどうかというと、単体のニュースに絞れば誰にでもできる・・・。実際に時事解説系の面白いブログはいくらでもある。わざわざ新聞社のサイトにアクセスしなくても、ブログのRSS機能で自動的に集めてきたものの中から面白いものを選んで読めばいい。それだけで一日に読める量をオーバーしてしまう。

 確かに、新聞に求めたいのは、「しっかりと事実を調べて日々のニュースを丹念に配信すること」ですね。その点、最近のテレビは恥かしげもなく、各新聞をボードに貼り付けて、その解説をするスタイルに堕してしまいました。これは、「自ら取材しない」ということをばらしているようなものですから、テレビのジャーナリズムは地に堕ちたといってよいでしょう。「むとうすブログ」さんも「最近のニュース番組自分にはあまり役にたたない」と断言しています。
 ただ、よくよく見ると、情報の卸業者である時事通信社や共同通信社と変わり映えしない新聞ネタも多いので、正確に言うと、時事通信や共同通信さえあれば、それで十分なのかもしれません。
 いずれにしても、「どれだけ理想のビジネスモデルを考えられたとしても、うまくいくことはまず無い」(by「【ミナログ】製造業社長の逆襲」さん)というのが現実ですし、「できる限り、多くの種を探し、その種を自ら蒔き続ける」(by「ベンチャー企業社長の挑戦、そして苦闘」さん)ことで正解に辿り着くこともあるわけですから、各新聞社が「破綻したビジネスモデル」というサブタイトルに負けることなく、新しい生き残りの道を見つけ出すことを期待しております。


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ポッドキャスティング-木村 剛が斬る!
「逆転有罪判決にみる司法の問題」
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第2回FJ資産運用サミット

●開催日:2007年6月16日(土)
●場所:六本木アカデミーヒルズ49
●定員:500名(参加無料、要事前登録)
↓こちらから
http://www.financialjapan.co.jp/summit/




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2007.05.18

[ゴーログ]日本マスコミ教に騙されるな!

 皆さん、こんにちは。木村剛です。「Espresso Diary」さんが、「日本マスコミ教」という宗教について厳しく正しい指摘をしてくれています。

最近、私は「日本マスコミ教」という巨大な宗教が存在していると考えるようになりました。外資による買収を恐れ、投資をマネーゲームと決めつけ、昭和を懐かしみ、中国の脅威を強調し、問題が起これば政治のせいにして、事件の猟奇的な部分を派手に扱うことが、「日本マスコミ教」の特徴です。大手の新聞、放送、出版で管理職に就いている男性の利害を考えれば、これは実に理にかなった宣伝であり、編集であるといえます。目先の視聴率や部数は確保できるし、自分の地位や報酬は安泰のままですから。逃げ切ることを考えればよい人たちにとって、社会の変化は小さい方が得なのです。 

製造業や流通業で働く人たち、とくに若年層は立場が異なります。国内の市場の伸びは限られているから、額に汗したとしても、昔のようには報われにくい。中国などの新興国は得意先でもあるから、ひたすら脅威を強調してばかりではいられない。年金には不安が大きく、給料も伸びないから、投資によって家計を支える術を身に付ける必要がある。なんとなくテレビの論調に合わせて喋ってばかりいたら、若年層は自分を不利な状況に追いやることになる…なんて可能性もあると思います。・・・

「正しい、正しくない」を強調して感情に訴える手法は、ブッシュ大統領も大好きで、しばしば宗教で使われる手法ですが、実際の社会では善悪を単純に割り切ることができない場合も多いものです。きょうも中国のB株市場は爆上げで「バブル」という声も強くなっていますが、日本では中国の大企業の名前や経営者がほとんど報道されません。むしろアメリカの経済番組の方が、詳しく扱っています。日本マスコミ教という宗教には距離を置いて、自分で調べてみるしかありません。

 このところ、「日本マスコミ教」の弊害は日に日に悪化するばかりです。誤解を恐れずにわかりやすく言うと、「騙し騙しの現状維持戦法で、自分たちの年金さえなんとかなればよい」とほくそえむ団塊の世代の価値観を全面に押し出して、あたかもそれが「国民世論」であるかのように報道している現状には寒気を覚えます。
 ただ、もっとおぞましいのは、いわゆる「識者」と呼ばれる人たちですね。テレビや新聞に出たいがためにメディアに迎合して、「言うべきこと」ではなく、「言ってもらいたいこと」を主張する、その姿にはプライドの欠片もありません。
 こうした日本マスコミ教に騙されないようにするためには、「Espresso Diary」さんが言っているように、自分で調べてみる癖をつけるしかありません。インターネットの情報も玉石混交ですべてを鵜呑みにしてはいけませんが、玉石混交のマスコミ情報を鵜呑みにするよりはよいでしょう。
 信頼できるテレビ報道も、頼りになる新聞情報もありません。
情報武装は、これからの時代をサバイバルするために必須の能力になりそうです。

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2007.04.05

[ゴーログ] きっと捏造は関西テレビだけじゃない!

 皆さん、こんにちは。木村剛です。「話題の仰天エンタメ情報」さんが、「いよいよあるある騒動が大詰めを迎えそうだ。関西テレビの千草宗一郎社長の進退問題が出てきた。まぁ、退任するしかないだろうなあ」と語っていました。

新聞報道などによると、関西テレビ「発掘!あるある大事典」番組捏造問題で、「総務省が30日にも『警告』の行政指導をする」「キー局のフジテレビに『厳重注意』、系列の各局にも『注意』など異例の行政指導をする方針」などと、総務省が関西テレビなどに対して、行政指導を行う期日を明らかにしている・・・

関西テレビは、「発掘!あるある大事典」に関する外部有識者もよる調査委員会の報告(23日)を受けて27日、総務省近畿総合通信局に内部統制強化などを盛り込んだ最終報告書を提出。その後記者会見を行い、調査委員会が「不適切」と指摘した16件の番組について、関西テレビとしての見解を示した。

会見では、関西テレビ千草宗一郎社長の進退問題について、千草社長の考え方を教えてほしいという報道陣からの質疑が相次いだ。千草社長は、「検証番組の実施(4月中に予定)と、行政処分の結果を踏まえて、当社の責任の取り方を明らかにしていきたい」と繰り返すばかりで、社長自身の責任の取り方について、明言を避けた。・・・報道各社は、番組ねつ造を認めた千草社長の進退問題について、注目を寄せている現況だ。・・・

 それにしても、この「あるある問題」をテレビ局はあまり扱いません。あれだけのアカラサマな捏造は、ある意味で、ホリエモン以上に悪質な虚偽記載であり、風説の流布なのに、どうして責め立てないのでしょうか。
 やっぱり、他のテレビ局も相当捏造しているんだろうなぁ、という憶測をせざるを得ない今日この頃です。

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スイスに本社を移転してみる!? 」  ↓からご覧いただけます。

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2007.02.22

[ゴーログ]東国原知事、気をつけて!

 皆さん、こんにちは。木村剛です。「[blog]:Photo Pierre」さんが、「写真家という商売は、報道分野の人もいるけれども、真実を伝えたり真実をかくしたりできる商売なのです」と証言してくれました。

どっかの巨匠が「写真は写実ではない」と言っていたらしいが、その通りなのだ。全然おいしくないものも美味しそうに撮れるし、狭い物件もある程度は広そうに写せる。写真集でかわいいモデルだって、実物ではちょっと違う人だったりするものなのです。

これは、本当にそのとおりで、写真や映像はイメージを創り上げるのに絶大な影響を発揮するので、悪用されやすいのが実情です。私の場合、一時期「外資の手先」というレッテルを貼るために、わざわざ白目をむいた写真を悪用した雑誌がありまして、本当に腹の立つ思いをしたものです(個人にも肖像権を!)。
いまマスコミは、東国原宮崎県知事に対して好意的ですが、いったん風向きが変わると、これまで大量に撮り貯めてきた写真やビデオからネガティブなものを集めてきて編集して、総攻撃を始めることでしょう。東国原知事、気をつけて!

 「くまさんの自立」さんが、「マスコミは政治として報道をしているわけではない。マスコミの視聴率アップを目指して、芸能ネタで繰返し繰返し報道している。・・・マスコミはもう少し、本来の県政について報道するべきだろうが、芸能ネタばかりで報道しているうちは、政治に無関心な人ばかりを育てることになっているように感じる」とすでに指摘しておりますが、TVタックルでみられるように、マスコミが「政治」を「消費財」として扱い始めたことに、私は危惧を抱いております。


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なぜ今回は利上げなのか」  ↓からご覧いただけます。

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2007.02.20

[ゴーログ] えっ、「24時間テレビ愛は地球を救う」もですか???

 皆さん、こんにちは。木村剛です。「マーケティング千日回峰行之記」さんが、「関西テレビ、フジテレビは、ここのところ起きた事件関係者すべてに感謝状を贈るべきでしょうな。何か恐ろしいくらいまでに沈静化してしまいましたね『あるある捏造問題』」と指摘しています。

健康番組詐欺は、いったんこのまま鎮まるとして、「ヤラセ決別宣言」は出さないのでしょうか? スーパーゼネコンだって、カタチばかりの宣言を出しているんだから、放送局も出せばいいのにな。もしかして、ゼネコンの談合よりも、たちが悪いことをしているのかな。・・・でも、この爆弾、また導火線に着火する時は、そう遠くないと思うんですよ。・・・あくまでも私の想像ではありますが、この次「祭」となるのは、日本テレビ「24時間テレビ愛は地球を救う」ではないかと。

すでに一昨年くらいから、「(約)100kmマラソン」の実態が暴かれたり、「タレントはギャラをもらっている」と囁かれています。昨年までは、あくまでも「ネットの噂」にとどまっておりましたが、いよいよ白日の下に晒される時が来るのかな…と。100km走ることはウソでもいいけれど、ギャラはマズいですよねぇ。

 不二家騒動に関連して、「珈琲ブレイク」さんは、「不二家製菓側に落ち度があったことは事実である。しかし、マスメディアの態度のように、不二家製菓の『賞味期限切れ』をなんども繰り返し非難し、執拗に攻撃し、追いつめ、倒産にいたらしめる態度が、ほんとうに『正義』なのだろうか」と疑問を呈していますが、少なくとも不二屋と同じ程度には、「あるある捏造問題」と「24時間テレビ愛は地球を救う」(?)のことを追及していただきたいと本当に思います。


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ポッドキャスティング-木村 剛が斬る!「どう読む?六カ国協議共同声明採択」 」 ↓からご覧いただけます。

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2007.02.14

[ゴーログ]再び「ネガティブ・バトルからポジティブ・コミュニケーションへ」

 皆さん、こんにちは。木村剛です。「喜八ログ」さんが、「よそさまのブログを巡回していると、相変わらずコメント欄の管理でお悩みの方が多いように見受けられます」と書いていらっしゃいました。

「喜八ログ」にはコメント機能がありませんし、今後も設ける予定はありません。・・・コメント欄の「全面開放」にそれほど意味はないと思います。コメント管理がわずらわしくなって、ブログの更新を停止したり閉鎖してしまったりする方が後を絶たないのは「本当にもったいないこと」です。・・・現在のようにブログが流行《はや》る前、インターネットでは「掲示板全盛時代」がありました。ホームページを開設した人は猫も杓子も「掲示板」と「チャット・ルーム」を設けたものでした。ところが、それら掲示板とチャットの大部分はすでに閉鎖されています。過酷なインターネットの戦場で枕を並べて討ち死にしたのです。

ある掲示板に人気が集まり、書き込みメンバーが増加し「いい雰囲気」になってくると・・・。相当に高い確率で「彼ら」がやってくるのです。すなわち「掲示板荒らし」あるいは「掲示板破壊者」と呼ばれる者たちです。彼らの多くは確信犯的に掲示板を破壊することを狙っています。「マナーが悪い」とかそういう次元ではありません。最初から攻撃対象の掲示板を閉鎖に追い込むことが目的であり、掲示板管理人や常連メンバーの心を踏みにじることが「掲示板荒らし・破壊者」にとっての「喜び」なのです。熟練した「掲示板荒らし・破壊者」の手にかかれば、ウブな管理人などひとたまりもありません。・・・そんなこんなで掲示板はすっかり下火になってしまったのです。・・・

ブログ・コメント欄をよくよく見直してみれば、これはシンプルな形態の掲示板にほかなりません。・・・かつてサイバースペースにおいて「掲示板荒らし・破壊者」が幅を利かせたように、現在は「ブログ荒らし・破壊者」が闊歩しています。彼らの目的は自分たちにとって気に食わないブログを閉鎖に追い込むこと、ブログ管理人に敗北感を抱かせること。こう断定しても、それほど間違いはないでしょう。彼ら「ブログ荒らし・破壊者」に対して「おなじ人間なのだから話せば分かるだろう」といった期待を抱くのはきわめて危険だと思います。・・・悪意をもって確信犯的にブログ・コメント欄を攻撃してくる者たちと、まともな「議論」ができるわけもありません。果てしない「重箱の隅つつき」と「揚げ足取り」によって消耗させられてしまうのがオチです。

 残念ながら、世の中には、他人を不快にして面白がる方々というのはいらっしゃるようでして、「ブログ荒らし」というならず者が後を絶ちません。かくいう「週刊!木村剛」も、コメント欄こそ設けておりませんが、「ブログ荒らし」の被害に遭ったことが度々あります。
 こうした状況が変わらない限り、日本において、ネットが本格的な市民権を得ることはないでしょう。「ウェブ2.0」の世界が到来しているというのに、極めて残念なことです。私は、ブログを始めた3年前から「ネガティブ・バトルからポジティブ・コミュニケーションへ」(ゴーログ2004.6.28)というスタンスを貫いており、そのときに書いた、以下のような思いをいまでも抱きつづけています。

ブログ・コミュニティが、
(1)自分と異なる意見を排除せず、建設的な批判であれば受け容れる度量をもつこと、
(2)批判する場合は、説得的な論拠を示すほか、代替案を示すなど建設的に行うこと、
(3)意見と人格を同一視することなく、いつ如何なる場合も人格攻撃を行わないこと、
 という最低限のディスカッション・マナーを身につけていかなければならないとも思っています。

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ポッドキャスティング-木村 剛が斬る!「国家の価値観を押しつけるな!」 」 ↓からご覧いただけます。

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2007.02.12

[ゴーログ]ナインティナインに期待したい?!

 皆さん、こんにちは。木村剛です。かなり昔の話になってしまいますが、「岡村隆 どうよ」さんが、ナインティナインの岡村隆氏について、興味深い情報を寄せていたことに今ごろ気が付きました。

だいぶ前ですが、「ライブドアがニッポン放送の経営権を握るかもしれない!」という時がありましたね。ライブドア経営になっても、オールナイトニッポンのパーソナリティー(出演者)を続けていくか、それとも降板するか! パーソナリティーの意見は大きく分かれたようですね。当時、タレントのタモリや歌手の中島みゆき他の、オールナイトニッポンの大御所らから、当時の経営陣を擁護する声が一斉に上がり、経営陣がライブドアになったら、「オールナイトニッポンのパーソナリティー全員降板!」というところまでいきそうな雰囲気だったらしい。

全員降板の流れになりそうな中、「リスナー重視」の立場から、パーソナリティ降板に反対したのが、岡村隆史だそうです。「ニッポン放送がそのリスナーを大切にしていますって言うてんのに、パーソナリティー自体がリスナーを無視してしまってる」――「ナインティナインのオールナイトニッポン」での岡村隆史の発言。

心情的に、今まで長い付き合いのあるニッポン放送の経営陣の側に立つか?
  あくまでも番組を聴いてくれているリスナーの側に立つか?
  その岐路で敢然とリスナー側に立った岡村隆史。ここら辺りに、オールナイトニッポンを始め、ナインティナインのレギュラー番組が長く続いている秘密があるかもしれませんね。加えて、岡村 隆史の魅力の秘密があるのかも・・・。


 不勉強ながら、その情報は知りませんでした。これが事実であれば、ナインティナインの岡村は大した男です。個人的には、デビュー当時とは異なり、芸人ではなく、完全にタレントもしくは司会者と化してしまったナインティナインに大きな幻滅を感じていましたが、本日、撤回します。
 岡村隆頑張れ!
 ついでに、矢部もヤベッチFCでサッカー頑張れ!


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2007 02 12 [08. メディア/広告の将来を占う] | 固定リンク | トラックバック

2007.02.01

[ゴーログ]新聞はいずれ斜陽産業になる?

 皆さん、こんにちは。木村剛です。「不動産と景気・経済」さんがインターネットと新聞業界に関して、秀逸なエッセーをアップしています。

発行部数減少、広告収入の減少という米国新聞業界が抱える悩みは、インターネットの普及がその原因である。記事だけでなく広告もネット広告へと大きくシフトしている中で、ウォールストリート・ジャーナル(WSJ)も今年1月2日付紙から、独自の解説記事を大幅に(8割に)増やし、購読料を下げるなどを柱とした大規模紙面改革を行った。日本ではまだ、(例えば)日本経済新聞の発行部数は伸びているそうだが、早晩、WSJのような憂き目に会うと思う。・・・グーグルニュースを自分でカスタマイズして、自分の好みの記事を読める時代がもう来ているのだし、グーグルの「とは」検索をすれば日経よりはるかに詳しく、(正確な?)情報を得られるのだから。

 すでに昨年における新聞広告収入を見ると、某大手新聞社では、前年比で3割以上減少したらしく、広告欄を見てもぱっとしません。現在のような大本営発表とスキャンダル中心の紙面構成では、多くの読者をひきつけていくことは難しいでしょう。このままだと、新聞業界は斜陽産業になっていくでしょう。本物の情報と独自の分析を提供できるメディアが、いまこそ求められているように思います。


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ポッドキャスティング-木村 剛が斬る!「偽情報に騙されるな!」 」 ↓からご覧いただけます。

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2007.01.25

[ゴーログ]視聴者が低俗だったら何をやっても許されるのか?

 皆さん、こんにちは。木村剛です。「3RD EYE STUDiOS」さんが、「テレビは低俗だと切って捨てられるのは悲しい」というトラックバックを送ってくれました。

民放は視聴率がそのコンテンツの価値基準だ。・・・視聴率が取れないディレクターや作家さんはいとも簡単に降ろされてしまうし、自分が紹介したいネタよりも視聴率が取れるネタが優先される。・・・キー局のプロデューサーだってシビアで、視聴率が低い番組を何本か作ってしまったら左遷されてしまう。・・・残念ではあるが今テレビで放送されている内容は日本の一般大衆が求めているものを、テレビ番組制作のプロが考えに考え抜いて作っているものだ。テレビが「低俗だ」と言うのは、それはつまり日本人の最大公約数が「低俗だ」と言っているのと同じことだと思う。・・・

今の日本人が好きなコンテンツは食べ物と健康と頭の体操。ラーメン番組見た後に健康番組見て(超矛盾!)、脳トレするんです。出演者は視聴率がいい人が選ばれるから、どの番組も似たりよったりの顔ぶれだ。・・・「テレビは低俗だ」と切って捨てるのは簡単だけど、じゃあ低俗でない番組を見てよ!と言いたい。作る側にだって低俗でない番組をやりたい人はいっぱいいる。でも視聴率が取れないからできない。もっとも、視聴率を取れる上品な番組を作れないのはテレビ制作者の怠慢、と反論されちゃうでしょうけど。

 基本的には、ご指摘どおりだと思います。「3RD EYE STUDiOS」さんの悲しい気持ちもわからないではありません。
 でも、そうは言ったって、最近の報道番組はひどすぎると思います。外資系証券マンの美人セレブ妻殺人事件にどれだけ報道意義があるのか、私には良くわかりません。また、そうしたおどろおどろしい殺人事件の詳細を毎日のように垂れ流して、子どもたちに見せ付けることが社会的に良いことだとも思えません。
 日本人の最大公約数が「低俗だ」――ということを、百歩譲って認めるとしても、プロフェッショナルな仕事をしている者として譲れない一線というものはあるのだと思うのです。そして、いまのテレビ局は、その一線をなくしているのではないかと懸念しているのです。だからこそ、『発掘あるある大辞典Ⅱ』のような常識を超えたやらせをやってしまうのではないかと邪推してしまうのです。


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(講演のお知らせ)
開催日時:平成19年1月26日(金)15:00~16:30(受付開始14:30)
主催:財団法人東京都中小企業振興公社
場所:千代田区内幸町ホール (千代田区内幸町1-5-1)
講師:木村 剛 (株)フィナンシャル代表取締役
講演タイトル:「中小企業の生き残り戦略」
参加費:無料
申込方法: ホームページでご確認ください。
http://www.tokyo-kosha.or.jp/topics/0612/0007.html
申込締切:定員になり次第
問合わせ先:財団法人東京都中小企業振興公社 取引振興課  
    TEL: 03-3251-7883  torihiki@tokyo-kosha.or.jp

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ポッドキャスティン-木村 剛が斬る!「談合と地方自治体」 」 ↓からご覧いただけます。

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2007 01 25 [08. メディア/広告の将来を占う] | 固定リンク | トラックバック

2007.01.23

[ゴーログ]やらせの人々が「報道の中立性」を説く

 皆さん、こんにちは。木村剛です。「WEB2.0(っていうんですか?)ITベンチャーの社長のブログ」さんが、『発掘あるある大辞典Ⅱ』におけるやらせ問題――納豆食べたら、痩せますよ――に関して、冷静で鋭いコメントを寄せていました。

納豆なんてタンパク質、植物性脂肪、炭水化物のかたまりで、たくさん食べて痩せるわけねぇだろ、みたいな物質。高栄養価なのは間違いないけれど、それは逆に言えば太りやすいってこと。まぁ、大トロやらサーロインやらをバクバク食べるのに比べりゃぁずっとマシだけど、これで痩せるってそりゃありえないよ。だって、好物で頻繁に食べている僕が実際痩せてないもの。はっきり言っちゃえば、納豆なんてグラムあたりのカロリーで考えれば逆に高い部類の食品。・・・ 

納豆は発酵食品で、つまりはビタミン、納豆菌によってタンパク質が分解されたアミノ酸・ペプチド、それから糖類なんかの集合体。ナットウキナーゼという有用タンパク質は存在するみたいだけれど、そんなもの胃液やら何やらで消化されちゃうから、そのまま体の中に入るわけじゃない。食品としてのバランスは良いかも知れないけれど、それ以上何か期待できるわけじゃない。・・・

もともと「あるある大事典」なんてやらせ満載の番組で、「あーぁ、あのセンセイ、テレビであんなこと言っちゃってダイジョブなのかなぁ」みたいな話がウラで山ほどある。一言で表せば「サイエンスっぽいフィクション」の番組。そんな番組を信じる国民が山ほどいるって、そりゃ、国民全体の民度が低いってこと。きちんとした教育を受けていりゃぁ、納豆が低カロリーじゃないなんてすぐわかりそうなものだし、それを毎日食べたってダイエットの効果がないなんてことも容易に推測できそうじゃん。

 いやぁ、それにしても、この「やらせ」はすごすぎます。何がなんでも、これはないでしょう。証券取引法の世界だったら、虚偽記載もしくは風説の流布で逮捕されていますよ。だって、毎日新聞によれば、
(1)被験者がやせたことを示すのに別人の写真を使用
(2)米の大学教授の発言の日本語訳の一部をねつ造
(3)被験者の一部の中性脂肪値が正常値になったとしたが、測定せず
(4)納豆を朝2パックまとめて食べた場合と、朝晩1パックずつ食べた場合の比較で、被験者の血中イソフラボン濃度の結果をねつ造
(5)被験者の血中のDHEA(ホルモンの一種)量検査のデータをねつ造、また、許可を得ずグラフを引用--していたことが分かった。
 ということなのですから、刑法上の「詐欺」みたいなものですよね。
 確かTBSをはじめとしたテレビ局は、楽天に対して、「報道の中立性」の重要性を説いていたように記憶しています。でも『発掘あるある大辞典Ⅱ』の問題って、いま滅茶苦茶にテレビで叩かれている不二家の消費期限問題よりも、深刻な問題のような気がするんですが、テレビ局は、不二家以上に手厳しく批判するんでしょうねぇ、きっと。それとも、同業者には甘いんでしょうか・・・?
 今週のテレビ報道が楽しみです・・・どうせ見てみぬ振りでしょうけれどね。

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開催日時:平成19年1月26日(金)15:00~16:30(受付開始14:30)
主催:財団法人東京都中小企業振興公社
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講師:木村 剛 (株)フィナンシャル代表取締役
講演タイトル:「中小企業の生き残り戦略」
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2007.01.17

[ゴーログ] 地上波デジタル化に意味はあるのか?

 皆さん、こんにちは。木村剛です。「そもそもテレビが必要なのかどうか、私にはわからんようになってきた」と嘆いている「ハチシロ――ハチミツとシロツメクサ」さんが、地上波デジタルについて、厳しい意見を述べていらっしゃいます。

地上波デジタル化の主な理由は放送する側の都合であって、視聴者側には大したメリットがありません。高画質・高品質が売りやと言うけど、土台で流れてる番組自体が低俗やのに、高画質・高品質に何の意味があるのか、まったくわかりません。公共電波の利用枠確保という事情は知ってるから、放送局側の都合なんて知らん!なんてことを言うつもりはありません。でも、まだ使えるテレビを捨てて、高いテレビに買い換えて、それでも観たいと思わせるだけの番組が、果たしてどれだけあるんやろか? たとえ今のテレビが使えなくなっても、アンテナから切り離して、口コミで評判の高いドラマをレンタルDVDで観て、時々子ども達と一緒にゲームができれば、それで充分な気がします。

 確かに、「流れてる番組自体が低俗やのに、高画質・高品質に何の意味があるのか、まったくわかりません」という批判は、かなり説得的ですね。技術がアナログからデジタルへと高度化したところで、番組内容が高度化するわけではありませんから。そういう観点でみると、デジタル化というのは、現在の放送内容に対する究極の皮肉なのかもしれませんね。

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2007.01.15

[ゴーログ] 2ちゃんねるとひろゆきは何処にゆく?

 皆さん、こんにちは。木村剛です。サンスポ・ドットコムによれば、2ちゃんねるの管理人であるひろゆき氏が、個人財産を差押えられる危機に陥っており、2ちゃんねるの運営に暗雲が立ち込めているようです。

インターネット上の巨大匿名掲示板「2ちゃんねる」の管理人、「ひろゆき」こと西村博之氏(30)に約500万円の債権を持つ東京都の男性(35)が12日、西村氏の全財産の仮差し押さえを東京地裁に申し立てた。対象は西村氏の銀行口座や軽自動車などのほか、ネット上の住所にあたる2ちゃんのドメイン「2ch.net」にまで及ぶ見込み。執行された場合、2ちゃんが一時閉鎖となるのは必至だ。・・・2ちゃんでの誹謗中傷などをめぐる訴訟で、法廷無視を決め込んできた「ひろゆき」がピンチに立たされた。 

西村氏に“挑戦状”を突きつけたのは東京都の会社員男性(35)。男性は2ちゃんで自身や家族の実名、住所を掲載された上、「人間のくず」「ネットストーカー」などと誹謗中傷されたとして、昨年8月、書き込み者を特定して責任を問うために、西村氏を相手取り、東京地裁に情報開示を求める申し立てをした。これに対し、西村氏は裁判所の呼び出しを無視。出廷しなかったため同9月に情報開示を命じる仮処分が下されたが、シカト。間接強制で1日5万円ずつ制裁金を科すこととなったが、それでもダンマリを貫き、決定から100日を経て、債権は約500万円にまで膨張した。・・・

西村氏は・・・「裁判に勝とうが負けようが関係ない。(賠償金を)払わなければ一緒」などと衝撃発言を繰り返した。男性は西村氏に対し「悠然と賠償命令を無視して、億単位を稼いで開き直っている」と怒り心頭。「法律にのっとって被害者の痛みを少しでも知ってもらう」と仮差し押さえに踏み切った理由を説明した。・・・西村氏が今回も無視をすると、強制執行により全財産が差し押さえとなる。となると、日本最大の匿名掲示板も停止を余儀なくされる。西村氏が法廷に立たざるを得ない状況となったのは、間違いなさそうだ。

 2ちゃんねるのようなBBSに対する私の見解は、2004年5月13日のゴーログ「モノ書きの老婆心:『匿名性』を護るために」において書き尽くしていますが、残念ながら、当時の私の予測――匿名であることに甘えた誹謗中傷や罵詈雑言を繰り返していると、「匿名性」を確保した上での「自由な言論の場」(「2ちゃんねる」などのBBS)は遅かれ早かれ実質的に閉ざされてしまう運命を避けられない――が的中してしまうリスクが高まっているように感じます。
 しかし、匿名性の下での自由な言論の場がなくなっていくことは、日本社会にとって決して好ましいことではありません。ネット界のオピニオンリーダーであるひろゆき氏は、現行制度を小馬鹿にしてシカトを続けるのではなく、今回の試練に対して真摯に向き合い解決していただきたいと願っております。

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2007.01.05

[ゴーログ]関東キー局は関西ローカル局に劣っているのか?

 皆さん、こんにちは。木村剛です。2006年における交通事故による死者数は、前年比▲7.6%だったようです。この事実を知って、ちょっと考えさせられることがありました。だって、TVニュースであれだけ毎日のように交通事故による死亡事故を報道していたんですよ。それなのに、実際は半世紀ぶりの歴史的な低水準だったのですから。TV局は、どういう意図で報道していたのでしょう?

 そういう懸念を抱いていましたら、「たくみのブログ」さんが、関東キー局は「当たり障りない情報のオンパレード」と指摘し、「例えば中国兵によるチベット人殺害や韓国人による神社のっとり(の疑い)など深刻な問題が世の中に起きています。これら深刻なことを平然とスルーしているのが関東キー局です」というトラックバックを送ってくれました。

同一の事柄に対しても、視点を変えたり、深く突っ込んでいけば幾らでも、視聴者にとって有意義なニュースになるはずです。・・・もちろん、テレビは解りやすくてなんぼではあるのでしょうけれど、深く掘り下げたことを解りやすく報道する努力は決して不可能ではないと思われます。・・・

私自身、今年の3月までは関西在住でしたが、ここで関西と関東を比較するに、圧倒的に関西ローカル局のテレビ番組の方が情報量が豊富であるように感じます。異なる視点、物事の核心により迫る情報を視聴者は目にすることが出来ます。大雑把にいうと建前の関東、本音の関西などといいますけれど、そういった風潮がテレビ番組にも現れているような気がします。そういった点から、西高東低のメディアリテラシーの可能性が謳われるのも納得してしまうところです。

 残念ながら、私は、関西のローカル局の番組をしっかりと見たことがないので、フェアなコメントはできないのですが、「テレビ離れが進んでいるのも視聴者が報道への退屈さを抱いているのも関東キー局の強い自主規制による当たり障りのない報道、伝えるべきを伝えないことと無関係ではない」という「たくみのブログ」さんの主張には頷けるところが多いと思っています。

2007 01 05 [08. メディア/広告の将来を占う] | 固定リンク | トラックバック

2006.12.29

[ゴーログ] 正月はYou-tubeを楽しもう!

 皆さん、こんにちは。木村剛です。もうすぐお正月ですね。あなたは、寝正月ですか?去年と違う新しい正月の過ごし方として、You-tubeがありますよね。ということで、「youtubeのあんな動画こんな動画、保存方法の大特集」さんが、You-tubeの使い方を指南してくれています。

いやあyoutubeは本当におもしろ動画がいっぱいありますね。特に深夜などは頭が検索エンジンに変換されて探しまくりです。見すぎは健康によくないとおもいつつもやってしまいます。アニメも心霊ものもまとめてみちゃいますね。そんな生活をしていたら日常がつまらなくなってきました。だってyoutubeの神のような動画ばかりみていますもの。

そりゃそうだわって感じです。最近はスラムダンクを試聴してます。中学の時に憧れてバスケはじめるくらいすきでした。部活が遅くてアニメはなかなか見れませんでした。そんなスラムダンクが無料だなんて・・まるで初恋の人に10年ぶりに会ったらその人が誰でも即お持ち帰り可になってたみたいでちょっと複雑です。

 今年も「週刊!木村剛」をお読みいただきありがとうございました。来年2月で満三年になりますが、まだまだ続けていくつもりです。
 来年もよろしくお願いいたします。よいお年を。
 来年の「週刊!木村剛」は、2007年1月4日(木)からです。


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2006 12 29 [08. メディア/広告の将来を占う] | 固定リンク | トラックバック

2006.12.05

[ゴーログ] 自費出版したって儲かりません!

 皆さん、こんにちは。木村剛です。「無菌室育ち3はお堅いのがお好き」さんが、「今、ある出版社のことがネットで話題になっています」と語りながら、「賞ビジネス」と呼称されている自費出版ビジネスについて紹介しています。

「賞ビジネス」と呼ばれるのは、出版社が公募している各種の賞に応募した人をターゲットとし、あなたの作品は受賞を逃したが、埋もれさせるのは実に惜しい、ついては、お金を出して出版しないか、と、もちかけるからです。 これは、一社に限らず、流通させる自費出版会社共通の問題かもしれませんが、
・共同出版と謳って、自費出版であるのにそうでないようなセールストークをする。
・自費出版なのに、初版の本の所有者は出版社である。
・本を売るための営業努力をしない。
という点が大きな問題であると思います。出版社は、本を売ることよりも出版することで利益を得ているのです。

ところが、顧客は「こんなに熱心に出版を勧めてくれるのだから、本が売れる勝算があるのだろう。」と誤解し、高すぎる出版費用も、出版社と折半だと思い込んで自分の本を出版するのです。結果、出版しても売れない。「大金を出したのに納得いかない!出版詐欺ではないのか?」という気持ちになるのです。・・・


 現在、少なからぬ出版社は、長年続いている出版不況の中で青息吐息の状態になっていますが、そのときに手を出しやすいのが自費出版ビジネスです。印刷費用さえ先に回収してしまえば、売れようが売れまいが利益が計算できるかなり確実なビジネスだからです。 そもそも、ある分野のベストセラーになったところで1万部にすぎなかったりする今日この頃。「出版すれば儲かる」という発想自体がなかり浮世離れなものになりつつあります。
 それが、結果的に「団塊の世代を食い物にする悪徳商法に成り下がろうとしている」(by「無菌室育ち3はお堅いのがお好き」さん)のは本当に問題ですね。自費出版は、あくまでも「人生の良い記念」であり、印刷した出版物は自分ですべて買い上げるものと割切ってやるべきものだと思います。

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2006.11.15

[ゴーログ]口コミマーケティング大炎上!

 皆さん、こんにちは。木村剛です。「雷都散策記」さんからのトラックバックで、ブログを使った「口コミマーケティング」で事件が起こっていることを知りました。ブログに商品や映画の感想を書いていた女子大生が、「企業から金貰って提灯記事を書いているブロガー」と決め付けられ、ブログが大炎上したようです。「雷都散策記」さんは、こう述べています。

前々から疑心に思っていた口コミマーケティングなんだけど、仕事内容としては非常に古典的ですよね? パチンコ屋の打ちこや、飲食店の行列作るサクラと一緒の類でしょう。つまり商品やお店が盛り上がっているような空気を作る(創る?)仕事はサクラと一緒なわけで。さらに宣伝費をより低賃金、もしくは現物支給で用をたそうという企業側の意図も見え隠れする。そういった胡散臭い宣伝手法が、一般消費者にいつまでも通用するとは思えないし、口コミの参加者も自分のブログが炎上&友人親友からも信用を失うというリスクを犯してまで口コミを続けるとも思えない。また、本当によい商品がサクラの戯言としてスルーされたり炎上するようなことも考えられるわけで、優良な商品や企業の弊害にもなるのではないか? ・・・

結論として、今回のような事件が続けば、口コミマーケティングが成熟する前に、2ch管理人の博之氏の名言「嘘を嘘と見抜けない人には難しい」が2chだけでなく実生活でもより徹底されていくのだろう。またmixi事件でも安全な場所などないということがコアなネットユーザー以外にも急速に広がっている現在、口コミマーケティングの今後の展開は明るくはないと思う。

 私見ですが、現在のネット社会は、「プライベートな情報発信の世界=ビジネスとは一線を画す世界」であるべきという強い情念を持つ方々が少なからずいらっしゃいます。しかし、そういう信念を持つ方々でありながら、純粋に「ビジネス」である、アフィリエイトには寛容であったりするところが、なかなかに複雑な環境を提供しているわけです。
 私が「『ネット社会』と『ビジネス』の境界線と秩序がどうなっていくのかを予測する上で、極めて興味深い」と記したのは、「ビジネス」の匂いを感じた瞬間に、その是非はともかくとして、まず「炎上」してしまう傾向のある「ネット社会」において、「ビジネス」との共生はどのように為し遂げられ得るのだろうか、という強い問題意識を前から持っていたからです。
 「口コミマーケティング」の炎上は、予測された範囲内の事件であり、さほど驚くには値しませんが、この事件に象徴される「ネット社会におけるビジネスへの拒絶反応」と、「ビジネス界によるネット社会の受容・侵攻」という両者の関係がどのようになっていくのか、本当に興味シンシンです。

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2006.11.13

[ゴーログ]教師を自殺に追い込む報道は「いじめ」ではないのか?

 皆さん、こんにちは。木村剛です。「いじめ問題が学校教育の現場で吹き荒れている。いじめを苦に自らの命を断つという痛ましい出来事が続いている」と嘆いている「教師バカ一代の挑戦」さんが、「いじめに対して全力を挙げて取り組むことが必要になる。いじめをしない、させない、許さない教育をそして、何よりもいじめに負けない教育をしていかなければならない」と説いています。

いじめをする方が悪いに決まっている。いじめられる側にも原因があるとは詭弁である。例えいじめる理由があってもいじめるのが悪いということを再確認しなければならない。いじめを苦に自殺をすれば、いじめた側の思うつぼだ。多くの味方に悲しい思いをさせ、いじめた敵を喜ばす。遺書に名前を書いて、復讐などできない。その時には、反省したように思えても、時間がたてば忘れてしまう。いじめたことを反省して、自殺した子どもを聞いたことがない。・・・いじめに負けてはいけない。どんなにつらくても、生きて生きて生き抜くことを学びあっていきたい。その時の辛い経験は必ずいきてくる。冬は必ず春となることを学ぶ合うことがいじめ問題の解決のひとつだと思う。

 マスコミの過剰報道が引き鉄となり、子どものいじめ問題は、教師や校長の自殺問題へと発展してきました。「学校が悪くない」と言うつもりもなければ、「教師や校長には責任がない」などとも思いません。ただ、保護者である親の責任に目をつぶって、ひたすら学校や校長をいびり倒す報道が客観的であるとも思えません。
 いじめ問題で非難されるべき関係者は、①いじめた子供、②いじめた子どもの親、③いじめに気付かなかった教師・いじめられた子どもの親、④校長、という順番であるように思いますが、どうして、いじめた子どもやその親に対して向けるべき怒りの刃を、教師や校長にのみ突きつけ続けるのでしょう。
 彼らにも責任はあります。それは間違いない。しかし彼らは、スーパーマンでも、ウルトラマンでも、水戸黄門でもない。その事実は分かってあげた上で、批判すべき点を正確に批判すべきだと思うのは、私だけでしょうか。
 マスコミからの追及に根をあげて自殺した教師や校長に対して、「教師バカ一代の挑戦」さんの文章を真似て、このコメントを送りたいと思います。

いじめをする方が悪いに決まっている。
いじめられる側にも原因があるとは詭弁である。
例えいじめる理由があってもいじめるのが悪いということを再確認しなければならない。
いじめを苦に自殺をすれば、いじめた側の思うつぼだ。
いじめたことを反省して、自殺したマスコミ関係者を聞いたことがない。
いじめに負けてはいけない。
どんなにつらくても、生きて生きて生き抜くことを学びあっていきたい。
その時の辛い経験は必ずいきてくる。
冬は必ず春となることを学ぶ合うことがいじめ問題の解決のひとつだと思う。


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2006.10.26

[ゴーログ] 誰が一番いじめっこ?

 皆さん、こんにちは。木村剛です。「詳しい事はわからんのですが、ここんとこ『いじめ』と『自殺』のニュースが出回っていてイヤ〜な雰囲気ですな」とのたまう「grounder」さんが、鋭くこう指摘してくれました。

まぁまた正義の使者よろしくTVリポータが「いじめはあったんですか!?」とマイクを振り回している・・・(あれも一種のいじめだろう!)

 まったくもって、おっしゃるとおり。座布団を10枚差し上げたいと存じます。ちなみに、「作家が急に来たもので」さんのトラックバックを読んでいたら、下記のような微妙な言い回しに出会いました。

近頃、「いじめ」とそれが原因での「自殺」のニュースをよくみかけます。一昨日のテレ朝の報ステでもやっていました。番組を観ていると、いじめで自殺した生徒の通っていた学校で、「いじめ」を「プレッシャー」と表現して、全校生徒に語る校長の映像が流れていました。そして、「なぜいじめという言葉を使わないのか」と校長に対してマスコミがプレッシャー?をかけていました。

 ひょっとすると、「まーどんな ぶろぐ」さんが、以下で指摘しているように、学校における「いじめ」を批判している私たち自身が、「いじめ」を許容する社会にしてしまっているのかもしれません。いわゆるメディアスクラムやネットにおける「炎上」などは、「いじめ」そのものですし・・・。まずは、ネットにおける「いじめ」を自らなくすことから始めるべきなのかもしれません。

お笑い芸人が登場するいわゆるバラエティー番組では、人のあげ足とり、からかい、あざけりの連続です。背丈、体重、容姿などの体的特徴を嘲笑の的にするのも、番組の中ではあたりまえになっています。バラエティー番組を見てはいけない! などと制限する親もほとんどいなくなった今の時代、 家族そろって画面の向こう側のお笑いタレントを指差しながら、わっはっは! と嘲り笑うようになってしまいました。このような感受性が鈍った人が集まる社会ですから、学校の教師が生徒をからかっても たいして問題にもされなかったのでしょう。まさかそのことによって自殺者が出るなんて、言った本人は想像だにしなかったことでしょう。

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2006.10.16

[ゴーログ] YOUTUBEにネットのダイナミズムを感じる!

 皆さん、こんにちは。木村剛です。「時事を考える」さんから、先般般発生したニューヨークにおける小型飛行機のビル激突事故の映像が、YOUTUBEに掲載されていることを教えていただきました。「映像の角度は良くないですが現場の雰囲気を伝え生々しいです。YOUTUBEでこういう映像がみれるようになりました」ということなのですが、本当にインターネットというのは、世の中を変えているなぁ、ということを実感します。

このビデオが検索できたのが投稿された12時間後くらいです。グーグルのYOUTUBE買収で映像が検索に引っ掛かるのが早まるのかもしれません、そうなると間を置かずに遠い^^海外現場の映像を居ながらにしてみることができます、このあたりさらに進化しそうな気配で楽しみです。

尚YouTubeがCBS、SONY BMG、UMGと提携ということで、CBSが本格的にYOUTUBEに投稿を始めました。・・・そして、「両社はYouTubeが新たに開発したコンテンツ識別アーキテクチャを使用し、CBSの著作権があるコンテンツがYouTube内に保存されているかどうかを確認する契約も交わした、著作権のあるコンテンツを発見した場合、そのまま保存するか削除するかの判断はCBS側に一任される」と書いてあり、著作権問題もクリアの方向が出てきたようです 

 私は、GoogleによるYOUTUBEの買収ニュースをCNNで見ていましたが、YOUTUBEの創設者の若者たち(高齢者向けに正確に言えば、世の中の何たるかを知らない「若造」)のチャレンジを素朴に褒め称えるスタンスを羨ましく思いました(日本だと、「苦労しないで金持ちになりやがって」みたいな嫉妬がブラウン管の背後からチラチラと見え隠れしますからね)。
 いずれにしても、「放送と通信の融合」というお題目のところで、形而上学的なナンセンスな議論で時間を浪費しているうちに、世界のマーケットはネットを中心にダイナミックに変貌を遂げていきそうだという印象を持ちました。
日本のテレビニュースは、飲酒運転と交通事故と殺人事件と自殺事件ばかりが中心で、あまりにも面白くないので、このところほとんど見ないようになってしまいましたが、本当にわが国における「放送と通信の融合」はどうなっていくのでしょうか?


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2006.08.21

[ゴーログ]モテない報道の時代は来るのか?

 皆さん、こんにちは。木村剛です。「時事を考える」さんが、「何で勝った人を褒めないの?」という問題提起をしています。

愛ちゃん、女子単で敗れ1冠止まり-高校総体卓球とのこと、愛ちゃんが同じ高校生に初めて敗れたようです、たぶん彼女の調子が良くなかったんだろうとは思いますが、何故日本国内に彼女を破る人が出てきたことを喜び、勝った宇土さんのことをもっと褒めないのでしょうか?さっきチラとNHKのニュースを横目にしましたが、愛ちゃんへのインタビューは流しても、宇土さんへのインタビューシーンはありませんでした、スポーツは本来勝者を素直に褒め称えるべきです

 私も素直に同感です。そういう意味では、女子ゴルフの不動裕理選手も不遇ですよね。素晴らしい成績を残しても、テレビの画像に映るのは、宮里藍と横峯さくらばかり。8月15日に公表された女子ゴルフ世界ランキングでも、不動裕理は9位で、10位の宮里藍に勝っているのに、マスコミの扱いは完全に不公平です。
 ハッキリと言えることは、報道とは「作られるもの」であって、「公正であり、中立である」などということはありえないという単純な事実。取材する際に、愛ちゃんサイドからストーリーを作るか、宇土さんサイドから絵を描くのかによって、映し出される「事実」というものは、相当程度左右されるものなんですね。
 「以前からマスコミの発信する情報は、自分たちに都合の良いように編集されたり改変されたりしている、というように警笛を鳴らしてきた」と語る「兄やん公式ブログ」さんは、以下のようなコメントを寄せてくれています。

最近で言えば、GyaOでノンカット版で流された、村上ファンドの村上さんが逮捕される直前に開いた会見と、実際にTVで流された村上さんの会見での質問と発言が食い違っていたことが有名だと思います。・・・自称公共の電波のマスコミは、既得権益を悪用した利権集団に成り下がっているため、とても公共の電波など言った誇大広告を言える立場にないと兄やんは思います。・・・視聴率を稼ぐためなら・・・編集なりヤラセなりなんでもする、というのが自称公共の電波のやっていることです。

偉そうに公共の電波だとか言うのなら、国民にとって本当に有益なものを提供したいと思うのなら、それこそ国民が関心を持つべきことを関心を持てるように作り上げる、というのが公共の電波がやるべきことではないのか!? 「これでは視聴率がとれないから・・・」と安易に視聴率の取れるバラエティや、内向きのことしか放送しないニュース風ワイドショー番組ばかりに力を入れるというのが公共の電波だと思う人はどれだけいるのか!?・・・

 最近の事例で言うと、不思議なのは、岐阜県庁の裏金問題。これは、視聴率取れると思うんですが、何で扱いが小さいんでしょうか。あの問題は、少なくとも、秋田県の児童殺害事件と同等ぐらいに扱うべき問題なのではないか、と思うのですが、そんな感じは微塵ともありません。ひょっとすると、いつの間にかマスコミは、お役人とつるんで、大本営発表をスピークアップするだけの存在に回帰してしまっているのかもしれませんね。
 そういう中で、マスコミとネットの関係がどうなるのかが注目されますが、「小福のへりくつ」さんは、「これからのマスコミは、誠実さが求められてくるんじゃないかな。だって、誠実さこそが、マスコミがインターネットに唯一対抗できる道だと思うから」と予言しています。

偏向した報道は、ある一定の人達にとっては面白いものだ。誰かをバッシングしたり、左右にわかれて「右のヤツはバカ」だの「左のヤツはアホ」だの攻撃することは、ボクシングの試合に参加しているような快感が味わえる。一種、麻薬的な魅力が、偏向報道にはあるのだろう。しかし、そのような麻薬的快感は、インターネットにはかなわない。ネットではみんな個人で自分の意見を好きに書いているのだから、表現の自由が認められる限り、どんな毒舌も描き放題である。しかも、掲示板などでは、実際に違う意見の相手と意見を戦わせることもできるのだ。これがまた、読んでたら面白いんだよなあ・・・。

逆に、誠実な意見というのは、面白くもないものが多い。役には立つかもしれないが、麻薬的な魔力はない。だから、圧倒的な視聴率を稼ぐ、というのは難しいだろう。これは、ダメ男ほど女にモテ、誠実な男は、案外モテなかったりするのと同じことだ。多くの女は、ダメ男に麻薬的な魅力を感じ、はまっていくのである。・・・

では、誠実な報道には、もてない=視聴者がつかないのではないか。誠実な報道では、マスコミは生きていけないのではないか。そんなことはない。いくら誠実な男でも、坂本龍馬とか夏目漱石くらいの偉人になれば、当然モテるだろう。要するに、本当に魅力的な、良質な報道内容にしていかなければならない、ということである。・・・逆に言えば、自分の魅力に自信のある人だけが、誠実になる勇気を持てるのである。

今後、しばらくはマスコミは「モテない」報道が多くなるかもしれない。誠実だけど静かで盛り上がらない報道・・・。だからといって、また「ダメ男」に戻って麻薬的快感を視聴者に振りまくようなことは、絶対にやめてほしい。それをしている限り、マスコミはインターネットに取って変わられていくだろう。



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(読者の皆様へ)
 全国有力書店におきまして、「フィナンシャル ジャパン」2006年9月号は8月21日発売です。
今月の第1特集は、「戦争リスクから財産を守る」と題して、北朝鮮のミサイル問題や日本を取り巻くリスクの分析、そしてユダヤ人の知恵から財産を守る方法についてまとめています。 第2特集では、今後の日本経済を方向づける『骨太方針2006』についての取り扱い、今後、税金が増えるのかーー特に相続税について分析をしています。
 特集以外では、ソフトブレーン会長宋文洲氏が語る『靖国問題』、自民党総裁選に挑戦する河野太郎議員の年金改革プラン、「構造改革下で儲かる株シリーズ」では、ファンコミュニケーション、ディー・エヌ・エー、アイディーユーなどを取り上げています。 対談シリーズではーー小池百合子環境大臣が登場、好評連載中の「上場社長の知られざる悩み」ではさわかみ投信代表の澤上篤人氏が椿本チエイン福永会長・美本社長に迫ります。そのほか、前三重県知事の北川正恭氏とシャープ社長町田氏、経済ジャーナリスト財部誠一氏と帝人社長長島氏など魅力的なトークが満載です。
 また新連載「団塊世代のマネークリニック」の第1回はインフレに負けない資産運用をご紹介しています。


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2006.08.15

[ゴーログ]亀田問題ではなく、TBS問題である!

 皆さん、こんにちは。木村剛です。昨日に引き続き亀田問題を取り扱ってみたいと思います。「アレって明らかに誰かが演出してるわけでしょ。リングへの登場でのセットとか、亀田親子が徹夜で作ったわけではないはず。親父の存在も全部ひっくるめて『亀田三兄弟』を演出しているグループが居るのは明白だ。所属する共栄ジムの了解があってのことだろうが、結局のところTV局が主導しているのは間違いないだろう」と「小株主の徒然日記」さんが指摘しているように、所詮、亀田親子は「踊り子」であって、「黒幕」ではあり得ないというのは間違いのないところ。

 ちなみに、「終わってみたらやっぱり八百長でしたね」と断言している「帰ってきた2006FIFAワールドカップドイツ大会の社長のブログ」さんは、「ここまで露骨にやるとは協栄ジム&TBS恐るべし」と指摘しています。

視聴率40%超ってことは、4000万人が見ている中であの判定をしたってことですよね? すげぇ度胸だなぁ。エンターテイメントとしては良質かもしれません。・・・で、大晦日、わざわざレコード大賞を30日に移してまでTBSは亀田の防衛戦をやるわけですね? そりゃ、負けていたら大変なことになっていましたよね。絶対勝たなくちゃいけないというか、もう勝つことが決まっていたとしか思えない予定調和。・・・大晦日に防衛戦をやるっていわれれば、今度はどんな筋書きを用意するんだろうと思うのが庶民の感覚。まぁ、狂言師がプロレスをやるのと大差ないですよね。そういうものだと思って見るなら何も問題ない。大勢の人が「ボクシングはまじめにやっている」と思っていたから色々騒がれちゃうわけでね。 TBSが中継するボクシングはスポーツではなくエンターテイメントである。楽しみにすべきはボクサー同士のしのぎを削る戦いではなく、どういうシナリオが用意されているかである。これがわかったので、次からはみんな抗議の電話なんてしないでしょう。え?何を楽しみにするかって?そりゃ、間違って挑戦者のパンチがあごにヒットしてダウンしちゃってKO負けしちゃうとか、シナリオと違う結果になってしまうNGが発生するかどうかでしょう(^^

 そういう認識の下で「ナガスクジラの夢」さんは、「結局今度は亀田興毅の完全なKO勝ちを巨額の金で演出するんだろうな。でもその時おそらく日本のボクシングはスポーツではなくなるでしょう。一般大衆をなめてはいけませんよ、ね、TBSさん」と釘を指していますが、果たしてどうなるでしょうか。ちなみに「くまさんの自立」さんは、TBSの変調を感じているようです。

TBSも目が覚めたのだろうか?・・・亀田大毅戦もフォローしていない。今までだと、しつこいくらいにあの顔が自局のテレビやネットで出現させ、宣伝していたのに、今は全くしていない。・・・今までは、飛ぶように売れていたチケットも売れ残っているそうだ。ぼくはもともと言動・言行がテレビに映すような人間ではないと思っていたから、観る気もしなかったが、ようやく、マスコミのプロパガンダで見に行っていた人もマインドコントロールから解けたのかもしれない。20日の亀田大毅戦は深夜枠でしかも録画だ。・・・マスコミの「社会の公器」という言葉は、全く似合わない。 

 そういう中で「平成ビジネス寺子屋」さんは、「TBSがかなり本気でなりふりかまわず『世論操作』しはじめました。世間の、ファンの矛先を幾つかの論点でかわし始めたのです」と指摘しているわけですが、「亀田選手という商品、お父さんやジムは『正統派、実力商品』であるととらえ、TBSは『一過性のイメージ商品』ととらえた結果、温度差が生じ始めています。TBSはもはや、この『下請け企業、亀田製作所』の切り時を真剣に考えているのではないでしょうか」と見立てています。
 つまり、消費財としての「ボクシング亀田親子」を切り捨てる格好の時期として「大晦日防衛戦」を仕掛けていると読んでいるわけですが、亀田問題をTBS問題としてとらえると、分析する対象としては極めて興味深いものがありますね。
 こういう「社会の公器・TBS」がどうあるべきかについては、楽天が問題提起した経営問題と関連させて、もっと議論したほうが良いのかもしれませんね。


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全国有力書店におきまして、「フィナンシャル ジャパン」2006年9月号を発売中です。
今月の第1特集は、「小泉改革は失敗だったのか」。小泉政権が本年9月に終結を迎えることもあり、『小泉改革』が議論の的となっている中、格差問題を中心に構造改革の功罪を分析しています。
第2特集では、日本郵政公社で投資信託が販売されるようになって半年以上がたった今、「郵便局で投信を買いませんか?」と題して、郵便局だからできる投資信託の販売戦術とは何か、そして郵便局で取り扱っているお勧めの投資信託に関する情報などをまとめています。
特集以外では、Q&A形式の「知らないうちに 『インサイダー取引』 をしていませんか?」、さわかみ投信代表の澤上篤人氏が経営者の本音に迫る「上場社長の知られざる悩み」、前三重県知事の北川正恭氏とスターフライヤー社長の堀氏との対談、2006年FIFAワールドカップドイツ大会の日本代表敗退にみる、「談合型社会主義」について、スポーツジャーナリスト 二宮清純氏とFJ編集長 木村剛が語りつくします。また今月からは、「インフレ最前線―身の回りに忍び寄るインフレの影」、「ポストBRICs―ネクストイレブン」が新連載としてスタートします。


2006 08 15 [08. メディア/広告の将来を占う, 09. 燃えよ!スポーツ] | 固定リンク | トラックバック

2006.08.04

[ゴーログ]異論あり!秋田県藤里町児童殺害事件

 皆さん、こんにちは。木村剛です。秋田県藤里町における児童殺害事件について、マスコミと真っ向から対峙するブログから発信がありました。「観劇レビュー&旅行記と日記」さんは、「一人の女性が、秋田県警の意図的な情報操作と、これに載せられているマスコミの無責任な報道によって、人権を蹂躙されているばかりか、人格的にも社会から抹殺されようとしています。ことによると、警察施設内で “自殺” と称して生命さえ抹殺されかねません」と警告を発しています。

 残念ながら、私は、当該事件の報道については当初より不快に感じていたため、事情を詳細に知ってもいませんし、「観劇レビュー&旅行記と日記」さんから寄せられた情報が正しいか否かに関して、識見を持ち合わせておりません。
 ただ、当局からのオコボレ情報によって一方的な見方を押し付けがちのマスコミに騙されないためには、違う見方をしている方々の意見を聞くことは重要だと常々感じています。したがって、秋田県藤里町における児童殺害事件に興味のある方は、「観劇レビュー&旅行記と日記」さんのブログを読んでいただくことには、少なからぬ意義があるかもしれません。
 この中で、「観劇レビュー&旅行記と日記」さんは、「マスコミは『報道』ではなく、やりっぱなしの『放道』です。被疑者の人権に対する配慮は全くありません」と嘆いていますが、その点に対しては全く同感です。「『推定無罪』『疑わしきは、被告人の利益に』という【憲法】や【刑法】の基本」を踏まえない「報道」のどこが「公正で客観的」なのか、誰かに教えてもらいたいものです。

 過去に「松本サリン事件」に典型的にみられる「冤罪事件」が数多く発生し、無実の方が死刑に処せられたこともあります。 死刑に処せられない場合でも殆どの方々が、その後の人生を普通に生きられず、無実が証明されたあとでさへ全うな生活ができないというのが実際です。このような冤罪事件の温床が『代用監獄』であり、孤立無援状態での長時間に亘る取調べであったことは歴史的事実です。

 世界的にも、日本の刑事事件の手続は、基本的人権を踏み外していると批判され続けています。この前近代的なやり方が変わることはないのでしょうか。


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2006.07.31

[ゴーログ]変なTV番組に出会ったらスイッチを切ろう?!

 皆さん、こんにちは。木村剛です。テレビディレクターを務める「ハコフグマン」さんが、日曜日昼に放映されているテレビ朝日の「サンデースクランブル」という番組に対して憤っています。

日曜昼にやっている番組・サンデースクランブルのコメンテーター、テリー伊藤と黒鉄ヒロシは、ここのところ言いたい放題、あまりにもめちゃくちゃなので、ディレクターの私でさえテレビ朝日に抗議しようかと思うくらいである。いつもこの二人の顔を見るたびに吐き気がする。彼らの発言は世間的には許されているのか?

さっき秋田藤里町の児童殺害事件で、畠山容疑者に「子供を殺すくらいなら、お前が自殺しろ」とテリー伊藤がカメラ目線で叫んでいた。この供述はまだ昨日出てきたばかりであり、恐らく彼はディレクターか記者に伝聞の伝聞くらいで聞かされただけであろう。よくそれでそんなこと言えるよな。

 私自身は、そもそもこの秋田藤里町の児童殺害事件を毎日のように報道する意義は本当にあるのか、と訝っていますし、ほとんど当局からのオコボレ情報をチェックすることもなく垂れ流すスタンスには、極めて大きな問題を含んでいると思っています。そして、そういうことに何の問題意識を持つこともなく、「推定無罪」の大前提を無視して、その場の雰囲気だけで他人を断罪するようなコメントをする「識者」モドキの方々には、嫌悪感を否定できません。

テリーも黒鉄もこういう過激な言い方をしたほうが「ウケる」と知っている確信犯なのだ。地味な報道番組なので、「独自の切り口で」とか何とかプロデューサーにおだてられて、視聴率upのために、軽々しい言葉で容疑者を罵倒している。それもこれも、自分の食い扶持を稼ぐためでしかない。

言葉を安売りして、どんどん報道や言論の質をダンピングしているこうした連中の罪は重い。こんな卑しい連中を使ってしか独自性を出せないようなら、この番組自体を止めたほうがいい。このコメンテーターたちが番組の信頼性を著しく貶めていて、これではまじめにVTRを作成しているスタッフも浮かばれない。

しかし視聴者が、快刀乱麻を絶つような発言だと喝采を送っているとしたら問題は根深い。お願いだから、人の生死に関わるようなことを軽々しく断定してしゃべる人間を信じないでほしい。そして自分の頭で考えよう。この番組に限ったことではなく、この発言はひどいな、とか卑しいと思ったらすぐにスイッチを切るくせをつけてほしい。

 私自身、様々なケースでマスコミ被害に遭ってきましたし、自浄作用が感じられない業界体質にかなり気分を害してきましたが、マスコミの中にも、こういう良心的な方々がいらっしゃることを知り、少し安堵いたしました。是非、良い番組を作っていただいて、玉石混交の中で光り輝く「真の報道」を確立していただきたいと心の底から思います。


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2006.06.30

[ゴーログ]秋田事件:茶番は続くよ、どこまでも・・・

 皆さん、こんにちは。木村剛です。昨日に続いてで恐縮ですが、「実は、現在も茶番が続いています」と指摘する「彰の介の証言」さんが、「うすうす多くの人が感じているのではないかと思うのですが、彩香ちゃんの死とこの母親たる鈴香容疑者との関係が怪しいということです」と書いていらっしゃるので、ご紹介します。

現在の報道では、彩香ちゃんの死は事件事故の両面から捜査されているとしており、(報道側が)彼女が怪しいと思っているなんてことを感じさせないよう、「豪憲君殺害の動機がわからない」なんてやっています。しかし、よ~くワイドショーなんかを見ていると、少しずつ、この母親が、娘にまともな食事を与えていなかったとか、世話をしていなかったとかいう伏線を張りつつあることに気付きますし、豪憲君の元に警察が頻回に聞き取りにきていたなんてことも、曾祖母の話として報道し始めています。まあ正直、推定無罪なんていうどうでもいい概念は取り払って、面白おかしくこの鬼母情報を流したくてしょうがない、もう喉元まで出ていて、少し出ちゃった、というのがみえみえなのです。・・・ 

上のようなことを書いてしまうと、「おいこら!彰の介!、このエントリーこそ、推定無罪から逸脱しているじゃないか?」というご指摘があるかもしれません。・・・しかし、この想像を膨らませるような報道をしているのは現行のメディアであること(この報道の茶番が許せない)と、この茶番が冤罪を作り出しているということに気付かない報道に対する抗議と考えてください。茶番するぐらいなら、一切報道しなければいいのであって、警察からの発表があればそれを淡々と伝えればいいのです。鬼母のイメージを創りあげて、より知ろうとすることをあおる必要も全くありません。・・・冤罪のリスクを負いながら、リアルタイムで問題の検証を行っていく必然性なんてないのですから。

 とにかく最近は、「何でもいいから、面白いネタにしてしまえ!」という圧力が強いような感じがします。少し前に話題になったシンドラー社のエレベーターもそうでした。「ブログ新聞『市民ジャーナル』」さんは、6月12日に開催されたシンドラー社の記者会見に関連して、こう指摘しています。

どうもマスコミは真実の解明よりもニュースを高く売ること、すなわち視聴率や販売部数を稼ぐため、ヒステリックになって、センセーショナルに騒ぎ立てることに熱心であるように見える。端的に言ってしまえば「真実の解明より、誰でもいいから悪者を仕立てて金儲けをしよう」という振る舞いである。現代のような競争社会においては、「報道」もテレビ局や新聞社の、単なる“商品”となってしまったのだろうか。商品を高く売るためなら真実解明などには興味が無く、事実を少しくらい膨らましたり削ったりしながら、騒ぎを大きくすることも平気でやってしまう。

最早こういうマスコミでは、村上ファンドやホリエモンの金儲けと何ら区別がつかないし、彼らを批判する資格もない。むしろ、報道と言う正義を隠れ蓑にし、権力を持っているだけにもっと悪質で危険である。もう少し冷静で論理的なジャーナリズムが育たないと、この国は本当に困ったことになってしまう。

 現在のマスコミのあり方については、色々な見方があるでしょう。ただ、秋田の豪憲君殺人事件に関する報道を毎日見せ付けられておりますと、「少年がその家族を殺害するという哀しい事件が続いています。『少年事件は連鎖的に起きることがある』とコメントする人が居る中、連日に渡って微に入り細に入り事件内容や少年の供述を報道するニュース番組には疑問を持たずには居られません」(by「プラスチック会社~エンジニア社長ブログ」さん)というご意見に、私は激しく同意せざるを得ません。

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(読者の皆様へ)
 全国有力書店におきまして、「フィナンシャル ジャパン」2006年8月号は6月21日発売です。
 今月の第1特集は、「インフレ時代に備える6つの基礎講座」。インフレになることを見越して身につけておくべき基本知識や投資方法を学び、読者の皆さまの身近にある金利や物価、住宅ローンや預金金利などについて解説しています。
 また第2特集は、5月より新会社法が施行され、企業においての『内部統制』が注目される中で、「投資家のための新会社法『内部統制』の極意を学ぶ」と題して、投資家として知っておいたほうがよい、企業の対応の実態や『内部統制』に力をいれている企業の情報などをまとめています。
 特集以外では、中田英やイチローのようになるための右脳の鍛え方、政策通で知られる与謝野馨経財相の「オトナの経済財政論」、前三重県知事の北川正恭氏と日本サッカー協会の川淵キャプテンによるリーダシップ・人事術についての対談、さわかみ投信の澤上篤人氏の「ファンドマネージャーが経営者の本音に迫る」、独立した立場で投資家にアドバイスをするファイナンシャル・アドバイザーの活動状況など盛りだくさんの内容となっています。

2006 06 30 [08. メディア/広告の将来を占う] | 固定リンク | トラックバック

2006.06.29

[ゴーログ]推定無罪:鳥越俊太郎氏のジャーナリスト魂

 皆さん、こんにちは。木村剛です。「彰の介の証言」さんが、秋田の豪憲君殺人事件に関して、「朝のワイドショーでは・・・傲慢な母親の態度を放送していましたが、この母親の態度も傲慢なら、報道陣も節操がないというべきで、こんな報道陣に対し、鳥越俊太郎氏が『推定無罪』という言葉を使い苦言を呈したことは特筆に値すると感じました」という記事をUPしています。

全国放送で、一般人には報道されていなかったことですが、事件現場の秋田では早くから今回逮捕された容疑者が怪しい人物として報道陣からマークされており、この容疑者宅の前には、壁になるほどのカメラが容疑者を付け狙っていたということです。そう、そこには推定無罪という概念は微塵もありません。怪しいから犯人だということを前提とした取材合戦が繰り広げられていたと考えられます。 

今朝のワイドショーでは、今回の逮捕を受けて、この逮捕前に撮り貯めていた容疑者のテープを一斉に解禁していました。・・・そこには犯人を犯人らしくという手法がふんだんに使われており、慎重な報道姿勢ほとんどはありませんでした。しかし、ワイドショーにコメンテイターとしてでていた鳥越俊太郎氏が、全く脈絡のない部分で、この逮捕前の容疑者への報道姿勢に苦言を呈しました。

「推定無罪」という概念から、(逮捕前の取材で)このようなメディアスクラムを組むことは、自粛してきたはずなのですが・・・。
番組が、容疑者を徹底的に叩いている最中に、このような取材のあり方には問題があると指摘したことは、非常にびっくりしましたし、非常に勇気がいることだと思います。・・・鳥越氏というのは、ただのジャーナリストではないということを認識しました。興味本位の報道が、当たり前のように許されている現代において、一石を投じてくれる存在ではないかと密かに期待をしたいと思っています。 

 私自身は、鳥越俊太郎氏の発言を直接耳にしておりませんので、人物評価については何とも言えません。しかし、上記の発言が事実なのであれば、日本では絶滅したと思っていた「気骨のあるジャーナリスト」は、ひょっとするとわずかながら生息しているのかもしれません。今後の鳥越俊太郎氏の言動に注目してみたいと思います。

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(読者の皆様へ)
 全国有力書店におきまして、「フィナンシャル ジャパン」2006年8月号は6月21日発売です。
 今月の第1特集は、「インフレ時代に備える6つの基礎講座」。インフレになることを見越して身につけておくべき基本知識や投資方法を学び、読者の皆さまの身近にある金利や物価、住宅ローンや預金金利などについて解説しています。
 また第2特集は、5月より新会社法が施行され、企業においての『内部統制』が注目される中で、「投資家のための新会社法『内部統制』の極意を学ぶ」と題して、投資家として知っておいたほうがよい、企業の対応の実態や『内部統制』に力をいれている企業の情報などをまとめています。
 特集以外では、中田英やイチローのようになるための右脳の鍛え方、政策通で知られる与謝野馨経財相の「オトナの経済財政論」、前三重県知事の北川正恭氏と日本サッカー協会の川淵キャプテンによるリーダシップ・人事術についての対談、さわかみ投信の澤上篤人氏の「ファンドマネージャーが経営者の本音に迫る」、独立した立場で投資家にアドバイスをするファイナンシャル・アドバイザーの活動状況など盛りだくさんの内容となっています。

2006 06 29 [08. メディア/広告の将来を占う] | 固定リンク | トラックバック

2006.06.21

[ゴーログ]秋田事件のマスコミ報道を考える

 皆さん、こんにちは。木村剛です。TVをつけると、秋田の事件を延々とやっておりますけれども、私はこの一連の報道については聞き流しておりましたが、「あんなこと、こんなこと。どんなこと?」さんから、マスコミで流れているストーリーとは全く異なる視点のコメントをいただき、色々と考えさせられましたので、さわりの部分をご紹介いたします。

人間、理解できることなんて、ほんの少しだ。誰のことだって、自分で分かったつもりになっているだけで、本当のことなど分からない。世の中には、信じたくないが、ひどい悪意が存在する。それは確かかもしれない。それにしても… 

秋田の事件は今や格好のマスコミの餌となっている。微に入り細に入り、彼女の過去をほじくり出して苦労知らずの「コメンテーター」が偉そうに、コメントしている。彼女の一生のいったい何が分かるというのだろうか。

男が来ると家から娘を閉め出していたと聞いて、サラーム・ボンベイのシーンを思い出した。インドの極貧の子供たちを描いた映画だ。娼婦の母親は自宅で体を売って生計を立て、男が来ると子供は外で待っている。同じ情景が”経済大国”日本でも繰り返されていたのではないのか?・・・ 


 続きは、是非、ブログを訪ねて読んでいただきたいと思います。私は、「あんなこと、こんなこと。どんなこと?」さんが指摘する諸種の論点の正しさを裏打ちする証拠を持ち合わせていませんが、当局からのネタを裏も取らずに垂れ流す、最近のマスコミ報道の姿勢を見せ付けられるにつれ、「あんなこと、こんなこと。どんなこと?」さんのようなリテラシーは国民全員に絶対に必要だと感じています。
 松本サリン事件をひき起こしたマスコミの体質は改善されるどころか、より凶暴性を増し、より無責任になっているようです。野に放たれた虎のように、今後も被害者を増やし続けることでしょう。
本当に羨ましいですね。
 マスコミは、誰も批判することのできない絶対権力ですから・・・。
 裁判に訴えて、誤報を証明したところで、それが大々的に報道されることはなく、賠償金額もスズメの涙。万が一のために辞めさせるためだけの取締役を養っているという余裕と狡猾さを持っている大マスコミには誰も敵いません。
 永田町の権力者たちですらも・・・。

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 特集以外では、中田英やイチローのようになるための右脳の鍛え方、政策通で知られる与謝野馨経財相の「オトナの経済財政論」、前三重県知事の北川正恭氏と日本サッカー協会の川淵キャプテンによるリーダシップ・人事術についての対談、さわかみ投信の澤上篤人氏の「ファンドマネージャーが経営者の本音に迫る」、独立した立場で投資家にアドバイスをするファイナンシャル・アドバイザーの活動状況など盛りだくさんの内容となっています。

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2006.06.14

[ゴーログ]マスコミから抹殺された東大教授がいた!?

 皆さん、こんにちは。木村剛です。「日本で最悪の談合集団はマスコミ」と指摘している「微妙に日刊?田中大介」さんが、「つい最近も新聞社による卑劣なバッシングにより、公正取引委員会がマスコミに敗れ去りましたが、それは最近始まったことではないようです」と憤っています。

 その彼が、極めて示唆に富む情報を紹介してくれました。「10年も前にマスコミに楯突いて、それ以来マスメディアから姿を消した経済学者のサイトを発見」ということなんですが、それは三輪芳朗(Profile of Yoshiro Miwa)東大教授のサイトなんですね。すでに10年前に公表されている情報ですが、依然として輝きを失っていません。こういう情報が簡単に手に入るところも、インターネットの素晴らしいところなんじゃないでしょうか。
 あまりにも面白く知的刺激に満ちているので、是非、サイトに立ち寄っていただいて、すべての情報に目を通していただきたいと思いますが、お時間のない人のために、ダイジェスト版をお送りします。

三輪:「再販問題検討小委員会」が新聞協会の代表(全国紙の販売担当役員)から意見を伺う、という機会があったんです。そこでその方が「文化」とか「公共性」ということをあんまり繰り返しおっしゃるので、「公共性っていうのはどういうことですか?」って聞いたわけです。
宝島:「新聞は社会の木鐸で公器だ。言論の自由と文化を守るために再販制維持が必要不可欠だ」という例の理屈ですか?昨年暮れの大キャンペーンで、嫌になるくらい読まされましたけど…。
三輪:ええ、それと同じことを、耳にタコができるくらいおっしゃる(笑)。そこで具体的にはどういうことなのか聞いてみたら「公共性ということは、すべての国民が毎日必要とするということです」という答えが返ってきた。それで「たとえばトイレットペーパーと同じような意味で公共性があるということですか?だとすれば、トイレットペーパー業界の方が来て、『これも国民が毎日必要にするんだから適用除外にしてくれ』と言われたら、断っちゃいけないということですか?って聞いてみたんです。
宝島:ずいぶん辛辣ですねえ。なんて答えたんですか(笑)。
三輪:絶句してましたけどね(笑)。そしたらそれが、どういう伝言ゲームになったのか知りませんけど、朝日新聞の社説(95年8月26日)に、公正取引委員会の小委員会の中に、「新聞や書籍が文化性をもつというのなら、石鹸もそうだ。使うと、さっぱりして豊かな気分になれる」と言った奴がいる、書かれた(笑)。
宝島:なんかずいぶん違いますね。やっぱり「新聞はトイレットペーパーと同じだ」とは書けなかったから、石鹸に変えてしまったんでしょうか。
三輪:要するに、取材してないんですね。その席には朝日新聞の代表もふたりは来ていたから、正確な発言を調べようと思えば簡単にできたはずなんです。そんな基本的なこともしないでこういう杜撰な社説を載せて平気でいる人たちに、「言論の自由」を説教されてもね(笑)。
宝島:それで新聞協会の逆鱗に触れた、と(笑)。
三輪:たぶんそうなんじゃないでしょうか(笑)。
宝島:その朝日新聞の社説については、抗議したりはしたんですか。
三輪:社説への抗議というよりも、再販維持の主張を一方的に掲載し続ける新聞社の姿勢があんまり目に余るんで、少しは批判しておかなくてはいけないと思って、いくつかの雑誌の知り合いに声をかけてみたんです。そうしたら、「再販制死守」を掲げる新聞協会、書籍出版協会、雑誌協会の「鉄のトライアングル」というのがあって、どの雑誌も「いや、それだけはウチでもちょっと無理なんです」と言われる(笑)。この問題に関しては、「言論の自由」なんてどこにもないわけです。なにしろ私は、OBをふくめた複数の新聞関係者から、「あなたの名前は新聞協会のブラックリストに載っているから、あなたの意見が新聞に掲載されることはありえない」と言われている人間ですから(笑)。

三輪:はたしてこれで、国民の「知る権利」は守られているのかははなはだ疑問だ、ということを、私は書いたわけです。具体的には、新聞協会の行動というのは、次の三つの点で非常に珍妙なものだという指摘をしました。
まず第一に、規制の存続・改廃を含め、政策の当否を検討する主体は国民であるはずなのに、規制対象である新聞協会が、新聞の紙面を使って、規制緩和を検討する必要はないという一方的なキャンペーンを張っているということ。これは、たとえていえば、料理の素材である鯉が、俎上に乗せるのは怪しからんと説教し、料理人と顧客を指揮しているようなものです。
第二に、昨年11月から12月にかけて行われた再販維持の大キャンペーンを見ると、新聞が通常強く非難している、政治家に直接訴えるという手段を用いており、それも総理大臣・文部大臣から野党の党首・代表まで総動員して、その「成果」を誇示しているということ。そのうえ、賛否にかかわりなく国民が知るべき論点の内容、再販性を見直すべきだという視点やこの制度を不要だと考える勢力の存在になどについてほとんど報道せず、あるいは「偏向」として伝え、国民の「知る権利」を侵害した、ということです。
第三に、新聞にも伝える内容の選択が許されるとしても、業界団体として一斉に、しかも、雑誌・書籍両協会と同調して行動した点はきわめて凶悪であり、場合によっては刑事罰の対象になる価格カルテルに劣らぬ反社会的行為である、ということ。この点に対して大量発生する批判をも伝えない行為は、王様に裸だと言った子どもを幽閉するようなものだと、書いたわけです。
宝島:なるほど(笑)。その最後の部分にナベツネ氏が激怒して、「凶悪なイデオローグ」という発言が出てきたわけですね。
三輪:そういうことです(笑)。

 冷静にかつ客観的にみると、ほとんど三輪教授の先ほうが正論だと思われますが、そういう言論が完全に世の中から抹殺されてしまっている、このニッポンという国の「言論の自由」とか「民主主義」とか「基本的人権」というのは、一体全体なんなのだろう、と考えさせられる今日この頃です。
 三輪東大教授が最後の部分で述べていた楽観的な予測が、極めてせつなく悲しい調べに聞こえてしまうのは私だけでしょうか。

三輪:行政改革には簡単にいかない問題というものはいくらでもあって、最初はそういうもののワン・オブ・ゼムだと考えていたわけです。ところが、改革案に対する対応の仕方を見ていると、あらゆる業界の中で最悪のケースだった。(笑)。もちろん、どの業界団体も既得権を守ろうとして抵抗はするんですが、その中でももっともタチが悪い。
宝島:新聞協会側の主張を聞いていると、自分たちは特別なんだ、新聞はサンクチュアリなんだ、という感覚があるような気もするんですが…。 ・・・
三輪:進歩的だとか民主主義だとか言ってるわけですけど、じつは新聞自身こそが、そういうところからいちばん遠い場所にいるわけです。しかし、それももうすぐ変わってくると思いますよ。・・・こういう形で問題点がオープンになってしまうと、これまでは黙っていても守れていたものが、必死で守らないといけなくなる。白日の下に引きずり出されたものは、なかなか守れなくなっているというのが実態だと思うんです。 ・・・そういう意味で、「一部の人たちが規制緩和を言っている」という時代認識はぜんぜん違ってきて、とんでもないところまで進んでいる、二、三年前にはおよそ想像もできなかったような事態です。全部とは言いにくいところがありますが、相当部分に関して規制緩和は実現すると思います。あとはスピードだけです。あまり根拠のない、惰性で残っているような規制というのは、かなり短期間のうちになくなるだろうと思います。そうじゃないともたない。 宝島:新聞の再販もそのひとつだと・・・。
三輪:ええ、私はそう思いますけどね。

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2006.06.09

[ゴーログ]マスコミは第一権力である!

 皆さん、こんにちは。木村剛です。「大西宏のマーケティング・エッセンス」さんが、新聞の「特殊指定」が継続されたことに関して、「いやはや異常でした」と嘆息しながら、鋭い指摘をしています。

新聞社各社が反対の大合唱をやって、一方的なキャンペーン報道を展開、なんの議論もないままに、さらに与野党も加わって大騒ぎ・・・。自民党はわざわざ、高市早苗議員を座長に新聞販売懇話会の議員立法検討チームまでつくって、新聞を独占禁止法の『特殊指定』からはずさせない法律を検討していたのですが、・・・このマスコミと与野党の、まるで大政翼賛会そのものの前に、公正取引委員会も、ついに『新聞特殊指定は継続』ということで降参です。しかしこの間の新聞各社のジャーナリズムとしては異常でした。政治とマスコミがつるむという最悪の事態が進行していました。・・・新聞協会の決議に反対の主張がほとんど新聞で報じられない・・・点が問題ですね。・・・

公正取引委員会の主張は、ここにわかりやすくまとめられています。ざっといえば、そもそも新聞は一般的には独占禁止法で禁止されている 再販制度が認められており、価格についてはその再販制度のなかでやればいいことで、わざわざ独占禁止法のなかで『特殊指定』する必要がない、本来は『特殊指定』のなかでも、長期購読割引,口座振替割引,一括前払い割引,学生・高齢者向け割引などが柔軟にできるにもかかわらず、『特殊指定』を口実にやらなかったから、口実にされるぐらいなら『特殊指定』を解除したいということとでした。主張としては、まともじゃないですか。すくなくとも、静かに議論すればいいことです。

あんなに、マスコミと政治家が大騒ぎしたということは、それだけ裏に潜んでいる利権を必死で守ろうとしているんだなと感じるのが自然でしょう。規制を撤廃しろという主張をどんどんやっておいて、自分たちだけは別だという虫のいい話、権力と規制に守られてのジャーナリズムって情けないと思わないのでしょうか。 

 概ね同感なんですが、最後の主張の部分だけ、異論を提起しておきたいと思います。新聞エリートの方々は、「権力と規制に守られてのジャーナリズム」という考えは持っていないと思います。おそらく「われわれは第一権力だ。われわれを裁く者は誰もいない」と思っているのではないでしょうか。
 いかなる誤報をしたところで、たいした損害賠償にもなりませんし、敗訴したという事実についても握りつぶしてしまえばダメージはありません。また、訴えられても負けない書き方というのも発達していまして、責任を逃れながらもキッチリと誹謗中傷するという技だけはプロフェッショナルです。
 マスコミ様の意向には、逆らわないことが一番大事。
 なんと言ったって、三権分立の外にいる第一権力なんですから。

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2006.06.01

[ゴーログ]共謀罪には反対するのに、別件逮捕にはなぜ反対しないのか???

 皆さん、こんにちは。木村剛です。「喜八ログ」さんが「戦前の『治安維持法』の再来」と呼んでいる「共謀罪」について、何度も何度もトラックバックを寄越して警告してくれました。「日本は『北朝鮮や旧ソ連並みの情報統制国家』への道を邁進している」と懸念する「喜八ログ」さんが指摘する「共謀罪」の危険性については、「権力に迎合したマスコミ人を忘れるな!」さんが公表している「共謀罪のチラシ」がわかりやすいかもしれません。

「こんな法案が通ったら、北朝鮮のようになってしまう。いったい、どんなつもりで、暗黒社会につながる法律をつくろうとしているのか。左右を問わず、あらゆる立場の人の言論は保障されるべきだ」 ジャーナリスト櫻井よしこさんの発言です(「東京新聞」2006年04月28日「こちら特捜部」欄から引用)。「こんな法案」は「共謀罪」を指します。

暴対法が制定されたとき、私自身「これは危ない法律だ」と感じました。オウム真理教の人たちが、カッターナイフを持っていたとか、よそのマンションの駐車場を歩いたというような「微罪」で別件逮捕されたときも「危険きわまる法律運用だ」と思いました。

でも反対の声は上げませんでした。結局のところ「やくざやオウム真理教徒の話だ。カタギの自分には関係ない」という気持ちがあったからでしょう。完全に間違った判断でした。権力側は弱いところから「網をかけて」きます。

 「喜八ログ」さんと同様、私も共謀罪は反対の立場です。権力側が「共謀罪」という「刑法罰」を振りかざして、気に入らない反対勢力を「別件逮捕」する可能性があるからです。多くのジャーナリストやマスコミも同様の趣旨で反対しているようです。
 しかし、多少複雑な心境でもあります。というのは、耐震偽装問題に関しては、あからさまな「別件逮捕」であるにもかかわらず、誰も反対の声をあげていませんし、ホリエモンの容疑も、当初の「偽装」から「粉飾決算」にいつの間にかすりかわっているのに、そういう指摘をしている報道はありません。
 もしも、「共謀罪」に反対するのであれば、現実に起こっている「別件逮捕」についても、同様に指摘しなければ、偏っているのではないかと感じる今日この頃です。


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0775506
 全国有力書店におきまして、「フィナンシャル ジャパン」2006年7月号は5月20日発売です。
今月の第1特集は、バブル期の株式投信の運用残高を超えるほどの投資信託ブームの中で、カモにならない投資の鉄則や投資信託の選び方や株式パフォーマンス、だまされない投資知識を得るためのセミナーなど、賢い投資家になるための投資最新事情の特集を組んでいます。
また第2特集では、革命ともいえるウェブの進化によって私たちの身の回りで、そしてビジネスの世界ではどのような変化がもたらされているか。その変化に伴い、どのようなネット企業が勝ち残るのか、ビジネスのキーワードなども織り込みながら、ネット企業に投資する前に知っておきたい情報をまとめています。
特集以外でも、今注目をされている独立系投信会社のさわかみ投信の澤上社長とレオス・キャピタルワークスの藤野社長の運用スタンスのほか、今後の日本経済を左右する経済産業省の「新経済成長戦略」についての解説、前三重県知事の北川正恭氏と映画化された『県庁の星』の作家桂望実氏の対談、またプロゴルファー 深堀圭一郎氏とゴルフ解説者 佐渡充高氏とスポーツジャーナリストの二宮清純氏の鼎談「ゴルフの経済学」、「今の日本はソ連の崩壊時によく似ている」と語る、「国策捜査」でその存在を知らしめた外務省元主任分析官の佐藤優氏の、「ソ連崩壊と日本格差社会」 など盛りだくさんの内容となっています。

2006 06 01 [04. 経済政策を語ろう!, 08. メディア/広告の将来を占う] | 固定リンク | トラックバック

2006.05.31

[ゴーログ]村上世彰氏が帰国しない理由???

 皆さん、こんにちは。木村剛です。「村上ファンドvs阪神電鉄」を報じたテレビ朝日「報道ステーション」に関して、「小株主の徒然日記」さんがキャスターの古館伊知朗氏に対し、苦言を呈していました。「松坂屋など村上ファンドが株を保有する会社の株主総会が予定される中、村上氏がシンガポールから帰国する予定がないと・・・」いう内容のニュースだったのですが、その際の一言が許せなかったようです。

それが事実ならそうなのだろう。でもついでに「何か帰国できない理由があるのでしょうか・・・」は余計だろ。ただでさえ仕事で忙しいのに引越しまでしたのだ。べつに議決権の行使は株主総会に参加しなくてもできることぐらい理解していないのだろうか? 国外逃亡した犯罪者扱いしたと思ったのは自分だけではないはず。

名誉毀損や風説の流布を問うのは難しかろうが、無礼なのは明らかだ。言い変えるなら、報道に関わる者のモラルに反する発言ではないか? ライブドアの件ではルールよりもモラルが優先すると言わんばかりだったのに、自分はグレーな発言をしても巧みな話術だと思っているのだろうか? なにしろ、日本の報道は何でもかんでも推定有罪のようだ。

 本当に、エスタブリッシュメント化した大マスコミに所属している方々はいいですよね。勝手に「ケシカラン罪」で叩きに叩いておいて、それが真実でないことが分かっても知らんぷりですから。そういう意味で、「貞子ちゃんの連れ連れ日記」さんが書いている下記の内容については、冷静に考えておきたいと思います。

マスメディアが情報操作してるような気がします。『みんなで良い子 良い人でいましょうねぇ~。良い子だったら 世の中は経済事件や刑事事件で被害者にさえなれば 国家はやさしいのですよ~~~。こんなに世間は危険やリスクでいっぱいだから 国を頼りにしていましょうねぇ~~~。やっぱり大きめな政府も素敵でしょう? 』みたいな方向へ なんとはなしに誘導している。それなのに そういうことをマスメディアが一言も言わない。ますます腹立たしい。

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2006.03.09

[ゴーログ]映像が持つパワーに留意しよう

 皆さん、こんにちは。木村剛です。「オレのアイ」さんが報道と広告の関係について、興味深いトラックバックを寄越してくれました。オレのアイさんは、「僕は辺鄙な地方の広告代理店に数年しかいなかった身」だと謙遜していらっしゃいますが、その分析には耳を傾ける価値があるように思えます。

マスメディアの持つ力というのは、すでに一般的に認知された既成事実のようなものですが、広告関連企業の持つパワー(権力?)は意識されていない方のほうが多いと思います。 わかりやすい例でいうと、ちょっと前に話題になった「ホワイトバンド」があります。PR会社のサニーサイドアップが告知キャンペーンを行い、あっという間に日本中に広がり、ついでに大義名分的な趣旨とギャップのある不透明なお金の流れのせいでネット上で懐疑、批判の声が相次ぎました。 実際のところサニーサイドアップがどういう意図を持ってホワイトバンドに取り組んだのか僕にはわかりませんが、スポーツ選手やミュージシャンの肖像権という強力なコンテンツを有し、かつPR会社というメディア露出のプロであるからこそ、あれだけ話題になったのは確かだと思います。

最近話題の陰謀論的にあえて極論をすると、世論をマスメディアが動かし、マスメディアを広告・PR企業が動かしているという形になります。 もちろん実際には色々な思惑や権力関係もあるし、口コミを含む複数の情報チャネルが存在するので「広告会社が日本を動かしている」なんてことはないのです。でもある一定の部分においては確実に世論に影響を与えているのは事実であります。

ちなみに、たまに企業で不祥事が起こった時の記者会見が映像で流れますが、その際もPR会社は影で活躍します。どんなことをするかというと、社長さんによれよれのスーツを着てもらい無精髭で会見に出るよう指示したりします。そうすることで「昼夜を問わず対応の追われており、会社として不祥事に対する最大限のフォローを試みている」という無言のメッセージを投げかけます。

また、広告を自粛したり、新聞やTVに謝罪の広告を出したりもしますね。広告を打つ際も地味なものや誠実そうなビジュアル&コピーを使います。

 どうも、ヒューザーや東横インの社長会見を示唆しているのではないかという感じを受けますが、実際のところ、映像の力はものすごいものがあります。映像を見ているとき、私たちは言葉の論理ではなく、ビジュアルのイメージを追いがちですからね。いずれにしても、TVに出るときは細心の注意が必要なようです。

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FJ2006APRIL_Latest
 全国有力書店におきまして、「フィナンシャル ジャパン」2006年4月号は2月21日発売です。
今月の第1特集は、「経営者を見る」投資法に注目し、プロの投資家がどのようにして経営者や企業を選ぶのか、目利き術の特集を組んでいます。
 また第2特集では、今はバブルなのか?――現在の相場環境の検証と本当に自分の財産を守ってくれるナビゲーターとして、どのような「証券マン」が必要なのかについて切り込みました。旧来型の「証券マン」のイメージを変えるような取組みをまとめています。
 特集以外でも、経済評論家三原淳雄氏の語る「ライブドアショックの教訓」、松井証券松井社長の「『デイトレーダー批判』の真相の語る」、石原慎太郎東京都知事の資本主義原論、小泉政権による日本経済の運営術を読む「知らなきゃソンする?『竹中経済学』」などに加えて、好評連載中の澤上篤人氏、編集長木村剛、上場社長による鼎談「上場社長の知られざる悩み」、「スポーツセレブのマネー論」など盛りだくさんです。


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2006.02.20

[ゴーログ]ガセネタの流布には巨額賠償を!

 皆さん、こんにちは。木村剛です。ホリエモンが武部自民党幹事長の次男に対して送金したか否かが話題になっていますが、言論の自由とはいえ、他人の尊厳を大きく傷付けることを根拠もなしに流布した場合には厳しく罰せられるべきではないかと感じます。

 無論、その「罰せられる」というリスクを冒してでも断罪すべきことについては、断固として公言すべきですが、断罪する方々にはその程度の覚悟は求めたいと思います。モノ書きとして、私はその覚悟を持って発言するようにしていますし、そういう覚悟をしなければならないことしか断罪しないように心掛けています。
 しかし、現実はといえば、噂を聞きつけて裏も取らずに記事にしてしまうマスコミの如何に多いことか。ロス疑惑の三浦氏や、松本サリン事件や、野村サッチーの例を挙げるまでもなく、その手の報道による被害者は後を絶ちません。私は「公言する意気や良し」と考える立場です。しかし、それが誤報だった場合には「厳罰を甘受すべき」です。叩かれた方のダメージは、思いのほか重いのです。一度、体験すれば嫌になるほどわかります。
 その点で、今回の武部幹事長のケースでいえば、「公言する意気や良し」というニュースではあると思います――もしも、事実であれば。少なくとも、他人を誹謗中傷し回復できないダメージを与える可能性がある以上、事実と信ずるに足る確証を公開できることが必要であると思います。
 他人を叩く以上は、自分も叩かれる覚悟をする――私は、それが最低限の仁義だと思います。そういう意味でいえば、名誉毀損に関する日本の損害賠償は格段に安いといわざるを得ません。私の場合、1年以上の裁判を経て、週刊現代から500万円の慰謝料をいただく判決をもらいましたが、500万円では到底癒されない心の傷が残ります。
 だからこそ、永田議員には「事実に信ずるに足る確証」を公表していただきたいと思います。誹謗中傷された側が「ない」という証明をすることは、いかなる場合も難しいものです。どう考えても、立証責任は「叩く側」にあります。もしも、「叩く側」に立証責任がなかったら、叩き放題ではないですか。叩くだけ叩いておいて、「100%シロとはいえない」とか「クロの可能性は否定できない」ということで許されるのであれば、叩いた者勝ちになってしまいます。マスコミにおいて公表するポジションを得た人間が不当に優位に立ってしまいます。それはフェアではないと思うのです。
 名誉毀損の損害賠償は1億円程度まで認めるべきです。少なくとも数千万円にまで引き上げるべきでしょう。最高で1000万円程度では抑止力になりません。「1000万円以上、利益が出ているからいいや」ということで、「売らんかな」という発想だけでかかれる誹謗中傷記事はなくならないからです。
 「微妙に日刊?田中大介」さんや「くまさんの自立」さん、そして「Hardcoded」さんや「のり子の煩悩」さんは、「メールヘッダーをディスクローズせよ」と指摘していますが、私もその程度は開示すべきだと思います。「信用できる人から噂を聞いたから、真実だと思う」というだけではあまりにもナイーブです。
 このままだと、民主党はガセネタで誹謗中傷するいいかげんな政党だと思われてしまうでしょう。なんと言っても、一方的な噂しか聞いていないのに、国会のネタにしてしまう議員があまりにも多い。法律の勉強をまともにしないで、「目立てばいい」と思って質疑に立っている議員が多すぎます。このままでは、イエローペーパー並みだと思われてしまうのではないでしょうか。だからこそ、永田議員にはキッチリと立証していただきたいと思います。それが事実なのであれば、公言する意義は大いにあるのですから。

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 全国有力書店におきまして、「フィナンシャル ジャパン」2006年4月号は2月21日発売です。
今月の第1特集は、「経営者を見る」投資法に注目し、プロの投資家がどのようにして経営者や企業を選ぶのか、目利き術の特集を組んでいます。
 また第2特集では、今はバブルなのか?――現在の相場環境の検証と本当に自分の財産を守ってくれるナビゲーターとして、どのような「証券マン」が必要なのかについて切り込みました。旧来型の「証券マン」のイメージを変えるような取組みをまとめています。
 特集以外でも、経済評論家三原淳雄氏の語る「ライブドアショックの教訓」、松井証券松井社長の「『デイトレーダー批判』の真相の語る」、石原慎太郎東京都知事の資本主義原論、小泉政権による日本経済の運営術を読む「知らなきゃソンする?『竹中経済学』」などに加えて、好評連載中の澤上篤人氏、編集長木村剛、上場社長による鼎談「上場社長の知られざる悩み」、「スポーツセレブのマネー論」など盛りだくさんです。



2006 02 20 [08. メディア/広告の将来を占う] | 固定リンク | トラックバック

2006.02.13

[ゴーログ]スイスより愛を込めてマスコミに警告を発す!

 皆さん、こんにちは。木村剛です。私、じつは、時折トラックバックをいただく「地球の裏からまじめな話〜頑張れ日本」さんのブログを密かに楽しみにしながら読んでおるのですが、その彼が怒髪天を突く勢いで「私は今日は非常に怒っております」と宣言していらっしゃいます。まず怒りの対象は、下記に掲げる朝日新聞の記事に向けられました。

朝日『一部は海外の金融機関に開設した同社幹部の仮名口座などに入金されていたという。株を高値で売り抜けた差額の一部を仮名口座に入金させたとみられ』
朝日『資金の一部がスイスの金融機関に開設された仮名口座に入金され、同社幹部らが口座を管理していたという』

おいおい、特に2番目の抜粋、入金されそれが幹部によって管理されている何が悪いの? 仮名仮名って言うけれど、本当の仕組みをご存知なの? ケイマンなりジャージーなりに設立されたペーパーカンパニー経由でスイスのPBに口座が開設されたとしたら、それはあったりまえだけど堀江氏だのライブドアだのって名前の口座にはなりませんけど? 

おっしゃるとおりです。普通の商取引をあたかも「怪しげな取引」として記事に仕立ててしまうというのは、勉強していない一部の新聞記者の常套手段ですが、最近は特に性質が悪い人が目立ちます。取材もせず、勉強もせず、裏も取らずに、思い込みだけで書いてしまうのですから、気楽なものです(無論、キッチリと取材しているプロの新聞記者も大勢いるのですが・・・)。
さらに、「地球の裏からまじめな話~頑張れ日本」さんは、下記の産経新聞の記事を採り上げて、筆誅を加えます。

産経『ライブドア側に資金還流させていた仕組みなどに、スイスや香港に開設された金融機関の口座が使われていたことが1日、関係者の話で分かった』
産経『使われたのは、スイスに本拠がある金融機関など。スイスのほか香港の口座でも取引があったという。口座はライブドア名義や堀江容疑者個人の名義でつくられていた』
産経『海外の金融機関は日本の捜査当局や税務当局の調査が及びにくいため、資金洗浄に利用されたり、脱税目的の資金の隠し場所とされたりすることが多い。

おいおい、堀江氏やライブドア名義で口座が作られていたの? だったら上の朝日と違うけど。そんでもって百歩譲ってスイスのPBにそれらの口座が作られていたら何か問題なの? 仮に違法な資金還流に使われたとしたら迷惑なのはスイス側ではないの?? それが何で海外の口座は脱税目的がどうのこうのなんて蛇足をつけるの??

 確かにそうですね。なぜ普通の金融取引をあたかも「悪い資金移動」のように報じるのでしょうか。明らかにミスリーディングですよね。

読売『こうした売却益は、いったん海外にあるスイス系金融機関の匿名口座や仮名口座に簿外資金(裏金)などとしてプールされた』
読売『決算期が近づくと、この口座の中から、タックスヘイブン(租税回避地)の英領バージン諸島などにある複数の口座を経由する形で、資金を還流させ、本体や関連会社の利益として売り上げに計上していた。プールした裏金を表に出し、粉飾の原資として使っていた形になる』

おいおい、匿名口座ってさ、スイスのPBのナンバーアカウントをご存知でしょうが。但しこれが脱税行為で使われていたのは一昔前の話よ。タックスヘイブンの口座だって、み~~んな持ってるでしょう、お宅のお知り合いのお金持ちだって持ってるんじゃないかなぁ。

 地球の裏からまじめな話〜頑張れ日本」さんは、このように各種の記事に対して、手厳しくかつ正確に指摘しているのですが、その上で、「中でもこの記事が一番あくどいね」と激怒しているのが、この記事。

読売『プライベートバンクは個人資産家の財産を総合的に管理するのが主な業務で、特にスイス系の金融機関は、匿名性が高いとされる。捜査機関の口座照会を拒むこともあり、指定暴力団山口組旧五菱会系のヤミ金融グループによる事件など、犯罪収益のマネーロンダリングに悪用されるケースも多い。また、タックスヘイブンは、法人税の免税などの優遇措置があり、ペーパーカンパニーの設立も容易で情報も秘匿されやすい』

 そんでもって、以下が「地球の裏からまじめな話〜頑張れ日本」さんの反論です。マスコミと「地球の裏からまじめな話〜頑張れ日本」さんのどちらが真実を書いているか、よく読み込んで各自で判断してみてください。そうすると、私たちを取り巻く「記事」と言われるものが、如何にある種の意図を以って歪めて書かれているかが理解できるのではないでしょうか。

ここでスイス歴10年以上の小鬼がはっきり申し上げます。これらの記事こそ、今流行(?)の『風説の流布』じゃなくてなんでしょうか?とね。これらの記事をね、きちんと英訳なりドイツ語訳してそれらの訳文をそれなりの機関でオーソライズして頂いて、スイスの銀行委員会なんかに提出すれば、恐らくスイス当局だって黙って居ないと思うよ。下手すりゃ外交問題に発展するよ。だって日本人たるあっしが見たって余りにもスイスの銀行業界の現実を知らなさすぎるもん。

確かにスイスのPBってのはかつてマネロンの温床と言われ、さらに匿名口座、ナンバーアカウントがやたらとサスペンスモノに使われたのは私も否定しない。しかしながらあのユダヤの第2次大戦中の逃避資産を巡る訴訟辺りを機に、スイスの銀行ってのはものすごく厳しくなっているからね。いいですか、仮にどこぞのマスコミの記者君がスイスのPBに口座を開けたいって言っても簡単に開きませんから。ましていわんや、マネロン(マネーロンダリング~資金洗浄)の疑いのあるマネーにわざわざ手を出さなくてもスイスのPBは十分に我が国以外の金持ちの方々のお陰で食っていけますから。・・・

日本のお金持ちの方々は随分とスイスのPBに口座をお持ちですよ。私は直接関わっていないから詳細は憶測では言わないけれど、あの方もこの方も、もしかしたら記者諸氏のお勤めになられている新聞社やらテレビ会社のお偉いさん方もお持ちかもしれませんよ、PBの匿名口座をね。これも別に現代の世の中ではね、脱税目的じゃなくて、節税或いは万が一日本で大地震が起こったりした場合の資産の分散の一環であるのですよ。・・・

何故にここへ来てスイスのPBなりタックスヘイブンまでを悪者に仕立て上げて、堀江氏なりライブドアを糾弾するのさ、マスコミ? いやそれらを糾弾するのは良いよ、良いけど何故にスイスを巻き添えにする?これらの刷り込みでね、きっと何百万単位の日本の一般ピーポー達が思うよね。「やっぱりスイスってのはなんだか胡散臭いわね。あそこの旦那さん、夏休みにはアルプスが良い、ってせっせと通ってるけど、何かあるんじゃない?そういえばあのお宅も年々増築されて立派になっているみたいだしね」な~んてのを期待してるのか、マスコミ?

今現在ありがたいことにこのBLOGを毎日約1000人の方に見て頂いているけど、その中にもしそれらマスコミに関わる方が居たらきちんと調べなさい、スイスの現状を。正直に言えば私もきちんと協力するから。さもないと、まじでどんどん吼えるよ。ほんと外交問題になっても知らないよ~だ。

 ちなみに、「小株主の徒然日記」さんからは、「地球の裏からまじめな話〜頑張れ日本」さんのブログを読んで、以下のような感想を寄せていただいています。

坊主憎けりゃ袈裟まで的に、スイスのプライベートバンクを利用することや現行法にのっとって節税をすることを不正だの違法性が高いだの、個人投資家が自己責任で自分の資産を運用することをギャンブルだ市場に悪影響を与えただのと一方的に報道するのは、問題ではないかと言うことだ。明らかに事実を知らない、仕組みを理解できていないまま記事を書いているのが透けて見える報道記事に公正だの公共性なるものは存在するのだろうか? 自分の感情や世間の風潮に乗って多少の事実に目を瞑り「剣より強い」ものを振り回すことは、通り魔や駅や商店街に車で突っ込む犯罪者と変わらない。

むう・・・一連の記事を長野智子blogのライブドアの件にトラバしてみたのだが、反映されない。コメントに記事のリンクを投稿してみてもこちらも不可。ライブドアのブログをブロックしているのか、小株主をブロックしているのかわからないが、こうして特定の意見に耳を閉ざす姿勢はたいへん残念なことです。

 あれれっ、「長野智子blog」にトラックバックできないのですか? おかしいですね。それでは、「週刊!木村剛」からもトラックバックを試みてみましょう。はてさて、どうなることやら・・・

2006 02 13 [08. メディア/広告の将来を占う] | 固定リンク | トラックバック

2006.02.10

[ゴーログ]額に汗して働く人が報われる世の中を???

 皆さん、こんにちは。木村剛です。「風が吹けば桶屋が儲かるファンド! 」さんが「最近、お金持ちがあらゆるところで叩かれてます。『額に汗して働く人が報われる世の中を!』と言われますが、最近マスコミから悪人扱いされている、堀江氏も村上氏も北尾氏も、一般人の3倍は懸命に努力しているのではと思われます。少なくとも私の10倍は下らないと思います。でなければ、あんなに稼げないかと、、、(最近ようやくマスコミを疑える大人になりました)」というトラックバックを寄越してくれました。

『額に汗して働く人が報われる世の中を!』というテーゼについては同感するところですが、私は、額に汗する人も、脳に汗する人も、心に汗する人も、報われるべきだと思っております。逆に言えば、額に汗せず、脳にも心にも汗もかかない既得権益に護られている方々――官製談合に代表される――こそが非難されるべきだと思います。


 そういう観点で申し上げますと、新規参入がない中で楽々と高給を食んでいるTV局の方々に『額に汗して働く人が報われる世の中を!』と言われるのは?????という感じですね。上場企業における平均年収上位をみると、


1位 フジテレビ 1567万円
2位 朝日放送  1525万円
3位 日本テレビ 1462万円
4位 TBS   1443万円
8位 テレビ朝日 1357万円  
 とゾロゾロとテレビ局が出てくるわけですから・・・。これが『額に汗して働いた』結果なのかどうかについては、劣悪な条件の下で、下請けをしている番組制作会社の方々に聞いてみたいものです。「Watch IT,ケータイ,ベンチャー」さんは、以下のように指摘して憤っています。

マスコミは「IT企業=額に汗しない企業」と位置づけ、一生懸命がんばっている人たちの敵なのだという構図を作ろうとしているように思います。しかし、それは全くの嘘っぱちです。ITの根幹である、ソフトウェア開発は、世間の想像を絶するハードワークなのです。特に、ここ数年、インターネットを介したシステムへとシフトしていき、今までよりさらに短い期間での開発、難しい技術の習得が求められるようになってきています。特に、「ネット企業」といわれる企業郡は、卓越した技術力とスピード、さらに、経営力が無いと成功、また、企業維持ができないのです。そんななかでライブドアは、トップクラスの「企業力」を持っているはずです。同じIT企業の経営者として、メディアにイメージを落とされていくのは我慢できません。そんなにウソをついてまで、陥れられるほど、IT企業は「怠け者企業」なのですか?

2006 02 10 [08. メディア/広告の将来を占う] | 固定リンク | トラックバック

2006.01.31

[木村 剛のコラム] 日本は罪刑法定主義ではない?

 私のポリシーはホリエモンと異なる。私はビジネスをマネーゲームだと考えていないし、ライブドアの経営手法が良いと思っているわけでもない。「お金がすべて」だとも思わないし、「ホリエモンを好きか嫌いか」と問われれば、「好き」とは答えないだろう。稀代の傑物だとは思うけれど、お手本として崇拝したいとは思わない。したがって、本稿はホリエモンを擁護するためのものではないことを予めお断りしておく。

 ホリエモンが逮捕された1月23日の夜、民報各局は特番を組み、識者をスタジオに集めた。私はホリエモンの罪状である証取法第158条違反に興味があったので、ほとんどの番組に目を通した。というのも、今回の罪状である「偽計」や「風説の流布」という立件は数少なく、法技術的にも難しい面があるからだ。
 ところが、逮捕の根拠である第158条違反について詳細に解説した番組はなかった。「なぜ法律違反に当たるのか」について誰も触れることなく、「ホリエモンという男あるいはライブドアという集団が如何にケシカランか」という描写にほとんどが費やされていた。
 識者らしき人々も「そもそもライブドアはマネーゲームだった」とか「ホリエモンのビジネスは虚業だ」などと自分勝手な感想を披露するだけで、事件の真相を追及しようとしない。
 具体的な犯罪内容が語られることなく、ライブドアという会社が一方的に叩かれていく。ホリエモンはいつから有罪が確定したのだろう。罪が確定するまでは「推定無罪」だと習ったような気がするが、一部の良心的な識者(「もし報道が事実ならば」という前置きをしていた)を除き、その他の出演者はホリエモンを犯罪者扱いしていた。
 この事件を語りたいなら、罪状を確定する必要がある。日本が法治国家であり、罪刑法定主義をとっているのであれば、罪状が確定できないのに、「ケシカラン罪」で犯人に仕立て上げてはならない。それが基本的人権の基本。実際、法律というものは、為政者から人々を護るために発展してきた。
 日本では、近代の智恵である「罪を憎んで人を憎まず」とか「疑わしきは罰せず」という法理が通用しないのだろうか。「人を憎んで罪を問わず」「疑わしきは叩きまくる」という現実を見ていると、中世の魔女狩りが思い起こされる。
 年末パーティーの映像を使って、替え歌や裸踊りを大写し。隠し撮った合コン場面を公共の電波に流して、その後ドライブに連れ出す現場を映し出す。一体全体それが今回の逮捕とどう関係しているのだろう。
 挙句の果てに、ホリエモンを応援した武部勤自民党幹事長と竹中平蔵総務相はケシカランという大合唱。ホリエモンに連なる人々は、すべて悪だというのか。あまりにも行き過ぎたアジテーションなのではないか。
 念のために言うが、私はホリエモンを含む関係者がシロだというつもりはない。地検は報道されていない証拠や証言を押えているようだし、証取法第158条であるか否かはともかくとして、法に違反した可能性は高いとも推察している。
 しかし、だからと言って、何をしても良いというわけではあるまい。法治国家にあるまじき報道の現実を見せつけられるたびに、この国の未来を憂慮してしまう。

(追伸)「週刊!木村剛」は、金融経済月刊誌「フィナンシャルジャパン」(年間購読はココ)および「フジサンケイビジネスアイ」(購読希望はココ)とメディア・コラボレーションしています。本日の記事は、「フジサンケイビジネスアイ」に2006年1月30日に掲載したものです。


2006 01 31 [08. メディア/広告の将来を占う] | 固定リンク | トラックバック

2006.01.30

[ゴーログ]誤報記事に騙されるな:500万円勝訴したけれど・・・

 皆さん、こんにちは。木村剛です。「くまさんの自立」さんが「報道機関の今回の『ライブドア』報道は異常なまでに執拗にバッシングをしています。しかし、今までにもいくらでも、一点に集中した報道が多々ありました。たしかに事件等について報道はしていても、本質とずれたところ、つまり、人間の心理をついた部分を針小棒大に報道し、興味本位に放送しているのです」と指摘してくれました。

マスコミを鵜呑みにしてはいけないのです。ライブドアについても街頭インタビューをしていても一方向に誘導しているのではないかと思われる部分があるのです。ぼく自身も含めて皆さんも、マスコミの報道の仕方にはある面冷静に対処しなければいけないと思っています。なぜならば、その方法の偏り方には、作為的に行っている臭いがするのです。戦時中の報道管制とまでは行きませんが、そこに近いものが感じられるのです。・・・

視聴率稼ぎという営業利益追求のもとに、スキャンダラスで、妬まれやすい、うらやましいと思われる案件を、おもちゃとして用意しておくのです。そのおもちゃが今回はライブドアや小嶋氏だったのです。今回のライブドアショックなんて言われていますが、ただ単に東証がポンコツシステムを延々と延命しシステム更新をしなかった営業責任という大問題だったのにもかかわらず、簡単に問題をすり替えられているのです。本来は東証のシステムや経営責任を追及すべきことなのです。・・・

ホリエモンについては見た目だけでも、普通にしていれば、こんなにおもちゃにされなかったかもしれませんね。人は、どうしても見かけで判断する、その思考範疇から逃れられないのです。マスコミはその点を心理的についてきているだけなのです。あんな格好をしてとか、やっぱりねーとか思わせる要素がある人はいざというときおもちゃにするには十分視聴率が稼げるのです。ヒューザーの小嶋氏もキャラクターが強すぎたのです。・・・ 

マスコミは一見進歩的な仕事をしているようですが、行動規範は完全に保守的で、新しい物には好意的というより批判的な目で興味を示して取材をしているのです。だから、ニュースになるのでしょうけれど。ホリエモンももう少し見かけを普通にしていれば、こんなにはバッシングされなかったと思うのです。ゴーログさんが、ホリエモンと同じような格好で会長、社長として銀行に出勤していたら、マスコミにおもちゃにされていたでしょうね。( ̄∀ ̄*)イヒッ

 ご指摘のように、マスコミについては、事実か否かという裏も取らずに、勝手な妄想で興味本位な報道を垂れ流す傾向があることを否めません。そして、報道された側にそれをディフェンスする方法はそれほどありません。一方的に叩かれ続けるだけです。できることは、司法に訴えるほかないというのが実情です。それで勝訴しても、誤報に関してマスコミが大きく報道することはありません。
 私に関する報道で申し上げますと、週刊現代2004年11月27日号が「日本振興銀行で疑惑マネー問題噴出」との見出しで、当時社外取締役・取締役会議長だった私が出資者から1億円を受け取ったと報じたことなどに対して、名誉を傷つけられたとして、発行元の講談社に3000万円の損害賠償を求めてきました。この1月26日、東京地裁の富田善範裁判長に「記事は真実とは認められず、原告の社会的評価は著しく低下した」と指摘していただき、講談社に対して500万円の支払いを命じる判決が出たところです。
 それにもかかわらず、ある新聞社は、敗訴した講談社だけに取材をして、講談社側のコメントを載せるなど、意図的に記事のトーンをコントロールしていました。「まぁ、そんなもんだろうなぁ」という感じですが、週刊現代の編集長は、裁判官の目の前で、私がいる目の前で、「取材不足でした」「取材先のウソを鵜呑みにしました」などということを証言しているんですよ。それなのに、そういう記事の作りをするんですから、何が「報道の公共性」だと言っているのか、理解に苦しみます。
 その訴訟を通じて、色々なことも学べました。講談社側の証言として、ある金融ジャーナリストが書面で意見を寄せてきたのですが、その内容が事実誤認どころか、でっち上げそのもの。これで、毎日のように記事を書いているのかと思うと、あきれてモノが言えない稚拙な内容でした(まぁ、あまりにいいかげんだったので、当方の正当性が認められて、勝訴したわけですけれど・・・)。「これは、偽証罪で訴えられないのか」ということを弁護士の先生と検討しているのですが、ジャーナリストを名乗るいいかげんな偽者が多いことに閉口する毎日です。
 いずれにしても、私もキャラクターが強い方なので、「くまさんの自立」さんからのアドバイスに耳を傾け、ホリエモンのような格好はしないようにしようと思います(^^;)。わが国における「嫉妬心(特に男性の)の深さ」(by「ニッポンを生きる!」さん)は並大抵のものではなさそうですから・・・。


(追記)日本振興銀行株式会社の取締役会は、同行融資に関する今年1月1日の朝日新聞朝刊における記事が、誤った内容を叙述しているため、当該記事の訂正等を求めて、訴訟を提起することを決定いたしました
また本日1月30日の朝日新聞朝刊における記事についても、1月31日の取締役会にて訴訟の提起を決定する予定です。
ちなみに、私に関係する会社に対する日本振興銀行の融資残高はありません。

(1/31追記)Hardcodedさん、トラックバックありがとうございました。ご指摘の点は、理解できないことはありません。もしも、ブログにおける議論で勝った場合に、強制的な執行力を以って、記事の訂正や賠償金の支払いを請求できるという環境が整っているのであれば、私もそういう方法を模索したいと思います。また、ブログで情報の一部を発信することが有効な場合もあるでしょう。
しかし、ブログにおける議論には強制力がないばかりか、現時点においては、新聞や雑誌の方が伝播力が強いため、ブログでの議論に勝ったところで、その議論の揚げ足をとられて、先方のメディアにおける材料にされてしまうと、圧倒的に不利になってしまいます。日本振興銀行の件について私は、少なからぬ株主やお客さまの利害を背負っており、軽々に無責任な行動にでることはできません。少なくとも現時点においては、ブログで舌戦を繰り広げるよりも、法廷で戦うことのほうが、フェアな戦いを期待できると思います。ご理解いただければ幸いです。

2006 01 30 [08. メディア/広告の将来を占う] | 固定リンク | トラックバック

2006.01.23

[ゴーログ]ライブドア報道に思うこと

 皆さん、こんにちは。木村剛です。「掌を返す」というのは、こういうことを言うのでしょう。ついこの間までホリエモンをチヤホヤしていたマスコミが一斉にライブドア叩きに転じています。私は、ホリエモンやライブドアを擁護するつもりなど塵ほどもありませんし、関係者が逮捕される可能性は高いと推測しています。ただ日本においては、「有罪が確定するまでは無罪である」とか「疑わしきは罰せず」という法治国家の大原則が確立していないということだけは確認できました。

 本当に日本のマスコミは、新参者というか、新しいものというか、昔と違うことについては、とにかく「大嫌い」みたいですね。「私は、ネット投資家、デイトレ、ライブドア関連銘柄=ゲーム感覚、てその発想が嫌いだ」と「地球の裏からまじめな話〜頑張れ日本」さんが書いてくれていますが、とにかく、ネットも、ネット投資家も、ライブドアも、ホリエモンも、「嫌いだぁ~」というフェロモンが出まくっています。「新聞も、テレビも『ザマーミロ』的なニュアンスを濃厚ににじませる報道を展開中」(by「プログレッシブな日々」さん)という毎日です。
今回のライブドアショックについて、「Cazperのつれづれ日記」さんが以下のように書いてくれましたが、私もまったく同感です。

世間の評価って、何かあると一気に変わるので私は好きでは無いです。何故って、ちょっと前までは「ホリエモンは世の中を変えてるから凄い」って言ってたのに、ここ数日の間に「やっぱり、こうなる時が来ると思ってました」と言い始めますからね。物事は全て切り分けて考える事が必要ですよ。私は前々から主張しているのですが、「旧態な業界を変えてようとしているホリエモンの行動力は偉いし見習うべき事なのです。ただし、その手段として資本市場を愚弄にした行為をしている事は非常に悪いのです。」 そして今、つけが回って来てるだけなのです。マスコミも世の中の人々もホリエモンを全否定をするのではなくて、何が悪いのか何が良いのかを区別して評価していくべきですね。

 ライブドアに関する報道をみても、毎日毎日罪状が変わっています。おそらく本当に立件されるときは、当初に報じられた罪状とは違う結果になるような気がしますが、とにかく「悪い奴はぶっ叩けばいいんだ」とばかりに毎日紙面が躍る。日本では、立法と司法と行政をマスコミが同時に担っているようですね。
 「ベリーズ日記」さんは、「耐震偽装問題でも思いましたが、一個人、一企業の行動が社会全体に大きな影響を与えるという社会の脆弱性を感じます」と書いていますが、脆弱性をもたらしているのは、集中豪雨的な偏向報道なのではないでしょうか。ちなみに、「微妙に日刊?田中大介」さんも、「今日株価が急落した主因も、ある意味昨日マスコミが『この事件は市場の急落要因になりうる』と連呼したことが原因でしょう」と書いています。
 もっとも、「政治家・兄やんの一言モノ申すブログ」さんのように、「ニッポン放送株の時と同じように、合法的なものまで批判を受けているライブドアだが、あの時と同じようにメディアはITを潰そうと躍起になっている。今回も、不可解な微妙な表現が多々用いられながらも、誰がどうみても既にライブドアが犯罪を犯しているという前提で話を進めようとしているところがなんとも情けない。なかでも、株式分割や株式交換、M&Aまでもが非人道的行為のように報道されていることは、日本を世界的な市場の中にいるものとして見てと、非常に恥ずかしくも思えるほどである」という冷静なコメントをしている方もいらっしゃるようなので、少しホッとしています。
 誤解されないように、繰り返しておきますが、私はホリエモンを擁護するつもりはありません。証券取引法に違反したのであれば、罰せられるのは当たり前。その場合、ホリエモンは、粛々と罪をあがなうべきです。
 でも、どうしてマスコミは、中小企業にデリバティブを無理やり買わせて大損をさせた銀行や、払うべき保険料を払わなかった保険会社を叩かないんでしょう。お客さまに迷惑をかけたという点では、ヒューザー以上に罪深いかもしれないのに、そこには口をつぐんで、ホリエモンやオジャマモンを叩きまくるのか。そこに不信感を覚えるのです。エスタブリッシュメントについてはチョコっと叩いてお茶を濁し、新興企業に対しては、ボロボロになるまでボコボコにする。
 これが、「報道の公共性」だというのであれば、何が「公共性」なのか、なにが「フェア」なのか、本当に悩むところです。日本はなかなかに難しい国のようですね。


2006

(追伸)
全国有力書店におきまして、「フィナンシャル ジャパン」2006年3月号は1月21日発売です。
今月の第1特集は、デフレからの転換期を迎えている日本経済が今後どこに向かうのかを予測するために、戦後60年にわたる長期的な経済トレンドから現在地点を確認し、マーケットを読み解く特集を組んでいます。
また第2特集では、ソフトブレーン宋文洲会長の推奨する「効率のよい企業」がいかに継続的に経営効率を実現する仕組みをつくっているかについてまとめています。投資先を選定する際の参考資料にしていただければ幸いです。
特集以外でも、今月号から本田健氏の「幸せな資産家の黄金律~米国長者編」がの新連載でスタートしています。また、好評シリーズの「スポーツセレブのマネー論」では、欧州編としてセルティック中村俊輔選手とスポーツジャーナリスト二宮清純氏の対談をとりあげています。目玉は楽天の三木谷会長兼社長の「楽天メディア企業宣言」、そのほかにも、今まさに問題山積の「教育」について、現状の教育費を分析した「その学歴のお値段『How Much?』」など盛りだくさんです。


2006 01 23 [08. メディア/広告の将来を占う] | 固定リンク | トラックバック

2005.11.21

[ゴーログ]マイクロソフトの二番煎じは日本の広告業界でも成功するのか?

 皆さん、こんにちは。木村剛です。「くまさんの自立」さんから、マイクロソフトに関するトラックバックをいただきました。「流石だと思うのは、Microsoftの二番煎じの神通力。今までも二番煎じで追い越してきましたが・・・。危機感を間違いなく感じているのです。Microsoftの危急存亡の時期なのかもしれません。GoogleやYahoo!の動向を見てから、今ごろになってから、自分たちの先行きが怪しくなったのを気がついた」というのです。

 果てさて、マイクロソフトはどうなるんでしょう。でも、そのあたりは百戦錬磨の彼らのこと、きっと次なる手を打っているんでしょう。「くまさんの自立」さんによれば、「遅ればせながら、自分たちが『MSの事業で最も成長するのは広告ビジネスだ!』と今気がついたか」ということのようです。どうも、「Microsoftの広告ビジネスは、現在のテレビや新聞に匹敵する広告媒体になる」とか、「Microsoftの分野別事業収入の中で、今後5年間最も成長するのは広告ビジネスになる」などと語っているらしいのです。
 その背景には、ビル・ゲイツ氏の危機意識。「新世代のサービス」を提供する分野へとさらに進出するよう、プレッシャーをかけているようなのです。マイクロソフトは、ソフトウェアのほとんどを従来のパッケージ形式で提供しているわけですが、「このやり方では時代遅れになりかねない」という批判を受けています。
 確かに、「くまさんの自立」さんが紹介しているように、「ワープロソフトから写真の管理に至るあらゆるサービスをオンラインで提供する企業が今後さらに増えるなら、Microsoft社の収益を担うOSや、業務用ソフトの『Microsoft Office』の必要性は減っていくだろう」ということは否定できませんね。きっと、ビル・ゲイツ自身、そういう意味で、「この来るべき『サービスの波』は非常に破壊的だ」と述べているのでしょう。「くまさんの自立」さんは、マイクロソフトに対してかなり辛辣です。

今さらなにを言っているのだろうか?
ビル・ゲイツはこれほどまでに、検索エンジンによる広告ビジネスが収入源になるとは全く予想をしていなかったのだろう。
資金力に委せて、また、OSというデファクトスタンダードを持つ強みを生かしていれば、乗りきれると思っていたのに違いない。
そこにもう一方で強敵である、オープンソース、オープンドキュメントの波が予想外に早く進展しているのです。
無料というソフトの波なのです。ビル・ゲイツはたぶんソフトの無料化については到底 思いつかなかったのでしょう。
高価なソフトをバージョンアップしつつ、ソフトにあわせてハードの機能も上げ、お互いにハード部門もソフト部門も、買換需用を掘り起こすために、プラットホームを変えていたのです。それが昔からの経済原則ですから。その誘導がもはや効かなくなりつつあるのです。

 私も仕事柄、マイクロソフトの「オフィス」を使っていますが、個人的には、「もういい加減にあの頻繁なバージョンアップは止めてほしいなぁ」と思います。仕事での利用に関して言えば、ほとんど大幅なバージョンアップは不要なのに、かってにプラットフォームを変えて、ハードを更新したときに、昔のバージョンが使いづらくなるというのは、ちょっと不親切かなぁとも感じます。まぁ、ビジネス上の要請という点では理解できますが・・・(味の素のキャップの穴が大きいこととか、電器メーカーが切れない電球を売らないのと同じですからね)。
 ただ個人的には、OSの巨人・マイクロソフトと、広告の巨人・電通が、日本のマーケットでどういう戦いを広げるのかに関しては、極めて高い関心を持っています。というのも、丁度、公正取引委員会が「広告業界の取引実態に関する調査報告書」を公表したばかりでもありますからね。
 詳しくは、「ゲラ・チャンポン | 広告ビジネスブログ」さんのブログを読んでいただきたいんですが、要するに、「人気球団を持ち、その影響度から公共性を主張するテレビ・新聞が、一部の広告会社におんぶに抱っこで正気な商売をしていない!という現状。対して、インターネット広告界は、まだ取引が始まって日が浅いせいもあってか全くのクリーン」ということのようなのです。
 わが国における広告市場の規模は、5兆8571億円(H16年)で、そのうちテレビが34.9%、新聞18%、ネット3.1%。ネットは対前年比53.3%増で、いまやラジオを抜いているというのが現状ですが、「その約6兆円のマーケットにマイクロソフトが参入したらどうなるんだろうか」などと想像すると、なかなかに面白いですよね。楽天vsTBSの裏側には、当然広告業界の思惑や暗躍がうごめいていますから、IT業界の方々による広告業界への参入は酔う注目です。
 最後に、「ゲラ・チャンポン | 広告ビジネスブログ」さんのコメントをご紹介しておきましょう。

テレビ局による情報開示が少ない。・・・広告営業の現場には全くといっていいほどそういった情報は降りてきません。情報のないものを営業して、ポンと売れるはずがありませんよね。口頭による取引が少なくなく、メディア、広告会社及び広告主などの広告取引の当事者に適切な情報が与えられなくなり、市場メカニズムが働きにくい状況。広告会社はテレビ局に対しては契約書を締結していることが多いのに、お客である広告主に対してほとんど契約書を締結していない。これが僕個人でも納得のいかなかったところです。契約はほとんど口約束です。一筆書いてもらったり、簡単な書式で作ったりすることはありますが、正式な契約書というものはほとんどありません。トラブルになったらどうするのか。広告実施後だったら、とにかく取り立てに行くしかありません。ほとんどヤミ金融とおんなじデス。・・・テレビ・新聞はまず広告についての取引慣行を正すべきです! このままでは、既存のメディアは本当に信頼を失いますよ!

2005 11 21 [08. メディア/広告の将来を占う] | 固定リンク | トラックバック

2005.10.26

[ゴーログ]マスコミはインターネットが嫌いなのか?

 皆さん、こんにちは。木村剛です。「フジテレビVSライブドア=マスメディアVSインターネット=権力者VS市民」という視点で、「TBSVS楽天」を眺めておられる「seventyseven」さんから、トラックバックをいただきました。「seventyseven」さんは、「日本も徐々にインターネットを利用する社会に入ってきましたが、韓国の方が日本より先行しているようです」という危惧を抱いておられます。

韓国の今の大統領が選出された大きな原動力になったのがインターネット選挙・・・。日本の今の統治権力は韓国の選挙を見てインターネット選挙を避けようとしていると思われます。日本でもインターネット選挙を施行する準備は相当の所まで進んだのにも拘らず、今の政治権力政党は韓国の選挙を見てその進行をストップさせている・・・。今の政権政党の政治家はインターネット社会が怖いようです。

 インターネット社会が怖い、というのは困ります。せめて、選挙活動くらいはブログで認めてもらいたいところです。「ビールを飲みながら考えてみた」さんは、「現在、ブロガーの間では、『ブログを選挙に使えるように』といった瑣末なテーマばかりが語られているようだけれど、今、民主政治の世界に求められているものからすれば、大したことではない。もう一度、インターネットやIT技術が民主主義再建のために何ができるか、ということを考えてみるのも必要だと思う」と指摘しており、それは正論だとも思いますが、「ブログを選挙で使えるように」という小さなことすら実現できないのであれば、「インターネットやIT技術が民主主義再建のために何ができるか」という大義は、竹林の清談で終わってしまうような気がします。
 ただ、いずれにしても、民主主義再建のために、インターネットが活用可能であることは誰も否定しないでしょう。「seventyseven」さんは、以下のように述べて、マスコミのインターネット嫌いを批判しています。

国内政治の情報戦略に利用されているのが、今のマスコミ(マスメディア)・・・。放送は政府の許認可事業ですから、丁度銀行等の金融機関が護送船団方式で護られていたのと全く同じ・・・。電波と言う公共資産を国家権力によって護られた護送船団のマスコミが、市民の方を見ずに国家権力の方を意識するのも止むを得ないでしょうし、国家権力もマスコミによる情報操作をしようとしています。ですからインターネット等という代物は、国家にとってもマスコミにとっても目障りなのだと思います。

  このように見ると、NHK問題やフジVSライブドア問題でも政治家が嘴を入れてきたり、マスコミが連日常連のコメンテイターにライブドア批判めいた発言をさせているのも、宜(むべ)なるかな、と思われます(マスコミ常連のコメンテイターもメディアがインターネットに傾いて行くと、困る人が多いのではないでしょうか?)。・・・北朝鮮のメディア放送がテレビでよく紹介されます。日本のテレビ放送はそれよりマシかも知れないが、しかし北朝鮮のそれと本質的にはあまり変わらないのかな?・・・などと考えてしまいます。私たち市民にとっては、これからは"インターネット選挙"を掲げる政党を選ばなければならないですね。 

 ちなみに今週の27日に、経済同友会の「政官討論の会」では、IT選挙推進協議会の代表を務める北川正恭早稲田大学大学院教授を迎えて、「ブログを選挙で使えるように」という討論の口火を切る予定です。私は実務家なので、「大言壮語せず、出来ることから少しずつ」が身上です。

2005 10 26 [08. メディア/広告の将来を占う] | 固定リンク | トラックバック

2005.07.28

[ゴーログ]「渋谷ではたらく社長」の衝撃!

 皆さん、こんにちは。木村剛です。「矢山禎昭の自然観照日記」さんのトラックバックによって、「サイバーエージェントの藤田社長と女優の奥菜恵さんの離婚が発表された」ことを教えていただきました。しかも、その発表をブログでしたそうなんです。さすがです。私から申し上げることはありません。本件に触発された「矢山禎昭の自然観照日記」さんのコメントをご紹介いたします。

藤田さんが離婚発表にブログを使ったことは注目される。もしかしたら、ブログが出現して初めてのことかも。離婚という当事者にとっては辛く個人的な発表に、新興上場企業の社長が記者発表でなく、ブログを使って、読者と自社の社員に自分の言葉で直接語りかける。この若き社長のひたむきな姿勢に新鮮な親しみをおぼえた。これはブログと既存のメディアの役割と将来を指し示しているように感じる。・・・ 

「ネットは新聞を殺すのかblog」 by tsuruaki_yukawaさんが、21世紀のジャーナリズムは「参加型ジャーナリズム」になると言っておられる。畏れながら筆者は、これからは「中抜型ジャーナリズム」と呼ぶべきカタチが台頭してくるのではないかという感じがする。「直接ジャーナリズム」と呼んでも良い。

一般市民が既存メディアに参加するというより、ちょっと過激な言い方だけど、そこでは一般市民に限らず、政治家や企業人、既存メディア人も含めてすべての個人は書き手=読み手として、個人が直接結びついていて、ニュースや論評を評価し、編集する既存メディアは介在しない。そこでは既存メディアはその機能をずっと縮小して、個人ブロガーに補助サービスを提供するようになるのではないか。

ジャーナリストやメディア企業の経営者には、ジャーナリズムを自らの手で支えていて、社会正義の実現に貢献しているという自負があるだろう。それをすべて否定するわけではない。しかし、歴史の転換点となった過去の節目でメディアが何を報じ、どう論評したしたかを見れば、そして報道姿勢の現状を見れば、それは幻想ではないかと言わねばならない。そういう幻想が一部の既存メディア人の思いあがりを生んではいないか。 

2005 07 28 [08. メディア/広告の将来を占う] | 固定リンク | トラックバック

2005.07.22

[金曜日ゴーログ] さすがにマスコミは「叩く相手」を知っている!

 皆さん、こんにちは。木村剛です。芸能ネタにはトント相場感のない私ではございますが、なにやらNEWSという人気グループが飲酒して警察沙汰になったという話を聞きつけ、チラッと書いてみようかなと思った次第。事件の概要は、おそらく私などよりも、皆さんの方が詳しいと思いますが、まずは、簡単におさらいをしておきましょう。

●NEWSというグループの未成年メンバー(18歳)は、14日夜に仙台市で行われた女子バレーボール・ワールドGPの中継に出演。
●未成年メンバーは、NEWSの20歳のメンバーと2人で14日午後9時ごろから、仙台市内の飲食店で同局スポーツ局員5人と食事や飲酒をともにした。
●メンバー2人は宿泊先のホテルに戻ったが、別の場所で複数の女友達と私的な飲み会を開いていた菊間千乃アナウンサー(33歳)が、電話で未成年メンバーだけを呼び出し、15日午前1時ごろから飲酒した。
●未成年メンバーは1人でホテルに帰る途上であったが、仙台市内の公園で酔って騒いでいたため、15日未明、仙台中央署に補導された。 
●フジテレビは19日、仙台市内で酒席をともにした菊間アナウンサーに対し、減給と担当番組「こたえてちょーだい!」の無期限出演停止の処分を決めた。同局はほかに関係者9人にも減給などを科し、前例のない大量厳重処分となった。 

 要するに、成人のアナウンサーが、未成年に飲ませた結果、その未成年が騒ぎを起こして、補導されたという事件だったようであります。この事件に関して、「くまさんの自立」さんは、怒り心頭に達しています。

 

 今回のフジテレビにおける飲酒軽視報道には、全く呆れて嫌になる。

 他のテレビ局は他局なのにも拘らず、暗黙の了解があるのか、殆ど軽く流す程度なのです。ことの重大さを全くわかっていない。

 なぜに、もっと詳しく、報道しないのだろうか?


 若貴報道における全く私的な兄妹喧嘩の報道を、聞きたくも見たくもない内容を、必要に食い下がり何十時間も垂れ流していたのに。

 今回は、未成年者飲酒禁止法に該当し 監督者は過料に処するという歴とした犯罪行為にも拘らず、殆ど詳しく報道されないのです。

 いつもならば、どこかの大学教授とか学識経験者とかを招いて、意見を求めて批判がましく、犯罪者の心理行動を解説しているのです。

 ところが、自分たち同業者となるとこうも違うのだ。犯罪行為を知らしめることによって、他者に同じような行為をさせない、未然に防ぐことも報道する重要な点だと思うのです。

 今回の事件については、この重要な点も欠落しているのです。


 日本の報道関係はおかしいです。 新聞にも詳しく関係者の名前が記載されていない。

 なぜ?

 私も、連日繰り広げられる馬鹿馬鹿しくも見ているのが辛い「若貴報道」には心底嫌気がさしていましたから、「若貴騒動」を大々的に報道するくらいなら、この未成年飲酒事件を全面的に取り上げるべきだと思います(それにしても、貴乃花も、マスコミをあまり相手にしなけりゃいいのにねぇ・・・)。確かに、この事件、言われてみれば、マスコミにおける扱いは極めて小さいですね。

 報道の公共性・普遍性を何かあると御旗にかかげて、偉そうに発言し、プライバシーも考えずに、知る権利を振りかざし、いつもは堂々と放映しているのです。
 しかし、今回はどうだろう、女子アナの名前だけが出てくるが、関係した上司やほかの氏名は全く表面に出てこない。
 なぜ?
 なぜ、他局の報道番組も報道しないのだろうか? 
 お互いに、弱みがあるのだろうかと勘ぐってしまうのです。

 まったくそのとおりなのですが、少し前、ある新聞社の子会社で広告業務をしていた人が、増資に関する公告の発注を受けて、当該企業の株式売買をしたという事件があったときも、ほとんどウヤムヤになって終わりました。本当だったら、今回の経済産業省のインサイダー取引以上に、古典的で直接的なインサイダー取引の典型例です。でも、そういう話には一切手を着けようとしないのですね。

 そういえば、今年年初に勃発した「朝日新聞vsNHK」の決着はどうなったのでしょう。良心的なマスコミであれば、あの事件こそ、大々的に取り上げるべきだと思いますけれど・・。「くまさんの自立」さんは、「報道関係者の馴れあいの世界が実に良く現れた事件です。はげたか報道をする報道関係者も自分の子は可愛いのですね」と皮肉った上で、「報道とは自己を律してこそ、信頼を勝ち得るものだと思うのです。今回の報道で、まさに信頼は地に落ちたのです」と締めくくっていますが、この意見に反論できるマスコミの方々はいらっしゃるのでしょうか。

(追伸)
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お問い合わせ: kficlub@kfikk.co.jp
  

2005 07 22 [08. メディア/広告の将来を占う] | 固定リンク | トラックバック

2005.07.08

[ゴーログ]  「有害情報判定委員会」は創設されるのか?

 皆さん、こんにちは。木村剛です。「くまさんの自立」さんから、気に懸かるニュースが知らされてきました。なんと、「ネット情報に対して『有害情報判定員会』を創設する」という話が持ち上がっているらしいのです。まずは、「くまさんの自立」さんの話に耳を傾けてください。

02年にプロバイダー責任法またはプロバイダー責任制限法、正式には「特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限および発信者情報の開示に間する法律」が既に施行されているのですがご存じですか。実はこのプロバイダー責任法が生かされていないことで、新たな策として委員会を創設するという案が出て来たのです。

いやー、とうとう日本も情報検閲が始まるのかなんて一瞬考えてしまいました。総務省のホームページには、未だ掲載されていませんので、読売新聞の記事情報なのですが、少し驚きました。たとえ有害な情報でも検閲により強制的に削除されることはある意味で表現の自由を侵すことにもなりかねません。

とにかく「有害サイト」かどうか、「有害」であるかどうかの判断が難しいです。・・・それを見て影響されてしまう人が・・・いるのでは、事前に発信者側の情報検閲で見られないようにすることもやむを得ないのでしょうか。しかし、有害情報削除等を承諾してしまうと、現在の中国のようなInternet Filteringにより、情報統制が可能になってしまう。情報統制をされていることすらわからないようになってしまう。これは一番悪い方法で尚かつ最も怖い方法です。・・・有害情報判定委員会創設の動きを見守っていきたいと思います。

 私は昨年5月13日にアップしたゴーログ「モノ書きの老婆心」などで、かねてより、ネット上のコミュニケーションについて、「野放図な誹謗中傷などを放置しておけば、必ず公的な規制を呼び込むこととなり、それは、匿名による言論の自由を奪う結果になりかねない」ということを警告してまいりました。そして、残念ながら、そういう結果に終わりそうであることを強く予感しております。
 その流れを食い止めるのは、匿名による言論の自由を謳歌してきたネット界の良識派の方々しかないのではないかと思いますが、果たして、世論を動かすだけのムーブメントになれるかどうか、なかなかに微妙なところではないかと危惧しておりますが、以下にお示しする「くまさんの自立」さんの宮沢賢治ばりの心意気に対し、とりあえずエールを送っておきたいと思います。

アダルトの誘惑にも負けず、危険なスパムメールも開かず、
  イジメも誹謗中傷にも負けぬ丈夫な精神とネットの知識を持ち
  欲はなく 決していからず いつも静にわらっている
  1日数時間のネットとBlogを見て少しコメントをし
  あらゆることを 自分の感情に入れ よく見聞きし分かるように努力し 
  そして忘れず そしてぼけず
  マンションの書斎ともいえない小さな部屋にて
  東に面白いBlogあれば 行ってコメントをし
  西にプロバイダーに不具合があれば 行って苦情を言い
  南に有害情報があれば プロバイダー責任法を適用してと通報し
  北に喧嘩や訴訟があれば つまらないから止めろとは言わず、いい弁護士を紹介し
  決して 有害情報判定員会の指示には頼らず マナーを守ろうと言い
  文章日照りの時はBlogが書けないと涙を流し、
  嫌なコメントが書かれているとおろおろあるき 
  みんなに気にするなと言われ
   ほめられもせず
くにもされず 
  そういうものに わたしはなりたい 


2005 07 08 [08. メディア/広告の将来を占う] | 固定リンク | トラックバック

2005.07.07

[ゴーログ]ついに日刊全国紙がブログを始める!

 皆さん、こんにちは。木村剛です。「NetMarCom」さんから、私もたいへんお世話になっている「フジサンケイビジネスアイ」が、7月4日から「ブログ」を始めたというニュースを教えていただきました。まずは、「NetMarCom」さんの解説をお読みください。

 日刊の全国紙が運営するニュースサイトのブログとしては初。05年7月4日にオープンする。木村剛さんのコラムや、読者からの質問に答えるコーナーなどを予定。ビジネスパーソンの交流の場としても活用してほしい、としている。プレオープンのメッセージを見ると、「コラムやニュースを見た人たちが、何を感じ、どのような考えを持ったかを知ることができるのでは」と考え、ブログを開始することになった。さらに「ここで得られた情報をもとに、読者の目線にそった紙面づくりを目指す」としている。

 まずは、日刊全国紙として、本格的に「ブログ」に参戦する決断をしたフジサンケイビジネスアイの経営陣の方々に敬意を表します。「ブログとマスコミ」については、間欠泉のように問題が湧き起こっており、昨年、共同通信の小池さんがホリエモンを中傷した際に袋叩きにあったり、最近でも記者ブログが狙われて次々と炎上したりしています。そういうことを知りながら、ブログ界に進出したわけですから、あんたはエライ!と言う感じですね。
 ということで、「フジサンケイビジネスアイBLOG」の今後のためにも、小池事件に関連するゴーログ――「ジャーナリストなら匿名性に逃げ込まないでほしい!」(2004.8.2)、「頑張れ!くじけるな!小池編集長」(2004.8.11)、「共同通信の小池さん、お帰りなさい」(2005.1.20)――を改めてご紹介しておきたいと思います。
 フジサンケイビジネスアイ編集部の皆さん、頑張ってください。応援しています。

2005 07 07 [08. メディア/広告の将来を占う] | 固定リンク | トラックバック

2005.07.01

[ゴーログ]良心的なのはマスコミか、それともブログか?

 皆さん、こんにちは。半年に一度は必ずマスコミからバッシングされながらも、それなりにサバイバルしている木村剛です。若貴騒動でも立証されているように、何を話そうと、書くストーリーがはじめから決まっているのですから、話せば話すほど、都合の良いところだけつまみ食いされて変な記事ばかりが世の中に出回ります。それにしても、他人を誹謗中傷する記事を書くなら書くで、もう少し商法や銀行法を勉強していただいてからにしてもらいたいものです(あっ、そうか、誹謗中傷するのが目的だから、勉強なんてしなくてもいいのよね・・・ずいぶん、よいご身分ですなあ)。

 さて本日は、「最近はブログが世に広がり、マスコミからの一方的な情報発信は時代遅れな感が強くなってきました。無論、手軽に更新できるブログの容易性が、信憑性に直結しないのは理解しているつもりですし、今のブログ界がマスコミの新しい形だなどと夢を語る気もありません。しかし、僕もこうしてブログを開設し、少なからず色々な人たちと意見交換をさせてもらうようになると、やはりその意義においては一目置かざるを得なくなります」と書いている「Chin’s Bar」さんから、独自のマスコミ論をいただいておりますので、ご紹介させていただきたいと思います。

ブログはあくまで個人的な意見を前提に書かれることが多く、そのため意見が拡散しがちなのも事実ですが、「ウソをつかないように」と良心的に記事を書いてらっしゃる人が非常に多い印象があるのも、ブログの好ましい点だと僕は思っています。

さて、既存のマスコミはどうでしょうか? 少なくともテレビのほとんどの時間放映されているワイドショーやニュースなどから、良心を感じることはあまりありません。・・・他のワイドショーなどは言及するまでもなく、人の不幸をさも同情や心配するかのような姿勢には吐き気すら覚えます。各局のワイドショーの姿勢こそが、すなわち今のテレビ局の姿勢なんだなぁ、と最近は完全にテレビ局に対して信頼を失ってしまっている状態です。今年冒頭のライブドア事件の際に僕がライブドアを支持した大きな理由は、既存メディアへの決定的な不信感が原因だったのかもしれません。・・・

例えば、今年フリーランスに転向された有名なガ島通信さん他、既存のマスコミに愛想を尽かし、独立されてマス・コミュニケーションの追求の道を選ばれたライターの方がたくさんいます。一方で、会社の枠組みに囚われることを返って都合よく捕らえ、今もいい加減なネタの使いまわしにいそしむ記者も数多いと聞きます。

マスコミに登場するような人たちは、口をそろえて「マスコミは信用ならん」と言い放ちます。堀江さんや木村剛さん、イチローから小泉首相に至るまで、異口同音、同じことを言います。・・・つまりはそのくらいマスコミという集団が油断のならない連中であり、活字や電波という圧倒的な影響力を持ちながら、当事者意識のない、非常に無責任な存在だということがよくわかります。・・・

我々はマスコミの情報を頼りにしているのに、なぜ当のマスコミからは良心が失われたんでしょうか。そもそもマスコミとは、メディアとはなんなんでしょうか? 理想のマスコミとはなんなのか。今の堕落したメディアに対し、我々はどう対抗すればよいのでしょう? 信用できないのに新聞を買い続ける自分の姿に気付いて、今日はちょっとブルーな気分になりました。

 そうですねぇ。本当にブルーな気持ちになりますよね。私も人間ですから、何度かキレかかって、このブログにその記者の顔写真を添付して、いかに非常識なヒドイやつだったか、書き殴ってやりたくなるときがありました。でも、そうすると、彼らと同じレベルに堕してしまいますからねぇ・・・。ブログの道もなかなかに険しく難しいものです。

2005 07 01 [01. ブログ万歳ココログ三昧, 08. メディア/広告の将来を占う] | 固定リンク | トラックバック

2005.05.18

[ゴーログ]TBS盗用問題にみるマスコミの現状

 皆さん、こんにちは。木村剛です。最近ひそかにマイブームだった「すちゃらかな日常 松岡美樹」さんのブログを読んでいましたら、TBSの部長による盗用問題を扱っていました。モノ書きとして生計を立てているだけに、「すちゃらかな日常 松岡美樹」さんの怒りは頂点に達しています。その筆致の中でも、光っているのは、盗用問題への突っ込みそのものよりも、マスコミにおける構造問題への切り込みです。

テレビや新聞、雑誌などのいわゆる「大マスコミ」では、何かあると「フリーランスの人間がやったことだ」てな言い訳が伝統化している。もはや古典芸能といってもいいだろう。まったく目も当てられない後進性である。

そもそもテレビなんかは、外部の番組制作プロダクションがなければ成り立たない構造になっている。雑誌にしても実際に誌面を作っているのはフリーランスのクリエイターだ。たとえばテレビ局へ行くとフロアが番組ごとに分かれていて、制作している各プロダクションが会社単位でデスクに陣取っていたりする。雑誌だってフリーランスの席を作っている編集部も多い。なのに何かあったら「外部の人間のしわざです。ウチには関係ありません」じゃ通らないだろう。 

 その上で、「すちゃらかな日常 松岡美樹」さんは、記事の署名問題にメスを入れている。まさに、そのとおりだと思う。そこに少なからぬ問題の核心はある。「どだい会社組織の名の元に情報発信してるから、辻褄が合わなくなるのだ」と問題の本質に切り込む「すちゃらかな日常 松岡美樹」さんに、私は賛意を示したい。

会社として責任を取る気がないのなら、すべてのメディアはハナから署名制度にすべきだろう。「文責はオレにある」という意識でモノを作っているフリーランスの人間は多いんだから。なのに書いた個人の名前は隠しておいて手柄は会社がちょうだいし、何かが起こると「実はアイツのせいなんですよ」ってすごい世界だよねえ、しかし。

このあたりは署名制度が発達し、会社組織の人間であっても「個人が情報発信している」という認識のある欧米のジャーナリズムとくらべ、意識が100年遅れている。もはや文化の問題だ。すでに落日の観がある日本独特の頑迷なカイシャ主義、士農工商フリーランスという意味不明な価値観に原因がある。たまには権力の不正を暴いたりして「進歩派」を気取っているが、その実、ある意味日本でいちばん文化的に遅れているのがマスコミなのだ。

 自らの後進性を見て見ぬふりをして、進歩派を気取る ―― という指摘には、思わず膝を叩いてしまった。いまのマスコミは、自分だけは殴られない安全地帯にいて、他人をボコボコに殴るゲームを楽しんでいるに過ぎない。改革を為し遂げるつもりなど何もないくせに、評論家ぶって偉そうな解説を垂れ流す。改革というものは、軋轢が起こることが当たり前なのに、面白おかしく覗き見趣味を満足させているだけ。
 そんなに正義を語りたいのなら、実際に改革の現場でリスクを背負ってみたらいい。個人の人格に降り注ぐ罵詈雑言の中で黙々と前進して見せたらいい。その程度の覚悟を持つことができるのであれば、TBSの部長の名前ぐらい公示してみせたらよいだろう。「まずはフリーランスのせいにしよう。その堤防が崩れたら、今度は『会社』の傘に隠れよう。こうして『個人』は限りなく厚い組織の襞に隠れていく。マスコミの隠蔽体質はこんな構造になっている」という「すちゃらかな日常 松岡美樹」さんからの指摘に反論できないのであれば、月光仮面を気取るべきではないのではないか。


(追伸)5月21日(土)に「ホリエモン騒動とこれからの日本企業」というテーマで講演をします。詳しくはこちらです。 http://megaport.co.jp/0521/

2005 05 18 [08. メディア/広告の将来を占う] | 固定リンク | トラックバック

2005.05.13

[ゴーログ]新聞記者に憧れています

 皆さん、こんにちは。木村剛です。「汚れたどぶ川には、清冽なる鮎は住めない」という名台詞で知られる小倉さんが復帰することが待たれる「ネット匿名論」ですが、「ヤースのへんしん」さんは、独自の視点で、有料メディアとの比較をベースに議論を展開していらっしゃいます。

ブログの責任論なんて、清濁併せ呑むことのできない人が騒ぐことであって、読んで迎合する必要なんかないんです。エイプリルフールの日に騙されて、騙された自分に苦笑することなく、騙した相手が悪いと心底怒ってる人と同じですね。誹謗中傷や差別発言が為されるから、自己規制が必要だとか、自己規制しないなら法で規制することになるって話なら、今の週刊誌の三面記事はどうなるのでしょう。有料メディアの誹謗中傷無責任記事が、今まで野放しにされているのにブログが先に規制されることなんてあるのでしょうか。

 私は、公に情報や自分の意見を発信する以上は、何らかの「責任」を負うことは当たり前だと思っていますから、「ヤースのへんしん」さんとは、立ち位置が多少違うのですが、「有料メディアの誹謗中傷無責任記事が、今まで野放しにされているのにブログが先に規制されることなんてあるのでしょうか」というのは、まさにおっしゃるとおりであって、その問題を棚上げしながら、現役のマスコミの方々が「ブログの責任論」を唱えることには違和感を持たざるを得ません。
 たとえて言うと、「面白くなきゃテレビじゃない」と言っていたフジテレビが、ホリエモンが現れた瞬間に、「公共の電波」だと言い始めた感じに似ているでしょうか。だから、最近、既存のマスコミにチラホラと見受けられるようになったネット否定論やブログを叩く記事については、眉をひそめてみています。
 かねてより私は、既存のマスコミがネット言論を批判できるご立派な立場にあるとは思っておりません(こう書くと、また記者ブロガーの方々からボコボコにされるかもしれませんが・・・)。実際にヒドイ週刊誌の三面記事には事欠きませんから・・・。
 そういうことをテレビ局の方々に言うと、「三流週刊誌とテレビを一緒にするな」と叱られます。でも、オンエアされるVTRなんて、厳密に言うとほとんどがミスリーディングですよ。「視聴者に分かりやすいように」という大義名分のもとで、資料をみて仕事をしているフリをしたり、議論をしている場面を設定したり、パソコンのキーボードを叩いている絵をとったりしているんですから。
 新聞記者の方々は、とても偉い人が多いですね。そのくせ、情報源の秘匿というエシックスもなかったりします。私の場合、中京圏に強い全国紙で金融担当をしている女性記者にヒドイ目に遭いました。オフレコを前提に情勢をブリーフィングしているのに、メガバンクの取材で「木村さんはこう言っているのですが、あなたはどう思いますか」なんていう取材をするんですから、信義則もへったくれもありません。要するに、あるメガバンク広報部長の偵察隊だったんですね。書く記事の内容も、その広報部長に吹き込まれるがままを信じた三流コラム並み。名古屋の方々が本当にかわいそうです。
 そういえば、この間も記者会見で、村山一族が筆頭株主と言われている大手新聞社の方から、「日本振興銀行の株主構成を教えないのは問題だ」と詰め寄られました。そんなことを言われたって、こちらはこれから6月に株主総会でまたプロキシーファイトの可能性もあるんです。興味本位で聞かれても答えられませんよ。こちらは、真剣勝負なんですから。「面白い記事を書ければそれでいい」という立場ではないんです。
 ちょっと思い出して欲しいんですね。ニッポン放送の経営権争奪戦で、「ハイ、今日私は株を何%持っています」 「あの人とあの人の持株は○○%です」なんて、ホリエモンが言いましたか、フジテレビが答えましたか、村上ファンドが言ってましたか。そんなこと、誰も言いませんよ。リアルファイトなんですから。法律で定められた範囲内ではしっかりとディスクローズしますが、それ以上と言われても、手の内をさらして不利になるだけですので、今しばらくは勘弁してほしいというのが現状なんですね。
 あまりにもシツコイので、思わず、「そこまで言うのなら、お前の新聞社の株主構成と財務諸表を公表してみろ!」と思わずキレて言いそうになりましたが、新聞記者の方々は本当にこわいですからねぇ・・・。江戸の敵は長崎で・・ということになりますから。何と言っても、天下の○○新聞ですから。嘘でも書いてしまえば、真実ですからね。書き方でいくらでも逃げられますから。「あんたはそう言った。俺は取材した」と言い張って、メモの切れ端でも証拠に出せばOKと思っていらっしゃるんですから・・。
 あっそうか、そもそも、匿名でしたね。
 それは素晴らしい。何を書いても責任を問われないわけだ。うらやましいなぁ。是非一度、私も新聞記者になって、匿名性に護られている下で、攻めに攻めてみたいものだと思っています。本当に憧れますね、新聞記者には。
 

 (追伸)5月21日(土)に「ホリエモン騒動とこれからの日本企業」というテーマで講演をします。詳しくはこちらです。 http://megaport.co.jp/0521/

  

2005 05 13 [08. メディア/広告の将来を占う] | 固定リンク | トラックバック

2005.04.13

[ゴーログ]『Google八分』や『Yahoo八分』は本当に起こるのか?

 皆さん、こんにちは。木村剛です。「Cazperのつれづれ日記」さんによれば、「『Google八分』と『Yahoo八分』」というのがあるそうです。「村八分とは、『仲間はずれにすること』の事なのだけど、『Google八分』や『Yahoo八分』とはインターネット版の村八分の事」らしいんですね。「Cazperのつれづれ日記」さんの解説に耳を傾けてみましょう。

今やインターネットで検索エンジンは、使わない日が無いというくらい必須のツールである。

しかしながら、人権擁護法案によるインターネット規制が行われると、過激な表現や思想を持つサイトに対して政治的な圧力等がかかり、検索エンジンのデータベースから故意に削除されるようになる事もあるらしいのだ。こうなると言論の自由が失われかねない。

確かに差別的なサイトが蔓延するのはよくない事だが、インターネットはテレビ放送と違い情報の流れが一方的ではない。利用者が情報の取捨選択できる分だけ、ある程度の主観や思想が反映されても許されるべきである。

それにもかかわらず、インターネット(検索エンジン)上で村八分が行われる事があるのならば、「言論の自由」が犯されている気がしてならない。 

 確かにそういう危惧はあります。しかし、「言論の自由」を護るためには、それを言い放つだけではなくて、「言論の自由」を護る立場のサポーターを増やす努力をしなければならないという現実にも気を配る必要があるのです。
 たとえば、「デパス四錠と煙草一箱」さんは、「小倉センセがリアルに燃料を投下されました」ということに関し、「YomiuriWeekly2005年4月17日号」の記事を引き合いに出してコメントを出されています。正直申し上げて私は、「小倉センセ」にも、「小倉センセのブログが炎上した」ことについても何の興味も持っていませんが、一応「表のメディア」である「YomiuriWeekly」が以下のような「ブログ反対」のトーンでアジテーションをし始めたことについては深い懸念を感じます。

ブログに潜む問題は、これだけではない。深刻な個人攻撃の温床になる危険性も、ブログは抱えている。・・・こうした個人攻撃は、これまで、巨大掲示板「2ちゃんねる」でしばしば行われてきた。今後はブログで多発するだろうと、小倉弁護士は予測する。2ちゃんねるに書き込むより、攻撃対象のブログでコメントスクラムを起こしたほうが、より効果的に「攻撃」できるからだ。「実際、コメントスクラムで閉鎖に追い込まれたブログは多い」と小倉弁護士は言う。なかには名誉棄損罪、侮辱罪にあたるコメントもあるが、問題なのは匿名である点だ。ネットの世界には、民族差別的な書き込み、極端な政治思想を持つ「ネット右翼」など、匿名を隠れ蓑に無責任な発言をする人々が多数存在する。これまで「2ちゃんねる」などで暗躍していた彼らが、ブログの流行で活動の場を広げる可能性は高い。

 念のため申し上げておきますが、私は「小倉センセ」の書いたものを熟読しておりませんし、炎上したことの是非についても詮索するつもりは全くありません。ただ、指摘しておきたいのは、世の中の規制を決めるのは、ネット上の世論ではなく、リアルワールドの中で蠢いている永田町のオジサン・オバサンたちだという厳然たる事実です。
 私は、昨年5月13日のゴーログ「モノ書きの老婆心:『匿名性』を護るために」において、「私は、『特別な努力を払わない限り匿名として扱われるネットワーカー』の方々に『匿名性』のありがたみをもっと大切にしてもらいたいのです。匿名であることに甘えた誹謗中傷や罵詈雑言を繰り返していると、『匿名性』を確保した上での『自由な言論の場』は遅かれ早かれ実質的に閉ざされてしまう運命を避けられないのではないかと危惧します」と書いておりますが、如何にネットワーカーやブロガーたちの言論に正義があろうとも、リアルワールドのサポートなしの正義は「踏み潰される運命にある蟷螂の斧」でしかありません。
 「蟷螂の斧」を「本物の斧」として維持していくためには、まだまだ乗り越えていくべき課題がありそうです。もっとも、私が心配しすぎていて、「時間とお金がかかりますので、裁判の対象になるか、誰かのチクリでもない限りは、内容の精査が行われ、規制されるなんてことはないでしょう」(by「しんちゃんのおうち」さん)ということであれば良いのですが・・・。
 本当は、「お互いを思いやれれば、規制なんて呼び込まないと思うんですが」(by「雑記帳」さん)ということに尽きるんでしょうけれどね・・・。「自由に責任が伴うことを忘れた輩が増えると規制を呼び込む」(by「今夜も寧楽で言いたい放題」さん)というだけなのですから。ちなみに「よろずもめごと論」さんは、「私はブログに限らず、誹謗中傷・名誉毀損は既存の法律によって対応されるべきであり、新たな法規制、過度な自粛(萎縮)は好ましくないと思う」と述べておられますが、私も同じ意見です。

(追記)「よろずもめごと論」さん、リンクを忘れてしまいまして大変失礼いたしました。お詫び申し上げます。



2005 04 13 [01. ブログ万歳ココログ三昧, 08. メディア/広告の将来を占う] | 固定リンク | トラックバック

2005.03.11

[ゴーログ]放送による報道とはフィクションである!

 皆さん、こんにちは。木村剛です。「404 Blog Not Found」さんがテレビ番組のVTR取材に応じられたそうです。「TV朝日の『サンデースクランブル』のVTR収録のrequestが来た。微妙な時期でもあり、最初はお断りしようかとも考えたが、逆に質問しておきたいこともあり、また主張したいこともあったのでrequestに応じることにした。収録は土曜日に行なわれ、日曜日に放映された。収録は当初予定の30分から15分ほどオーバーした。放映されたのは60秒弱だろうか。 収録は終止和やかな雰囲気の中行なわれ、対応も大変に丁寧であり、悪意のある質問などはなかった」とのこと。

 ただ、その結果放送されたものは、と言うと、決して、「404 Blog Not Found」さんが完全に納得できるものでもなかったようです。

にも拘らず、最終的に放映された部分を見ると、やはり番組制作側にとって都合のよい部分のみを抜き出して使っていた。明らかに「もしニッポン放送がライブドアによって買収された場合、人事は過酷になるのでは」という番組の「隠れた主張」を補強するのに都合がいい部分が放映されていた。

私はそのことを責めるつもりは全くない。45分のinterviewを30分の番組で流すのは不可能である。物理法則による制約を人のせいにするのは間違っている。そしてその物理法則こそが、放送が「公の器」としては小さすぎることの 最大の証明なのである。チャンネルは1局に1つしかなく、一日は86400秒しかない。これだけ小さな器に公として必要なものを全て詰め込むのは不可能だ。そしてそれを人間が編集する以上、そこに主観が入る余地は避けられない。

放送による報道とは、実は編集者という作者が「ノンフィクション」という素材を「コラージュ」して作った「フィクション」であるといったら言い過ぎであろうか?

 じつは、私自身は、VTR取材はお断りするというポリシーを堅持しています。というのは、TV局サイドには「こういうストーリーで番組を作りたい」という意図があるので、こちらの考えなど関係なく、彼らのストーリーにはまるところだけ都合よく編集されて使われてしまうからです。
 実際問題として、前後の部分をカットされて、文脈の一部だけを使われるとかなりミスリーディングなコメントとなってしまいがちです。私もTVに慣れない頃は、VTR取材に応じた結果、何度も何度も嫌な思いをしたものです。
したがって、TVに出演するのであれば、生放送というのが大原則です。
 しかも、生放送だったら良いということでもありません。そのときの編成方針や司会者と出演相手、さらにはその番組内の流れなどをしっかり見ておきませんと、知らない間にハメラレテイルということだってよくあるわけです(話題になった、この間のTV朝日サンデープロジェクトの「ホリエモンvs堀紘一」はその匂いがプンプンしていました・・・)。
 特にTVというメディアは強烈な印象を与える媒体なので、よほど気をつけていないと簡単に使い捨てにされてしまいます。番組制作者からみると、所詮、出演者など「闘鶏場のチャボ」なんですから、その自覚がないと本当に「チャボ」として、番組上、殺されてしまいます。
 私は、そういう経験を少なからず体験していますから、TVや新聞というメディアに属している方々が「公正な報道」などという建前論を振り翳すたびに「だったら、本当に公正な報道とやらをしてみろよ!」と鼻白む思いがします。ゴーログ「ブログに文句つける前にマスコミの方を矯正してほしい」(2004年11月1日)や「ブログはマスコミに報いる庶民の一矢だ!」(2004年11月2日)などで展開した私のマスコミ論は、そういう現実を踏まえた上で展開されておりますので、皮相的に読まれた方には多少分かりにくいところがあったかもしれません。
 もっとも私は、現状のブログ文化のままで、現在の強力なメディア陣営に対抗できる勢力になれるとも思っていません。現在のような無秩序のままでは、リアルワールドの市民権を獲得できるステータスにはいたらないと感じるからです。「404 Blog Not Found」さんが、「だからといってInternetの方が客観的だというつもりはない。事実blogや掲示板はむき出しの主観の集まりである。しかし人間の営みに完全な客観はありえない。結局主観と主観がぶつかりあうのであれば、編集という名の検閲が入らないInternetの方が『まだまし』なのではないだろうか?」と述べていますが、私も似たような評価です。
 しかし、TVや新聞という現行メディアは、虚構であっても「客観性」を身に纏っており、ブログは仮に「真実」であったとしても「客観性」を身に纏っていません。この距離感を縮めるためには、ブログが市民権を得るところまで世の中が変化しなければ、結局のところ「負け犬の遠吠え」に終わってしまうのではないか、という懸念を払底できません・・・ これが私の杞憂であることを望みます。

2005 03 11 [08. メディア/広告の将来を占う] | 固定リンク | トラックバック

2005.03.09

[ゴーログ]ガ島通信さんのさらなるご活躍を祈念して

 皆さん、こんにちは。木村剛です。「ゆびとま」さんから「ブログ界で『新聞の中に残された僅かなる良心』として高く評価されていたガ島通信さんが、突然、会社を辞める宣言。かなり頻繁に、脊髄反射とは思えない内容の濃いエントリをアップしていたから、『本業どうなのかなぁ』とひそかに勝手に心配していましたが・・・決心してしまったのですね」というトラックバックをいただきビックリ仰天。

 「nomaddeamon」さんも、「けっこうショックです。この人、地方新聞の記者なんですけど、現代の文脈の中でのマスメディアの役割だとか、あるニュースをどんなふうに報道すべきだとか、そういうったことを正直に真摯に誠実に語り続けてきた人なんです。僕も最近になってガ島通信を知り、楽しみにしていたblogでした。彼の立場を考えるとハラハラしていた部分もあったのですが、今回、会社をやめてしまったとの報を読み、やっぱり、という思いも持っています。彼みたいに真摯に、誠実に、そして真正面から、自分の仕事とそれを取り巻く環境について語るということは、それだけリスクがあるということなんでしょうか」と書いていらっしゃいます。
 「朝日新聞vsNHK」や「ホリエモンvsフジテレビ」が盛り上がる中で、マスコミはどうあるべきか、という問題がクローズアップされる中、良心的なマスコミ系ブログとして知られている「ガ島通信」さんのブログは俄然注目を集めておりましたが、きっと色々とあったのでしょう。「絶望して去る人」(by「カトラー」さん)にはそれなりの想いと決断があったはずです。
 それを実情の仔細を知らない第三者がああだこうだと評論するのは失礼にあたるというものでしょう。「ガ島通信」さんの決断を尊重する以外、私にできることはありません。決断されたからには、その決断が正しいことを祈っております。
 逆に職場のしがらみから解き放たれて、ブログ道を極めることにつながるかもしれませんし、トラックバックを見させていただきますと、熱烈なサポーターも多いようですから、今回の辞職は、きっとさらに一段大きい成功のためのステップになるのではないでしょうか。万が一、私でお役に立つようでしたら、転職のお手伝いもいたしますので、何なりとお申し付けください。
 あまり知られていませんが、一見羽振りの良さそうな職業のように見える「モノ書き」というビジネスは、結構孤独で、実入りの少ない職業です。サバイバルもかなり過酷です。「ガ島通信」さんがどのようなキャリアを考えていらっしゃるのか分かりませんが、応援は厭いませんので、何なりとご相談ください。
 ちなみに、総合ビジネス誌「フィナンシャル ジャパン」を発行しているナレッジフォア株式会社(KFi株式会社の子会社)は、有能なライターを募集しているようですので、ご参考まで(遂に、ゴーログで求人案内をしてしまった・・・)。

2005 03 09 [08. メディア/広告の将来を占う] | 固定リンク | トラックバック

2005.02.21

[ゴーログ]報道を鵜呑みにせずに、直接会って話を聞こう!

 皆さん、こんにちは。木村剛です。2月17日のゴーログ「ホリエモンvsフジテレビ:抗争の行方は?」に数多くのトラックバックをいただきありがとうございます。しかし、それにしても、この問題に関するテレビ番組のクオリティって言ったら、どうしようもなかったですね。「In the woods BLOG」さんじゃありませんけれど、「うわ~、テレビってレベル低いなぁ~」ということを思い知らされました。

 「ヤースのへんしん」さんは、「堀江社長に対する、TV局のアナウンサーや、出演してる評論家の言葉が、アホみたいで落胆する。株式の『カ』の字も勉強せずに、精神論や義理・人情の論調には、情けなさが漂う。『一般投資家への責任は?』とか『今後の戦略は?』とか、もう目を覆いたくなるような質問。堀江社長が答える前に『はぁ~!?何聞いてるの?』とこちらが答えてしまう。まっすぐに、正論を堀江社長に主張されると、唇を振るわせるだけで反論すらできないでいる評論家。あかん・・・メディアは改革されるべきだと、自分たちで表してるようなもんやと確信した」とじつに冷静に現実を見抜いていらっしゃいますし、「生きている日々」さんも、「本質論を堀江さんが言っても、感情論の質問・意見しかしない。僕もテレビを見ていて、日本ビジネス社会って(自分も含めかもしれない)感情論なのね!?って感じた」という感想を述べていらっしゃいます。
 そうですねぇ~。
 感情論って、日本では強いですからねぇ~。
 その点に関して言うと、ホリエモンに対しては、「ロジックや数字ってやつは、人間が集団で生きる社会を動かすルールとも言い換えられるが、生き物としての本性とはかみ合わないものであるということを、どうも無視しているようにも思えてならない。そして、そういう、『人の気持ちや感情』というものを考えもしない高慢さが、楽天が新球団設立を要請され、ソフトバンクが球団を買収できたにもかかわらず、ライブドアが一切無視された原因のひとつであるとも言えなくはないだろう」(by「くぬぎのしっぽ」さん)とか「野球のことを金儲けの道具としてしか考えていないと野球ファンから嫌われたそんな球団オーナーがいましたが、堀江さんが同じような人じゃないことを願うだけです」(by「ちょっと一言、いわせてください」さん)という批判も出てきています。
 また、「ニッポン放送とフジテレビの資本関係と時価総額が逆転しているところを容赦なく突いた堀江社長は確かに凄い」とホリエモンを讃える「[R]Richstyles!」さんも、「堀江社長は相変わらずチャレンジ精神が旺盛で、ライブドアの躍進は日本型経営よりは欧米の一代メディア成金に似てきた」と釘を指しています。
 ひょっとすると、「堀江社長には少し交渉能力が欠けている気もします。欠けているのは、あるいは思いやりの心かもしれません。強くなるとそういうところが少し鈍感になってしまうのかもしれませんね。フジ側も拒絶してしまっては大人気ないですね。どっちもどっちだと思います」という「ノンタイトルツーベースヒット」さんの評価が一番フェアなのかもしれません。
 でも、銀行設立でライブドアと提携した西京銀行の大橋頭取によると、「堀江さんは、テレビで言われているほど、豪腕というよりは、周囲の話を聞きながら、話をすすめていくソフトな方だと感じた」(by「行列のできる転職相談所〜起業編〜」さん)そうですから、何事も百聞は一見にしかず、報道を鵜呑みにして批判するよりも、直接会って実物と話した上で評価した方が確かなようです・・・。

2005 02 21 [08. メディア/広告の将来を占う] | 固定リンク | トラックバック

2005.02.17

[ゴーログ]ホリエモンvsフジテレビ:抗争の果てにあるものは?

 皆さん、こんにちは。木村剛です。「フジ、堀江社長の出演番組を休止」(by「誰も信じてくれない、本当にあった不思議な話」さん)するなど、ホリエモンvsフジテレビの抗争が話題の焦点になって、ネット界も熱くなってきています。「ガ島通信」さんは、「アメリカでIT関連企業がテレビ局や雑誌社などを次々に傘下に入れたのは、確か10年前と記憶しています。『アメリカに10年遅れてやってくる』とよく言われますが、そんな感じになってきました。護送船団方式で、泰平の世をむさぼってきた既存メディア業界。武士の商法でついていけるほど資本主義は甘くありません。冷たい水の中に会社ごと沈む… 新聞業界もヒトゴトではありません」と感想を述べていますが、本当に資本主義は厳しいモノです。

 「投資に役立つ?新聞記事」さんによれば、ニッポン放送の理論株価は、6200円(?)だそうで、支配権を巡ったビッド合戦の行く末が気になります。「大西宏のマーケティング・エッセンス」さんは、「堀江社長が『ニッポン放送』というべきところを思わず『フジテレビ』と発言したことは、そこに本当の意図があることを象徴しているかのようです。それにしても、資本関係がねじれたフジ産経グループに目をつけたというのはさすがにライブドアですね」とライブドアの行動に賛意を表明して、こう述べていらっしゃいます。

株取得の狙いが見えない報道陣から「高値で売却し利益を出す狙いではないか?」という質問がでたそうですが、日本の報道はその程度なのかとがっかりします。もちろん、ビジネスですから、フジテレビとの提携などがうまくいかなければ、株を手放すことも否定できないでしょうが、ネット企業による既存メディア買収は、予想できる当然の流れだと感じます。・・・インターネット企業が、事業の相乗効果を求めて、金融、メディア、そして音楽やスポーツ、さらに番組などのコンテンツ、そして通信などの分野をターゲットとしているのは世界の常識だと思います。
堀江社長が、ニッポン放送傘下のポニーキャニオンの持つ音楽や映像などをネットで配信するなど「ネットと既存メディアの融合」と意図を語ったことは額面通りの発言でしょう。

 それにしても、なかなかに面白い時代になってきました。ホリエモンという稀代の個人一人によって、既存の秩序が揺らいで、時代の大きな流れが沸き起こされるかも知れないのですから・・・。10年前にはなかなか想像できませんでした。
 「grounder」さんは、「何をするにせよ真っ向正面から勝負する堀江さんにがんばって頂きたいです」と熱いエールを送っていますが、「In the woods BLOG」さんが、ホリエモンを幕末の清河八郎になぞらえて、「清河がいなければ、幕末は始まらなかった、とも言える。坂本竜馬にせよ、新選組にせよ、幕末の登場人物たちは、清河に“そそのかされて”世に出てきた、とも言えるのだから。清河八郎の功績というのは、幕末の火付け役になったことなんでしょう。・・・清河ホリエモン社長・・・に火を付けられたラジオ業界(テレビ業界?)今後、想像できないような展開になるでしょうね。プロ野球界のように」と語っていますが、これが明治維新につながるのか、大塩平八郎の乱で終わるのか、安政の大獄となるのか、歴史の証人として同時代に生きていることにありがたさを感じます。
 ブログ界では、「報道にしろスキャンダルにしても他人には厳しく突っ込むくせに身内には優しいんだよなぁ、、、メディアって」(by「とんでもない事件簿」さん)という感想や「通信と放送、報道と娯楽。境目がどんどんなくなっていっている今、新聞だけが『象牙の塔』でいられるハズがない」(by「愛と妄想の日々」さん)という読みが展開されておりますが、「大西宏のマーケティング・エッセンス」さんの辛辣かつ正確な評論をご紹介して、本件を締め括っておきましょう。

 

日本のメディアは、ある意味で暗黒大陸です。朝日新聞と読売新聞という、世界に類を見ない発行部数を持つ新聞社が支配しているわけですが、その経営実態は情報公開されておらず、闇のなかの世界です。巨額の赤字を抱えているのではないかとも言われていますが、情報公開されていないのでまったくわかりません。 

日本の既存メディアは、インターネットにも乗り遅れ、新しいビジネスモデル(稼ぐしくみ)も生み出せないままに今日にいたっており、過去の資産や既得権益でようやく持っているというのが実態ではないでしょうか。既に斜陽産業の道を歩み始めているように思えます。今回のライブドアのような新規参入が刺激となって、新しいメディアの切り口やビジネスモデルが生まれてくることを期待したいですね。 


(読者の皆さまへ)「週刊!木村剛」では、独断と偏見で「面白い」と思ったトラックバックをご紹介する「BLOG of the Week」というコーナーを不定期でアップしております。「BLOG of the Week」に掲載するブログは、事前に転載を承諾された方に限っております。このため、「BLOG of the Week」において、転載を事前に許可するブロガーは、トラックバックにおいて「投稿」であることを明示するようお願い申し上げます。 
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2005.02.16

[ゴーログ]再び、モノ書きの老婆心:「匿名性」を護るために

 皆さん、こんにちは。木村剛です。遅れ馳せながら、「複雑系の中の混沌とした日常@WebryBlog」さんのトラックバックが目につきました。「今後もブログはますます発展していくことが予想される。本当に1,2年前まではブログってなんぞや、という状態だったのに、いまでは周り中の人々がブログを作成している時代だ。本当にネットが社会にもたらす影響は計り知れない。しかし、その分ブログから生じる問題も増えてくる可能性がある」として紹介しているのが、CNET JAPANの『私はブログで会社を首になりました。』なんですね。

 かいつまんで言うと、「Queen of Sky」(空の女王)というニックネームで、ブログに「Diary of a Flight Attendant(とある客室乗務員の日記)」を書いていたEllen Simonettiさんがブログの内容が原因で解雇されたという事件。米国では、その他にも、dooce.comのHeather B. Armstrongさんや、有名なWashingtonienneというブログの作者もブログの内容が問題視されて解雇されたそうです。
 そこで、「複雑系の中の混沌とした日常@WebryBlog」さんは、こう書いています。

ブログをみんなが書けば書くほど、それだけ社会の情報がオープンになることになる。それはある意味では非常にいいことであるが、オープンされたほうとしては困ったもんだ。自分が情報を公開するということは、その書いた内容に責任を持つ、ということである。そしてそれはいつでも訴えられる可能性を受け入れる、ということでもある。まぁ、自分のプライベートな内容を公開するだけなら問題ないんだろうけど、自分の所属する所に関することや、ある特定の機関、人物にたいすることなどを書く場合は、やはりそれを書いたことで生じる影響を考えて書かねばならないだろう。

 そのあたりの問題に対する私の考え方は、2004年5月13日のゴーログ『モノ書きの老婆心:「匿名性」を護るために』に書いたとおりなのですが、今から読み返しても、内容は何ら古びていません。まだ読んでいない方は、ネット文化に対する私の考え方をご理解いただけると思うので、少し長文なのですが読んでいただければ幸いです。
 相変わらず「匿名性」のセーフティネットの中で、社会人としてのマナーもなく、他人に誹謗中傷や罵詈雑言を投げ付けることでカタルシスを得ている方々を見ていると、私の予言は実現してしまうのではないか、と極めて残念に思っています。「ネットの匿名性であったり、簡単につながるというネット独特の面白みを、規制という社会の流れが排除しにかかっているように思えて仕方が無い」という「Bi-blog-e」さんの予測は極めて正しいと感じるからです。
 「simon」さんは、「ブログには各々の管理者がおり、人格じみたものが自然と露出してくる。そうなると、匿名の自由を謳ったノリで、ブログに突っ込むと、訴訟されるという現実にぶつかる」と喝破していらっしゃいますが、現実論として、「匿名性、解雇など、ブログの危険性に関する問題がある」(by「WEBライター流転記」さん)ということなのです。ところが、いざそういう場面に直面すると、自らが行った名誉毀損行為には目をつぶり、「ブログの世界で起こったことを訴訟で解決しようとするのはケシカラン」などという議論が澎湃として湧き出てくるところに現時点でのブログ界の危うさを感じます。
 ブログの世界では、書き手は書き殴るばかりで、「読み手のリテラシー」ばかりが強調されがちですが、現在のブログの現状で申し上げると、「書き手のマナー」に対してもっと厳しい目線を向けるべきではないかと感じたりもします。 「当事者意識がないと『主語』が失われる。当然、責任の所在が曖昧になる」(by「22歳 ―2006年3月までに月100万」さん)のですから、せめて、「反省、、、今までこのブログも深く考えず思いつつまま書き散らして、そのまま載せてきてるなー。特に人の事を書く時は、アップする前に頭冷やして読み直し、『載せても良いか?』を考えるようにしよう」という「ヒトカゲの独り言」さんの良識が大事だと思う今日この頃です。

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2005.02.03

[ゴーログ]大所高所と銭勘定を結びつけるのは「阿呆」なのか?

 皆さん、こんにちは。木村剛です。「my.Hurusato.org」さんが見事に喝破していらっしゃいますが、「新聞や論壇誌の社説・論説欄には、まず具体的な議論は見かけられない。そういうことは新聞・論壇誌の『壇上』でする議論ではなく、『現場の部下にやらせておく事』という位置づけなのかもしれない。そして、なぜか、『大所高所からの議論』の対極は『銭勘定』とされているふしもあって、そんな理由で、大所高所からの議論を選択している人は多いようだ。ただ銭勘定の世界では、銭勘定以外の話は、『書生論』として嫌悪されるようなので、具体的・技術的な政策論は、どちらの側でも相手にされていないように思える」というのは卓見だと思います。

 ただし、その状況をブレークスルーしない限り、改革は前に進みません。「いい国作ろう!『怒りのぶろぐ』」さんも嘆いて指摘していましたが、「聞きたいのは『どうしたらよいか』であって、『問題です』ということは分りきっていることなんですから」ということなんですね。
 しかし、そこをブレークするためには、類稀なる個人の力が必要になるような気がします。「えみっちぃの見る風景」さんは、「世の中の偉人は世間から『阿呆』と笑われる人だった。でも、彼らはタダの阿呆でなかった。愛される阿呆なのだ。そういう人でいたい。私は」と告白していますが、「トラックバックの館」さんもこう言っています。

私は「世の中はバカが動かす」と思っている。自分もそのバカになりたいと思っているのであるが、これがなかなか難しい。なぜなら人は理性とバランスが働き、「常識」と云う枠に捕らわれ、その先に踏み出せない。「それは独り善がりの考えに過ぎない」と指摘されたら、遠慮をしてしまうのである。自分が一つ踏み出すと云うことは、他人の領域に踏み入れると云うことを示す。時には既得権益も侵し、場合によっては烈火の如く怒ることもある。バカには、この度重なる指摘や怒りにもにも決して動じないバランス感覚の欠如が必要なのである。これが出来そうでなかなか出来ない。

 こうしたバカになるのは難しそうです。でも、そういう尊敬すべきバカの周りでサポートすることぐらいはできるかもしれません。そこで、最後に「ヤースのへんしん」さんの含蓄深いコメントをご紹介しておきたいと思います。

 「あるべき」「できるか」「やるのか」に更なる言葉が付け加えられるのではと思うわけです。それは「加わるのか」だと思うのです。まあ厳密に言えば「やるか」=「加わるか」なのかもしれませんが、多くの人にとっては「やるか」よりも「加わるか」どうかの方が身近な問題になるのだと思います。そして、「加わるか」どうかの選択すら放棄した人たちは、人生の大事なものを搾取「される」だけになってしまうのでしょうか。

2005 02 03 [08. メディア/広告の将来を占う] | 固定リンク | トラックバック

2005.01.20

共同通信の小池さん、お帰りなさい

 皆さん、こんにちは。木村剛です。ネット界では話題の移り変わりが激しく、「あれだけ盛り上がったのに・・・」というケースが少なくありません。私たちは、刺激を求めすぎて、どうも飽きっぽくなってしまったのかもしれません。そういう最中、ちょっと前のエントリーを一通り読み直していましたら、「憂しと見し世ぞSE」さんから、以下のようなトラックバックをいただいていました。

どうにも不思議でなりません。あの署名で書く記者の「ニュース日記」にあの小池さんがあの件について記事を書いたのですが反応が全くなし、あの天地を揺るがすかのような(大げさ、笑)騒ぎは何だったんでしょう。・・・  あの時トラバやコメントした多くのブロガーは 1)騒ぎそのものを忘れてしまっている 2)8月31日の記事を読んだ時点で見限った 3)今回の記事に気がついていない 4)今回の記事を読んだがトラバやコメントをする気にならなかった(納得したしないにかかわらず)


 ということで、私も久し振りに小池さんのブログを覗きに行きました。
 おおっ、なんと、小池さんがカムバックしていらっしゃいます。
 「週刊!木村剛」としては、まずは何より、現場復帰をお祝いしたいと思います。
 私もそうですが、失うことの出来ない大事な本業を持っており、しかも、実名でブログを展開している人間にとって、ブログにおいて主張し続けることはかなりの「覚悟」を必要とします。オチャラケでかわすわけにもいかないし、ブログをたたんで逃げてしまうわけにもいかないからです。
 そういう意味で私は、小池さんの復帰を高く評価したいと思います。
 小池さんは、「若い世代の活字離れが叫ばれて久しい。今の新聞記事が難解なことも要因の一つだ。高校生たちが読んで分かりやすく、それを基にコミュニケーションが形成されるようなニュース。そうしたメディアを目指すべきであり、そのためには当面、活字とwebをつなぐ実験しかない」と思い立ってブログを始められたようで、「その時の気持ちは今もほとんど変わっていない。・・・日本のマスメディアの中でも、通信社は自分で紙面を持たないこともあり、情報の受け手との双方向性はほとんどないに等しい。さらに、僕自身、長い記者生活の間に、人々がメディアに向ける視線の変化を痛感していた」と告白していらっしゃいます。
 そして、以下のようにあの大騒動を総括してくれました。これについても、色々な見解はあるかもしれませんが、「共同通信と僕個人との関係」があるにもかかわらず、ブログに復帰してくれた小池さんの勇気は誰にでも簡単に持てる類のものではないと考えます。

そうした観点から、6月末に僕が書いた編集日記の記述について見直してみれば、たとえ内容は「公人に対する自由な評論」だとしても、本来のこのサイトの精神とは懸け離れたものだったと言わざるを得ない。正直に反省する。そう考えたうえで、問題は共同通信と僕個人との関係だ。この点については、まだはっきりした結論は出ていない。ただ、ゆっくりと歩きながら、過去と現在を見つめつつ考えていくべきかもしれない。そう思っている。

(追伸)「Richstyles!」さんが、「BLOG of the Week」について、以下のように提案してくださいました。

おまけに、こんなすばらしいロゴまで作った。(笑)

kimutb

また、このバナーをサイトに張ることで「ゴーログ転載大歓迎」と言うことにできます。まあ、このアイディアに興味がなくて却下となっても必要と感じるので、TB先にでも是非使ってください。ただ、採用して、ポリシーとして徹底すればかなりの手間や誤解が避けられるように感じます。

 ということで、上記のロゴをはってあるサイトについては、「週刊!木村剛掲載大歓迎」とみなすことといたします。その場合は、「投稿」という表記は不要と思います。
 「Richstyles!」さん、ありがとうございました。


2005 01 20 [01. ブログ万歳ココログ三昧, 08. メディア/広告の将来を占う] | 固定リンク | トラックバック

2005.01.17

安倍晋三問題なのか、それともNHK問題なのか?

 皆さん、こんにちは。木村剛です。1月14日に「週刊!神部プロデューサー」がUPした「どうなるのかなあ。NHK」にたくさんのご意見が寄せられています。「スギカノカ」さんは、「従軍慰安婦問題の特集番組を制作したチーフプロデューサ長井暁氏は、NHKの番組制作の公平性を守ろうと立ち上がったのです。それが彼の正義です。彼には家族もいるし守る人々もいる。しかし、それらを犠牲にしても守らなければならないものがあったのです」と説いていらっしゃいますが、その一方で、「代官山・・・ブログ&ブログ」さんのように、「議員辞職を迫っている女性団体は、一つの意見のみを通そうとする(少しきつい言い方ですが)言論弾圧にも通ずるこわい組織だと思います。ここは日本であって北朝鮮ではないので」という意見もあります。

 「大西宏のマーケティング・エッセンス」さんは、各種のブログを紹介した上で、「いずれにしても、NHK問題は、さらに新たな火種を抱えて波紋が広がってきました。それにしてもつくづく感じるのは、政治やマスコミの世界がいまだに戦後の暗い歴史をひきづっているということです。また今回の問題で、NHKが予算承認という形で、時の権力に介入されやすい構造の欠陥を持っていることも明らかになりました」と指摘し、「NHK問題」という問題設定を提起していらっしゃいますが、「彰の介の証言」さんも、以下のような取りまとめ方をしています。

びっくりしたのは、すぐに発表されたNHKの見解です。すぐさま、「番組に圧力はなく、圧力に屈した番組の改変は行われなかった」むねのことが発表されました。要するに、何の迷いもなく、このプロデューサー切りに出たということでしょう。・・・本音を言えば、このプロデューサー切りは「NHKが相当に腐っている」か、「NHKへの政治介入が相当に強いか」どちらかの証明です。

 そもそも、「R’s Random Talk」さんのように、「たとえ、中川・安倍両氏がくだんの発言をしていたとしても、『表現の自由』の侵害だ!という憤りはあまり感じないのが正直な気持ちであったりもします」という方もいらっしゃるわけで、個人的には、「これはNHK内部の問題なのではないか?」と指摘する「ガ島通信」さんのコメントが冷静な視点を提起していると思いました。

告発者が実名で涙の会見を行うという衝撃で、法廷や国会にも問題が持ち込まれそうな勢いのNHKの番組への「介入」問題ですが、私は当初から少し違和感を持っていました。 
この問題を最初に報道した朝日新聞や一部テレビ番組は「NHKの番組の内容に意見し、その内容を変えさせた政治家が悪い」という論調のように見受けられますが、政治家がテレビや新聞に意見をするのが悪いのではなく、その意見を聞いて番組を変更したNHKが悪いのではないでしょうか? 例えば、不祥事などの微妙な問題を書いている場合などは、取材先やスポンサーから「どんな記事になるの?」という探りもあるでしょう。まともな報道機関であれば、それが一視聴者・読者であっても、政治家、行政・警察のトップであっても、聞くべきは聞き、はねつけるべきははねつける。本来そうであるはずです。 「政治家が言ったから番組内容が変わった、だから政治家が悪い」などという単純な理論には納得が出来ません。 

 要するに、「誠に申し訳御座いませんが、私には何が問題なのかがわかりません。この世の中『圧力』『介入』なんてゴマンとありますよね。それが政治家だから問題なの?市民の圧力で変わったとしたら、それはいいの?」とまとめてくださった「ヤースのへんしん」さんが卓見ということなんじゃないでしょうか。「税理士>ガソリンスタンド>コンビニ」さんも、「第4権力を自負しながら、なぜ屈するのでしょうか。権力同士の対等な関係ではなかったのですか。・・・自治に任せれないほど腐ってしまった組織が、しかも公共組織が、介入だなどと破廉恥にも仰っています。政治介入圧力どころか、スポンサー企業の介入圧力にも屈しまくっている民放さんも『政治介入』に騒いでいます」と指摘してくれていますしね。
 最後に、「1年中がクリスマス!!」さんが指摘していましたが、NHKの経営陣の方々には、「かわいそうなのはそこで働く従業員ですよね。特に料金徴収を行う方は直接批判の矢面に立つわけですから悲惨です。早く仕事に専念させてあげたいものです」という点にご配慮していただきたいものです。「内部事情から噴出してきた『不祥事』という感が否めないのである」(by「いい国作ろう!『怒りのぶろぐ』」さん)という指摘もあるのですから・・・。



2005 01 17 [08. メディア/広告の将来を占う] | 固定リンク | トラックバック

2004.12.23

「引用」は「リンク」に対する冒涜なのか?

 皆さん、こんにちは。木村剛です。今年2月からスタートした「週刊!木村剛」は、ゴーログにおける「かめはめ波」(=トラックバックを引用した読者に対するトラックバック)を特徴として、「引用」「転載」をコミュニケーションのツールとして多用してきましたが、こうした手法に反対の方々も少なくないようです。ネット界の重鎮の中には、「ネット社会に対する冒涜」と捉える方もいらっしゃるようで、ネット界もなかなかに難しいものだと感じさせられる今日この頃です。

 一応、「週刊!木村剛」が現在のような体裁になってきた経緯というものもありますので、年の瀬でもあり、一通り振り返っておきたいと思います。
 まず、ブログというコミュニケーション・ツールに関する私の基本的なスタンスは、以下のエントリーで示してきました。中でも、長文ではありますが、「モノ書きの老婆心:『匿名性』を護るために」というエントリーは、私の考え方の核になっています。

2004.03.16 blogの未来は参加者が創る
2004.05.13  モノ書きの老婆心:「匿名性」を護るために
2004.06.28 ネガティブ・バトルからポジティブ・コミュニケーションへ
2004.09.09 ネット・コミュニケーションは幼児性から脱却できるか?
2004.09.27 駆け込み寺はウエルカム:「ブロガー新聞」を発刊しよう!

 そういう中で、今春、毎週土曜日に「BLOG of the Week」が始まり、「月刊!木村剛」がスタートするという状況になって問題となったのが、「引用」と「転載」をどう考えるかということでした。それについて、読者の方々の意見も伺いながら、現在の体裁になっているわけですが、そのあたりの経緯は以下のエントリーに示されています。

2004.05.12 「月刊!木村剛」が進み始めました
2004.05.17 「ツッコマビリティ」に一本取られました!
2004.06.01 「月刊!木村剛」創刊決定!

 以上の経緯を経て、「週刊!木村剛」においては、「トラックバックの留意点」としてバナーを掲示し、「引用」と「転載」について、とりあえずの考え方を整理しているところです。無論、「だから、全然問題ないんだ」というつもりなぞ毛頭なく、必要であれば、即刻変えることに躊躇するつもりもありません。
 ただし私の立場は、「読者の利便」を第一に考えた上で、「情報発信者の権利」について配慮するというスタンスですので、「情報発信者の権利」を一義的に考えられる方々とは違う思考回路なのかもしれません。
 というのも、私は、「モノ書き」出身ということもありますが、出版物において護られる「情報発信者の権利」以上に、ネット上において「情報発信者の権利」が護られるべきとは考えていないからです。「モノ書き」であれば、原典を明示した上で「引用」されることは、「情報発信者としての名誉」であって、まかり間違っても「情報発信者に対する権利侵害」にはあたりません。
 同様に、「リンク」か「転載」か、という観点につきましても、「『月刊!木村剛』が進み始めました」のエントリーで問題提起し検討した上で、現行の取扱いに落ち着いております。私としては読者の利便を優先して、「TB文の転載:原典を明示した上でリンクすれば可。ただし、トラックバックにより、その事実を著者に通知する。著者が転載を拒否する場合には可及的速やかにリンクのみの扱いとするか、全面削除する」という現行の考え方で大きな問題はないと思っておりますが、多くの方々に異論があれば、変更することも吝かではございません。是非、様々な角度からトラックバックをいただければ幸いです。
 なお、ドン・キホーテの社長が出したコメントを「転載」したことについて、「McDMaster」さんから厳しいお叱りを受けておりますが、おそらくドン・キホーテの安田隆夫社長は「冒涜された」とは考えないと思います。私が行った「転載」という行為については、逆に感謝しているのではないかと推察いたします。
 ここは、ネット界の重鎮とシロウト新人との感覚の違いかもしれませんが、私のようなシロウトにも理解できるように、「ネット社会において築かれた諸々の実績」とは何かを明確にお示しいただき、できれば、ブログサービスの提供者に周知徹底することを通じて、ブログコミュニティ内のルールとして制度化していただけるとありがたく存じます。
 そうしませんと、ブログを通じてネット界にデビューしている、私のようなシロウトたちが知らぬ間に「書かれざるネット界の掟」に触れて、重鎮の方々の逆鱗に触れてしまうかもしれないからです。是非、何卒よろしくお願い申し上げます。

2004 12 23 [08. メディア/広告の将来を占う] | 固定リンク | トラックバック

2004.12.19

ドン・キホーテ放火事件で本当に悪いのは誰?

 皆さん、こんにちは。木村剛です。ドン・キホーテの放火事件で犠牲者が出たことは、本当に痛ましく無念な出来事でした。巷には同社の消防法違反に関する記事があふれており、ドン・キホーテに反省しなければならない点は多々あるのでしょうが、本当に消防法違反が今回の火災の原因なのかと言うと、疑問点がないわけではありません。

 だって、放火ですからね・・・・。
 どう考えればいいんだろうと思いあぐねていたときに、ドン・キホーテの安田隆夫社長からコメントが公表されました。新聞記事と見比べた上で、冷静に評価する切っ掛けにしてみたいと思います。皆さんもご一読いただき、考えてみてください


弊社店舗の連続放火事件報道に関して


 この度のドン・キホーテ浦和花月店の放火事件では、弊社従業員3名の尊い生命が奪われる最悪の事態に至りました。
 これから輝かしい未来が開かれるはずであった彼らの無念、そしてご遺族、関係者の皆様の悲しみと怒りを思えば、まさに慙愧の念にたえません。
 亡くなられた方々は、いずれもお客様の避難誘導後、さらなる安全確認のため店に再突入し、忌わしい惨劇の犠牲になった模様です。筆舌に尽くしがたい痛恨の極みであります。
 弊社は「お客様第一主義」の企業理念の下、防災に関しても、消防局の指導を仰ぎ作成した厳格なマニュアルに基き、お客様の安全確保には常に万全を期しております。
 事件の約1ヶ月前にあたる11月16日には、この浦和花月店でも消防訓練を実施しており、今回も初期消火に対する行動とお客様の避難誘導に関しては、ほぼ完璧な対応をさせていただいたと認識しております。
 事件発生当時、浦和花月店にいたお客様は25名前後だったとの報道がなされておりますが、その後の調べでその数が100名以上にのぼったことが判明しました。
 混乱のきわみである猛火と黒煙の火災現場の中で、冷静沈着に行動し、多数のお客様を安全確実に避難誘導した弊社従業員たちを、私は心から誇りに思っています。
 その一方、結果的に従業員の避難、安全確保、確認という面に思いと配慮が至らなかった点を猛省すると共に、二度とこのような事態を招来せぬよう、社運をかけさらに徹底して防災に取組んでいく所存です。
 究極のお客様第一主義を貫徹して亡くなった3名は明らかな殉職です。言うまでもなく、その全責任は経営者である私にあります。従っていかなるご批判、ご叱責、非難も甘んじてお受け致します。
 しかしながら、この度の各社メディアによる事件報道には、事実無根の言及も含め、その歪曲された内容はいささか目に余るものがあり、残念でなりません。
 ドン・キホーテという店、企業を愛し、最後まで誇りと責任を持って仕事を全うし、殉職した彼らの名誉にかけても、この時期に不謹慎と誹りを受ける覚悟の上で、敢えて反論させていただきます。
 まずこの度の火災は、あくまで陰湿かつ凶悪な放火によってもたらされた殺人事件であり、弊社並びに殉職者はその直接的被害者であり、犠牲者でもあります。
 にもかかわらず、そうした事件の本質への言及が殆どなされず、あたかも弊社の圧縮陳列やジャングル売り場が火災の遠因であるかのような報道は甚だ心外です。
 加えて、過去の店舗出店に対する住民反対運動とか、本件とは全く関係のない公取委立入調査の件などを蒸し返して、なぜ今、弊社がこれほどまでにあげつらわれ、バッシングの嵐に晒されなければならないのでしょうか。
 これでは、誰一人逃げることなく命がけでお客様の安全確保に徹した、浦和花月店の従業員たちの気持ちは報われません。
 さらにそうした人民裁判のごとき報道は、殉職者を鞭打つ行為にも等しく、社員一同、それこそ胸のつぶれるような、やりきれない気持ちで一杯です。
 一方、多くのメディアが指摘するように、仮に圧縮陳列や迷路型レイアウトが火災避難の障害になるのなら、今回の浦和花月点のような猛火では、お客様の中にも少なからぬ犠牲者が出たはずです。
 然るにお客様は従業員誘導の下、火災のごく初期時点で従業員用出入り口および店舗出入り口から、全員無事に脱出していただいております。
 逆に店内を熟知している従業員が、前述したように避難誘導完了後に再突入し事故に遭っているという一点をもってしても、弊社独自の圧縮陳列や通路が何ら避難障害になるものではないということが明白であります。
 ちなみに浦和花月店の火災発生は12月13日の20時17分。従業員の発見時刻が20時18分。消防署通報が20時19分です。
 初期消火活動には4名の男性従業員が向かいました。全員消火器を携え、マニュアル通り四方から取り囲んで鎮火に当たったようですが、あまりに火の勢いが強く、黒煙が充満し始めたため、消火活動を断念しお客様の避難誘導に専念したという経緯があります。
 既報の通り、浦和花月店の放火は、火の気のない寝具売り場でなされました。第一発見者の従業員によれば、商品である絨毯から身の丈ほどの炎が一瞬にして舞い上がったとのことです。
 すなわち同店の放火に関しては、発火性と引火力のきわめて強いものが使用されたと推測されます。絨毯のような材質のものが、瞬時に燃え上がるはずがないからです。
 もちろん弊社の店舗では、前述の通り常に火災を想定し、その対応策を講じております。
 しかしこのように悪質で凶暴な放火を前提とした売場作りは不可能です。これは弊社のみならず、他のいかなる小売業とて同様でしょう。少なくとも圧縮陳列がいいか悪いかといった次元の話でないことだけは、明確にご理解いただけると思います。
 いずれにせよ、一刻も早く、憎むべき犯人の特定、逮捕を願うのみであります。それこそが、何にも勝る最大の防災であることは言うまでもありません。
 最後になりましたが、この度の件では、一時株価が急落するなど株主の皆様にも多大なご迷惑、ご心配をおかけし、心からお詫び申し上げます。
 一部の報道機関により、私の辞任が取り沙汰されているようですが、このような事態を収拾し、株主の皆様の不安を払拭して信頼を取り戻すまでは、全責任をもって自らの職務を全うする決意です。
 それを前提に然るべき時期を見計らい、弊社にとってより建設的な方法で自らの責任をとり、けじめをつける所存であります。

平成16年12月17日


          株式会社ドン・キホーテ 代表取締役社長
                            安田 隆夫

2004 12 19 [08. メディア/広告の将来を占う] | 固定リンク | トラックバック

2004.11.23

頑張れ!マスコミの良識派たち!

 皆さん、こんにちは。木村剛です。西武鉄道問題は、マスコミ業界にも飛び火していることは皆さまご存知のとおりですが、マスコミ自身は、この問題をどのように決着させるつもりなのでしょうか。「ぎょろぐ」さんのまとめをまずはお読みください

コクドに端を発した系列企業株保有制限超過問題(漢字いっぱい)ですが、その後、この問題はマスコミ業界に飛び火しております。
日テレ。TBS。中日新聞。ときて、遂に朝日新聞までやっちゃいました。
まぁ中日はともかく、日本を代表するマスコミ3社が揃いも揃って不透明な経営状態だったのを、今更になって是正すると言うのはどういう意味があるんですかね。細木数子にでも予言されたんでしょうか。

つーか、リンク先見てもらえば分かりますが、日テレはごめんなさいページ、中日新聞と朝日新聞は自社のサイトで自社の問題をニュースとして掲載しておりますが、TBSの件については、TBSのサイトでも無言だし、毎日新聞社の記事検索にも出てきてないのは何故なんでしょうかね。「株 保有 制限」で検索すると、中日と読売は出てくるんですがTBSが出ませんね。まぁハナからそんな経営やらなきゃいいんだから、中日と朝日が偉いとは思わないけれど、相対的に見てどーなんですかねと。まぁそういう事です。

 どうもこの一連の騒動で、私は「マスコミ嫌い」ということになっているようですが(一部の失礼なマスコミに対して、そういう感情を持っていることを否定はしませんけれども・・・)、マスコミの中でも自浄作用を働かせようとしている良識派の方々が少なからずいることに期待を持っている面もあります。
 親しくお付き合いさせていただいている記者の方々も少なからずおりますし、ブログにおいても、「カトラー」さん、「ガ島通信」さん、「ネットは新聞を殺すのかblog」さんに出会って、各者それぞれに自らの方法論でマスコミの現状を変えようとアクションしていらっしゃることを、私は個人的にリスペクトしています。また、以下のようにグチをこぼしている「ゆびとま」さんも頑張っていただきたいと心より応援しております。

ものすごく不愉快です。人のことをさんざん叩いて、コーポレートガバナンス論を偉そうに語りながら、自分たち、全然ダメじゃん。情けない。

こうやって、また、マスコミへの信用が失われ、マスゴミ批判したい人を喜ばせるのだ。言ってることとやってることが違うヤツって、カッコ悪すぎる。

マスコミの会社の中では、「言ってる」やつと「やってる」やつは違う部署にいて違う波長で仕事してる。世の流れに鈍感で会社の上の方しか見ていないヤツは意外に多い。そして「言ってる」やつは自分の忙しさを言い訳に、いちいち会社組織に関わらない。だってめんどくさいしそんなヒマないんだよ。

社会的な影響力に比べ、会社の規模は小さい。バックオフィスに専門家も少ない。それにしてもいくらなんでももう少し、メディア内部でチェック機能が働かないものか。やはり競争原理が働いていない業界はダメなのか。 

不愉快だけど今は何もできないのでブログで愚痴。これまた情けない。すごく。 

 ということで、マスコミの良識派の方々、是非是非、頑張ってください! 何だかんだ言っても、既存マスコミが真っ当に頑張らなければ、世の中よくならないのですから。


2004 11 23 [08. メディア/広告の将来を占う] | 固定リンク | トラックバック

2004.11.02

ブログはマスコミに報いる庶民の一矢だ!

 皆さん、こんにちは。木村剛です。今週のブロガー新聞一日編集長は「ネットは新聞を殺すのかblog」さんなのですが、お題は、「現状のマスメディアの問題点」ということなので、本日も懲りずにこのネタでいきたいと思います(今日で終わりにしますので、許してください)。
 「天漢日乗」さんのブログを紹介した件では、色々な論議を巻き起こしました。まずは、そのきっかけを作ってくださった「ガ島通信」さんに感謝したいと思います。勘違いしていただきたくないのですが、私は「ガ島通信」さんの態度は立派だと思います。「そのとおり」と首肯したい部分もあります。ただ、現実のマスコミのヒドサを放置しておいて、ブログだけにキレイゴトを求めるのは如何なものだろうかというのが私の現在のスタンスです。少し説明をさせてください。

 例えば、いま私の関連では、ある背景がありまして、日本振興銀行に関する、様々な怪文書が永田町やマスコミにバラ撒かれており、書きたい放題に書かれております。
 私としては、前日に書かせていただいたとおり、「マスコミに頼らずに、警察と裁判で」という原則に則りたいと思っていますから、淡々と、警察と司直の手によって真実を明らかにする方針を貫くだけです。
 ところが、マスコミの皆さんは、ここぞとばかりに、この手の怪文書とお手軽な聞き込みを手掛かりに、煽り記事を一斉に書き始める予定です。面白ければそれでいい式の安直な、私に対する誹謗中傷記事が2年前と同じようにこれから咲き乱れることでしょう。
 「・・・という可能性もある」とか「・・・と見られること自体に問題があるのではないか」「・・・と関係者は語った」など、真実を装いながら、名誉毀損で裁判に訴えられても逃げられるようなプロの書き方というのは色々とありまして、自分は安全地帯に身を潜めながら相手をボコボコに殴ろうと思えば、いくらでも殴る方法はあるものです。実際、この手の怪文書が流れただけで、「木村はどうもアヤシイらしいぞ」などともっともらしく吹聴して回る某有力経済紙の記者もいるのですから、記者はお気楽な稼業です。
 日本振興銀行は「銀行」とはいえベンチャーです。
 ベンチャービジネスを立ち上げるには様々なトラブルが付き物です。
 方針や文化に合わずに不満を持って去っていく者もいるでしょう。
 既存勢力とつるんでいる大マスコミは、小さな改革の芽を、これでもか、これでもか、と踏みつけてくるものです。しかし、私にできることは、法の下で孤独に戦うということしかありません。書き殴っておいて立ち去っていくマスコミとは異なり、ここにとどまって生きていくしかないのですから。
 「ガ島通信」さん、これから各種のマスコミが行う私へのリンチ報道ぶりを是非遠くからみていてください。昨日、私が「天漢日乗」さんのブログを責めるつもりはない、と断言した意味が分かっていただけると思います。そして、貴方のマスコミ批判が真実のものであるなら、私の「BLOG of the Week」に寄せた以上の怒りを、十数年後で結構ですから、現実の行動によって彼らにぶつけて下さい。「記事の根拠は何か」「絶対に正しいと言えるのか」と正面から問い質してみてください。
 皆さんに勘違いされているかもしれませんが、私は公人でも公務員でもありません。私は、一時期、金融庁の顧問を勤めていましたが、顧問というのは、公務員でもなく何の権限もない、ただの肩書きでしかありません。私は、7年前に起業した中小企業の経営者です。私なりに公的な政策形成に貢献したいとは思っていますが、冷静にみていただければ、一私人にすぎないのです。「竹中プラン」や「公的年金タスクフォース」は、私にとって実業ではなく、余技の領域に過ぎません。ところが、既存勢力に飼われて彼らの言いなりになっているマスコミは、あたかも公人であるかのごとくに個人攻撃してきます。
 マスコミの暴力は絶対的です。
 一度ボコボコに自分のことを書かれたら分かりますよ。
 これまでは、反撃する武器が庶民に与えられていなかったのですから、殴られっぱなしです。庶民は言われたい放題で泣き寝入りするしかなかったのです。
 しかし、今は少し違います。
 それは、皆さんも同じなのです。
 ブログという頼りないけれども闘うための道具ができました。声なき声を多くの人に伝える環境ができてきました。叩かれっぱなしだった庶民が、弱々しい一刺しであっても、マスコミという強敵に一矢報いることができるようになりました。
 だからこそ、敢えて私は、「天漢日乗」さんの思いを果たすべく、、「天漢日乗」さんのブログをご紹介したのです。
 繰り返しましょう。
 確かに「天漢日乗」さんの引用された2ちゃんねるの記事は「客観的な真実」ではないかもしれません。しかし私は、「真実」を含んだ可能性が少なくない、そして紹介する価値はある、と判断して、皆さんにご紹介しました。そして、「ミズタマのチチ」さんの怒りに触発されたこともありますが、「天漢日乗」さんのブログに幾ばくかの「真実」が含まれているとするならば、これまで反撃する機会すらなかったマスコミに対して、「天漢日乗」さんが一刺しするお手伝いをしたいと素直に同調したのです。
 残念ながら、「天漢日乗」さんのネタを完全な私の編集責任において発刊している「フィナンシャルジャパン」で採り上げることはできません。私の皮膚感覚だけで、正式な「報道記事」として扱うことには無理があります。
 しかし、「週刊!木村剛」は、私や私の仲間たちによる個人的なメッセージメディアです。
 私が感じたこと、私が思ったこと、を書き綴るパーソナルなミニコミです。
 しかも、「BLOG of the Week」は、「ある方のブログを私の独断と偏見で選ぶ」ということを毎回明記しています。明らかに「報道」とは違うスタンスであることを前提にしているコーナーなのです。
 そこでなら、「天漢日乗」さんのお手伝いができるのではないかと思って、今回試してみたわけです。色々とご批判もあるでしょうが、私はブログをマスコミに報いる庶民の一矢としてとらえているのです。それが、マスコミとブログ間での自浄作用をもたらすことを心から期待しています。
 
 最後に一点、私がいう「事実」と「真実」と「ウソ」について、私なりの考えを述べておきたいと思います。あることを「事実」であると認定して報道する場合、そこには、「その事実が報道する価値がある=全体を代表した事象である」という判断が伴います。そうでなければ、「それは、所詮、特殊な一個人の例であって、ほかの人は違う」と反論されて終わりだからです。つまり、その「事実」が全体を代表しており、客観的に「真実」と思われる場合に、「報道」は成り立ちます。
 しかし現実には、その「真実」の認定というものは、極めて主観的なものです。「全体を代表している一事象」であるか否かという判断を完全に客観的に行うことは難しく、その一事象が「特殊な一個人の例」であった場合には、これは「もっともらしいウソ」ということにもなりかねません。無論、デッチアゲというのは論外ですが、ある「事実」があったとして、それを採り上げるか否かで「真実」か「もっともらしいウソ」かに180度異なる結論に分かれてしまうからです。
 そこに「報道」の難しさはあり、ジャーナリストの方々のご苦労はあるのだろうと推察しますが、「一部」ではなく、「全部」をしらみつぶしに調べ上げて書くなどということは、現実的に不可能である以上、あらゆる報道は、結局のところ、一部の「事実」を元にしている「判断」や「推測」や「憶測」の塊にならざるを得ません。
 例えば、今回のダイエーを巡る一騒動に関して、日本経済新聞が良い特集記事を書いていました。かなりの部分が「事実」に基づいて報道されており、私はかなりの確度で「真実」だとは思いますが、「判断」や「推測」や「憶測」の部分があることも明らかです。その「判断」を誤り、「推測」がセイフティゾーンを超え、「憶測」が一人歩きしはじめれば、それは「もっともらしいウソ」に変わってしまいます。
 結果論として、それが「真実」か「ウソ」かという点は、それぞれのジャーナリストの総合的な判断能力と倫理観に拠っているというのが実態であり、それは、ブログにおいても同じなのであろうと推察いたします。
 マスコミに対して、総合的な判断能力と倫理観に拠っているブログが、健全な牽制関係を築いていくことを私は祈念しております。

【告知】今週のブロガー新聞一日編集長は「ネットは新聞を殺すのかblog」さんです。テーマは以下の2つです。
 1. 現状のマスメディアの問題点、
 2. 草の根ジャーナリズムと呼べるネットユーザーの活躍の実例
皆様是非トラックバックをお願いいたします。

(追伸)11月8日に金融問題に対する提言を行なっているNPO「金融イノベーション会議」のシンポジウムがあります。私は司会兼第二部の「金融庁の政策評価を評価する」というテーマのパネルディスカッションのコーディネーターを務めます。詳しくはこちらをご覧ください。

2004 11 02 [01. ブログ万歳ココログ三昧, 08. メディア/広告の将来を占う] | 固定リンク | トラックバック

2004.11.01

ブログに文句つける前にマスコミの方を矯正してほしい

 皆さん、こんにちは。木村剛です。改めまして、過日の「BLOG of the Week」において、安直にこれまでのパターンを使い、罹災者のお気持ちを真摯に慮ることなく、「お楽しみ下さい」と結んでしまった軽率な文章に対し、深く謝罪をいたします。ご寛恕いただければ幸いです。

 ただし、「勇み足」(by「あざらしサラダ」さん)とは思っておりませんし、何か間違ったことをしたとも思っておりません。無論、「天漢日乗」さんのブログをご紹介するときに、「このブログの内容について、私自身は証拠を持っているわけではなく、保証しているわけでもないことに十分留意してお読みください」などと注意書きすれば、さらに丁寧だったと言われればそうでしょうが、「ガ島通信」さんから以下のように、罵声と怒号を浴びせられるべき行為であるとは思っていないのです。

これがパワーブログのやることか。木村剛氏のブログに「これが新潟県中越地震の真実だ!」の記事。かねてから既存メディアに不信感を募らせている木村氏が現地でのマスコミの悪行を他のブログを引用することで紹介しています。このネタの真偽はネットde監視、地方議会さんの「小千谷市民の声?」が書いているように、私自身も少々疑問を持っています。 

もちろん、被災地のマスコミへの怒りは分かります(マナーもないし、配慮もない。マスコミは本当にひどい行動を取っているのだろうと私も思います)、ただし、元ネタをたどると2ちゃんねるなどのようです(パソコンに詳しくないので、誰か元ネタをたどってくれると助かります)。もう少し慎重になってもいいと思います。

問題は、このステレオタイプのマスコミ批判の記事を「真実だ!」とセンセーショナルに木村氏のブログのように影響力のあるところが取り上げたということです。

 はっきり申し上げましょう。「ガ島通信」さんは、新聞記者の中では良識的な方だとお見受けいたしますが、観念的に「いまのマスコミ災害はヒドイ」と思っていても、自ら直撃弾を食らってダメージを実感したことはないのではないでしょうか。
 私は、腐るほどあります。
 根も葉もない怪文書は竹中チームに入った2年前から山のように流れていますし、その手の怪文書を真に受けて失礼なインタビューをする記者にもたくさん会いました。はじめからストーリーありきの取材でいいかげんな記事を書かれて手痛い目にもあいましたし、その結果、ビジネスや知人関係に修復し難いダメージを受けたことも幾度もありました。
 一番、手におえないのは、取材先に「木村というのはじつはこういうヤツだ」とか「木村はこう言っていた」などと吹聴しながら、取材をする記者連中です。記事にされればされたで、ダメージがありますし、陰でコソコソ関係者に対して誹謗中傷されることもボディブローのように効いてきます。
 いまも、日本振興銀行関係でクダラナイ怪文書が流れており、つい最近も「週刊○○」がはじめから結論ありきの質問状を投げ付けてきて、「お前には応える義務がある」だの「俺たちには知る権利がある」だの言ってきまして、「お前は何様だ」と言いたくなる輩がおりました。どうせ、イエローペーパーのようなヨタ記事を書き、私を誹謗中傷して喜ぶのでしょう。
 会って真摯に説明したところで、書く記事の主張は決まってしまっているのですから、会うだけ時間の無駄ですし、不愉快さが倍になるだけです。私は未だかつて、そういう場面でデスクの方針に抗って、こちらの正しい言い分を正しく記事にしてくれるプロのジャーナリストにお目にかかったことがありません。
 マスコミが意図的に悪意に満ちて垂れ流す、薄汚れた覗き見趣味のアジテーションに、私は心の底からウンザリしているのです。それは、取材被害にあっている罹災者の気持ちに一脈通じているところがあると思います。
 ですから、私は、そういう場面での取材は基本的にお断りしておりますし、怪文書をネタ元にしたヨタ話には一切付き合わないようにしています。その手の話は、司直の手に委ねることがもっともフェアですし、民間同士のことであれば、裁判でハッキリしてもらった方がよいというのが、手痛い経験を幾度もした私の結論です。
 いま流れている日本振興銀行に関する怪文書の類についても同様の方針であり、弁護士と相談して法律違反の事実を確認した上で警察に届け出るとともに、刑事告発も辞さないつもりです。刑法の対象とならない場合は、裁判で白黒つけることとし、事実は法廷の場で争います。揉めている案件に関して、マスコミに話をしてプラスになることはまずありません。所詮他人事なので、面白おかしく脚色されて、ワイドショー的に採り上げられるだけです。
 真実を争うのであれば、マスコミではなく、警察と裁判に委ねよ――残念ながら、これが現実的な対処なのです。
 私に関する記事の中で事実に基づかずに書かれたネタがどれだけあったことか。オチャラケの夕刊紙やヘアヌードの週刊誌だけならともかく、一見マジメ系にみえる経済誌やいわゆるメジャーな新聞だって一皮剥けばヒドイものです。
 ウソだと思ったら、一度、自分のことを書かれてごらんなさい。
 私が申し上げている意味がすぐに実感できるでしょう。
 マスコミが「真実」を伝えることなど、もはや私は期待していないのです。マスコミも、ネットと同じく、ブログとも同様、玉石混交なのです。だとすれば、色々なニュースソースを読者が確保して、各個人がメディアリテラシーを持つしかない――私はそう思います。
 したがって私は、今回、「天漢日乗」さんのブログを紹介したことを何ら悔やんでいないのです。ある意味で、確信犯なんですね。
 ところが、マスコミの方々は、殴るほうには慣れていても、公の場で殴られたことなど一度もないのですから、すぐに過剰反応します。いつも自分は殴られない立場にいて、殴ってこない相手をボコボコにしているのですから、殴られるなんて想定していないんです。だから、ちょっとでも攻撃されたとなると、「そのニュースソースは怪しい」とか「正しいかどうか確認できない」などと反撃する。
 ご自分たちの記事のどこを見れば、ニュースソースが怪しくないと言えるのでしょうか。正しいということを確認してから書いていると言い張れるのでしょうか。あまりにも自分勝手でヘソが茶を沸かします。
メディアに書き捨てて逃げられる立場の記者の方はいいですよ。でも、書かれた方は、逃げることは出来ない。それが、誤った情報だとしても、一度定着してしまったイメージを拭い去るためには、想像を遥かに超える努力が必要なのです。
 例えば、私の場合、「外資の手先」というレッテルが貼られました。確かに、1998年に起業したとき、私の会社は100%米国資本でしたから、そのときであれば間違っていなかったかもしれません。しかし、2000年には日本資本とのジョイントベンチャーに変わっています。さらに2003年にはマネジメントバイアウトをして、自分の会社になっています。
 しかしマスコミは、その事実を知っていても、なお、「外資の手先」というイメージの方が読者受けするという理由だけで、そういう書き方をするわけです。「ガ島通信」さんには、何の罪もありませんが、私は、そういう悪行を続けており自浄作用を働かすことのできないマスコミ関係者が「天漢日乗」さんを批判できるとは思いませんし、「天漢日乗」さんを紹介した私を非難できるとも思いません。
 断言しましょう。
 「天漢日乗」さんによるマスコミの殴り方など大したものではありません。
 この程度殴られたからといって、マスコミの一員として過剰反応するのは、殴られたことがなく免疫がないからです。共同通信ブログの事件をみていればわかりますよね。
 私は「天漢日乗」さんのネタが正しいか正しくないか、正直わかりません。多少脚色はあっても、事実である可能性は少なくないとは思っていますが、ひょっとすると、悪意に満ちたウソの可能性も否定できないかもしれません。
 しかし、暴論であることを承知で言ってのければ、もし、「天漢日乗」さんのブログの内容が全くのウソであったとしても、私は「天漢日乗」さんを責めません。なぜなら、この程度のもっともらしいウソであれば、「ガ島通信」さんが属している新聞が日々平然と垂れ流しているからです。公器であるはずの大マスコミですらこの程度のことは許されているのに、個人的な趣味で書いているブログで許されないとは考えられません。
 敢えて言えば、私の立場は、下記に示す「My way, your way, any way」さんの立場に極めて近いのかもしれません。もっとも、「ガ島通信」さんに対して他意はないので、今後ともマスコミ界の浄化のために頑張っていただきたいと思います。あしからず。

 「週刊!木村剛」がパワーブログということは、影響力があるということでしょうね。それで、影響力のあるメディアが煽るようなことをするとは許せない、と言ったようにも受け取れます。適当な取材で感情論だけを振りかざしている大手メディアも同じだと思うのですが、どうなのでしょう?パソコン持っていてもインターネットが得意ではない方もまだまだ多いでしょうし、週刊!木村剛をご存じない方は少なくないでしょう。それより、既存のTVや新聞、ラジオのほうが扱いが慣れているので、より多くの方がアクセスして情報を手に入れられる大きなメディアだと考えられます。そして、TVなどの放送を見た限りですが、大手メディアもまた、楽しんで取材しているようにも見受けられます。煽り云々に関しては、どっちもどっち、影響力に関しては既存のメディアのほうが大きいのではないかと思われます。

(追伸)11月8日に金融問題に対する提言を行なっているNPO「金融イノベーション会議」のシンポジウムがあります。私は司会兼第二部の「金融庁の政策評価を評価する」というテーマのパネルディスカッションのコーディネーターを務めます。詳しくはこちらをご覧ください。

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2004.10.25

日経金融新聞のセンスのなさ:さすが大銀行の御用聞き

 皆さん、こんにちは。木村剛です。日経金融新聞の1面に「独眼複眼」というコラムがあるのですが、10月22日に「花盗人」というペンネームの方が書いた「揺らぐ日銀総裁の中立性」には爆笑してしまいました。以下に全文を掲載します。

日銀の福井俊彦日銀総裁が21日店頭に並んだ総合ビジネス誌「フィナンシャル ジャパン」の創刊号に登場している。発行人である木村剛氏、竹中平蔵経済・郵政民営化相とのてい談での「銀行間に新しい競争原理が働き始めている」とする発言が掲載されている。
総裁がいろんな場に登場して、見解を述べることは正しい姿勢だ。定例の記者会見とインターネットだけでは、日銀の真の姿は十分には伝わらない。実際、日銀の調査でも金融政策などへの一般の認知度が低いことが明らかになっている。 
ちょっと気になることがある。ナレッジフォア社が発行しているこの雑誌はマスメディアのひとつである。ただ、発行人で責任編集者の木村氏は日本振興銀行の社外取締役で、九月末時点の筆頭株主でもある。そこに総裁が登場することで、総裁が振興銀行に肩入れしているように見える。
これまで、総裁は民間銀行が絡む場に講演などの形で登場するのは、全国銀行協会など業界団体が中心だった。日銀は民間銀行を考査する立場にあり、中立性が大切なので個別銀行の利害に絡むのはまずいとされてきた。その前提が崩れれば、銀行の考査に協力しようという意欲が大幅にそがれかねない。
木村氏が金融界で革新的な発言をしてきたのは事実だし、総裁が個人的にそれを指示するのは勝手だ。しかし、実際に支援に見える行動に出ると、公人としての日銀総裁の中立性が揺らいでしまう。今回は雑誌への登場をとっているが、その影響が懸念される。 

 いやあ、笑わせていただきました。日銀総裁が記事に出ただけで、私が社外取締役をしている日本振興銀行に肩入れしていることになるとは牽強付会もいいところですな。そんなことを言ったら、日銀総裁が日本経済新聞の取材に応じたら、日本経済新聞のメインバンクに肩入れしていることになりかねないではないですか。
 それが、天下の日本経済新聞の姉妹紙の1面に載っているのですから、たちが悪い。まあこういう低俗で筋悪のコメントを書きなぐる輩はだいたいお里が知れているわけですが、まさか銀行関係者ではありますまいな。もし、銀行関係者であれば、天下の公器である新聞の1面を特定の銀行関係者に、しかも、匿名というセイフティネットを与えながら、書かせているというのは、過度な肩入れと申せましょう。
 さすがに、「大銀行の御用聞き」と呼ばれるだけはあるという感じがします。竹中プランのときも、取材元は大銀行で彼らのお先棒を担ぎ、日本振興銀行の立ち上げのときも大銀行の広報部が垂れ流す情報を元に書くだけの気楽な稼業ですから・・・。これからも、くだらないネタで新興勢力をボコボコにして、大銀行のご機嫌を取って「スクープ」とやらをモノにされるのでしょう。それで新聞協会賞をとってご栄達。うらやましい限りですなあ。
 実際、私は一時期、「大機小機」という匿名コラムを日本経済新聞に掲載していたのですが、「新聞は公正でなければならない」という理由で、官庁や大銀行批判のいいネタを何度ボツにされたことか。その日本経済新聞が特定の銀行関係者には、その自由を認めるというのはアンフェアです。
 そこで私は、日経金融新聞に下記の点を求めます。日経金融新聞が真に公正なメディアであるというのであれば、何らかの回答を寄せてくるはずです。

1. 「花盗人」の本名およびプロフィールを開示してほしい。
2. 1.ができないのであれば、日本経済新聞の借入先およびその金額を明示し、如何なる意味においても、特定の金融機関に依存した会社でないことを立証してほしい(借入金がゼロでない限り難しいでしょうが・・・)。
3. 2.ができないのであれば、今後日銀総裁を独占的に取材することを放棄してほしい(日本経済新聞社のメインバンクに肩入れすることになってしまうではないですか・・・)。

 たまにシャレを本気にしてしまう人がいるので、念のため書いておきますが、無論、上に書いたことは全部シャレですよ、シャレ。本気じゃないんですけれど、こういう馬鹿馬鹿しいことを書きたくなるぐらいくだらないコラムを第1面にもってくる日経金融新聞のセンスを疑うということを申し上げたかったわけです。
 いずれにしても、存分に笑わせていただきました。合掌。

(追伸)私は新潟県中越地震に遭遇してしまいました。列車の中での3度のM6はなかなかに迫力がありました。結局、越後湯沢の駅の待合室で毛布を借りて地べたで寝ました。街中は停電で真暗闇でした。被災地の方々の御苦労は大変なものと推察いたします。一日も早い復旧を祈ってやみません。

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2004.10.21

フィナンシャルジャパン本日創刊します!

 皆さん、こんにちは。木村剛です。本日はいよいよ「フィナンシャル ジャパン」が創刊になります。
創刊に際して書かせていただいた巻頭言を以下にお示しいたしますので、ご一読の上、何卒よろしくご愛読の程お願い申し上げます。
 

 

メディアの論調と世論の高まりに無視し得ぬズレが生じるようになりました。今や読者は盲目的に追随するのではなく、メディアに厳しい視線を投げかけています。

 この背景にはインターネットの普及が影響しています。ネットに溢れる情報量は新聞や雑誌の比ではありません。企業のホームページは言うに及ばず、霞が関の官庁公表資料も読みきれないほど膨大です。しかも、最近はホームページを簡便に作成する「ブログ」が普及したので、個人の情報発信力が格段に強化されました。しかも、ヤフーやグーグルなどの情報検索ツールが発達しているので、新聞や雑誌より使い勝手がいい。探したい情報はキーボードを数秒叩くだけですぐに見つかります。

 言い古された言葉ですが、まさに「情報革命」が現実化しているのです。組織という集団を前提とした社会から、情報で武装した個人が中核となる社会が到来しつつあります。そして、この「情報革命」はあらゆる既存の秩序を再構築させる威力を秘めています。

 私自身、情報をプロデュースする「モノ書き=情報提供者」という職業をすでに十数年営んでいますが、「情報を扱うビジネス」としての著述業は劇的に変化しました。隔世の感があると言っていい。間違いなく「情報提供者の世界」には革命が進行しています。

 十数年前、本を上梓しようと思ったら、最も労力と時間を費やさなければなかったのは情報収集でした。当時まだ霞が関の官庁はオープンでなく、審議会の公表資料を入手するためだけに人間関係を構築しなければなりませんでした。紙の資料を保管する場所を確保するのに一苦労。そして資料整理が一仕事――そんな時代でした。当時を振り返ると、七〇~八〇%の時間を情報収集のために費やしていました。執筆時間は分析を含めて二〇~二五%程度。推敲に費やす時間は本当に限られていました。

 しかし、いまは様変わりです。インターネットのおかげで情報収集の時間は三〇~五〇%にまで短縮されています。執筆に三〇~五〇%の時間を費やすことができますし、分析や関連調査の時間をとることも十分にできます。推敲の余裕もできました。

 つまり、「情報提供者の世界」は、情報収集の速さや機密性を競い合うビジネスから、情報分析のコクやキレを競うビジネスへと変貌を遂げているのです。「情報を扱うビジネス」としての著述業のパラダイムは明らかに変質しました。

 このパラダイムシフトに対応できない情報提供者はマーケットから駆逐されていくでしょう。なぜなら、読者が「情報武装」しているからです。ネットによって、読者は多種多様な情報源を確保するようになりました。玉石混交の情報であっても、これまでの丸裸状態と比べれば立派な武装です。さらに最近では、読者自身が情報提供者になろうとしています。ブログが登場したおかげで、ネット上であれば「個人新聞」が低コストで誰でも簡単に発行できるのですから。

 これは、メディアの危機です。

 この危機において、メディアが自らの価値を護るためには「自分が玉である」ということを示し、プロの情報提供者としての手腕を思い知らさなければなりません。玉石混交のインターネットに対して勝利するにはそれが唯一の方法です。

 ところが、「メディア=玉」という恒等式はすでに崩壊してしまいました。

 今春ある報道メディアが、ネット上で堀江貴文ライブドア社長の批判を展開したところ、個人から大量の反論コメントを浴びて、逆に袋叩きに遭ってしまいました。それ以来、その報道メディアのサイトは停止されたまま。メディアは無抵抗の取材先を殴ることには長けていますが、殴られ弱いという弱点を衆目にさらしてしまったのです。しかも、メディアはその事実を記事に取り上げようとしません。

 また、九月半ばのプロ野球ストに際して、自社の利益を最優先した大新聞が「ファン裏切る“億万長者”のスト」と題した社説で選手会を痛烈に批判したことに対しても、その我田引水ぶりに怒り心頭に達した個人はネット上の「個人新聞」で反対デモを繰り広げました。それがオーナー側を糾弾する世論のうねりを作り、「新球団の受入れやむなし」というムードを決定付ける一因になったことは否定できません。

 すでに読者は、メディアもインターネットと同様、玉石混交であることを認識してしまったのです。だから、メディアに対する読者の視線は厳しくなるばかりなのです。

 こうした時代にあって、必要とされるのは「玉」と「石」を選り分ける目利きです。経済情報の伯楽がいまこそ求められています。 

 だからこそ私は、「フィナンシャル ジャパン」を創刊しました。情報の発信者である企業や経営者と情報の受信者である読者と投資家の間を誠実にブリッジする経済月刊誌。一般のマネー誌に飽き足らない、財産形成の王道を歩む人たちのための金融情報誌。そして、一流や本物になるためになすべきことを伝える総合誌でありたい。スクープ主義ではなく、時期が経過しようとも新鮮さを失うことのない本物の「玉情報」を直接皆さまにお届けしたい――それが私が本誌を創刊した理由なのです。 


(追伸)総合ビジネス月刊誌「フィナンシャルジャパン」の創刊および、28日に新著「おカネの発想法」を上梓することを記念して、今月26日にタカシマヤタイムズスクウェア紀伊国屋書店新宿南店7Fの紀伊国屋サザンシアターにて記念講演を無料にて催します。お時間のある方は是非お立ち寄りください。申し込みはコチラまで。

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2004.10.18

一日編集長公募は「頓挫」でござるか?

 皆さん、こんにちは。木村剛です。様々なご意見が飛び交う中で、強行(?)された「ブロガー新聞」の「一日編集長公募」。いきなり「McDMaster」さんにおちょくられました。

♪わ~たし、木村剛
「ブロガー新聞」はじめます、って言うじゃな~い?
でも、イキナリ2週目で頓挫してマスカラー!残念!斬りっ!!
拙者、「ブロガー新聞タスクフォース」にエントリしてござる。切腹!

 拙者、個人的に波田陽区が好きでござるので、このトラックバックに「ざぶとん一枚」差し上げるでござる・・・切腹!!!
 まあ、じつは、この流れ、拙者、「頓挫」とは思っておらず、「参加型ジャーナリズムのトライアルのひとつ」とひそかにほくそえんでいるのでござるが、「650の無味乾燥」殿からは、「責任感の欠如や行当たりばったり感をやや強く感じます」と袈裟切りをくろうてしもうた。アイテテテ。
 ただ拙者「行当たりばったり」であることは、はっきりとキッパリと「そのとおり」と明言するのでござるが、「責任感の欠如」とはちょっと違うと思っておるでござるよ。すべてのビジネスでもそうでござるが、ユニクロの柳井氏でも「一勝九敗」と仰せのように、オリックスの宮内氏が「チョコチョコっとやってみたら、たまたま今の事業が残っていった」と振り返ってござそうらふように、勝つまで続けることは重要でござるが、その続け方にこだわる必要はないのではなからふか、と経営者七年生の拙者は思うのでござる。
 勘違いしていただきたくないのは、「始めるなりめげた」(by「ヤースのへんしん」さん)というわけではないのでござるということなのでござるよ。「ブロガー新聞」を続けるという基本方針には何ら変化はないのでござる。まずは、「ブロガー新聞」のヘビーユーザーに具体的なニーズを聞いてみたいということなのでござる。「志鬼朗の部屋」殿がご指摘しておられるところでござるが、「いいアイデアはいたずら書きから創られる。そして優れたアイデアは誰かと一緒に創られる」ということだと思うのでござる。
 いずれにいたせど、トラックバックを拝察するに、とりあえずの「一日編集長」は、

10月22日 
あざらしサラダ」さんと「ブロガー新聞タスクフォース」の仲間たち

10月29日 
Watch IT,ケータイ,ベンチャー」さんと「ブロガー新聞タスクフォース」の仲間たち

11月 5日 
ネットは新聞を殺すのかblog」さん

 ということでよろしいのかなという感触を持ったでござるよ。そこで、一日編集長の方々には、以下の簡単なルールをお願いしたいでござる。

1.他者に協力を依頼するのは自由だが、最後は自分の責任で編集を仕上げること
2.誹謗中傷する記事内容にしないこと 
3.掲載前日の午後5時までにゲラをWord(もしくはText)で、尾花広報部長(obanan@kfikk.co.jp)にメールすること

 ルールは以上でござる。体裁や組立ては全く自由でござるが、「週刊!木村剛」のレイアウトを変えるというのはナシでござる。一日編集長の奮闘と皆さまのトラックバックの交戦が今から楽しみでござるのでござるのでござる。

(追伸)10月22日の「あざらしサラダ」さんのブロガー新聞第3号の「今週のトラックバックテーマ」は、「携帯電話」です。

 今月21日に総合ビジネス誌「フィナンシャルジャパン」を創刊するとともに、28日に新著「おカネの発想法」を上梓することを記念して、今月26日にタカシマヤタイムズスクウェア紀伊国屋書店新宿南店7Fの紀伊国屋サザンシアターにて記念講演を無料にて催します。お時間のある方は是非お立ち寄りください。申し込みはコチラまで。

 尚、10月20日(水)13:30-14:15に大手町サンケイプラザで「フィナンシャル ジャパン」創刊記念リスクマネジメント・セミナーで「リスクマネジメントの発想法」というテーマで講演をします。私の講演は無料ですので、お時間のある方は是非お越しください。ご希望される方は氏名・ご連絡先を明記の上、こちらまでメールでお知らせください。

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2004.10.14

ブロガー新聞は「一日編集長」を公募します!

 皆さん、こんにちは。木村剛です。10月5日のゴーログで「『ブロガー新聞』への熱い期待が高まっていることに、感謝感激しながらも、期待が高まっているだけにスベッタらボコボコにされるんだろうなぁ、と危惧している今日この頃です」と予言していたとおり、ボコボコにされている「ブロガー新聞」ですが、「ボコボコにされているうちが華」ということでもあるので、小西恵理子編集長には「厳しいコメントは応援団なのだから、めげずに頑張れ」と励ましています。

 「えみっちぃの見る風景」さんからは、「こういうのってありがたいなぁ」という暖かい声援をいただき、「そこはか日記」さんからも「新聞ばりの内容盛りだくさん」という過分なお言葉をいただきました。ありがとうございます。
 ただ、まだまだ開発途上であることは否めず、「たしかに何かが起ころうとしている」さんからは「トラックバックの元記事と、トラックバックとの関連性がわかりづらい」というお小言をいただいておりますし、「BLOGでお仕事」さんからは「?????いまいちピンときません」と指摘していただき、「いのっち日記」さんからも「『週刊!木村剛』の読者さんはガッカリすると思いますよ」という感想をいただいております。
 まあ、そのとおりだと思います・・・。
 さて、どうするか。
 「あざらしサラダ」さんからは、「『週刊!木村剛』はこう思うというはっきりとした主張を行い、もっと読者に問題意識を投げかけることが必要」というご提案をいただき、そのとおりかな、と思いつつも、月・火・木・金の「ゴーログ」はそういうコンセプトですから二番煎じになってしまうなぁ、と考えてみたり・・・。いずれにしても、色々なスタイルを試してみて、一番盛り上がるパターンを編み出さないといけないと思うわけです。
 う~む・・・。

 そうだ!
 これだ!

 私、閃きました。
 「ブロガー新聞」に対して一家言ある方々に「一日編集長」になっていただいて、輪番制でその方が最善だと思う「ブロガー新聞のあり方」を提示いただければよいのではないでしょうか。例えば、10月22日は「あざらしサラダ」さんに編集長をやっていただき、10月29日は「Watch IT,ケータイ,ベンチャー」さんにお願いし、11月5日には「ネットは新聞を殺すのかblog」さんに編集してもらっちゃったらどうでしょう。小西編集長は、他の編集長の技を見ながら勉強してもらって、その後満を持して11月12日に再登場するとか・・・。
 そのほかにも、我こそは、と思う方に立候補していただき、様々なパターンを試してみて、トラックバックなんかの反応をみれば、「ブロガー新聞」のスタイルは形成されてくるんじゃないでしょうか。「Watch IT,ケータイ,ベンチャー」さんは、「もし、私たちに、なにかやって欲しいことがあれば、遠慮なくおっしゃっていただければいいと思います」と言っていただいているので、きっとご協力いただけるのではないか、と勝手に思っているのですが・・・。
 ということで、「週刊!木村剛」は、「ブロガー新聞」について一日編集長を公募いたします。「俺が参加型ジャーナリズムを創ってやる」という気概のある方、是非、ご応募ください。なお、報酬は一銭も出ませんので、あしからずご了承ください。ただし、お引き受けいただいた方には、漏れなく全員に「さぶとんポイント」を差し上げます(えっ、「いらないよ」って・・・)。

(追伸)今月21日に総合ビジネス誌「フィナンシャルジャパン」を創刊するとともに、28日に新著「おカネの発想法」を上梓することを記念して、今月26日にタカシマヤタイムズスクウェア紀伊国屋書店新宿南店7Fの紀伊国屋サザンシアターにて記念講演を無料にて催します。お時間のある方は是非お立ち寄りください。申し込みはコチラまで。

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2004.10.05

「週刊!木村剛」はフジサンケイ ビジネスアイとコラボします!

 皆さん、こんにちは。木村剛です。「ブロガー新聞」への熱い期待が高まっていることに、感謝感激しながらも、期待が高まっているだけにスベッタらボコボコにされるんだろうなぁ、と危惧している今日この頃です。「これからのメディアを考えていく上での先端事例となっていく」(by「FPN」さん)かどうかは自信がありませんが、今月21日に創刊する総合ビジネス誌「フィナンシャル ジャパン」担当の小西さんとともにまったりと気長に、良い「ブログジャーナル」(by「たしかに何かが起ころうとしている」さん)にしたいと思っていますので、厳しくも暖かくご指導ご鞭撻のほどよろしくお願い申し上げます。

 ブログをやってみて実感させられましたが、「民意と報道の乖離」(by「Watch IT,ケータイ,ベンチャー」さん)という既存メディアに対する不信感というモノはかなりのレベルに達しているようです。また、「だれにでもできることを報道の名の下に権威づけて行っているだけではないか?」(by「あ~精進、精進」さん)とか、「どっかから借りてきたような情報、感情で事をすすめるとまったくもってつまらなく、展開も期待できない・・・斜読みですよ」(by「grounder」さん)など、内容に対する厳しいコメントも目立ちます。
 このため、メディア報道に対するブログ記事は、どうしても「ブログvsメディア」という図式で描かれてしまいがちなのですが、私自身は、はじめから対立構造で捉える必要はないのではないか、と思っています(甘いでしょうか?)。
 というのは、メディアは、ある意味「情報を伝えるツール」に過ぎないわけで、結局のところは、その内容が本当の勝負。中身の議論をなおざりにして、「ブログがいい」とか「メディアはこうだ」などという論争をしても、建設的で実のある議論があまりできないように思うからです。敵対することもあれば、協力し合うこともあるという感じで、とりあえずはよろしいんじゃないかな、と。互いに切磋琢磨する中で、既存メディアも、ブログも、お互いに良くなっていけばいいと思うんです。

 そこで私は、今週金曜日から、「参加型ジャーナリズム」(by「ネットは新聞を殺すのかblog」さん)の「情報ポータル」(by「BLOGでお仕事」さん)である「ブロガー新聞」をスタートさせることを機に、ブログと既存メディアを融合するコラボレーションにトライアルしてみたいと思っています。具体的には、「週刊!木村剛」に新聞記事を掲載するところから、はじめてみたいと思っているのです。うまくいくかどうか分かりませんが、とりあえずはできるところから・・・。「まずは実践」というのが、私のモットーです。
 そして、もしも「ブロガー新聞」の記事が既存メディアと比較しても遜色がなく、かえってバリューがあるということになれば、「ブロガー新聞」の記者が既存メディアに記事を書くこともあるでしょうし、ひょっとすると、「文責:ブロガー新聞」という記事だって、新聞紙上にお目見えするかもしれません。

 ということで、「週刊!木村剛」は、とりあえず、フジサンケイ ビジネスアイとコラボしてみようと思います。具体的には、10月11日の週からフジサンケイ ビジネスアイの協力を得て、金融関連記事「フィナンシャルi」を毎週月曜日に掲載することにしてみたいと思うのです。その記事に対する皆さんのご意見やご批判もいただきたいですし、「ブログと既存メディアが直接交わるひとつの実験場」になったら面白いのではないか、と画策しています。
 なお、それに加えて、丸善の協力を得て、良書を推薦する「本のソムリエ」を毎週水曜日に掲載いたします。結果的に「週刊!木村剛」は、10月11日の週から、下記のとおり毎日2記事の構成になりますので、よろしくご愛顧のほどをお願い申し上げます。

月曜日 ゴーログ +「フィナンシャル i 」
火曜日 ゴーログ +「週刊!岡本編集長」
水曜日 コ ラ ム +「本のソムリエ」
木曜日 ゴーログ +「週刊!神部プロデューサー」
金曜日 ゴーログ +「ブロガー新聞」
土曜日 BLOG of the Week +「週刊!小松原営業部長」
日曜日 Words of the Blogger/Trackback Ranking +「週刊!尾花広報部長」

2004 10 05 [01. ブログ万歳ココログ三昧, 08. メディア/広告の将来を占う] | 固定リンク | トラックバック

2004.10.04

ネット有名人vsリアル有名人:テレビは見ないがネットは使う

 皆さん、こんにちは。木村剛です。今週から「週刊!木村剛」はパワーアップするために拡充いたします。それにしても、今年2月にブログを始めてから、色んなことがありました。読者とのダイレクトなやり取りの中で、いつの間にかイベントが発生してしまうという同時進行的な面白さを日々楽しんでいます。

それにしても考えさせられたのは、以下に示す「ネットは新聞を殺すのかblog」さんのトラックバックでした。

先日ある若者と話していたら、かれは木村剛さんがネット上で有名になった人物だと思っていることが分かった。「違うよ。彼はリアルの社会で有名だったからココログの有名人ブログを開設したんだよ」とわたしが反論すると「そんなことありません。彼はネット上の有名人です」と頑なに主張し続ける。そうかテレビを見ない若者にとって木村剛さんはネット有名人とみられているのか、と変に納得した。

 私が「ネット上で有名になった人物」なのか「リアルの社会で有名」なのかはともかくとして、「テレビを見ない若者」という層はどれくらいの比率でいるのだろうか、という点が気になったのです。私はかなり番組を選んでテレビに出ているので、決して露出が多いほうではないと思いますが、出ていないわけでもありません。少なからぬ人びとは、半年以上前の出演でも「この間出てましたね」と指摘してくれる。テレビというものはそれくらいインパクトの強いメディアですから。
 40代以上の私の世代では、おそらく「テレビは見ないが、ネットは使う」という人はほとんどいないように思います。 「テレビも見るし、ネットも使う」という人か、「テレビは見るが、ネットは使わない」という人に分かれるんじゃないでしょうか。もちろん、「テレビは見ないし、ネットも使わない」という人も稀にいますが、圧倒的に少数派です。
 しかし、「テレビはみないが、ネットは使う」という勢力が多くなっているとすれば、現在のCM戦略やマスリテールの手法は大幅に変わらざるを得ないでしょう。本当のパラダイムシフトが生じるような予感がします。
 確かに、テレビの視聴率は全体として落ちてきており、「テレビを見ない若者」という存在が無視できない規模に広がっているようです。だからこそ、テレビを通じた世論形成は弱くなっているのでしょう。「テレビは見ないが、ネットは使う」という人びとの動向を、メディア論としても、マーケティング論としても、注視してみていきたいと思います。

(追伸)今週金曜日からスタートする「ブロガー新聞」の担当は、「フィナンシャル ジャパン」編集部のホープ小西女史です。皆さまからのご意見やお知恵を拝借しながら、少しずつ良いものにしていきたいと考えていますが、当初はかなり試行錯誤するものと思います。厳しくも暖かく応援していただけると幸いです。記事とアドバイスをドシドシお寄せください。

2004 10 04 [08. メディア/広告の将来を占う] | 固定リンク | トラックバック

2004.09.10

[コラム] テレビとCMの恋愛関係は何処へ行く?

 皆さん、こんにちは。木村剛です。金曜日の定例コラムの日がやってきました。インターネットの発達などを通じて情報伝達量が飛躍的に増大し、視聴者の目が厳しくなる中で、消費者の興味を引く広告を製作することはなかなか難しくなってきています。そのような状況の中で、業界初の試みとしてテレビ朝日が企業4社とコラボレーションし、1回60秒のCM4本で構成される「ドラマーシャル」が放映されることが話題となっています。

< テレビ朝日・博報堂DYメディアパートナーズ・ソニーミュージックエンタテインメントがタッグ!!業界初の60秒4話連続インフォマーシャルCM >

 8月25日より、4つの商品を4話完結型のドラマ風に仕上げたCM「ドラマーシャル」がテレビ朝日で放送されている。「ドラマーシャル」とは、商品や企業名を強調する従来のCMとは違い、ストーリーの中にさりげなく商品を登場させ、視聴者の関心を惹こうというものだ。通常であれば、1本のCMは1回15秒が主流。この「ドラマーシャル」では、60秒と長く時間をとっており、1回に1社の商品がテロップで紹介される構成となっている。1本のテレビCMとして捕らえるとかなり長く感じるが、超短編ドラマという趣をアピールしたいというところだろう。
 テレビ朝日で放映されている「ドラマーシャル」は、コーセーの化粧品CMの撮影をしている女優にファンが殺到し(第1話)、逃げる女優を追うファンが使うのが富士写真フィルムのデジタルカメラで(第2話)、ファンがぶつかりそうになるウェイターはアサヒビールの発泡酒を持ち(第3話)、最後にマツダの乗用車に逃げ込む(第4話)というストーリー展開となっている。
 1回15秒のスポットCMを大量に流して、商品名を連呼することによるだけでは、消費者の興味を引くことが難しくなりつつあるなかで、コンテンツと広告を融合させるなど、様々な手法が試みられているようだが、この「ドラマーシャル」もそのような流れで捉えられるのかもしれない。

テレビCMの効果を減殺する「CMスキップ」

 このような「ドラマーシャル」の出現など、最近におけるテレビCMの変化の背景には、HDD/DVDレコーダーに「CMスキップ」機能が標準搭載されはじめたことと決して無関係ではあるまい。「CMスキップ」機能とは、テレビで流されるコマーシャル部分を飛ばして、必要な番組だけを視聴できる機能のことである。CMスキップ機能など録画再生機能が進化したために、消費者がテレビを視聴する形態に変化が生じているため、CMの効果が減殺されているとの見方が強くなっている。
 電子情報技術産業協会の調査によると、本年7月のHDD内臓録再機の出荷台数は、前年比451.2%。アテネオリンピックが後押ししたこともあり、HDD/DVDレコーダーの出荷台数は前年比4倍と大幅に伸びている。これらのHDD/DVDレコーダーがCMスキップ機能を標準搭載していることを前提に考えれば、企業が抱きつつあるCM効果の減殺危惧はリアルなものになりつつあると言ってよい。
 すでにアメリカでは、DVR(デジタルビデオレコーダー)の普及によってCM飛ばしが強く意識され、少なからぬ企業がCM予算の抑制に動いているという。アメリカの調査会社フォレスター・リサーチが本年4月26日に公表した調査報告によると、全米で広告を展開する企業の4分の3が今後広告費を削減すると答えており、このうちの63%は広告費を20%以上削減するとのことだ。
 CMを飛ばす機能を持つDVRを利用する米国家庭は、現在の300万世帯から5年以内に10倍の3000万世帯に達するとみられている。DVRの普及によってテレビCMの宣伝効果が大きく低下することを危惧したアメリカの広告クライアントは、テレビに替わる媒体を検討しており、視聴者数が減るという見込みになれば、今後広告費は抑制されるということとなっていくだろう。
 もっとも、大手広告代理店電通の調べによると、日本における2003年度のテレビ広告は、前年比100.7%と前年比ほぼ横ばい。さらに2004年度は、景気が回復傾向をたどる下でオリンピックが開催されたこともあり、広告環境の展望は明るいとの予測となっている。その意味では、日本とアメリカとでは、テレビCMに対する意識にまだまだ格差があると言ったところか。

CM飛ばし対策としての「プロダクト・プレイスメント」

 もっとも、格差があることは悪いことではない。アメリカの前例を学ぶことによって、来るべき次のフェイズにおいて為されなければならないことが明確になるからだ。
 アメリカでは、CM飛ばしの対策として「プロダクト・プレイスメント(PPL)」と呼ばれる手法が積極的に用いられている。PPLとは、娯楽媒体(映画・テレビなど)のコンテンツの中身に商品の広告を混ぜ込む手法のことである。映画「マイノリティリポート」で使われた自動車の「レクサス」や、映画「マトリックス」で使われた携帯電話の「ノキア」などが代表的な例だ。ただし、PPL自体は決して新しい手法ではなく、歴史を遡れば、オードリー・ヘップバーン主演の映画「麗しのサブリナ」において衣装デザインを担当した「ジバンシー」などの例も存在する。
 もちろん、日本でもPPLは採用されている。ドラマの中に、某会社の飲料水が出てきたり、某有名テーマパークが撮影舞台になったりしているのを見かけることもある。確かに、このような手法はCM飛ばし対策として一定の効果はあるだろう。
 そのほか、地上デジタル放送の開始を契機に新しい試みもなされている。例えば、3月に東海テレビが、地上デジタル放送を通じて中京エリア限定で放映した「さくら色の恋」という短編ドラマだ。そこでは、番組に登場した商品や店舗の情報がデータ放送で紹介されている。ドラマを見ながらその場で商品や店舗の詳しい情報が得られるという。
見方を変えれば、今回4社共同でリリースされた「ドラマーシャル」も、コマーシャルがドラマになったというよりも、短編ドラマの中にPPLを仕組んだものと捉えることもできる。今後、こうした動きがさらに強まれば、「広告とコンテンツの境界線をどう引くべきか」などという課題が急浮上してくることも考えられる。

低下していくテレビ視聴率の中で

 もっとも、テレビCMに関しては、CM飛ばし以前に大きな問題が横たわっていることを忘れるわけにもいくまい。それは、テレビの視聴率自体が大きく下がってきているという現実である。
 昔は、視聴率が30%を超える番組がざらに存在したが、8月30日から9月5日の1週間の視聴率ランキングを見ても、最高は23.3%のNHKニュース7となっており、30%を超える番組は見当たらない。日本代表の金メダル・ラッシュで盛り上がったアテネオリンピック関連番組でも、20%を超える視聴率を確保したのはわずか1番組しかない(8月29日(日)のNHK総合「アテネオリンピック」。ただし関東地区のデータ)。テレビ離れが叫ばれて久しいが、事実としてテレビ視聴率は低下している。
 かつては、茶の間でプロ野球中継を見るのが、典型的な家族団欒の姿であった。1982年度の巨人戦の年間平均視聴率は25.6%もあり、当時、プロ野球中継の攻守交替の間に流されるスポットCMは、きわめて高い価値があった。しかし、2003年度の巨人戦の年間平均視聴率は14.3%。今年度はさらに低迷しているという。昨今のプロ野球人気の陰りという問題もあるが、その根底には国民がテレビを見なくなっているという現実が存在することも否めない。
 余談になるが、最近、プロ野球中継の間のスポットCMには広告を出したがらない企業が増えているという。その背景には、年間平均視聴率の低下だけでなく、視聴者の質という問題もあるようだ。実際、平日の夜7時代にプロ野球中継を観ているのは、働き盛りのサラリーマンやF1と呼ばれるOLではなく、消費行動に直接結びつかないリタイアしたシニア層が中心とも考えられ、そのような消費者層を狙った広告はニーズも少ないのかもしれない。
 とはいえ、テレビCMの効果が直ちに希薄化するはずもなく、すぐにテレビ番組やCMにPPL的な手法が大々的に導入されてくると見るべきではないだろう。しかし、「CMスキップ」機能を搭載したHDD/DVDレコーダーの普及のみならず、テレビ視聴率の恒常的な低下という問題を考えると、長期的に見れば、テレビCMの行く先には課題が山積していると言わざるを得ない。
 テレビのみならず新聞・雑誌などのメディア産業においては、パラダイムシフトが起こる予兆が各所でみられている。個人的には、ここ数年で大きな業態変化が起こるのではないかという予感を持っている。従来型のテレビCMに限界が見えはじめたなかで、広告とコンテンツをどう融合させていくか、一視聴者としてテレビCMの将来については特に注目していきたいと考えている。

2004 09 10 [08. メディア/広告の将来を占う] | 固定リンク | トラックバック

2004.09.09

ネット・コミュニケーションは幼児性から脱却できるか?

 皆さん、こんにちは。木村剛です。メディアとブログの関係についての「あざらしサラダ」さんのコメントは含蓄深いものが多いので、いつも楽しみにしているのですが、「ブログで建設的に議論する方法について考える」というトラックバックにも大いに共感させられるものがありました。

 まず、「あざらしサラダ」さんは、「ブログに記事を書いていると、時折、コメント欄で『論争』になることがある。これも『論争』だけで済めばいいのであるが、ややもするとお互いの『批判』合戦が始まり、あげくの果てには『誹謗・中傷』にまで発展しかねない」と問題提起した上で、「納得できる根拠を示さないまま相手の人格を一方的に否定するような記事を書くと、それに反発するコメントが多く寄せられることは想像に難くない。前回の「ニュース日記」騒動などは、まさにこのパターンといえるのではないだろうか」と指摘しています。
 そして、その対策として、「あざらしサラダ」さんは、「コメントやトラックバック記事を書く場合それぞれにおいて、最低限のルールというか何らかの約束事が必要ではないか、と私は考えています。そうしなければ、誹謗や中傷のない冷静な議論は困難ではないでしょうか」と提案し、対談相手の「yodaway2」さんは、「最低限のルールというか何らかの約束事が必要ではないか……について。同感です。……節度を以って、意見を交換できれば一番良いと思うのですが、自分のブログでも、それがなかなか難しく、試行錯誤しています」と返しています。
 それを受けて、「あざらしサラダ」さんは、「自分のブログが荒れないように議論をリードすることは、ブログオーナーの努めなのでしょうね。そのためには、オーナーが最低限のルールを規定してもいいと思いますが、ブログユーザー全体の標準ルールなんてあれば助かりますね」とまとめてくれました。
 「あざらしサラダ」さんの考え方に、私も同感です。
 ちなみに私は、6月28日付けのゴーログ「ネガティブ・バトルからポジティブ・コミュニケーションへ」で以下のように書いています。

「ちゃんとした意見交換ができる場」にはしていきたいと思っています。そのためには、「週刊!木村剛」を核としたブログ・コミュニティが、
(1)自分と異なる意見を排除せず、建設的な批判であれば受け容れる度量をもつこと、
(2)批判する場合は、説得的な論拠を示すほか、代替案を示すなど建設的に行うこと、
(3)意見と人格を同一視することなく、いつ如何なる場合も人格攻撃を行わないこと、
という最低限のディスカッション・マナーを身につけていかなければならないとも思っています。

 私は、ポジティブ・コミュニケーションを成立させるためには、特に、この(3)が重要だと思っています。「あざらしサラダ」さんは、「人それぞれ多少なりとも考え方は違うわけですから、『批判』と『誹謗』の違いさえわきまえていれば、意見の衝突自体は悪いことではないと思います。ただし、意見の衝突はややもすると『憎しみ』の誤解を生みかねないので、いらぬ誤解を増幅しないためにも積極的に誤解を解く努力が必要だと思います」と大人の対応で書いていますが、「意見の衝突」という前に、誹謗し中傷してケンカを吹っ掛けているとしか思われないような幼稚な議論をしている方を時折見掛けるのも現実です。
 「俺は頭がいいけど、お前はバカだ」というスタイルでトラックバックしていらっしゃる方を見掛けると、「自分の頭の良さをひけらかす前に他人とのコミュニケーションの仕方を学んだ方がよいのではないでしょうか」と他人事ながら心配してしまいます。特に、その手の人々は自分がそういう失礼なスタイルをとっているにもかかわらず、「俺のトラックバックに答えないとは失礼だ」などと勝手に憤慨したりするのですから、手がつけられません。「一体全体どちらが失礼なのか」という客観的な判断ができないようでは、社会人失格でしょう。
 「KRISPYCUBE.COM」さんが、Eメールでのコミュニケーションについて、「インターネットの普及で、メール一本打つだけでサービス提供側にお手軽に簡単にコンタクトできるようになりました。お手軽になった反面、他人に対するマナーまでもお手軽にどこかに置き忘れているところもあるように感じられる今日この頃」と書いていらっしゃいましたが、全くおっしゃるとおりです。
 「KRISPYCUBE.COM」さんは、タメ口で書いてくる相手に対して、「あの。私たち初対面の他人どうしですよね?」と世の中では当たり前の常識を諭しています(ネットでは忘れられがちですけどね)。また、感情の赴くままに書き綴られた文章に対して、「う~ん。保育園はあっち→ですよ。あ、他のお友達に迷惑かけないようにね」と揶揄してくれました。私の思いを代弁していただいたみたいで胸がス~ッとしましたね。「KRISPYCUBE.COM」さんは、さらにこうも述べています。

こうゆうメールを送ってくる方々は、いったい何年、人間コミュニティで生活営まれているのか、甚だ気になります。匿名性=傍若無人とゆう方程式が成り立ちそうな気配がむんむんと漂ってます。メールの簡便性(利便性?)を利用して、人間関係をお手軽に済ませようとかゆう、人間関係コンビニ化推進委員会でも発足したのだろうか。何も、季節の挨拶から入るような濃厚なメールを書いてけろと言っているわけではないのですよ。

そもそも、自分の言いたいことを相手に聞いてもらおうと思ったら、相手をいい気分にしとくのが一番てっとり早い方法じゃないかと思うのは私だけ?

 そうですよね。「自分の言いたいことを相手に聞いてもらおうと思ったら……」という当たり前の配慮が大事なんです。そして、それはネットにおけるコミュニケーションにもっとも欠けているものかもしれません。そろそろ、ネットにおいて議論する場合にも、「なんでもかんでもけなせばいい」という幼児性から脱却すべきなのではないでしょうか。

2004 09 09 [01. ブログ万歳ココログ三昧, 08. メディア/広告の将来を占う] | 固定リンク | トラックバック

2004.09.06

インターネットが怖くてトラックバックが出来るか!

 皆さん、こんにちは。木村剛です。8月30日のゴーログ「バカはサイレンで騒ぎ、インターネット利用者は激減する!?」に対して、トラックバックをいただきありがとうございます。やっぱりブログやっている人って、IT関係の方が多いんでしょうか。日本銀行に勤務していた1980年代の後半、ワープロ(もう死語ですなぁ)を初めて本部に持ち込み、「そんな魂のない機械で上司に対するメモを書くとは何事か!」と反発されながらも、IT導入隊の尖兵を気取っていた頃は結構ITの勉強もしていたんですが、歳をとるにつれて不精がちになっておりまるものですから、皆さんからIT関係のトラックバックをいただくのは本当にありがたい刺激になっています。

 「プログレッシブな日々」さんのように、「ネットショッピングやネットバンキングというものが、ずっと信じられずにいた」という方は少なくない(じつは、ウチのカミサンもそうなんです)ようで、「酔うぞの遠めがね」さんは「ネットバンキングなどは非常時の策の範囲を出ないかもしれませんね」と指摘していますし、「脆弱性…めざせWebサイトの健全化!」さんもネットのセキュリティについて、こう述べていらっしゃいます。

 

Webサイトで入力するとき、ためらうのはクレジットNo.だけではないですよね。

私は、名前、住所、メールアドレス、いわゆる個人情報を入力する時に、とても躊躇します。

はっきりいって不安です。どんな名の知れたサイトであっても躊躇します。会社の人は本名を入れた事がない!と言い切ってました。

本当の生年月日を入力する事なんぞ、アホだとさえ言われました。

 このあたりのご指摘を受けてか、「McDMaster」さんは「インターネットのことさら良い面だけを強調しリスクを叫んでこなかった責任を、インターネットに関わる技術者の一人として強く感じています」と自省しておられますが、世の中、よい効果があれば、その反面で悪い副作用はあるもので、こういうことは何もインターネットだけには限りますまい。
 その点を「ちばちばせんざい」さんは「簡単に言うと、ハマチ養殖業者はハマチを食べない、化粧品製造業者は口紅をやたらと塗らない、風邪をひいたら中華料理を食べろ、唐辛子は人間にしてみればピリ辛珍味の食材だが蟻にしてみれば舐めるだけで昇天確実の劇薬(多分…)、のような話。一種のブラックユーモア」と見事に喝破していらっしゃって、「でもまあいくら危機感を煽ったところで多くの人は利便性を優先するだろうね。そこに山があるから登るみたいな感じに」と書いていますが、まあ実際そうでしょうね。
 「my.Hurusato.org」さんが「顧客情報漏洩等の被害が出るような問題点が、間違いなく日本のネットバンクサービスにはある。それでも、インターネット自体は、高速道路や航空機と同程度のインフラとなってきている。個人的には、この傾向は、今後も変わらないと思う。高速道路でも航空機でも悲惨な事故は日常的に起きている。使わないのも1つの選択だけれど、そうした選択は多数にはなっていない。どうしてか? 当たり前な話だけれど、多数の人たちにとって、その明白な利便性が、その危険性を上回っているからではないか」と断じているように、結局のところ、「リスクと利便性のトレードオフ問題(あちらを立てればこちらは立たず問題)」(by「Tinkle-Tinkle」さん)ということなんでしょうかねぇ。
 先ほど「唐辛子は人間にしてみればピリ辛珍味の食材だが蟻にしてみれば舐めるだけで昇天確実の劇薬」と断じてくれたSEの「ちばちばせんざい」さんは、インターネットの危険性を指摘しながらも、こう述べてくれています。

 

暗証番号がネットを流れることを知っていても、不案内な土地へ行ったときは気にせず見つけた銀行で普通に金をおろす。またインターネット情報が暗号化されていないと知っていても、オークションやオンラインショップで欲しいものがあれば、私は入札やら購入やらするためにさっさとクレジットカードの番号を叩き名前を書きユーザー登録する。というか、これはもう既に沢山やっている。ジャパンネットバンクもありがたく利用させてもらっている。幸いなことに大きな被害などに遭ったは無く(遭ったけど気付いてないだけ?)、それどころかその多くは非常に高い満足を得、嬉しく感じる場合がほとんど。う~む、これだと私はサイレンで騒ぐバカなのか。

 こうみえて私も「えすい~」のはしくれ。従って、システム不備による危険性からその利用を敬遠する気持ちはよく分かる。でも結局、使用するしない利用するしないは、その時の状況によるのではないか。他に代わる手段が無ければ止むを得ず使うこともあるだろう。人は言う「ドクターペッパーも3回飲めばクセになる」と。利便性と危険性は紙一重。要するにその時々の状況に応じて蟻になったり人間になったりすれば良いのだ。必要以上に敬遠して蟻になり巣に篭り続けるというのもしんどいだけだと思う。

 そうですよね。インターネット不信に陥って「俺はインターネットは使わねえぞ」なんて言っていたら、ブログなんて出来ませんよね。
 そこで最後に一言。
 「インターネットが怖くてトラックバックが出来るか!!」(by「ちばちばせんざい」さん)。
おあとがよろしいようで。

(追伸)「motooLog」さん、「バカはサイレンで騒ぐ」は現在時点において各種の格言集には掲載されておりません。ひょっとしたら、将来「Words of the Blogger」には採用されるかもしれませんが・・・。あしからず。

2004 09 06 [06. リスク管理の勘所, 08. メディア/広告の将来を占う] | 固定リンク | トラックバック

2004.08.11

頑張れ!くじけるな!小池編集長!

 皆さん、こんにちは。木村剛です。8月2日のゴーログ「ジャーナリストなら匿名性に逃げ込まないでほしい!」に沢山のトラックバックをいただきありがとうございました。
 この「ブログにまつわる騒動としては最初の大型事件」(by「Fireside Chats」さん)の顛末をみていると、どうも「1.つっこみどころ満載の記事を書く、2.話題になりお祭り騒ぎ→訪問者激増で共同ウマー」という「同棲生活」さんの読みとは異なり、「残骸なだけに、余計はずかしい。削除しておいてほしいくらいに恥ずかしい」(by「くぬぎのしっぽ」さん)という状況になっているようです。

 「もうそろそろ、表に出てきたらどうでしょう?でないと、もっと出にくくなっちゃいますよ」と「onohome2004/馬鹿な私の日記」さんは呼び掛けていますが、本当に多くの人々が小池編集長の復帰を願っていることが感じられます。例えば、「Watch IT, ケータイ、ベンチャー等」さんは、以下のように熱いラブコールを送っています。

 私の友人が以前「『2ちゃんねる』は人間のダークサイドだ」と言っていた。すべて人間の中に「ダークサイド」が存在する。その「ダークサイド」に支配された心が発する「言葉」が、「匿名」という鎧を着て、表に出てきたのが「2ちゃんねる」だと言うのである。小池氏のblogは、「ダークサイド」ではなく、彼の信念から出てきたものだと思う。ならば、最後まで戦うのか、謝罪するのか、なんらか無くては「ダークサイド」と見られてもしかたないのではないだろうか。

 是非とも、小池編集長にはラブコールを真摯に受け取って返信してもらいたいところですが、その点、「HOTEL NO HOOKER」さんは、熱くなりがちなこの手の論戦に冷静な立場から具体的なソリューションを提案しています。

一貫性のある名前(本名・ハンドルネーム・ID)を使っているとこういうことが起きるわけで、同じように好き放題言えてもblogと2ちゃんの大きく異なる点だね。謝罪すべきという人もいるけど、小池氏も「367件にも達するコメント」によって「ボコボコに殴」られしてまったわけだから、そこまでする必要あるかな? たかがblog(されどblog)じゃん。今度から「共同通信」の看板の掛かってない、個人的な場所で好き放題言えばいいんじゃ。

 なるほど、そういう手もありますよね。とにかく、小池編集長には、どういう形でもいいから、ブログ界に復帰してもらいたい。これが、多くのブロガーの偽らざる気持ちなんじゃないでしょうか。今回の事件の発端となった小池編集長のコメントの是非については、様々な意見があると思いますが、このままコミュニケーションが途絶してしまうことについては、ほとんどの人が残念に思っているのではないか――私はそう感じます。
 例えば、「近江商人JINBLOG」さんは、「ジャーナリストの立場を明確にした上で記名式で自身の意見を発信した勇気に敬意さえ表したい」と述べていますし、「あしたばは元気だ!」さんも「マスコミの方としては大変勇気のある試みだと思います。これにめげずに続けてほしいと思います」と応援しています。また、「志鬼朗の部屋」さんはこう書いています。

Blogだけではなく、コミュニケーションすべてに起こりうる意見の食い違いをそのままにしておくのは、よくないことだとは思います。共同通信社の編集長という立場というより一人の大人としての対応をできることならBlogの中でしていただきたいとは思います。コミュニケーションを壊すのも人、コミュニケーションを創るのも人ならば「ポジティブ・コミュニケーション」を可能とするBlogというすばらしいメディアの可能性を示す絶好の機会なのではないでしょうか。

 そうそう、小池編集長、絶好の機会ですよ、これは。こんなに多くの聴衆が集まっているんだから、私たちが思わず唸ってしまうような論理展開を魅せてくださいよ。これは、モノ書き冥利に尽きるってやつですよ。「近江商人JINBLOG」さんなどは、小池編集長のことを慮ってこう言ってくれているんですから。

 本来日本一オカタイマスコミ企業の老記者である。元々、当該のブログをスタートする時点で、社内での泥まみれの企画調整もしくは組織文化を無視するチャレンジ精神の末にようやく、「無記名式」という日本のジャーナリストたちが海外から揶揄され続けている方式から脱却した自分たちなりのジャーナリズムを見出した矢先だったろう……

 ねぇ、暖かい視線が感じられるじゃありませんか。しかも、「近江商人JINBLOG」さんは、「私見としては、共同通信小池氏がブログ上で堀江氏を卑下したこと自体にはもちろんなんら問題はないと考える」とまで言ってくれているんですよ。でもね、その「近江商人JINBLOG」さんですら、こう感じているんです。

 

とはいえ、小池氏のとった行動はもちろん正しいものとは到底言えない。こうなってしまった上では、「コトが起こって既得権益のマスコミ組織文化に迎合するくらいなら最初からやるな」という論が正当化されてしまうし、そうでなければクビを覚悟でマスコミュニケーションとネットコミュニケーションの文化的差異を司ったこの一件のメインアクターとして表舞台で明治維新の西郷隆盛的「旧社会的価値観の最期」を演じきるべきだからだ。この一件の功罪として、マスコミジャーナリズムとネットジャーナリズムの間に深い溝が刻まれたことは間違いない。否、溝というよりは融合までの道程を長期化させた、というべきか。
 

 そうなんですよね。小池編集長の責任は大変重いんだと思うんです。今回の事件は、マスコミとネットの間の溝がどうなるかという分水嶺を決めるほどのインパクトがあるんですから。毎回鋭いエッセイを送っていただく「カトラー」さんは、「小池氏がブログを立ち上げたそもそもの動機が、日本のジャーナリズムの、匿名性のバリアに守られた言語空間から脱出することにあったのだとしたら、この問題の帰趨は、ブログとマスメディアの関係に将来にわたって少なからぬ影響を与えることになるだろう」と喝破していらっしゃいますが、私もまったく同感です。
 是非、是非、小池編集長には、ブログ界に戻ってきてほしい。「殴った方が骨折することもある」(by「Ne’s BLOG」さん)というのは世の常です。毎回毎回完全勝利できるものではありません。それは、言論の世界でも同じはずです。ちょっとくらい向こう傷を負ったっていいじゃないですか。失敗は誰しもあるものです。
 「fareaster」さんは、「情報マネージメント力を磨き、ブランド価値を磨いていかないと今後の報道機関の価値は下がっていくだけだと思います」と指摘していますが、「最近の雑誌にはこのようなあまりにも無責任な記事が溢れ返っています」(by「雑記帳」さん)と感じている読者は少なくありません。ここまでの大騒ぎになってしまっているのに、沈黙を守って、「人の噂も75日」を地で行くのでは、それこそ「ジャーナリストだなんて格好いいこと言ってるけど、いざとなったら無責任なんだよなぁ~」という印象を巻き散らかしてしまうと思います。
 「TV beta delphinus」さんが「これだけ大きな批判を受けたならそれを上手に立ち回ってこそ、さすがプロの編集長だなと感心させられたんだろうがね。。。」と指摘していますが、本当にそうですよ。プロのジャーナリストなら、ココで長年鍛え上げた文章力を駆使して、私たちを唸らせるような必殺の返し技を出してもらいたい。一流のモノ書きならココで踏ん張るべきです。
 「あざらしサラダ」さんは、「今回の件に懲りて従来のマスコミの「枠」の中に戻り、再び一方的な情報発信しかしなくなれば、マスコミと一般市民が同じ土俵で議論するという折角のチャンスを棒に振る結果になるかも知れない……どうやらその懸念が現実になってしまったようでとても残念に思う」と嘆いていますが、その気持ちは私も同じく持っています。
 小池編集長様、「しかし、一筋の希望も有ります。……先輩記者の良心がそれです、、、」という「JUKE Blog」さんの心の叫びを聞いてください。「週刊!木村剛」は小池編集長がブログ界に早期復帰されることを心からお待ち申し上げております。

2004 08 11 [08. メディア/広告の将来を占う] | 固定リンク | トラックバック

2004.08.02

ジャーナリストなら匿名性に逃げ込まないでほしい!

 皆さん、こんにちは。木村剛です。1ヶ月前に「大西宏のマーケティング・エッセンス」さんからご紹介があってから気になっていた「共同通信記者のblogで一騒動」という件がありました。事件の概要は、以下のとおりのようです。

『署名で書く記者の「ニュース日記」』でひと騒動が起こっています。……共同通信のサイトが大変なことになっているということを教えていただき……さっそく見てみると大変な騒ぎになっていました。ことの発端は、編集長がLivedoorの堀江社長のblog「社長日記」を読み、「ご商売のことも書いておられるが、はっきり言って、これこそ「スノッブ」以外の何ものでもない」「ちょっと言いすぎたかもしれないが、こういうのが鼻持ちならないというやつだ。読んでいる人たちにはぜひ言いたい。こんなのにだまくらかされていてはいけない!」以上のような、ちょとマスコミに働く方の発言とは思えない内容を書いたことに始まりました。このいわれのない中傷に対して、堀江社長はこの記事を紹介し、スノッブでもかまわないと軽く流したのですが、それを読んだ人たちから、この共同通信のblogに、抗議のコメントが殺到しました。

 このように、結構ワクワクするような展開なのですが、私の方は多忙を言い訳にして、この事件を追いかけておりませんでした。ところが、先日「カトラー」さんから「イカロスの墜落~共同通信ブログ休止の波紋~」というトラックバックをいただき、『署名で書く記者の「ニュース日記」』が休止になったことを知ったのです。

このブログを運営している小池新編集長は、社会部を振り出しに、30余年もの記者生活を送ったベテラン編集委員。文章からは大マスコミの記者にありがちな偉ぶった風な所がなく、個人的にはむしろ親しみの持てる人物と感じていた。ところが、このブログが、突然大荒れし、更新中止にまで追い込まれてしまった。……6月29日付けのエントリー記事を最後に、367件にも達するコメントの海に沈没する形で、休止状態になっている。事の発端は、小池編集長が、ライブドアの堀江社長に関して書いたコラム記事だった。堀江氏が書いているブログ「社長日記」の内容を取り上げて、「スノッブで鼻持ちならない」、さらには堀江社長のことを「こんなのにだまくらかされていてはいけない!」と断じたのである。この物言いにライブドアの株主と称する読者まで反応して、コメントの嵐となり、上述したような休止状態に追い込まれたのである。
 

 おやおや、残念なことです。「カトラー」さんは、「小池氏がなぜ堀江氏のことをここまでこきおろすのか理解ができない。……ほとんど人格攻撃に近い内容になっている」と書いており、「堀江氏からは、この騒動の間、一度たりともコメントもトラックバックも入っていない。言ってみれば、勝手に話を持ち出し、勝手にこきおろし、そのまま沈没してしまったという印象なのだ」と叙述しています。ただ、「カトラー」さんの小池氏に対する視線は大人の優しさに満ちているんですね。

小池氏が、ライブドアの堀江氏を個人的な感想とはいえ、こきおろし、しかもその記事に対して、かなりのネガティブリアクションがあったにも関わらず、だめ押しするように自説にこだわったのは、「書きたいことが書きにくい」というあの「閉ざされた言語空間」「マスメディアの枠組」から跳び出したいという思いが根底で働いていたからだと思う。

ブログというメディアツールは、小池氏にとって、イカロスの翼ではなかったのかと考えている。長年、日本のマスコミ界で生きてきて、表現に対する「枠組み」という、ぬえのようなものが存在することについては、誰よりも意識していただろう。署名で記事を書くことすらも一般化していない日本のマスコミの中にあって、個人の立場を明確にしてブログに記事を書くと決意した時点で、そうした枠組みを少しでも壊したいという彼なりの思いがあったはずだ。……小池氏が夢想したのは、ジャーナリストと読者が自由闊達に意見を述べ合う開かれた言語空間ではなかったのか。ブログというコミュニケーションツールに彼が期待したのは、そうした夢であったに違いない。

ブログは、マスコミと読者の関係、ジャーナリズムのあり方を大きく変える可能性を持っていると思う。どの新聞社やマスコミも、第一線の記者や編集長などラインの業務を終えた「編集委員」「解説委員」と呼ばれる人々を数多く抱えているが、もし彼らが、小池氏のように自分のブログを持って、個人の立場で情報発信を始めたら、それだけで閉鎖的といわれるこの国の言語空間は劇的に変わるはずだ。

 個人的には、「カトラー」さんの言わんとすることは分かります。そういう意味で、小池氏の勇気には敬意を表さないわけではありません。もっとも、本件に関する多くの読者の反応は、「カトラー」さんの思索よりも、以下に示す「大西宏のマーケティング・エッセンス」さんの感じ方に近いかもしれません。

 

今日のようにインターネットが普及してくると、既存メディアの価値がどんどん低下してきています。低下して、衰退するだけならいいのですが、一般の企業と異なり、マスメディアの場合、質の低い報道や間違った報道で社会をミスリードしてしまうということがあるのです。そういった責任を背負っているマスメディアに働く人たちには、もっと自分たちの責任とか、理念、また存在理由みたいな根本から考えるということを真面目にやってほしいというのが私の立場です。おそらく、今日のように産業活動も、消費行動も、社会も多様化してくると、「総合型」のメディアでは、複雑すぎる現実に、取材も人材もついてこれない状態になっているのだと思います。

多くの方が痛感していらっしゃるでしょうが、私が理解できる範囲の問題、つまり消費動向をはじめとしたマーケティングに関わるさまざまな情報については、新聞やマスコミの記事は、ほとんど参考にならないばかりか、間違った報道、誤解を生む報道をしている……ことがあります。間違った報道が、社会をミスリードすることには怖さがあります。バブル崩壊以降の消費マインドの冷え込みは、マスコミや銀行出身の一部のエコノミストの人たち、いわば現場を知らない人たちの危機を煽る言動が大きく影響したと思っています。……

いずれにしても、……今回のケースをよく学んで、生きたコミュニケーションを模索してほしいところです。すくなくとも、Livedloorという会社を研究もしないで、個人を中傷するというのはいただけないので、マスコミというよりは良識ある市民として謝罪ぐらいはすべきだと思います。そうでなければ、……「所詮マスコミ人はいいぱなしで気楽だ」という評価しか残らないと思います。共同通信のみなさまには、ぜひ、今回の「事件」から逃げずに、はからずも生まれた「コミュニケーション・チャンス」を生かしてもらいたいものです。

 本件に関して、私が申し上げたいのは一つだけです。「ジャーナリスト」を名乗るのであれば、「匿名性(=この場合は、『共同通信』というマスメディア)」というセーフティネットに逃げ込まないでほしいということです。自分が殴られない立場にいることを良いことに、相手方をボコボコに殴るという「2ちゃんねる」的なスタンスはとらないでほしい――それが最低限のジャーナリストとしての矜持なのではないでしょうか。

2004 08 02 [08. メディア/広告の将来を占う] | 固定リンク | トラックバック

2004.07.01

長崎佐世保事件と室井佑月さんと木村家の教育方針

 皆さん、こんにちは。木村剛です。昨日、公開資料に関して、厚生労働省年金局数理課の方々とお話ししてきました。坂本純一数理課長、山本進課長補佐、木村剛数理第一係長(何と同姓同名!)、土田孝司数理第二係長にお時間をいただき、極めて紳士的にご対応いただきました。ありがとうございます。CD-ROMによるデータ提供については、なかなか色好いご返事をいただけませんでしたが、「数理課としては真摯にご説明したい」というお気持ちが伝わってきたという意味では、初回にしては価値ある会合だったと思います。
 私としては、説得的な対案がない場合には、4991枚の公開資料について1枚1枚ご説明していただくしかないかとも思っておりましたが、坂本課長より「1週間に2時間程度の定期ミーティングを設けて、数理計算の詳細をご説明していく中でご理解を賜りたい」という前向きのご提案をいただきましたので、まずは、そういう会合を設けるところから進めていきたいと思っています。助っ人の年金専門家たちにも声を掛けていますので、公的年金に関するデータベースとプログラムを公に共有するための第1歩になればよいのですが・・・・・・。

 さて、6月25日のコラム「ネット・コミュニケーションとイエローストーン国立公園の悲劇」に対しては、様々なご意見をいただきありがとうございました。私にも2人の息子がおりまして、特に中学一年生の長男はネットサーフィンを始めたばかりで、たまにチャットにも参加しているようなので、ある意味で長崎佐世保の事件は全くの他人事ではないものですから、親としては色々と考えさせられるものがありました。

 ただ私自身は、こういう事件が起こったときに、専門家と称する人々が「子供は悪くない。社会が悪いんだ」とか「TVやインターネットが悪い」という論評を加えることに対して、反射的に「社会のせいにするな!」「道具に責任転嫁するな!」という反発を感じる性質でして、「どシロートがBLOG使ってみました」さんという「長崎の事件以来、『ネット=悪』のような報道の仕方って、おかしいんじゃないの」という感覚に大いに共感いたします。「Tinkle-Tinkle」さんが説いているように「インターネットもまた道具にすぎない。人の手で生み出されたデータを運んでいるに過ぎない」のですから。
 実際、データ的には、「周辺領域・別館」さんや「ShinBLOG」さんが指摘しているように、少年による殺人事件は昭和35年前後をピークに一貫して減少傾向だったり、少年による犯罪の総数は昭和60年前後をピークに減少して、ここ数年は横ばいだったりするのですから……ね。確かに、マスコミがセンセーショナルに採り上げすぎているという面はあると思います。

 突き詰めてしまえば、悪いことをしたら、たとえそれが子供の場合であっても悪いことは「悪い」のであり、それとともに親の教育責任・監督責任が問われるということにすぎない、と私自身は思っています。そういう意味では、「いろいろと副次的な要素とかはあると思うが最終的には『子供の責任は全て親の責任』なんです。全ての親にはその自覚を持って欲しいし、『世の中全部が間違っていても自分の子は真っ当に育てる』くらいの覚悟でやらないと」と考える「きりはらアジト」さんと基本的に同じです。
 そして私も、2人の息子に対する親としての教育責任と監督責任を持っているわけでして、「無菌室育ち」さんがおっしゃっているように「ネチケット教育は必要」だと本当に感じています。まずは、「日常/非日常」さんが言うように、「人を傷つけたらどのような社会的制裁を受けるのか」「ネットで悪口を書かれたらすげー頭に来るから、まずはもちつけ」ということを教えるべきなんでしょうね。
 「Ochanoko」さんは、「赤ちゃんがハサミを持つと危険なように、そのツールをある程度、うまく管理(許容)できる人が使うようにしないと、副作用的な効果(?)は高い確率で免れない気もします。そんな理由で私は『2ちゃんねる』にはアクセスしたことがないです」と告白していらっしゃいますが、私の息子も「2ちゃんねる」にアクセスする可能性は当然あるわけで、私自身は「匿名性の下における言論の自由」を護るという観点から「2ちゃんねる」を擁護する立場とは言え、正直言うと、親としてはなかなか悩ましいというのが本音です。
 実際、私の息子が、「2ちゃんねる」で展開されている私に対する誹謗中傷や罵詈雑言をみたらどう思うかなどと考えると、匿名というセーフティネットの陰に隠れて言いたい放題の卑怯な輩に対しては、「この野郎、氏素性が分かったら、ただじゃぁおかねえからな」と瞬間湯沸器的に思います。自分の息子に向けられた悪口に対して室井佑月さんが、5月19日のエッセー「匿名の功罪」において、「インターネットの普及により、匿名で意見を述べることの意義をはき違えている人が増えたとも思う。人間の悪意に充ちたどす黒い感情。ふつうならそれぞれの心の奥底に隠しておくべきものだろう。それをインターネットにより、わざわざ人の目に触れさせる。自分のことでなくてもそういったものを見つけてしまうと、気持ちが悪くなる。露悪趣味っていうんですか。そういった人はたちは名無しということで守られている。しかし、見ず知らずの人間のこ汚い部分を見せられた側の立場はどうやって守られるのだろう。まるで覆面した変態のあそこを見せられたような気分だ」という名文をアップしていらっしゃいますが、その気持ちは痛いほど分かりますね。

 ただし、世の中にはそういう輩が少なからずいるということも事実なので、息子たちにはそういう性質の悪い輩に対する免疫力もつけてもらわなければなりません。社会は無菌状態ではなく雑菌だらけだということを直視すれば、汚らしい雑菌から子供たちを隔離して真空状態で育ててみても仕方がない。所詮は、早く自立できるようにたくましく育てていくことしかないと割り切っています。ちなみに、2人の息子に対する私の教育方針は3つだけ。
1)男なら泣くな!
2)ウソと言い訳をするな!
3)約束したことは守れ!
それ以外では叱りませんし、「勉強しろ」とか「成績がどうのこうの」などとは決して言いません。ただし、この3つを守らなかった場合は鉄拳制裁。基本的に体罰主義です。
 小学校教諭だったカミさんは体罰には反対で、「よく話してきかせれば子供でも分かる」という主義なのですが、私は「痛い目に遭わないと子供は分からない」「理屈で分かるのなら、叱られるようなことはしないはずだ」という基本方針です。まあ、子供の教育に対する考え方は各家庭それぞれあると思います。マイノリティかもしれませんが、木村家は古臭い「頑固オヤジポリシー」で行こうと考えております(それでも、家の中では黒でも「白」と言い張り、少しでも反抗的な態度を示せばボコボコの鉄拳制裁当たり前だった、私自身の「スーパー頑固オヤジ」と比べると随分と軟弱ですけどね……)。

2004 07 01 [08. メディア/広告の将来を占う] | 固定リンク | トラックバック

2004.06.25

ネット・コミュニケーションとイエローストーン国立公園の悲劇[コラム]

 皆さん、こんにちは。木村剛です。本日は、午前10時に厚生労働省におもむき、公的年金に関する4991枚の生データを受領してこようと思っています。そのときの模様は、TV東京をはじめとする各社が撮影してくれることになっていますが、何と厚生労働省の一部の抵抗勢力は撮影を許可しないなどと息まいているようです。果てさてどうなりますでしょうか。某有力週刊誌においても取り上げていただく段取りもつけておりますので、お楽しみに。
さて本日は、毎週金曜日恒例となっておりますコラムの日です。遅ればせながら、今月初に長崎県佐世保市で起きた痛ましい小6女児死亡事件をとりあげて、思うところを書いてみたいと思います。

小6女児死亡事件記事>


 最近の子供たちは、お稽古事や塾通いなどでスケジュールが過密になり、昔と比べて自由時間が格段に少なくなったと言われている。そういう意味で、何らかの形で大人が介在する「擬似社交場」において一部始終監視されるという環境の中で育っているわけだ。子供たちは素直な「いい子」になることを幼少の頃から要求され、自ずと「いい子」を演技することを覚えていく。その結果、ひょっとすると、内なるストレスをこれまで以上に蓄積させているのかもしれない。昨今の情報化時代において、早くから高度な知識を吸収する子供たちは、益々早熟になり、思春期も低年齢化しているといわれている。
 いまの子供たちは、ただでさえ少なくなっている自由時間をインターネットやゲームなど在宅での活動に費やす傾向を強めているようにも思われる。私の子供時代のように、外で友だちと群れていたずらをし、取っ組み合いの喧嘩をするという光景もあまり見られなくなっているのかもしれない。
 ご存知のように、佐世保で起こった事件の原因として、インターネットにおけるチャットがクローズアップされている。確かに、ホームページのBBSや電子メールのやりとりなどにおける「顔の見えない」コミュニケーションにおいて、些細な行き違いをきっかけに、フレーミング(Flaming<炎上>)――相手を激昂させたり侮辱したりすることを目的とする誹謗中傷の応酬――が日常的にみられることは事実だ。表情が見えない、声が聞こえないというネット・コミュニケーションの環境が、人間が持つ攻撃性を必要以上に増幅している面はなかなか否定できない面がある。
 じつはこれは、他の場合でも同様で、素手で他人を殴る場合は、完全に死んでしまうまで殴り殺せる人は少ないという。というのは、自分の目の前で相手が戦意喪失になり、意識がなくなって抵抗力もなくなり、身体の力が抜けていくのを実感したり、泣きじゃくって許しを乞うている姿に哀れみを感じれば、なかなか最後のとどめを刺すことはできないからだ。しかし、核ミサイルの発射ボタンであれば、人を殺すというリアルな実感がないから、ボタンを押すのにそれほどの抵抗感はない。
 相手の痛みがわかりにくいと、人間の攻撃性は必要以上に増幅する可能性があるようだ。ネット・コミュニケーションにおける誹謗中傷や罵詈雑言の類もそういう面を持っている。人を傷つけるという行為の意味――他人の痛み――が分からないということが、さらなる攻撃を招来していく。その危険性については、ネット・コミュニケーションを利用する人々において、十分に認識されていく必要があると思う。

 とはいえ、佐世保の事件の原因をネット・コミュニケーションの責任に帰してしまうような一部の論調は、あまりにも短絡的だろう。少年犯罪の原因として、テレビやインターネットの影響をあげつらう向きもいるが、テレビやインターネットは媒体にすぎない。媒体そのものを悪いと決め付けて、問題の本質が解明できたかのように考えるのはいかがなものかという感じがする。
 そもそも、人間という生物――特に無垢な子供時代――は相当残酷なことを平気でしたりするものだ。虫の羽や胴体をちぎったりした経験は読者の皆さんだってあるのではないか。私だってある。しかし、かなり残酷な体験を重ねた上で、「これは良くないのでは・・・」という心の発露があって初めて、子供は心底「残酷」という概念を学んでいく。
 そういう意味で、常に大人が介在する「擬似社交場」で育てられた子供たちは、「残酷」という体験を十二分に心の中で消化することなく、「子供らしさ」を演じているのかもしれない。本来子供は自分のエゴを自由に発散する存在である。ところが、「擬似社交場」の中で「子供らしさ」という大人の価値観の中だけで純粋培養されてしまうと、「他人の  痛みを感じる」という学習を十分にしないまま身体だけが成長していってしまう。
 何でも情報が手に入るという恵まれた環境にいる最近の子供たちは、知識が豊富でまるで大人のような判断ができたりする。その実、精神的には年齢相応に成長していないという指摘も少なくない。それは、「他人の痛みを感じる」という実体験が不足していることと何かしらの関係があるのではないか。そういう免疫経験の少ない子供たちが、思春期に入りコンピュータを覚え、ネット・コミュニケーションにおける「言葉による攻撃」を初めて受けたときのダメージは、ひょっとすると私たちが想像しているよりも大きなケースがあるのかもしれない。
 アメリカのイエローストーン国立公園に関して、有名なパラドックスがある。イエローストーン国立公園を守るために、森林管理官が周辺で自然発火する山火事を人為的に阻止していたところ、山火事による新陳代謝をも阻止してしまったため、1988年に古い木々の落ち葉によって大規模な森林火災を引き起こしてしまったという事件のことだ。つまり、自然発生する小規模の山火事を人為的に抑えたがゆえに、結果的に大規模な山火事を招いたのである。
 過度な抑制は、抑制することできない最悪の事態を招くことがある――というイエローストーン・パラドックスは、いまどきの子供たちの行動に一脈通じた面があるのかもしれない。幼い頃に「他人の痛みを感じる」という実体験を積んでいない場合には、それが積もり積もって爆発したときには、われわれの予測を超える凄惨な事件を惹起するのではあるまいか。今回の事件がそれを象徴していると言い切るつもりはないが、リアルなコミュニケーションが希薄な中で、ネットにおけるバーチャルなコミュニケーションに没頭していた子供たちの間に起きた悲しい出来事として、色々と考えさせられることの多い事件ではあった。

2004 06 25 [08. メディア/広告の将来を占う] | 固定リンク | トラックバック

2004.06.03

情報価値が変化する時代にブログはどういう役割を果たすか?

 皆さん、こんにちは。木村剛です。5月26日のゴーログ「ブログはメディアになれるか」にたくさんのトラックバックをいただきありがとうございます。それにしても、少なからぬ方々が現在のマスコミ報道のクオリティに対してかなりの不満を抱いていることが浮かび上がってきて、興味深く拝見しました。

  例えば、「Mutter to myself」さんは、「Australiaに住んでいた時、同じ報道でも日本のメディアからの情報と、Australia等の欧州メディア……やUSのメディアでは全くと言って良い程違う印象を与えられてしまう。日本にいた時は気付かなかったのが、海外で暮らして初めて情報操作、ある意味マインドコントロールされていたんだなと気付いた。いわばマトリックスという映画で主人公が真実に『気付く』のに似ていると思う」と告白しています。もっとも、「高嶺の花にくびったけ」さんは、そういう状況を見切って、こう言い切っています。

 既存メディアには収集・加工・分配という機能があるはずだったけれど、加工能力の不足を「中立性」とかなんとかいってごまかしているようです。写真と同じで主観や主張が入ってないものは面白くないですね。ただこんなでした。という写真や報道では誰も見向きもしなくなります。収集や広告が主になって加工が従になったから最近の新聞は主張も特色もなくなったのではないでしょうか。システム的問題だけではなく、メディアに携わる人たちの質が低いという人材的な問題も大きいと思います。いろんなブログを見ていると、新聞記者なんかよりはるかに知的な人が大勢いらっしゃるように思いますね。

 この点に関しては、「KOu」さんも、「個人レベルで良質思考を生産している方はけっこういますし、3割打者や時々ホームランの侮れないバッターを含めると相当な数になると思います」と同意しています。ブログの将来が期待されるところです。
 このようにブログが台頭してくる中で、わが国のマスコミは現在何をしようとしているのでしょうか。「fareaster」さんは、「かつて、日銀の発表や政府報道において、資料配布時の順番を取ることが重要だったことがある、と聞いたことがあります。しかし、今はWebでの同時報道が普通になり、資料配布自体を争うことはなくなりました。同様に、企業からの発表も、『資料が配られる』ような文書に関しては、わざわざ会見場に行く必要はない、というのが現実でしょう」と指摘した上で、「では、記者会見が開かれるのはなぜか。一つは、不祥事などで『頭を下げる絵がほしい』というマスコミの要請があると思います。企業側としても、一般市民に対しては、まず頭を下げておくことで反感を和らげる、という効果が計算されているのでしょう。ただ、この様な情景は、ショーであり情感に訴えるものであると思います。政治においては、数字だけがすべてではなく、情感に訴えることで自分の主張を通すという技術はありですので、一概に否定はできません。ただ、現状を見ると情動部分が大きすぎるのではないか、と感も否めないのです」と喝破しています。
 もっとも、「百式の田口」さんの言葉を引きながら解説した「KOu」さんの以下の部分を読んだ上でわが国マスコミの煽情性に鑑みると、「情報価値の変化」についていけない既存マスコミが視聴者の煽情的な部分に訴えかけて生き残ろうとしている最後のアガキなのではないか、という穿った憶測も湧き起こってきます。

 情報の価値が変化している。以前は「正しい知識」が価値を持っていたが、現在は急落している。変わりに台頭してきたのは「正しい知識のありか」と「個々の思考」である。……この「情報価値の変化」はマスコミを初め、多くの情報商売屋さんには産業革命と言っていいほどの影響力があるはず。だって、自分たちの扱ってきた商品の価値が下がるわけですから。おまんま食えなくなります。……以前は「正しい知識」が価値を持っていたが、「正しい知識」の価値たる要素は、
  ・人が知らないことを知っている
  ・その情報を手に入れられる人が少ない
  ・それがより正しい、詳しい
 といったところにありました。分かりやすい例では、昭和初期のインテリ達が「おフランスでは~ざます」と自慢していたことか。……現在はどうかというと、グーグることで誰でも情報にアクセスできます。これだけで、2つの価値が下落したことになります。残る「より正しい、詳しい」という価値は、情報氾濫や2ちゃんを極とした個々の「情報嗅ぎ分け」能力が鍛えられることでクリアします。誰にでも手に入るものには価値はありません。これが「正しい知識」の価値が下がる と言っている理由です。そして、人々が「正しい知識」の代わりに求めるのが「思考(正しい知識から創造した考え)」です。
「・・・っで、どうしたらええの?」
「・・・っで、みんな何すんの?」
「・・・っで、これからどうなんの?」
「・・・っで、何が儲かんのさ?」
 本来「正しい知識」は素材です。それだけでは何も始まりません。そこから何を引っ張り出したか?ということが必要な訳で、みんな「思考」はやっています。でもそれには質が伴います。よい思考はよい結果を生みます。良く使えば。だから、良質の思考をみんな求めるようになります。良質の思考は誰にでも簡単に手に入りません。

 「KOu」さんによるこの問題提起は、重要な環境変化を指摘しているように私には思えます。それは、モノ書きとしての私の実感でもあるからです。
 私なりの言葉で言えば、情報価値の源泉は、「情報取得」から「分析加工」に移りつつあるということだと思います。 私がモノ書きをはじめた15年前、作業の8割は「情報取得」に費やされていました。お役所が公にした報告書ですら一揃いさせるのが大変な時代だったんです。事実確認からインサイダー情報の入手に忙殺されていたと言っても過言ではありませんでした。しかも、入手した資料の保管が大変で、物理的にスペースを確保し、しかもその整理を不断に行なっていなければいざというときに情報を使えませんから、もの凄く労力がかかるんです。
 その状況を一変させたのがインターネットの登場でした。私はネットの登場がモノ書きの作業を一変させたと実感しています。作業の大半を占めていた「情報取得」の労苦が2割程度にまで劇的に低下しましたからね。保管や整理も格段に楽になっています。それで、モノ書きは「情報取得」から「分析加工」へと作業の焦点を移すことが可能になりました。
 その結果、モノ書きの世界でも、インサイダー情報やディープスロート(密通者)で売るタイプの人よりも、伯楽(名馬の鑑定人)のように玉石混交の中で「玉」を見分けることのできる人の方が浮上しやすくなってきています。そして、そういう劇的な環境変化の下で、「ブログ」という新しいツールが登場してきている。「モノ書き」出身の私としては、そこに面白い時代の流れを見る思いがするのです。

 「テレビや新聞は、双方向性という点でWEBにはかないません。そしてリアルタイムに世論を反映させるということでWEBが最上位に立つことは、もう誰もが認めるところです。そのWEBの中でも、即時性が最も高いと思われるのが、Blogなのかもしれません。Blogは、ホームページ的要素とBBS的な要素を持ちあわせています。主張を述べることができるホームページ的要素。トラックバックで意見を返ることができるBBSに近い要素。ですから、Blogは議論の展開に一役買います」(by「MENTHOL BLOG」さん)ということですから、なおさら今後のブログの展開にワクワクドキドキしてしまうのです。「一般ニュースサイトと違い、ブログの特徴はインタラクティヴに情報をやり取りできることだ。今までのニュースサイトと違い一方通行ではない。情報の双方向キャッチボールによって情報がもっと膨らみ、それを共有できるようになる」(by「MASAHIKO」さん)ところに魅力を感じてしまうのです。
 「カトラー」さんからは、「木村氏は、これまでマスコミ情報の一方的な受け手であった一般の人々がレベルの高い情報発信を行っていくことで、ブログが社会的な影響力を持つ新しい大衆メディアとして成長していくはずだという主張を展開している。ブログを始めて、まだ3ヶ月にしかならない私だが、メディアとしての新しい可能性をブログに対して強く実感している。『週刊!木村剛』は、そうしたブログの可能性を最もラジカルに実験している場といっても良いだろう」という暖かいエールをいただきました。これからも、「週刊!木村剛」は「ブログの可能性を最もラジカルに実験している場」として読者の皆さんとともに様々な試みをしていきたいと思います。

2004 06 03 [08. メディア/広告の将来を占う] | 固定リンク | トラックバック

2004.05.26

ブログはメディアになれるか?

 皆さん、こんにちは。木村剛です。私が厚生労働省に対して、生データの公開を要求したところ、「気まぐれ大統領の独裁Log」さんが「こういうのを何でマスコミ、特に大手新聞はやらんのかね。自分とこの影響力を自慢してるんだったらやるべきだろうが」と書いていただきました。本当にそう思います。

 年金問題をめぐる今回のマスコミの未納騒ぎは、あまりにも国民の気持ちや心情から乖離していました。もっとも、「ちぶろぐ」さんは、「マスコミはほんとに分かってなくて報道しているのかということです。マスコミ人ったって自分達とそう変わらない人間ですから、今のバカ騒ぎがどれだけ本筋から離れているかなんてことは分かっているはず」と書いていますし、「大西宏のマーケティング・エッセンス」さんは「残念なのは、マスコミの報道のあり方です。マスコミの記者の人たちも、この問題の本質が何かをご存知です。でも、なにかが、真実に迫る報道を鈍らせていると感じていました。だから、迂回して表面的な未納・未加入問題に紙面を割いてこられた。いろいろと事情があるのかもしれません」と説明していらっしゃいますが、そういう匂いを私も感じます。そして、「いろいろと事情がある」ところに、私はわが国のマスコミの問題があるのではないかと思うのです。
 その点に関して、「c572 blog」さんは「マスコミも結局は商売ですから、事の本質よりも目先の数字の方が大事なような気がします」と指摘しておられ、そういう面も確かにあると私も思うのですが、「MENTHOL BLOG」さんが「未納である、未納でないということは、もうワイドショーでも視聴率とれない話なのは周知の事実です」と書いていらっしゃるように、視聴率うんぬんだけでは説明のつかないマスコミの報道が近年目立ってきたようにも感じるのです。

 じつは、「fareaster」さんが「マスコミは官庁批判はできないのか?」というタイトルを掲げて、「マスコミの論調もなんか操作されているなぁ、というイメージを抱かざるを得ません」という鋭いツッコミをみせているんですが、マスコミに対する私の問題意識ということで申しますと、情報源に対するスリヨリという点が前々から気になっています。
 わが国のマスコミ記者は、結構多忙で、かわいそうなミッションに駆り立てられています。「スクープ」という名目で、ほとんどの国民にとってはどうでもよいニュースを、正式な記者会見の1~2日前に報道するという、くだらないトクダネ合戦を競い合っているんですね。記者会見の前に報道するということにあまりにも気がいきすぎていて、記者会見の内容が社会に示唆することに対して無頓着だったりします。
 今回の例で言えば、「誰が未納なのか」というトクダネを他社に先駆けて追い駆けることに夢中になって、「年金問題において、未納にどういう意味があるのか」ということを掘り下げないという背景には、そういうマスコミ体質の問題が浮かび上がってきているような気がするのです。

 マスコミの問題は、そういうことだけにとどまりません。そういうトクダネ競争に慣れ切ってしまうと、少なからぬ記者たちは情報を持っている官庁や大銀行――本来、マスコミが最も監視しなければならない対象――に対して、気付かぬうちに魂を売り渡してしまうのです。トクダネ情報を取れなくなることを恐れて、官庁批判や大銀行批判をできなくなってしまうわけです。官庁や大銀行は頭が良いので、記者に対して時折トクダネのおこぼれを与えながら、分からぬように情報を操作していきます。その結果、マスコミの論調は、知らぬうちに官庁や大銀行の意向を反映するようになっていくのです。
 「nodaira’s Blog」さんは、「建設的な議論、具体的な提案をするマスコミこそ必要だと思うのですが、今のマスコミにはその能力があるとは思えません。その分、個人レベルで活動している様々な人間がこうして意見を世に問える世の中になったからには、そういった人々の中から次代を担っていく人間が積極的に登用されていく世の中が実現されていけば素晴らしいと思います。政治以外の世界ではそのようなことは当たり前のように起こっているので、政治の世界から有能な人間が流出していくのを防ぐためにも、将来は必然的に外部の人材を積極的に登用していくためのインセンティブを持たせたシステムが必要になるでしょう。小泉内閣はその点でもかなり先進的な取り組みをしていると思います。翻ってマスコミについて考えてみれば、誰もが自由に情報を発信できる以上、報道を行うマスコミという枠にわざわざ嵌りに行く必要性はますます下がっていくと思います」と述べていますが、トクダネに追われることのない「個人レベルで活動している様々な人間がこうして意見を世に問える世の中になった」という環境は、私たちにとって極めて重要な意味を持っていると感じます。

 私は、そういう意味でも、「ブログ」は重要だと考えているのです。
 マスコミを媒介にすることなく、個人が中心となって体外的に情報を発信していくことができる環境が整備されていくことの意義を高く評価しているのです。「クラブキング」さんは「ブログのムーブメントが大衆の力になったのはアメリカ発『9.11テロ』以来。市民権を獲得した第3の大衆メディア、ブログ」と述べておられますが、私は「ブログ」を「市民権を獲得した大衆メディア」にしたいのです。
 ネットワーカーの方々からみれば、「そんなものは、すでにネットの世界で成立しているじゃないか」と言われるかもしれませんが、それは正確な事実ではありません。例えば、「2ちゃんねる」は一種の大衆メディアですが、現時点においては、社会的に「市民権」を得ているわけではないと思います。大衆メディアが本当に力を持つためには、社会的な認知と社会的なステイタスが必要です。そうでなければ、メディアとして社会的に働き掛けることはできません。

 だから、「とりとめもなく日記的雑記」さんに、「木村剛氏のブログは、一庶民として今一番注目しているメディアです」と書いていただいたことに対しては素直に嬉しく思いました。「それにしても、こうやって(細々とですが)書いてみると、ブログってほんと新しいメディアだなと実感します。自分も相手もブログを書いて、自分のブログを背負った上でトラックバックやコメントで対等につながっていく」という指摘もいただいていますが、私も「ブログ」は本当に可能性に溢れた「新しいメディア」だと感じています。
 私は、「週刊!木村剛」を「市民権を獲得した大衆メディア」として、大事に育てていきたいと考えているのです。そこでトップページにも、さりげなく私の気持ちを込めておきました。この間ついに、「気まぐれ?!思考」さんから、「あっ!THE BLOG MEDIAになってる! 今気が付いた! メディアの新しい波ですね」と指摘されましたが、そうなんです、私は「BLOG」を「MEDIA」に育ててみたいのです。

2004 05 26 [01. ブログ万歳ココログ三昧, 08. メディア/広告の将来を占う] | 固定リンク | トラックバック

2004.05.14

「知る権利」と「プライバシー」 [コラム]

 皆さん、こんにちは。木村剛です。毎週金曜日恒例のコラムの日です。商売柄、マスコミとのおつきあいは色々とありますが、最後の牛丼大追跡や鳥インフルエンザ狂騒記など必要以上に過度な演出がみられるケースが多くなっているような気がします。最近では、公的年金に関する「未納」問題への執着が異常です。その結果として、問題の本質からドンドン離れているように思われてなりません。
 また最近では、プライバシー情報の漏洩について、企業の管理体制の不備を叩く記事が少なからず見られますが、現在問題となっている「未納」の有無などは明らかなプライバシー情報であるような感じもしますし(そういえば、辞任した福田前官房長官もそうおっじゃっていましたなあ)、この間も、田中真紀子元外相の長女の離婚記事を巡る出版差し止め事件で「報道の自由」と「プライバシー保護」という問題も提起されていました。
 そこで、今日は、情報を公開することを生業とするマスコミのプライバシーの取扱いについて、日頃感じるところを書いてみたいと思います。

< 東京高裁「週刊文春の出版禁止取り消し」(Fuji Sankei Business i.)>http://www.business-i.jp/news/sou-page/news/art-20040331224442-EZLXUUHHTG.nwc


絵空事ではない「マトリックス」の世界

 映画「マトリックス」に詳しい方も多いと思うが、拙い私の理解では、「マトリックス」とは、人工知能という「機械」が作り出す仮想現実に「人間」が支配される世界で、人間が機械に監視されていることに気づき、覚醒し、人間としてもう一度やり直すために監視者である人工知能と戦う生き様を描いた作品といえると思う。映画では、果たして人間がみている現実が本当の真実なのか、また、人間は現実の世界を知るということの苦痛に耐えられるのかとか、あるいは、監視されたままの方が幸せなのではないかという問いかけを発しているようにも感じられる。
 このような問いかけは、「マトリックス」だけに限らず、多くの映画や小説でテーマとして採り上げられて続けてきた。イギリスでは昨年来、作家ジョージ・オーウェルの生誕100年を機に、小説「1984」が舞台で復活上演されるようになったという。1914年に書かれた小説「1984」では、ビッグ・ブラザーという政治的権力がいかに全体主義社会を維持するかが描かれている。
 至るところに監視スクリーンが設置され、全ての言動や表情が管理・統制される世界。権力に歯向かえば人々は逮捕され、再教育あるいは拷問を受け、改善の見込みがなければ抹殺されもする。要するに、「プライバシー」のない世界だ。
オーウェル劇の復活は、オーウェル生誕100年ということのみならず、イギリス国内でテロリズムと犯罪への対策強化の一環として監視体制を強化する政府の動きに対応して、人々が本当の「プライバシー」の意味を再考し始めている証左として興味深い。
 じつは、知らない間に監視されているという状況は、すでにわれわれの生活の中では防犯カメラなどで日常的なものとなっている。企業が従業員の電子メールやウェブ閲覧状況を監視するということも、いまや常識となりつつある。インターネットでのオンライン購入履歴は消費者の「プライバシー」に関する情報で溢れ、例えば、こっそりある商品を買ったつもりでも、いつの間にか情報がどこかに漏れて、アクセスしたこともない別の会社から同様の商品のダイレクトメールが届くこともある。
 オンライン購入を通じて、あるウェブサイトへアクセスしたという個人のアクセス情報はそのサイトの広告収入として換金されているようなもので、今や「プライバシー」は売買対象となっている観がある。
 本来「プライバシー」という言葉は、一般に、個人の決断に政府を干渉させない権利、私生活をみだりに公開されない法的保障ないし権利のことを指す。要は、他人に知られたくない、一人で放っておいてもらいたいと感じる情報領域のことである。
 もっともわが国では、「プライバシー」という語感にフィットするうまい日本語がない。実際、家には本名で表札を掲げ、家族全員の名前を掲げる場合も多い。名前、住所、電話番号などの個人情報は電話帳や学校のクラス名簿・OB会名簿などに堂々と掲載されている。会員制組織に入会する際に、何の抵抗もなく名前、住所、電話番号からクレジットカード番号まで記入したりする。要するに、「プライバシー」には鈍感なお国柄なのだ。
 このような現実の中においては、わが国における「プライバシー」とは一体何なのか、という根本的な定義をクリアしておかなければ、生産的な議論ができないのではないかという危惧を感じる。

「知る権利」とプライバシーとのバランス

 いまマスコミは、企業の顧客情報漏洩を問題視して、連日その不始末を書きたてている。その記事を読んでいると、「そのとおりだ」と思う一方で、「でも、プライバシー保護の必要性を感じているマスコミ人は本当にいるのだろうか」と疑念を持ったりもする。
 というのも、「プライバシー」の重要性を唱えているマスコミ自身が「プライバシー」の保護に一番鈍感だったりするからだ。私自身、竹中プランの騒動のときに、ある週刊誌に自宅の写真を撮られたため、不審な男たちが近所を徘徊するようになり、万が一のことを考えて、家族の引越しを余儀なくさせられたという苦い経験を持っている。私の自宅を公にさらすことに何の意味があるのか、全く理解不可能だ。個人的には、あのときの引越関連費用を支払ってもらいたいと今でも恨みに思っている。

 「プライバシー」とは何か?
 護られるべき「プライバシー」とはどういうものか?
 報道されても致し方ない「プライバシー」はどこまでなのか?
 国民の「知る権利」と「プライバシー」のバランスはどのように考えるべきなのか?

そういうことをもっと真剣に論じるべきなのではないだろうか。そうすれば、わが国におけるマスコミ報道というものも、本物のジャーナリズムなのか、それとも単なるノゾキ趣味なのかが判然としてくるに違いない。そうなると、3月に起きた田中真紀子元外相の長女に関する週刊文春の差し止め事件についても整然と理解することができるようになるだろう。現在のように、「顧客情報の流出=プライバシーの侵害」という短絡的な報道ばかりが蔓延してしまうと、物事の本質をわきまえないままで、将来の役に立たない低レベルの評論が蔓延するだけなのではないか。
 週刊文春の差し止め事件について、少なからぬマスコミは、田中真紀子氏の長女の離婚問題を「プライバシー権侵害」ではなく、「知る権利」あるいは「表現の自由」だと主張している。田中真紀子氏長女の訴訟における東京高裁決定は、「出版の事前差し止めは認められない」としたものの、「記事は私人にすぎない田中元外相の長女らの私事を、公共の利害に関する事項にかかるものと解することはできず、また専ら公益を図る目的もないでないことが明白」として、文春側の「プライバシー」侵害を明白に認めた。
 いくら元外相の政治家だとはいえ、その長女の「プライバシー」を暴くことが「表現の自由」だと本当に主張できるものなのかどうなのか。この問題については、一家言持っている専門家がそれこそ山ほどいるので深入りするつもりはないが、普通の感覚で言えば、マスコミが「知る権利」を主張して明らかにすべき事実は、重箱の隅をつつくような個人の離婚問題などではなく、公的年金の根本問題などのより重要な問題なのではあるまいか。私は、それが、一般市民の偽らざる気持ちだと思う。
 本来なら「知る権利」の本質とは何かということを真っ先に問うべき立場にあるわが国のマスコミは、政治家の子女の離婚問題をほじくりかえすとか、年金の未納問題ばかりを追い掛け回すという、本質から外れた「プライバシー」の覗き見趣味を発揮しているだけなのではあるまいか。

「本物のプライバシー」とは何か?

 先日、有名な新興大企業を率いている、ある創業社長にお会いした。古ぼけたペンシルビル3階のみすぼらしい社長室に通された私は、この堂々たるみすぼらしさに、逆に、この創業社長の隆々たる自信を感じさせられた。1時間に亘り色々と経営についてお話をうかがったのだが、中でも圧倒されたのは「プライバシー」の秘匿に関する部分だった。
 まずこの社長は、自分の写真を撮らせない。マスコミのインタビューにも絶対に応じない。「とにかく目立たないようにしている」と言う(私の場合、完全に失格だ!)。都内に5つほど自宅を構えているが、それぞれ別人の名前をポストに掲示している。他人になりすますわけだ。ガスや水道そして電話代も自分の名義では支払っていない。「他人になりすますことによる弊害は何もない」と断言していたのが印象的だった。
 さらに驚いたのは、自分の子供たちに対しても、自分が社長であることは教えないという。「山の別荘によく行っているから、子供たちはキコリだとでも思っているんじゃないか」と笑っていた。「情報というものは、意外に子供たちから洩れるから気をつけたほうがいい」ということのようだ。子供たちが中学生になって分別がつくようになってから、自分が社長であることや仕事の内容を教えるのだという。これらは、誘拐を未然に防ぐために編み出した、この創業社長なりの実践的な知恵なのだ。
 一言で顧客情報といっても、財産の金額や罹っている病気などという本当に重大なプライバシーに関わるものから、「名前と住所と電話番号という基本セット」にとどまるものまで様々である。そして、現在マスコミに報道されている顧客情報の漏洩においては、「名前と住所と電話番号という基本セット」に過ぎない場合も多い。無論、それが問題ではないというつもりはない。先ほどご紹介した創業社長であれば、それらの「基本セット」は間違いなく「プライバシー」であろう。何しろ本人は、その情報を知られないために、涙ぐましい努力を傾けているからだ。
 しかし普通の人々には、この創業社長ほどの切迫感はあるまい。何かに入会するときに、「住所や電話番号は書かない」と駄々を捏ねる人の方が珍しいと思うし、名簿作りに協力しないと村八分になるかもしれない。友達同士でも、「あいつの電話番号知ってる?」「ああ、090-XXXX-XXXXだよ」「サンキュー」と会話しているのではないか。「あいつの電話番号は、あいつのプライバシーだから、俺からお前には教えられない」などという律儀な人は何人いるだろう。そういう風に考えていくと、ますます「プライバシーとは何か」という問題に囚われて悩んでしまいそうだ。
 マスコミは「情報」を公開することが生業である。そうであれば、自らの職業において極めて重要な要素となっている「情報」というものについて、もっとセンシティブでプロフェッショナルな扱いをすべきなのではないか。少なくとも、護られるべきプライバシー情報と、公開されてもよいプライバシー情報と、公開が前提となるパブリック情報という、それぞれの情報の範囲を明確に意識した報道を求めたい。
そして、「私人にすぎない田中元外相の長女らの私事」や「未納何十兄弟がどうした」などではなく、本当に「公共の利害に関する事項にかかるもの」や「専ら公益を図る目的」の記事を読ませていただきたいと思う。

2004 05 14 [08. メディア/広告の将来を占う] | 固定リンク | トラックバック

2004.05.12

「月刊!木村剛」が進み始めました

 皆さん、こんにちは。木村剛です。「月刊!木村剛」計画は着々と進み始めました。複数の出版社さんから具体的な提案を持ってきていただく段取りになっております。「blogのトラックバックで本を作ろうとされる木村さんや編集者さんもすごいです」と「をとこもすなるblogといふものを」さんがおっしゃっていますが、私は、他の媒体が持っていないブログの生命線は「トラックバックを通じた読者とのコミュニケーションの面白さ」にあるのではないかと思っています。

 ですから、「Tinkle-Tinkle」さんが「“月刊!木村剛”は、きっとブログと連動して、双方向参加があってこそ楽しいコミュニケーションをつくっていけるのではと、期待しています」と指摘してくれているように、そして「レビューのとらお」さんが「初心者向けに経営学とか、経済学とかを、トラックバックによるキャッチボールで進めていくような展開だったら、かなり面白い物が出来そうです」と書いてくれているように、さらに「くりおね あくえりあむ」さんが「トラックバックを集めたblog発bookなんてこれはまた面白そうな試みだなー。どんどん新しいものが生まれてきそうで、楽しそう」と期待してくれているように、「月刊!木村剛」では、皆さんからのトラックバックを大々的に取り上げていきたいと私は思っています。
 そしてトラックバックをうまく取り上げていくことができれば、「『月刊!木村剛』こりゃ楽しみだっ。ブログとうまく融合しそう」と予感している「高嶺の花にくびったけ!!」さんの希望にも応えられると思いますし、「McDMaster」さんが言っているように、「『月刊!木村剛』にはブロガーという市民の感覚が息づいている」ということを実現できるんだろうと思うんです。
 ただし、そのときに考え方を整理しておかなければならないのが、「引用」と「転載」の問題です。「ゴーログ」の売りは「読者からのトラックバックの引用」ですし、先の土曜日にスタートしました「BLOG of the Week」について私は、原則として「(ネット上の)転載」を基本にしたいと思っています。

 まず、「引用」と「転載」に関する私の基本的な考え方を以下にお示ししたいと思います。

1. 文章を公にする著者は「引用」されることを拒んではならないというのが、私の基本スタンスです。「引用」を拒めば、コミュニケーションは成立しなくなり、さらに言えば、批判する表現手法も限定されますので、「言論の自由(批判の自由を含む)」を侵害しかねないからです(ただし、「引用」にあたっては、その原典を明示することは当然の義務であり、それを怠った場合は、著作権の侵害にあたります)。したがって、「引用」を拒みたい場合は、文章を公にすべきではないというのが、私のベースとなる考え方です。

2. さらに進んで私は、文章を公にする者は、「引用」されることを望んでいると考えています。なぜなら、不特定多数の人々に対して、自らの文章を開示するのは、自らの意見を見ず知らずの多くの人に読んでもらいたいという衝動の現れであり、賛同していただいて自分の主張を他の人々と共有したいという欲求に基づく著者の行動だと考えるからです。

3. そしてこういう考え方は、感情的にも是認され得るものだと私は考えています。著者にとって、読者からのレスポンスというものは何にも換えられないほどうれしいものです。「週刊!木村剛」における読者からのトラックバックは、私にとって珠玉の宝です。また、私からの「かめはめ波」もブログ先の著者にとって、私と同様、うれしいものであるだろう(そうでない場合もあるかもしれませんが……)と感じています。というのは、ポジティブなコミュニケーションは、楽しい共通体験を生み出すからです。したがって、そういうコミュニケーションの中での「引用」は奨励の対象になってもよい、とすら考えています。友人との会話でも「お前さあ、この間、こんなこと言ってたけど、俺はこう思うんだよね」とか言いますし、会議等では「○○さんは△△という意見だが、私はこうだ」など、コミュニケーションには「引用」が付き物ですよね。

4. 無論、他の方が批判を展開するために「引用」されることもあります。それは、感情的には不快であり、嫌なことではあります。しかし、それは「自らの意見を見ず知らずの多くの人にまで読んでもらいたい」という欲求を貫くためには避けることの出来ない代償であり、「賛同してもらって自分の主張を他人と共有したい」と思うのであれば、批判する方々を説得するためのコミュニケーションも必要となるでしょう。戦争中であっても互いの国の外交官は連絡を取り合うものです。したがって、「引用」はいかなる場合であっても認められるべきであろうと思います(残念ながら、話しても分かってくれない人は沢山いますけれど……)。

5. したがって、世の中の常識としても、「引用」は原則自由であり、それに対する承認や対価が必要だということにはなっていません。もしも、批判するための「引用」に著者の承認が必要になるとすれば、著者はすべからく「引用」を認めないことによって、批判を抑えることができるようになります。また、法外な対価を要求することにより、批判を封じ込めることにも成功するかもしれません(ちなみに、私はプロの書き手ですが、「引用」による原稿料をもらったことはありません)。繰り返しになりますが、「引用」においては原典を明示することが不可欠です。そうしないと、「盗用」になります。

6. ただし、「転載」については、原則的に著者による承認と対価が必要です。転載というのは、基本的に著者が何ら付加価値を付与することなく、他の著者の文章全体を「引用」することを指しますが、特に他の著者の文章を「転載」するだけで、濡れ手で粟の利益を得ようとする行為は、明らかな著作権の侵害になります。

7. ここで悩ましいのは、ネット上における「リンク」と「転載」の違いです。おそらく「リンク」というのは、出版物で言えば、「○○参照のこと」という参照文献の明示ということにあたるのでしょうが、ネットの場合ワンクリックでそこに飛んでいくことができてしまいます。つまり、現実的には「転載」していることと同じ行為(「転載」≒「リンク」)なんです。しかも、無料で誰にでも開放されているのですから、ある意味で「ネット上における無料による無断転載」を認めているということでもあるのです。しかし、ネット上において「リンク」を認めないなどというルールを導入すれば、ネットの魅力は半減してしまうでしょうし、「リンク」を拒むのであれば、「閲覧を限定したクローズドのサイトにすべき」ということにもなるでしょう。

8. つまり、「リンク」を否定すれば、ネット上の有効なコミュニケーションが閉ざされるという意味で、「リンク」は「引用」に近い性質を持っているのです(「リンク」≒「引用」)。そこで、「リンク」に関して申し上げれば、「引用」について述べたのと同様、ネット上に文章を公にする著者は「リンク」されることを拒んではならないというのが、私の基本スタンスになります。「リンク」を拒めば、コミュニケーションは成立しなくなり、さらに言えば、批判する表現手法も限定されるので、「言論の自由(批判の自由を含む)」を侵害しかねないからです(もっとも、「リンク」の場合は、必然的にその原典を明示することになります。これは良いことですね)。もしも、「リンク」を拒みたいのであれば、文章をネット上に公開すべきではないということになるでしょう。

9. さて、そこで悩ましくなってくるのが、「リンク」と「転載」の扱い方です。先ほど申し述べたとおり、「転載」≒「リンク」ですから、上記の論理が援用できるならば、ネット上に文章を公にする著者は「転載」されることを拒んではならないという理屈になってきます。無論、その場合は、原典を明示し、しかも原典に「リンク」を張るということが大前提になるとは思いますが、どこまで「転載」の自由を認めるべきかという新しい問題が惹起されてくるのです。つまり、「転載」≒「リンク」≒「引用」なんですが、「転載」≠「引用」だという連立方程式を解かなければならないのです。

10. そして、文章表現上、「リンク」という形態よりも、「転載」に近い「全文引用」の方が、読者にとって読みやすく理解されやすいケースが少なからずありますし、クリックしないで紹介文とともにとおしで一目で読める方が読者にとって親切であるという場合があります。例えば、「週刊!木村剛」の例で申し上げれば、ゴーログ「『かめはめ波』とは何か?」における「ひとこと」さんのケースがそれに当たりますし、今月からスタートする「BLOG of the Week」もそういうコンセプトでとりあえず運営してみたいと思っています。つまり私は、条件付きながら、ネット上においては、「転載」≒「リンク」≒「引用」という考え方でしばらく走ってみたいと考えているのです。

11. そこで、その「条件付き」とは何か、ということになるのですが、この問題に関する、私の現時点における暫定的な考え方は、
① 原典が、無料で不特定多数に制限なく開示されているネット上の文章であり、
② その原典を明示し、「リンク」が明示的に張ってある場合であって、
③ その文章をネット上で無料で不特定多数に対して制限なく開示している場合
には、「(全文引用に近い)転載」を認める、というものです。

 上記の考え方は、今後の「週刊!木村剛」の運用において、重要な影響を及ぼしますし、私自身、これで正しいのかどうか考えあぐねている面が全くないわけではありません。また、今後具体的な詰めのプロセスに入る「月刊!木村剛」の作成にも多大な影響を及ぼすと思いますので、是非、皆さんの意見をトラックバックでドシドシお寄せください。
 元来、コミュニケーションというのは簡単なようで難しいものです。軽いノリで書いた文章が無意識のうちに著者の感情を傷つけてしまうこともありますし(「カトラー」さん、御免なさい~ ^^;)、「まーねこのひとりごと」さんからは「トラックバックの一部だけをつまみ食い、抜書きして、ミスリーディングなコメントを付けないよう、注意していただきたいと思います」と厳重注意されてしまいました(大汗タラタラ)。
 しかし、冒頭で述べたように私は、他の媒体が持っていないブログの生命線は「トラックバックを通じた読者とのコミュニケーションの面白さ」にあると思っていますので、今後も皆さまから厳しいお叱りを受けながらも、「引用」や「転載」をドンドン続けていきたいと思っているのです。そのプロセスの中で、私にミスがあれば、皆さんはすかさずトラックバックで意見を表明できるし、それに対して私も速やかに修正コメントが出せる――それこそがブログの素晴らしいところなんじゃないかと思うのです。

 以上のようなことを頭の中で考えながら、私が「月刊!木村剛」に関して、出版社にお願いしているのは、以下のようなことです。

・ 月刊か、隔月刊、もしくは季刊で、定期的な刊行物にしたい。
・ 特集テーマ(例えば、年金問題)を持つ雑誌的な体裁にした本にしたい。
・ ゴーログで「引用」したトラックバックの原典をなるべく多く「転載」したい。
・ 読者とのコミュニケーションが浮かび上がるような同人誌的なフレーバーにしたい。
・ さはさりながら、「週刊!木村剛」を知らない読者でも楽しめる読み物にしたい。

 もっとも、「McDMaster」さんがいみじくも指摘しているように、「木村剛とブロガーの単なる鼎談集となってしまってはいけないわけで、読者に対し知的刺激をもたらすものでなければなりません」というのは私もプロとして痛感しています。単純にブログを本にすれば売れるなどという甘いマーケットはどこにもありません。プロは売ってみせて、ビジネスとして成立させて、それでナンボの世界です。
 皆さんのニーズを出来る限り反映させた面白いものを創りたいと思っていますので、それに関するご意見もドシドシトラックバックしてください。お待ちしております。ちなみに、「コンサル会社のペーペーの思い付きコラム」さんからは、「オイラは過去未来いついかなる時も『週刊!木村剛』に引用された部分についてブログ著作権を主張しません。印税も」というありがたいお言葉をいただいておりますが、そういう点についてもご意見をいただけると幸いです。

2004 05 12 [01. ブログ万歳ココログ三昧, 08. メディア/広告の将来を占う] | 固定リンク | トラックバック

2004.04.26

「月刊!木村剛」に出版社3社が名乗りをあげました!

 皆さん、こんにちは。木村剛です。ゴーログ「エッ! ブログが『月刊!木村剛』に!!」に対してたくさんのトラックバックをいただき感謝感激です。「『月刊!木村剛』発刊をたくらんでいるようです」(by「坂野流」さん)という感じではなくて、半ばノリで半ば真剣(!?)だったりしたんですが、先週時点の本音では「enter sandman」さんが指摘しているように「可能性が無い話ではありません」程度だったんですね。

 でも、「日常/非日常」さんからは、「ネットの展開から紙(雑誌・書籍)への展開へシフトし、相互効果を挙げていく仕掛けというのはありだと思いますよ。というか、実はそれしかないんじゃないか、必然じゃないか、と思います。まじめに期待しております」と書いていただきましたし、「McDMaster」さんからは、「ネタか!?いや、ネタじゃないと信じたい。だって、あんなにたくさんの本を書き、読む木村さんだもの、絶対ヤってくれるに違いない。(中略)ベストセラーにもなった佐藤・竹中『経済ってそういうことだったのか会議』を凌ぐアウトプットが「月刊!木村剛」から生まれることを期待して止まないものです。しかも、『経済・・・』は著名な人同士の作品ですが、「月刊!木村剛」にはブロガーという市民の感覚が息づいている。どちらがより現実的かは改めてきくまでもありますまい。本当に、期待しています」と熱いエールをいただきました。「c572 blog」さんなどは「我らがヒーロー木村剛、やってくれます」などとすでに実現したかのような書き振りです。
 「よみがえれ!バサラの精神」さんのように、「この企画、是非、実現しましょう」とノリノリの人がいたと思えば、「カトラー」さんのように、「これは夢の続きか、はたまた奇跡への序章なのか」とおどけてみせる方もいらっしゃいます。もっとも、中には、「たけくらべ」さんのように、「単行本化されるのでは?」と事前に予測していた超能力者(?)までいるんですね。

 そこで真面目に考えてみると、「レビューのとらお」さんが指摘しているように、「初心者向けに経営学とか、経済学とかを、トラックバックによるキャッチボールで進めていくような展開だったら、かなり面白い物が出来そうです」という感じがしてきましたし、「くりおね あくえりあむ」さんが言っているように、「トラックバックを集めたblog発bookなんてこれはまた面白そうな試みだなー。どんどん新しいものが生まれてきそうで、楽しそう」という気分になってきました。
 だって、「ひとこと」さんが叙述していらっしゃるように、「blogっていうのは本当に面白いメディアですね。文章が有機的に連携しているいい例ですよね。木村氏のblogに対するTBを通じてネットワークが出来、ひとつのコミュニティが形成されようとしています。これが新しい時代のコミュニケーションの形なのかな、と感心してしまいます」という世界が広がっているんですよ!
 しかも、極めてありがたいことに、少なからぬ読者がすでに購入を希望しています。「Tinkle-Tinkle」さんは「月刊で何か取りまとめをつくってみるというのは、件の腐女子関連(笑)だけにかかわらずとも、折角実のあるお話とトラックバックの掛け合わせですし、とても読んでみたいなぁと思います」と言ってくれていますし、「高嶺の花にくびったけ!!」さんも「『月刊!木村剛』こりゃたのしみだっ。ブログとうまく融合しそう」と太鼓判を押してくれています。
 それに、「チップを弾むから勇気を分けてくれないか」さんが「いや、買いますよ。絶対」と言っているだけではなくて、なんと「腐女子」さんまでも「『月刊!木村剛』、実現するといいなぁ。キムタケさんがポーズをつけた写真とかあったら、兄を投げ売ってでも購入致します」と告白しているんです。

 ここまで盛り上がっているのに、手を挙げない編集者は、編集者じゃない!などと思っていましたら、ありがたいことに、出版社3社がそれぞれの出版企画を提案してきました。「日々是ネタ也」さんが、「……きっと現実になりますよ(笑)。願望は口にしてしまうと、実現してしまうものです。お忙しいだろうに、何もご自分で墓穴を掘るような発言をせずとも・・・・・・でもやってくださいね(笑)。楽しみにしてますから」と予測したとおりになってしまいそうです。
 でも、こんなことがあると、「布袋様の堪忍袋」さんが指摘しているように、「ブログからビジネスチャンスが生まれている」んです!ということを実感しますよね。「空の青とホントの気持ち」さん、目を離さないで「月刊!木村剛」の展開をみていてください。

 でも、「fareaster」さんに「古株のnifty住人としてみると、こういう盛り上がりはうまく続けていくのがなかなか難しい、という状況を何度か見ていますので、暴走せずにじっくりと育てていってほしいものだと感じています」と優しく忠告していただいていますから、注意しながら進めてみたいと思います。
 きっと大事なことは、「日本全国・見たいもんはみたいぞの会」さんがいみじくも指摘しているように、「でも、血が流れているのはたぶんここだけだ」という力を維持できるか否かということなんじゃないかなあと考えています。がんばります。

2004 04 26 [03. イベント大特集, 08. メディア/広告の将来を占う] | 固定リンク | トラックバック

2004.04.16

「本」は大変革するか?[コラム]

 皆さん、こんにちは。今日は金曜日、コラムの日です。最近街角で、老若男女を問わず、携帯メールを書いたり読んだりしている人の姿を、ごく普通に見かけるようになりました。しかし数年前までは、電車の中や喫茶店では、本や雑誌を読んで時間を潰している人が多かったように思います。そこで本日は、出版ビジネスというものにスポットを当ててみたいと思います。

<まぐまぐなど3社がメルマガのオンデマンド出版サービスを開始(CNET Japan)>http://japan.cnet.com/news/media/story/0,2000047715,20065271,00.htm

 気に入った本を読みふけっているうちに、気が付いたら真夜中という経験がみなさんもあるのではないだろうか。何とはなく読みはじめたら、先が気になって最後まで読んでしまった小説や、次の発売日が待ち遠しくなるような雑誌など、「本」という媒体——紙媒体——は人を惹きつける魅力を持っている。私自身、「本」を読むのは職業病とでもいうべき中毒症にかかっており、斜め読みも含めて月に50冊以上は目を通している。

いま、その「本」の販売が減少傾向にある。

 全国出版協会・出版科学研究所によれば、書籍や雑誌の推定販売金額は1950年から40年間以上一貫して増加を続けていたが、1996年の2兆6563億円をピークに減少に転じ、2003年には2兆2278億円(1991年の水準)に落ち込んでいる。7年間で2割弱減少しているわけだ。
 この背景としては、インターネットの急速な普及をあげざるを得まい。簡単な情報取得は、紙媒体ではなく、インターネットの方が簡単にできるようになってしまった。実際、総務省の情報通信白書によれば、2002年末のインターネット利用人口は6942万人にのぼり、世帯普及率は81.4%に至っているという。
私は、ネットが「本」を代替するとは思っていない。
 「本」には、ネットが持っていない、ポータビリティや一覧性を持っているからだ。ただし、メディアにおけるデジタル化の急進展がひとつの切っ掛けとなって、わが国の出版ビジネスにおいて旧態依然としている部分が大変革する可能性は否定できないと思っている。

変わる出版ビジネスの形態

 実際、このようなデジタル化の波を受けて、出版業界も新たな形態を模索し始めている。昨年11月に講談社や新潮社は、ソニーや大日本印刷、凸版印刷等15社とパブリッシングリンクという新会社を設立し、4月から電子出版コンテンツの配信を中心とする会員制サービスを開始している。このサービスを通じて、会員は、「Timebook Town」というサイトから、出版コンテンツをパソコンにダウンロードすることができ、これを60日間読むことができるという——いわば「ネット上の貸本屋」である。
 また、こうした出版コンテンツを持ち歩くためのツールとして、ソニーが「LIBRIe(リブリエ)」、松下電器産業が「ΣBook(シグマブック)」という「読書専用端末」を販売しており、デジタル出版コンテンツを読みやすくしようとする動きも出てきている。

 そういう動きの中で、出版ビジネスにおける伝統的な流通システムも変容する兆しがでてきた。4月5日から、メールマガジンを運営しているまぐまぐは、著者の書いた原稿を書店の店頭で印刷して販売するオンデマンド出版「まぐまぐ文庫」を、野村総合研究所、コニカミノルタビジネスソリューションズと共同でスタートした。これは、まぐまぐが著者から原稿データを受け取って書店に送信し、書店は専用の印刷製本機で印刷・製本して販売するというもの。
 このサービスの特徴は、初期登録料36750円、維持費用63000円(半年毎)と極めて安価な費用で本が出版できる点と、原稿を起こしてから本が書店に並ぶまでの期間が約半月と非常にスピーディーだという点だ。従来、自費出版をしようとすると多額の費用がかかったが、このサービスを利用すれば手軽に本が出版できる。「まぐまぐ文庫」からはすでに20タイトルが発売され、今後毎月1回、新刊がリリースされる予定と聞く。

 書籍や雑誌は、出版社から、本の卸問屋である取次会社を経由して書店で販売されるのがこれまでの常識であった。しかし、「まぐまぐ文庫」は、取次会社を経由しないという中抜きを実行し、中間コストを抑えることに成功することになる——そして、このビジネスが万が一にも成功すると、後続者たちは陸続と出てくるだろう。
 実際、まだまだ小さな動きではあるが、書店への直接卸を行う出版社も出現しはじめている。池田晶子さんが著した「14歳からの哲学 考えるための教科書」の売れ行きが好調なトランスビューは、出版業界における従来の取引慣行にこだわらず、書店への直接卸を中心に営業を行っている。同社はトーハンや日販といった大手の取次会社と取引せずに、こまめに全国の書店を回り、自らの取引形態のメリットである「スピード納品」と「売れ筋書籍の版元在庫切れなし」をアピールし、成果を挙げているという。
 また、人気コピーライターの糸井重里氏も「オトナ語の謎。」と「言いまつがい」という自書を東京糸井重里事務所(糸井重里氏が経営する会社)を出版元にして、書店に直接卸している。出版ビジネスは、大きくその形態を変えなければならない時期にきているのではあるまいか。

「供給者論理」では行き詰まる

 ちなみに出版というビジネスは、日本標準産業分類において、「情報通信業」に分類されており、卸売・小売業とは区別されている。確かに、「本の中身」という情報コンテンツを広く行き渡らせるインフラという意味では、「情報通信業」と呼べるのかもしれない。しかし、客観的な第三者から、そのインフラにどれくらいの価値があるのか、という真摯な問いを発せられたとき、現在の「出版ビジネス」のインフラを支えている人々は、胸を張って正々堂々たる議論を展開することができるだろうか。
 もし、うつむき加減にぼそぼそとしか回答できないようであれば、「まぐまぐ文庫」や糸井重里氏などによる新しいチャレンジは、出版ビジネスを大きく変えていくかもしれない。ビジネスという観点からみれば、現在の出版ビジネスはかなり旧態依然とした面もあるからだ。それは、他の業界の動向をみれば明らかとなる。

 近年、「流通革命」という言葉がよく聞かれる。今でこそ、流通業界では、卸を通さない直販という形態が一般的に見られるようになってきたが、長い間、流通業界というのは規制に保護され、効率性の低い業種の典型と指摘され続けてきた。しかし、世の中の変化は、その状況を永続的にすることを認めなかった。卸という流通形態は変化を余儀なくされているのが実情だ。
 そうした中、出版業界は、依然として委託販売制と再販制の下で、卸を中心とした従来の慣行を頑なに維持しようとしている。委託販売制とは、出版社が取次会社を通じて書店に販売を委託するもので、委託された本が売れなければ返本は自由というルールである。再販制とは、出版社が決めた価格で出版物を販売することを義務づけたもので、文化・教養を広くいきわたらせる観点から、独占禁止法の適用除外とされている。
 ここで、これらの制度についての「べき論」を述べるつもりはない。
 しかし私は、こうした環境の下で、出版業界が「供給者の論理」に身も心もドップリと漬かってしまい、読者である「消費者の論理」を忘れつつあるとするならば、結果的に現在の出版ビジネスが衰退していくことは自明の理であるということだけは申し上げておきたい。というのも、最近特に読者を無視あるいは軽視した「本」の出版があまりにも多いからだ。
 取り敢えずたくさん出しておいて、そのうち1冊でも「バカの壁」みたいな大ヒットになればいい——という安直なスタンスが目に付きすぎる。しかも、ハードカバーで売れる本をソフトカバーにし、新書にして、文庫本にするという極めてイージーな値引き戦法に頼っている。
 そういうやり方が出版ビジネスにとってプラスであるわけがない。少なくとも、単純な値引き戦法が成功を保証してくれないことは、マクドナルドやユニクロが証明している。豊かになった日本経済においては、供給者が工夫に工夫を重ねて、知恵に知恵を絞って、常に新しい商品やサービスを開発して、ようやく商売というものが成り立つのである。
 出版ビジネスも例外ではない。
 読者のニーズを正確に把握することなく、値引きして大量生産・大量販売するという手法を繰り返しているだけだと、早晩、マクドナルドやユニクロの苦しみを味わうことになるだろう。そして、まぐまぐやトランスビュー、そして糸井重里氏などの新興勢力にビジネスチャンスを与えていくことになるのかもしれない。よしんば、彼らが成功しなくとも、さらに新しい勢力が進出してくる。
 出版ビジネスの行く先については、これから目が離せなくなるだろう。

2004 04 16 [08. メディア/広告の将来を占う] | 固定リンク | トラックバック

2004.04.13

「ゴーログ効果」でココログプラスの費用を賄おう!

 皆さん、こんにちは。木村剛です。皆さまのご愛顧もあって、「ゴーログ」という名称が浸透してきたと思われるため、昨日の「ゴーログ」より標題から[ゴーログ]の表記を外しております(「ゴー外」といきなりツッコンでくれた「結茶場Me家」さん、期待に違わぬレスポンス、ありがとうございました)。

  なお、「週刊!木村剛にトラックバックして、アフィリエイトでおカネ儲けしよう」という軽いノリのゴーログには本当に多数トラックバックしていただいてありがとうございます。55もいただくとは予想しておりませんでした。みなさまのページビューが激増していることを心より祈念しております。

  「StarChartLog@cocolog」さんは、「アフィリエイトで『年間300万円』とか『月収30万円』といった景気のいい話が聞こえてきます」と書いてくれましたし、「[N]ネタフル」さんが紹介してくれたYOMIURI ONLINEの記事によれば、月に100万円を稼ぐ人もいるようです。こりゃスゲエ。
  もっとも、今回少なからぬ方々から、アフィリエイト生活の実態が明らかにされていますので、ご報告しておくことにしましょう。
  「豪遊生活」さんは直近3ヶ月で2,172円の売り上げにとどまっていますが、「観測気球」さんは直近3ヶ月で3万円弱らしいですし、「おいらブログ」さんも毎月8,000~10,000円程度の稼ぎだとか。「面白いサイトを見つけたよ」さんは、今年1月だけで48,696円を稼いだそうです。
 なかなかそれだけで「ブロガーやココラーの天国」にはなりそうにはないのですが、「ゆかうらBlog」さんなどはアフィリエイトを仕事にしているというのですから、食べていけないわけではないのですね。もっとも、「アフィリエイトを主たる生業として2、3年が経過して、ブームもやってきて、構造的には、残念ながら右肩下がりであります」という独白には重みがあります。
  もっとも、「週刊!木村剛」にトラックバックしたことによる効果はなかなかのものがあったようです。「カトラー」さんのアクセス数はトラックバックした翌日には3倍増。「〔ゴーログ〕効果を期せずして実感させられることになった」と感謝の言葉を寄せていただきました。「はげログ」さんも「キム兄の記事にトラバした場合、うちでページビューが1.5倍ほどに伸びました」と告白しています。恐るべし、〔ゴーログ〕効果!!

  だから、みんなで「キムタケとして現在大ブレーク中の木村剛氏のBlogゴーログ」(by「Life is journey toward the guiding light」さん)にトラックバックして、「堅いことはあまり言わずに〔ゴーログ〕効果を皆で楽しんでみましょう」(by「カトラー」さん)ではありませんか(パチパチ……)。そして、栄えある「ゴーログトラックバック大賞」を狙いましょう(笑)。そして、「観測気球」さんのように、「とりあえず、ココログプラスの費用はまかなえそうです」という環境を作り上げて、心置きなくココログをすることができるようになるといいですね。

2004 04 13 [01. ブログ万歳ココログ三昧, 08. メディア/広告の将来を占う] | 固定リンク | トラックバック

2004.04.07

「週刊!木村剛」にトラックバックして、アフィリエイトでおカネ儲けしよう![ゴーログ]

  皆さん、こんにちは。木村剛です。この間、「『広告の奴隷』から『広告の主人』へ」というコラムを書いたら、結構トラックバックがあったので、意外にみなさん広告って関心あるんですね~( ^^;)、なんて思いながらトラックバックを読んでいたら、「katzの自分メモ」さんがブログを使ったおカネ儲けの話をしていました。

人のblogを読んでいるとき、広告がはりつけてありますよね。あれって、アフィリエイトというのだそうです。そこをクリックしたり、その広告がきっかけでだれかがなにかを買ったりすると、そのblogのライターやblogなどを運営している会社に少しだけですが、お金がはいる、という仕組みがあるのです。googleの場合だと、adsenseというのかな。amazonにはアフィリエイト、楽天、yahoo、ライブドアもなにかやっているのかな。あるテーマについて詳しい個人のblogに、内容的に関連しているらしいテーマの広告を自動的に選んではりつける広告事業を開始すると、興味深い内容を書いている人には自然に広告出稿依頼がくる、という話です。

  ふむふむ、「アフィリエイト」って言うんですか・・・・・・。ブログが広告媒体になっちゃうっていう話なんですね。

広告業界は、いままで、プロの方だけを向いていました。広告を出稿するスポンサーと、雑誌やテレビなどの媒体です。ところが、blogに広告を出すということになるとどうなるか。媒体のところが、いわゆる素人さん、ってことになります。しかも、素人なので、業界の力関係とは関係のないところで商品やサービスに評価を下します。注意深い人は、いままでの形態の広告も見ることは見るのですが、商品選択の最終局面では、blogを検索して、検討中の商品について、だれがどんなことを言っているか、確かめます。

  なるほど、何か買いたいものがある場合には、その商品に詳しいお友だちに聞くっていうノリですね。確かに「業界の力関係とは関係のないところで商品やサービスに評価を下します」というブログがでてきて、ページビューが増えてくると、かなりの影響力を持ってしまうかもしれません(なんてことを軽いノリで書いていると、また「日常/非日常blog」さんに厳しいツッコミを入れられてしまうかも?)。

ミニカーの専門家とか、ワインの専門家。デジカメの専門家。自動車のマニア。レストラン評価。住宅新築体験記を書いている人とか、パソコンの不具合の専門家のような人のところに、ある日、メールが飛び込んできます。「こういうスポンサーがいるんですが、広告、出してもらえませんかー? いままでと同じ感じで、気兼ねなく書いていただくだけで結構です。」すでに、こうしたアフィリエイトで月々相当な金額を手にしておられる方もいらっしゃるそうです。


  な、なにーっ、「こうしたアフィリエイトで月々相当な金額を手にしておられる方もいらっしゃる」ってか? それって何ですか、ブログで食えちゃうわけですか? 私なぞは、ブログにはまって仕事に支障をきたしているというのに、それはそれは羨ましい限りです。

  そこで私こと「週刊!木村剛」は、一大キャンペーンを始めることにしました。題して、「『週刊!木村剛』にトラックバックして、アフィリエイトでカネ儲けしよう!」という企画です。ただし、アフィリエイトになっておカネ儲けしようにもまずはページビューを稼がなければなりません。

  そこで「週刊!木村剛」の登場です。
  「週刊!木村剛」にトラックバックしていただければ、その中から面白いトラックバックをゴーログで紹介しますから、ページビューが自然と増えます。その結果、アフィリエイトになる可能性が高まるではありませんか?!「結茶場Me家」さんからも「木村さんにトラックバックすること自体も“広告”です」とご推奨をいただいております(笑)。
  これは素晴らしい企画だ! みんなでトラックバックして、みんなでアフィリエイトになって、みんなブログするだけで食べていけるようになろう、これはブロガーの天国行き切符だ~、って無理ですよね(笑い、^^;;)。

2004 04 07 [01. ブログ万歳ココログ三昧, 08. メディア/広告の将来を占う] | 固定リンク | トラックバック

2004.04.06

複数の異なる意見を選択できる立場にいるのが「主人」である[ゴーログ]

  皆さん、こんにちは。木村剛です。コラム「『広告の奴隷』から『広告の主人』へ」に対するトラックバックが思ったより多いのでビックリしました。広告ビジネスに携わっているブロガーが少なからずいて、「広告の奴隷」という刺激的な言葉を「自分のビジネスに対する侮辱」と受け取り、少なからず感情的になった方もいらっしゃったようです。
  それは私の本意ではありません――その点については誠に申し訳なく思います。

私が主張したかったこと
  私の真意は、消費者は、広告の「奴隷」ではなく「主人」になろうよ、ということに尽きます。そして、「広告の主人」になる環境はネットやブログを通じて以前と比べれば整備されてきていますよ、だから、それぞれの消費者がそれなりに努力すれば「主人」になれますよ、ということなんですね。そして、私なりの「主人」の狭い意味での定義は、「複数の異なる意見を選択できる立場にいる」ということです。そして、「奴隷」という言葉は、「無批判に単一の意見を盲目的に信ずるスタンスをとる」という意味で使っています。
  したがって、「日常/非日常Blog」さんは、「必要なことは、主人だの奴隷だの言う前に、消費者教育を強化することだ。繰り返すが、テレビCMに騙される消費者はネットの広告や広告以外の情報にも騙される」と力説していらっしゃいますが、この点について私は、同様の問題意識を抱いています。また、「テレビCM・ネットのアドワーズ・ブログ…どれも一つの情報である。テレビCMに流される消費者は、『キーワード広告』にも流される。ブログの情報にも流される。それは広告の奴隷ではない。情報に対して流されやすい、主体性に欠けるというだけである」とも指摘されていますが、まさにそういう状況を私は問題視しているのです。
  その点に関して、「まーねこのひとりごと」さんは、「必要に応じて情報を取捨選択できる人、流行やトレンドに振り回されて大切な自分のお金を散財する人の二種類がいる、ということである」と喝破されていますが、でき得るなら前者が望ましいことは言うまでもありません。
  念のため申し添えますが、私はすべてのマスコミの「情報」や「広告」が悪いなどとは申しておりません。良い「情報」と悪い「情報」があるように、良い「広告」と悪い「広告」があるのは致し方のないことです。したがって、「日常/非日常Blog」さんが書いているように、「広告のクリエイティブは、くだらないものも多いが、素晴らしい文化的価値の高いものも多いのである」というのは全く同感です。
  私はこういうスタンスに立っているものですから、このコラムに対して多種多様なトラックバックが寄せられ、中には批判的な内容や侮蔑的なコメントが含まれてもいますが、そのこと自体は、「週刊!木村剛」の読者にとって、「複数の異なる意見を選択できる立場にいる」ことを保証するという意味で、私は極めて好ましいことだと思っています。多種多様な見方が寄せられることによって、読者の選択肢が広がり、自らの意思で自らの意見をブラッシュアップできるようになることは望ましいことだと考えるからです。

コンテンツビジネスに携わる私の視点
  私は「情報」をコンサルティングに主に用いている「コンテンツビジネス」に属している者です。そういう立場から「広告」をみておりますので、「広告」を表現手法の一種――もしくは「情報」の一種――であると捉えているとともに、メディアの一形態とも認識しております。その意味では、「Clala-Flala」さんが広告評論家の天野氏の言葉として紹介しているように「表現のすべてが広告である」という認識に立っていると言ってよいでしょう。
  そして、コンテンツを供給している者の一人として常日頃感じていることは、わが国のマスコミといわれるメディアが大量出力している「情報」というもののバイアスです。そしてそのバイアスは一部の「広告」に感じるものでもあります。
  したがって、「日常/非日常Blog」さんがいみじくも指摘しているように、「購入まで直接ミスリードできることも可能なキーワード広告は、ある意味テレビCMよりたちが悪い。消費者の無知蒙昧につけこむように不要なものを売りつける手段として使いやすいのである。そしてキーワード広告は、多くのブログにも表示されているのだ」という点については賛同いたします。
  私は「ネットやブログは善だ」とか「ネットやブログはテレビを凌駕する」などと主張するつもりは毛頭ないのです。「ネットやブログによって、『複数の異なる意見を選択できる立場にいる』ことが簡便に安価にできるようになることは素晴らしいことだ」と申し上げたいのです。その点につきましても、「日常/非日常Blog」さんの「ネットの登場によって広告の可能性はさらに広がった、それはまた消費者の主体的判断の材料と、判断能力を磨く機会もまた広がった、と考えるべきなのである」という意見に強い共感を覚えます。
  そういう意味で、私のポジショニングは、「重要なのは、メディア企業や大手広告会社など一部の人々に握られていた特権がインターネットによって風穴があけられ、個人が自由に情報を発信したり、広告が掲載できるようになったという事実だ」と説く「カトラー」さんのスタンスに近いのかもしれません。また、冷淡に突き放していえば、「atsutoshifxの日記」さんが述べているように、「僕的にはメディアが一つ増えるだけじゃないかという感じです」ということになるでしょう。
  繰り返しになりますが、私はメディアの数が増え、しかも、個人が発信者に(報道する側に)なれるメディアが登場することによって、「複数の異なる意見を選択できる立場にいる」ことが簡便に安価にできるようになることは素晴らしいことだと考えているのです。

複数の異なる意見を建設的に検証しあうべき
  したがって、私の基本スタンスは、消費者が「複数の異なる意見を選択できる立場にいる」ということをできるだけ保証していくということにあります。少なくとも、独占的な情報供給者が一方的に「情報」や「広告」を投げ付けたり、複数の有力な供給者が実質上の検閲を行なったり業界のタブーを作り上げたりして、消費者に対してバイアスのかかった「情報」や「広告」のみを浴びせ続けるという環境をできる限り排除すべきであると考えています。
  「広告」を含む「情報」は、相反する内容を含む複数の情報源から与えられるべきであり、それらの「情報」が互いに建設的に検証され合うことにより、消費者の選択肢の幅を広く保つとともに洗練されたものになることを私は望んでいるのです。その意味で、マスコミ(そしてネットやブログでも)でみられる低俗なレッテル張りとか、意味のない罵詈雑言とかは、「複数の異なる意見を選択できる立場にいる」ことを否定する思想であり、「情報」の読者を「情報の奴隷」状態に回帰させんとする供給者サイドの試みのように私は感じます。自分と異なる意見が存在することを否定する必要はなく、「お前は黙れ!」的な暴力的な「情報」も不要です。ただ、読者や視聴者に比較してもらえばよいだけだと思います。
  「広告の奴隷」という刺激的な表現はミスリーディングであったかもしれませんが、その意味では、「日常/非日常Blog」さんが「今回のような、コラムにするには知見の足らない分野を中途半端に取り上げることが続くと、せっかくの『玉認知』が台無しになってしまう可能性すらある」と断定し、自分の主張と異なる意見を「知見が足らない」として一刀両断して沈黙すべきとサジェスチョンするのは、先ほど申し上げたような意味で私は「了」とすることができないのです。「アナログなWEBアカウントプランナー」さんがいみじくも指摘してくれたように、「それぞれがそれぞれの立場で捉えれば良いことだと思う。別に論点があわないからと言って、力むことはない」ということなのではないかと思うのです。
  それぞれの意見の是非については、「より優れた供給者と、より賢い需要者が多くのメリットを享受する、つまり市場原理が、より強まるだけのことである」という「日常/非日常Blog」さんが信奉するマーケットメカニズムに委ねるべきでありましょう。

広告ビジネス(?)も一応やっております!
  なお私は、「コンテンツビジネス」を商うものとして、「広告」というカテゴリーについても多少手掛けております。特に「IR」もしくは「個人投資家向けIR」という分野は私のビジネスのカテゴリー内でもあります。また、コンテンツサイドからメディアミックスを仕掛けることはできないかと日々苦闘している真っ最中でもあります。
  そういう意味で、「日常/非日常Blog」さんほどは詳しくないかもしれませんが、広告業界のことを全く知らないわけではありません(^^;)。そして、「広告」というフィールドには、従来の慣行や供給者論理に縛られている不合理な面が少なからずあることを学びつつ、かなりのビジネスチャンスを感じているところでもあります。そのため、つい先日も20社近くの企業の方々とともに新会社を設立したばかりです。
  「こうたろー総研」さんは、「ダイソーの100円ショップや、ドンキホーテのような業態、ブックオフなどの伸長が今後広告という意味自体を変えるのではないかと思います」と指摘していますが、「広告」に対する私の発想もそういうところにあります。 
  「Sammy’s blog」さんは、私のコラムに対して批判的に「『テレビは衰退か否か』という議論では、今のところテレビ業界はそれを否定し、広告代理店は既得権益につながる流通構造の転換には否定的であり続けるでしょう」と述べておられますが、だからこそこの「広告」というビジネスは面白いのです。その内容は今しばらくの間ヒミツです。

2004 04 06 [08. メディア/広告の将来を占う] | 固定リンク | トラックバック

2004.04.02

「広告の奴隷」から「広告の主人」へ [コラム]

 早いもので、「週刊!木村剛」を始めてからあっという間に2ヶ月が経過しました。一昨日には「木村剛とブロガーのオフサイド取引」という一大イベントも開催されましたし、ブログの威力と可能性を楽しんでいるというところでしょうか。
 今日は毎週お楽しみ(?)のコラムの日です。今回は、われわれが無意識に目にしている広告という存在にスポットを当てて考えてみたいと思います。

<電通、日本の総広告費と媒体別・業種別広告費を推定した「2003年(平成15年)日本の広告費」を発表 (日経プレスリリース)>http://release.nikkei.co.jp/detail.cfm?relID=65252

 世の中には広告が溢れている。考えてみれば、好むと好まないとにかかわらず、われわれは生まれた時から死ぬ時まで広告というシャワーを浴びせられて生きているようなものだ。朝起きてテレビをつける。駅に行って電車に乗る。会社までの道を歩く。これだけでも、テレビCM、改札口で配られるチラシ、駅のポスター、電車の中吊り広告、ビルに掲げられた看板等、無意識のうちにそして否応なしに広告はわれわれの視界に入ってくる。
 さてこうした広告は、多くの人にとって、「招かれざる客」なのか、それとも、「喜ばしい来客」なのだろうか。

受動的な視聴者から能動的な視聴者へ

 ソニーの「スゴ録」というDVDレコーダーの売れ行きが好調らしい。デジタル家電全般の販売が好調なことに支えられている面もあるが、これは大容量ハードディスクを使って録画するため、最長200〜300時間もの番組録画ができ、幾つものテレビ番組を簡単に録画できる商品である。しかも、録画の方法が従来と異なり、予め好みのキーワードやジャンル、放送時間帯を設定しておくと、その条件に合う番組を電子番組表から探し出し、どんどん録画してくれるというものだ。

 私も何となくテレビをつけていて、見るつもりではなかったのに最後まで見てしまったというケースが多い。ただし、この「スゴ録」を使えば、テレビの見方も大きく変わってくる。視聴者は、自分が興味や関心を持つ番組のみが録画され、その中からさらに興味がある番組を絞ってみることができるようになる。当然のことながら、今まで何となく見られていた番組のテレビCMは視聴者の目にふれる機会は激減し、録画された番組に付随するテレビCMも消去されるか、とばされることが増えてくるに違いない。
 
 若いブロガーの方々にとっては耳慣れない言葉かもしれないが、「ながら族」という言葉がある。もともと「ながら族」は1958年の流行語で、テレビやラジオの音楽を聴きながら勉強をするのが習慣になった若者たちを指す言葉だった。テレビを見ながら新聞や雑誌を読むことも、「ながら族」に当たると思うが、最近では、テレビを見ながら携帯電話を使用したり、パソコンでインターネットにアクセスしたりする「ダブルスクリーン族」と呼ばれる人も多いらしい。テレビでは自分の興味ある番組や部分だけを見て、後はインターネットに時間を費やすというスタイルだ。こうなると、興味のないテレビCMが流れている時間などは、見ているのはテレビの画面ではなくインターネットの画面ということになってくる。このような変化は、従来、視聴者が受動的な立場にあったテレビというメディアに対して、視聴者が能動的に働き掛けるというポジションにシフトしつつあることを意味している。

広告業界は激変するか?

 このような視聴者の態度の変化を反映して、企業の広告の出し方も変わりはじめている。大手広告代理店である電通が2月に発表した「2003年 日本の広告費」によれば、昨年の日本の広告費は5兆6,841億円と、前年比▲0.3%の微減となっている。興味深いのは媒体別の内訳だ。じつは、マスコミ4媒体(新聞、雑誌、ラジオ、テレビ)向けの広告費は対前年比でほぼ横這いという状況の中で、インターネット広告費は前年比40%増となっている。インターネット広告費の額自体は、1,183億円と全体の2.1%にすぎないが、その伸びは他のメディアと比較して圧倒的に大きい。
 
 景気の回復とともに企業の広告費予算が増加する蓋然性もないではないが、企業は消費者態度の変化を反映し、より効果的な広告戦略を模索していくものと思われる。その場合に、インターネット広告は極めてユニークなポジショニングを押さえる可能性がある。インターネット広告は従来のマスコミ4媒体における広告と異なり、バナーの1クリックあたりの単価や、ホームページを訪れた人の中で何人がその企業の資料を請求したかといったコンバージョンレート等が簡単に算出できるため、投下した広告費に対する効果を比較的簡単に数値化しやすいという特徴があるからである。
 
 日本においても、2002年位からいわゆる「キーワード広告」と呼ばれる広告商品のサービスが始まっていると聞くが、これは例えば、ユーザーが「住宅」というキーワードで検索をかけると、「住宅」の検索結果の周囲にそのキーワードに関連したテキスト広告が表示されるというものである。これは、ユーザーが興味のあるキーワードと関連性のある広告が表示されるため、従来のバナー広告よりもクリック率が高いと言われている。
 
 ネット人口が増えるにつれて、こうしたインターネット広告の特質性が認識されるようになり、実際にマーケティングの効果が明確化されるようになってくると、企業の広告も大きく変貌していくのかもしれない。商品に興味がある人無い人を考慮せず大量に広告を露出するマスコミ4媒体における従来のスタイルから、ある程度ターゲットを絞って広告を露出し、広告効果を高めていく手法が主流に躍り出てくるのかもしれない。

「広告の奴隷」状態は続くのか?

 自分に必要な情報をピンポイントで見ていくという消費者の視聴態度と、なるべくターゲットを絞って広告を露出するという企業の広告への姿勢が進展していくとすると、今後の広告というビジネスが気になってくる。
 米国のクリントン前政権の「情報スーパーハイウェイ構想」に多大な影響を与えたと言われている人物にジョージ・ギルダー氏という専門家がいるが、彼の著書「テレコズム」(ソフトバンクパブリッシング株式会社、p404)に次のような記述がある。

テレビの衰退の法則
 高出力で選択肢の少ないテレビは滅びる。テレビは現在、無限に選択肢のあるインターネットの低出力帯域に取って代わられつつある。この法則は、広告に関する次のような結論をもたらす。すなわち、テレビ広告は、アドと言いながら実はプラスではなく、マイナスだということである。同様に、ほとんどのインターネットバナーもプラスではない。これらの広告はいずれ、情報豊かで、相互のやりとりが生まれるような、人々から望まれる広告に取って代わられる。インターネットは顧客に力を付与する。企業は今後、巧妙なレトリックやこざかしい手段で顧客に広告を読ませることはできなくなる。

 今や世界的に大きな広告会社となった、マッキャンエリクソン・ワールドワイドの創始者であるH.K.マッキャン氏は、会社創設の際に「TRUTH WELL TOLD(真の価値を伝達する)」ということを唱えていた。しかし現在、巷に溢れる広告は、肝心の商品の「真の価値」を伝達しているだろうか。もっと厳しく言えば、「真の価値」を持たない商品まで、消費者の無知蒙昧につけこむように不要なものを売りつける手段として、「広告」というものが使われていないだろうか。
 
 消費者が情報武装できなかった過去においては、そうした広告戦略でも企業は生きていけたのかもしれない。しかし、「インターネットは顧客に力を付与する」とジョージ・ギルダー氏が断言しているように、すでに消費者は玉石混交ではあるものの各種の情報で武装しつつある。BBSは玉石混交比率が高かったが、もし発信者が特定されるブログがその玉石混交状態における「玉比率」を大幅に改善することができたとするならば——特定のブログが「玉」であるという認知を受け、そのサイトの信用力が他のメディアと同格になってきたならば——、消費者は既存の広告以外に有力な情報源を持つこととなろう。

 消費者は無防備に「広告」という名の情報シャワーでずぶ濡れになっていた状態から脱しつつある。インターネット(もしかするとブログ?)の登場によって、その土砂降りを防ぐ傘を手にしつつあるのかもしれない。
 テレビというメディアは、かつてはじつに有効だった。今でこそ、ケーブルテレビやBS・CS放送、インターネット等、情報をリアルに伝達するメディアがたくさん出現してきたが、昔はテレビの数少ないチャンネルからどれを選択するかという状況であったため、そのチャンネルに対して大量に広告を投入すれば、多くの視聴者に商品を知らしめることができ、結果として売り上げを大幅増させることができたのである。

 しかし、今はそうではない。消費者は窮屈なテレビのチャンネル数から開放され、多くの情報チャンネルから実に簡単に自分に必要な情報を主体的に選択できるようになった。消費者は、必要のない広告に支配される「広告の奴隷」から、必要のある広告を選択する「広告の主人」へと変貌しつつある。「主人」となった消費者にとって、必要性を感じない広告に付き合う暇はない。
 「広告」という存在は、今後大きく変貌せざるを得ない宿命にある。

(追伸) 4/5(月)22:00-23:24 ニッポンの!突破宣言 ~現場からひっくり返せ~ 〔全国TXN(テレビ東京)系列〕にゲスト出演します。是非みなさん、見てください!

2004 04 02 [08. メディア/広告の将来を占う] | 固定リンク | トラックバック